10、「仕様なの」
「なんだ……あれ」
東の空から飛んできたのはコウモリか何かのようなはねの生えた人だった。しかも両手にひとりづつさらに小さな子供のようなものを抱えている。遠目でよくわからないが身長から推測してはねの全幅は五メートルほどあるだろうか。身長に対してとても大きい。
大きくはねを広げて、ハンググライダーのように滑空しているようだ。段々と高度が下がってきていて、どうやらこの広場に向かってきている様子。
「あれは、どらごんさんなの」
「いまは人のすがたをしているけれど、火をふくとかげさんなの」
ちみっこどもが、俺の見ていた何かを指差して言った。
「ほえ~ドラゴンかー。異世界っぽいな。人型してるとドラゴン、って感じはしないけど、はねで空飛んでる時点で異世界だよな、うん」
思わずほう、とため息を吐いて見つめていると、人型のドラゴンさんがどんどん近付いてきて、噴水の手前で大きく一度はねをはためかせ、宙に静止した。
大きなはねの割りにその身体は華奢で、両手に人を二人も抱えて飛んでいるのが信じられないくらいだった。
あれ、……女の子、だよな?
みぃちゃんと同じくらいだろうか。長い髪をポニーテールにしているドラゴン少女はやや吊り上がった鋭い眼差しで広場をぐるりと見回し、ゆっくりとはねを動かしながら石畳に降り立った。と同時に腕に抱えていた、こちらも女の子二人を地面に下ろす。
あれ?
それまでドラゴン少女にばかり気を取られていたが、彼女が腕に抱えていた子供も普通でないことに気がついた。抱えられていた二人とも顔は良く似ている。片方がやや幼く見えるので姉妹なのかもしれない。
しかし、問題は服装の方にあった。
……あれ、どっかの学校の制服だよな?
まだこの異世界の街をそれほど歩き回ったわけではないので、もしかしたら異世界にも普通に存在する服装なのかもしれなかったが、ドラゴン少女に抱えられていた女の子は、どう見ても中学校や高校の制服としか思えない、セーラー服を着ていたのだった。
手に持っているカバンといい、バッグといい、手に持っている布に包まれた長い棒はもしかしたら弓道の弓だろうか、日本に居たら普通に見かけることのある格好ではあるが異世界で見かけたにしては違和感がありすぎる。もうひとりの抱えられていた少女も、おそらくセーラー服の彼女の体操着らしきジャージのようなものを身につけているし、これはどう考えても俺と同じ世界から来たとしか思えなかった。
「なぁ、ルラ、レラ。このルラレラ世界に呼んだのは俺だけって話じゃなかったか?」
ちみっこどもに尋ねると、ルラとレラは顔を見合わせて首を小さく捻った。
「おにいちゃんだけなの」
「おにいちゃんだけよ」
「じゃ、あの女の子は?」
セーラー服の女の子を指差す。
と、向こうもこちらに気がついたようだった。
スマホだろうか、手に持った何かをこちらに向けたあと、三人そろってこちらに駆け足でやった来た。
「……あー」
何と声をかけたらよいものかと、ちょっと悩んだが、寄って来はしたもののこちらを見ずにスマホを操作しているセーラー服少女を見てため息を吐く。
「……まずはスマホから手を離せ」
声をかけると、びくんとセーラ服少女が顔を上げた。
「……」
ちいさく口をぱくぱくしているが何を言っているのかわからない。
「スマホだよな? それ」
少女の手元を覗き込むと、掲示板らしき画面に俺やちみっこどもが映っている写真が貼り付けられていた。
「あ、こら。人の許可を得ずに勝手に写真撮って掲示板とかに上げるとか何考えてるんだお前は」
おでこをこつんしてやる。
「……;;」
それほど強く小突いたわけではないが、セーラー服少女が涙目になった。
傍らにいたドラゴン少女がむっとした表情で俺の腕を振り払ったが、じろりとひと睨みしてやると気圧されたように一歩下がった。
「……ドラゴンさんにはわからないかもしれないがね、今この子がやったことは大変失礼な行為なんだよ」
「……!」
セーラー服少女が、また小さく口をぱくぱくして、それからぺこりと頭を下げた。
どうやらわかってくれたらしい。手元でスマホをなにやら操作して、こちらに画面を向ける。
見るとどうやら写真を削除したくれたようだった。
「わかってくれたようで嬉しい」
セーラー服少女の頭をなでてやる。
高校生かとも思ったが、見た目からしてもどうやら中学生のようだった。
「で、お嬢ちゃんはどうしてここに?」
「……」
セーラー服少女が、また小さく口をぱくぱくするが何を言っているのかさっぱり聞き取れない。首を傾げていると、セーラー服少女がジャージ少女の袖を引いた。
ジャージ少女が小さく頷き、そして口を開いた。
「私が代わりに説明します。まず確認ですが、あなたは勇者候補生さん、もしくは週末勇者さんで間違いないですよね?」
静かではあるが、広場の喧騒の中でも良く通る声でジャージ少女がじっと俺を見つめて言った。なぜか、微妙に迫力を感じて内心ちょっと気圧された。
「ん、お嬢ちゃん達もあのスレの住人だったのか。俺はあのスレに週末勇者として書き込んだ者だよ」
「あのスレではわずかな書き込みだけで姿を消されてしまったので、勇者候補生さんの自演だったのではないかという説が優勢でしたが、実在していたのですね」
「あれは勇者候補生が書き込みを止めろと言ってきたせいなんだが……。いやそんなことはどうでも良くてだな。この世界ってうちのちみっこどもと一緒じゃなきゃ来られないらしいんだがお嬢ちゃんたちはどうやって来たんだ?」
「……魔王ちゃん様は電車で、改札を出たらこの街に居たそうです」
「まおちゃん様、ってセーラー服の子のことか? それに居たそうですって伝聞系なのは」
「申し遅れました。こちらが魔王ちゃん様で、私がスライムのすらりんと申します。そちらがどらごんのりあさんです」
すらりんと名乗ったジャージ少女は、そう言って小さく頭を下げた。
「……なんだ、てっきり君とそっちのセーラー服の子が姉妹かと思っていたんだが、すらりんちゃんとリアちゃんはここの世界の人か」
しかしスライムのすらりんって。……あれ? この世界のスライムってあれだよな? ゲロイムだよな? ゲロイムって人型になるのか?
「いえ、私がトクベツなスライムなのです」
こちらがじっと見つめて考え込んだのに気がついたのか、すらりんちゃんがそう言った。
「どうやら魔王ちゃん様は事故か何かの偶然のような形で来てしまった様で、元の世界に帰りたがっておいでです。そちらの幼女女神さまたちと一緒なら戻れるらしいということなのですが……」
言われてうちのちみっこどもを見ると、そろって小さく頷いた。
「だいじょぶなの」
「いっしょに帰ればおっけーなの」
「……ってことみたいだから、大丈夫みたいだぞ?」
セーラ服のまおちゃん?に向かって微笑みかけると、まおちゃんはスマホを操作しながら小さく上目遣いにこちらを見つめて、小さく微笑み返してくれた。
「よかったな、どういう偶然でこんなとこに来ちまったのかしらないが、たまたまここに俺達がいなかったら帰れなかったんじゃないか?」
頭を軽くなでてやると、まおちゃんはぷるぷると小さく首を振って、それからスマホの画面を俺に向かって突きつけた。
「掲示板でいろいろアドバイスを受けていたみたいです」
すらりんちゃんが補足して言った。
「……あ、そういやネットとかつながるのか? ここ」
さっきは疑問にも思わなかったが、よく考えると異世界で掲示板見られるとかどういうことだ?
しかしよく考えてみると寧子さんからメールが来たこともあるし、意外に神さまぱうわぁとかいうやつで何とかしてるのかもしれない。
「……!!」
まおちゃんが掲示板のある書き込みを指差して何か興奮した様子でふんふんと鼻息を荒くした。
「これは週末勇者さんが書かれたのではないのですか?」
すらりんちゃんが補足する。
「どれだ?」
見ると、今すぐに塔のある広場に行けというようなことが書かれていた。この書き込みにしたがってリアちゃんに抱えられてまおちゃんとすらりんちゃんは急いでここに来たらしい。
「いや、だいたい異世界でネットつながるなんて思いもしなかったからな。試したこと無いぞ」
悪いな、と背負っていたリーアをちょっと地面に降ろし、尻のポケットから自分のスマホを取り出す。
自分で試してみると、驚いたことに普通にネットにつながるようだった。いつもの大手掲示板のスレッド一覧が表示されて、おー、と思う。
「なんてスレッドだ?」
「【教えて!】魔王ってどうやって生活してるの?【えろいひと!】というスレッドです」
……また困ったタイトルだな。
内心苦笑しながらもスレッド検索をするが、該当のスレッドが引っかからない。
「んー? 引っかからないな」
何度最新の情報に更新しても、該当のスレッドが表示されない。
更新自体はされているようなので、ネットにつながってないってことはないようだが。
「……?」
「日曜の夜に始まったスレッドで、今書き込みが三百少しくらいです」
「いや、無いぞ? 板が違うのか? 勇者候補生がスレ立ててた板でいいんだよな? ……って待てよ、日曜夜って、まだ昼だろ?」
「……???」
「いえ、先ほど言ったとおり日曜夜に始まったスレッドですが」
すらりんちゃんが首を傾げる。
「いや俺土曜の昼からこっちに来てるが、今はまだ日曜の昼過ぎだぞ?」
俺も首を傾げる。
「……???」
「私、というか魔王ちゃん様の認識では今日は月曜日なのですが?」
「……まさか」
一度ちみっこどもに異世界移動の仕様を聞いたときにちょっと思ったことを思い出した。
現実世界からルラレラ世界に行く時には時間を指定できる。
だから例えば。
日曜日の俺が、月曜日から来たまおちゃんに出会うこともあり得る、ということなのではないだろうか。
やっぱ未来の出来事知ることができるんじゃん。
うまくやれば宝くじとか競馬とかで一山当てられそうな。
「……仕様なのー」
「……仕様なの!」
ちみっこどもが胸を張って叫んだ。
「いや欠陥じゃね? 寧子さんいずれ大勢の人を呼びたいみたいな事言ってたけど、絶対問題起こるだろこの仕様だと」
「……仕様よ」
「……どうしよう~なんてね。大丈夫もんだいはおこらないわ」
レラがにやにや笑いながらつまらないダジャレを言った。
「確定した未来は覆らないから」
「わけわからん」
肩をすくめると、まおちゃんとすらりんちゃんもよくわからないようで首を傾げていた。
「……???」
「あの、どういうことだか説明を求めても?」
「端的に言うと、俺にとってお嬢ちゃん達は未来からきた存在ってことだな。でもってちみっこども曰くそれが仕様らしい。それ以上のことは聞かれても俺にはわからん」
「……!!!」
「実に中二心を刺激されますね」
すらりんちゃんがまおちゃんの手を握って実によい笑顔を浮かべる。
「……中二病は早めに卒業しろよ? あれはいずれ自身を殺す毒になる」
念のため忠告をしておくが、この状況で興奮するなというのもまぁ間違っているだろう。
「で、まあそれは置いとくとしてだ。これからどうするつもりなんだ?」
というかまおちゃんとすらりんちゃん、リアちゃんの関係も謎なんだが。
「……?」
「確認したいのですが、魔王ちゃん様が週末勇者さんたちと一緒に帰られた場合、どうなるのですか? 週末勇者さんと同じ日曜日に帰り着くのでしょうか?」
すらりんちゃんの問いに、ちみっこどもが両手を上げて答えた。
「まおちゃんがげつようびから来たのなら、げつようびに帰り着くはずなのー」
「おにいちゃんはにちようびにかえりつくのー」
ふーん、そうなるのか。どういう理屈だかわからないが。
「……」
「それなら、せっかく異世界に来たのですからもう少し楽しんで行きたいです、と魔王ちゃんさまが」
「……ふむ、それじゃ一緒にこの街でもぶらついてみるか?」
右手を差し出すと、まおちゃんはおずおずと小さな手を差し出して俺の手を取った。
「うし、じゃみんなで屋台でも冷やかすか!」
「ひやかしとかかいしょうなしなのー」
「じつはまたこっそり幼女たらしのスキルあがってるのー」
……いや中学生は幼女とちがうんじゃね?