8、「んーってやる」
リーアの丸太小屋で一夜を過ごした後、目を覚ましたらなぜか幼女に埋もれていた。右手にはレラ、左手にはルラ。息苦しいと思ったら胸の上にはみぃちゃんが猫のように丸くなっている。足の間にもなんかいる。もしかしたらリーアだろうか。
「いったいどういう状況だ……?」
確か昨晩は適当に携帯食料などでご飯を済ませた後、ちみっこたちとみぃちゃん、リーアの四人でベッドを使い、俺は床に寝袋、ロアは暖炉の側で毛布に包まって寝たはずだった。なのになぜか俺はベッドの上で大の字になっていて幼女に埋もれていた。何がなんだかわからない。
なんとか右腕を引っこ抜いて、みぃちゃんを起こさないように抱きかかえながらごろりと体を入れ替える。みぃちゃんのお耳がぴくんと小さく動いたが、どうやら起こさずにすんだ様だ。
「昨晩はおたのしみでしたね?」
「いや違いますから」
火の消えた暖炉の前で、毛布に包まったロアがニヤニヤ笑いでどこぞの宿屋の主人みたいなことを言ってきたので即座に否定する。
「俺、ちゃんと寝袋で寝ましたよね?」
昨日俺が転がったはずの場所をと見ると、ちゃんと寝袋が転がっていた。昨晩俺が寝袋で寝たのは間違いないはずだ。
「うん、女神ちゃんたちがベッドに引きずり込むの見てた」
ロアが小さくあくびをしてもぞもぞと毛布から這い出して、そのまま暖炉にどこからともなく取り出した木切れを詰め込んで、ライターのようなもので火をつける。
「……あたしはタローのうちに泊まったことないけどさ、いつもあんななの?」
ロアがこちらを見もせずに、火をつけた薪に息を吹きかけて炎を大きくしながら言った。
「あんなって、どういう意味ですか?」
なんとなく想像はついていたが、俺がごまかすように首をかしげると、ロアは特に気にした様子もなく暖炉の上に水を入れた鍋を乗せた。
「タローのとこベッド一個しかないじゃない? あんな風にいつも女神たちと抱き合ったまま寝てるのかってこと」
「んー、同じベッドで寝てるのは確かですけど?」
改めて指摘されると、別に変なことをしているわけではないとはいえ、よそ様の子供と同じベッドで寝るのはあんまりよくないことのような気もする。
「みぃちゃんも何度かタローのとこ泊まったけど?」
「ああ、流石に四人は寝られないのでみぃちゃん居る時はベッドをちみっこたちに明け渡して、俺は床で寝てましたよ?」
まぁ、大概の場合、朝起きると今日のように俺がベッドに引きずり込まれていたり、あるいはちみっこどもが床で眠る俺に抱きついてたりするんだけどな。
「ふーん、まぁどうでもいいんだけどね……」
自分から聞いてきたくせに、興味なさ気にロアが息を吐いた。
何か含みがありそうな感じではあったのだが、この場で言う気はないらしかった。
「タロー、川で顔でも洗ってきなさいよ。朝はあたしが何か作るわ」
「あ、即席味噌汁とか持ってきてますよ」
リュックから食料を取り出す。真空パックにされたご飯は電子レンジならともかく、レトルトのように暖めてもなかなか全体が温まらないので、即席味噌汁と一緒に鍋で煮込んでお粥みたいにしてしまうのもありか。そんな風に言ってロアに食料を渡す。
「昨日は暗くて気がつかなかったけど、裏にはちょっとした菜園もあるみたいだから少しもらっちゃいましょう」
「あ、ロアさんはもう顔あらってきたんですか?」
「うん、水も汲んでおいたよ。ん、あ、あとコレ」
言いながらロアがポーチからソディアを引っ張り出して柄の方を俺に突き出した。
「泣いてたからちゃんと謝っておくよーに」
「え?」
”仮の主殿……あとで綺麗にしてくれると約束したではないか。しくしく……”
手にした破魔の剣から、責める様な声が聞こえてくる。
「あー、ゲロイムと戦ってそれっきりだったっけ。ソディアすまん」
「あたしが磨いといてあげたけどさ、スライムの粘液って腐食性だからちゃんとお手入れしないといけないよ? ソディアはアーティファクトだから大丈夫だけど、普通の剣だと使い物にならなくなるからね?」
「いやすまなかったソディア。今後は約束を違える事が無いように気をつける」
”しくしく。よろしくお願いする、仮の主殿”
「あー、顔洗うついでに素振りもしておいで。こっちも朝ごはん作りながらいろいろ身支度とかするから、戻ってきたときはちゃんとドアノックすること? いいね」
「はい、じゃ行ってきます」
タオルとソディアを持って、丸太小屋を出ようとしたところ、「――♪」とちいさな歌声のようなものが聞こえた。呼び止められたように感じて振り返ると、ベッドの上でリーアがちいさく足をばたつかせていた。
「ん、リーアも顔洗いに行くか?」
『おさかなとる』
ノートをばたばたと振って、リーアが微笑んだ。
「ロアさん、じゃリーアも連れてきます」
「はいよー、おかず期待してるからねー」
ロアのなんだか気のぬけた声に見送られて、俺は腰にソディアを差し、背中にリーアを背負って丸太小屋を出た。
『ふくをぬぐ』
川に着いてリーアを岸に下ろすとそんなことを言ってバンザイをしたので、首を傾げているとソディアが”タロー殿、脱がせてくれということではないだろうか?”と言ったので、なるほどとひとつ手をうち、リーアのワンピースを上から引っ張って脱がしてやる。
なぜか下着を穿いておらず、すっぽんぽんのリーアは「――♪」と小さく歌うように鳴いて川にぽしょんと飛び込んだ。――二本の足のままで。
「……大丈夫なのか?」
大体足がヒレの状態でも泳ぐのが得意でないという話だったのに、なれない二本の足で泳げるものなのだろうか。もしかしたら、あまり自由に下半身を変化させることは出来ないのかもしれない。みぃちゃんなんかは結構頻繁に手を獣に変えて爪をしゃきーんってやってくるのだけれど。
心配を他所に、リーアは犬掻きをするように頭を水面に出したままじゃぼじゃぼと川の中ほどまで進んでいった。
その頭が不意にぼしゃんと水面に沈む。
「おい、大丈夫か?」
いつでも飛び込めるように上着を脱ぐ。
そのとき、ト、と振動が響いた。
なんだ?
続けて、トトトトト、と何か振動音がして、川に水柱がいくつか立ち昇る。
「――♪」
リーアが川から顔を出した。両手と口に魚を咥えて、こちらに向かって手を振ってきた。
「よかった」
しかし、今の音、というか振動はなんだ?
戻ってきたリーアが川岸に捕ったばかりの魚を放り、また川の中ほどへと向かう。
またトトトトトと振動音が響き、リーアが魚をつかんで戻ってきた。
「リーアがやってるのか?」
「――♪」
”タロー殿、どうやらトリストリーア殿は何か音のようなものを飛ばして魚を捕っているようだ”
「へぇーすごいなリーア」
イルカとか超音波だせるんだっけ。こっちの世界の人魚にも似たような能力があるっぽい。
「ありがとう。人数分そろったからもうお魚はいいかな」
岸に引っ張り上げてタオルで身体を拭いてやると、
『んーってやる』
『さかなうごかなくなる』
戻ってきたリーアがノートにそう書いて両方の人差し指をこめかみにあてた。
なるほど、よくわからないがこんな風に獲物を捕ることが出来るなら、一人でもちゃんと生活できていたのだろうということはよくわかった。
「がんばってたんだな」
頭をなでてやると、「――♪」とリーアが嬉しげな音を出してぱたぱたと足をばたつかせた。
なんとはなしにその足先をえいとつかんでみたら、足の裏が赤ん坊みたいふわふわやわらかかった。出来立ての足だから、ほんとに赤ん坊と同じなのかもしれない。
「リーアは歩く練習もしなきゃな」
ゲロイムに靴をダメにされたので、もう予備の靴は無い。次回来る時にはリーア用の靴も用意しなきゃならんなーと思った。