週末勇者は双子女神の夢を見るか? その1
――りあちゃんとの結婚式の後。
りあちゃんの保護者である叔父夫婦としばらく話をして、夕食までごちそうになった。
二、三日泊まっていってはどうかという誘いをなんとか断り、そうしてようやく自分の部屋まで帰り着いたわけであるのだが。
「……太郎様、このたびは私の都合で、勝手なことをしてしまい、大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません」
りあちゃんが俺の前で正座して、床に額をこすりつけるようにしてそう言った。
「頭を上げてくれよ、りあちゃん。あれがりあちゃんの意思だっていうなら、それを受け入れたのも俺の意思なんだから。頭を下げる必要はないよ。むしろ……」
俺もりあちゃんの前に正座して、床に額を付ける。
「……俺の方こそ、すまなかった。りあちゃんの気持ちを告げられておきながら、いつまでも曖昧な態度のままでいて、すまなかった」
誰か他の男に取られると思って、初めて自分の気持ちを認識した気がする。
「……ふふ」
「……はは」
お互いに土下座状態のまま、ちょっと顔を見合わせて、くすりと笑う。
「……ところで、そろそろ事情を教えて欲しいのです」
ゲームのコントローラーを握ったままの、みぃちゃんに突っ込まれて。
俺とりあちゃんはようやく頭を上げた。
りあちゃんはお茶の用意をして、最初から説明します、と席に着いた。
いつぞやのセラ世界での迷宮探検のあと、俺の従者になると決めたりあちゃんは、早々と実家である竜の里の叔父夫婦に手紙を送っていたらしい。
当然最初は反対された。なにしろ俺は異世界に住んでいて、生活の基盤だってこっちにあるわけだから、会いにくることさえ難しい。さらに言えば、そもそも叔父夫婦はりあちゃんが神殿騎士になることすら反対していたらしく、危ないことはやめて里に帰って嫁に行けと言われたのだとか。
最初の頃、りあちゃんが俺に神殿騎士の都合がどうこう言って俺の部屋に引っ越して来られなかったのには、実は保護者である叔父夫婦の反対が強かったからだったのだ。
しかし、魔王のゲームで光神ミラが、ルラレラ世界中に俺たちの戦いの様子を放映した結果、叔父夫婦も考えを変えたらしい。
俺、あんまり活躍してないってゆーか、ほとんどティアの方だったんだが、まあ、納得していただけたのなら問題は無い。それでりあちゃんが俺の部屋に引っ越してくることになったわけだ。
りあちゃん自身はそれで終わった話だと思っていたのだけれど。
「……その、同じ部屋に住んでおりますのに、太郎様がいつまでたっても手を出してくださらないものですから、養母に相談してみたところ、一度里に帰って来いと言われまして」
この時にはまだ、二、三日で帰るつもりで、俺にもそう言うメールを出したのだが、里に着いたら状況が変わったらしい。
「……太郎様、気付かれてますか?」
りあちゃんは未だに白無垢姿だったのだけれど、そっと大きな綿帽子を外して、結っていた髪を解いて肩に流した。
「……あれ? りあちゃん、いつものツノはどこにいったの」
りあちゃんのドラゴンっぽい特徴である、こめかみあたりから伸びていたツノがどこにも見当たらなかった。結婚式の時、花嫁さんが頭に着ける帯状のものを角隠しなんていうけれど。まさかほんとに隠してしまうなんてそんなバカなことがあるはずもない。
妙な考えが浮かんでふと、セラ世界で出会ったもう一人のドラゴン娘を思い出した。
迷宮一階のボスをやっていたドラゴン、ミルトティアさん。あの人は最初全く人間と同じ姿で、途中で変身してりあちゃんと同じようにツノとはねとしっぽ付きになった。後でりあちゃんにツノとしっぽって引込められないのって聞いたとき。「成竜でないから無理」と言われたのを思い出す。
「と、言うことは……? まさか」
「……養母に、勇者殿が手をお付けにならないのは、お前が子供だからに違いあるまいと言われまして。成長を促進する秘薬を使い、太郎様の御子を宿せる身体になりました」
少し頬を染めて、りあちゃんが髪をかき上げてツノのなくなった耳元をそっと晒す。
「秘薬って、身体に無理とかしてない?」
「いえ、体力的にはともかく、身体に危険のあるものではないのです。竜族というのは、人の姿と竜の姿で年齢に剥離があるものですから、人として適齢でも竜としては幼い場合があって、そういう者が結婚する際に昔から使われているものなのです」
やり方は、成長を促進する薬を飲んで、人から竜へ、竜から人への変身を繰り返すだけ。
変身の際に実質的に身体を創り変えているため、何度か行うと成長の遅い竜の姿はともかく、人の姿の時にちゃんと子供を成せる身体になるのだとか。
「……昨日は、訪ねていただいたのに、まだ、みっともない姿をお見せできずに」
「ああ、御篭りって、そのためだったのか」
というか。白無垢を着て、お化粧とかしていて、綺麗になっていたから気が付くのが遅れたけれど。りあちゃん、ツノが無くなっただけじゃなくてちょっと成長してるっぽい!?
みぃちゃんと同じくらい、せいぜい中学生くらいにしか見えなかったのに。
もう少し上、高校生くらいになってる気がする。
「……なるほど。じゃあ、今日は空気を読んで、もうひとりの太郎のところに行くのです」
みぃちゃんが、携帯ゲーム機を抱えて。
じゃあにゃ、と小さく手を振ってティアの部屋の方に行ってしまった。
みぃちゃん、俺のこと好きって言ってくれるけど、意外にドライだよね……。執着心が無いというか。
それとも、りあちゃんが居なかった二週間ほど俺を独り占めだったから今日は譲る、みたいな感覚なんだろうか。
「……ふつつかものですが、よろしくお願いします」
床に三つ指付いて、りあちゃんが深くお辞儀をした。
「……こちらこそ」
なんとも落ち着かない気分で、お辞儀を返した。
……現実世界でもルラレラ世界でも法的な根拠はないとはいえ、結婚式を挙げてしまった以上、りあちゃんは俺の嫁で、夫婦で、だからまったく問題がないわけで。
さらにいえば、見た目が若いのはともかく実年齢も二十歳超えてるし、その意味でも問題がなくって。
みぃちゃんと違って、体格的にも問題がなさそうなくらいに成長しちゃってるわけで。
……拒む理由が全くなかった。
正直、性的な意味でりあちゃんを抱きたいかと言われると、ロリコンでない俺は未だにノーではあるのだが。愛おしいかという意味では全力で抱きしめたいと思う。
だから。
「……やさしくしてくださいませ」
お風呂上りのりあちゃんが、俺のベッドにそっと入ってくるのを拒むことは出来なかった。
もそもそと布団の中で帯を解いて、そっと俺に寄り添ってくる。
お風呂上りのぽかぽかした身体が暖かくて。
「……りあちゃん」
そっと抱きしめようとした、その瞬間。
「ふはは、あまいのー!」
「こむすめごときにはまけないのー!」
いつの間にベッドにもぐりこんでいたのか、俺の左右からルラとレラがひょっこり顔を出した。
「ルラ、レラ!」
思わず声をあげると、二人そろってにやりとした笑みを浮かべた。
「今日はこっちで寝るきぶんなのー」
「おにいちゃんすきすきなのー」
「お前ら、メラさんの手伝いするから今日は向こうに残るんじゃなかったのか?」
「おしごとはかたづけてきたのー」
「おにぃちゃんぎゅーってしてほめてほしいの―」
ルラとレラが左右から俺の腕に抱きついてくる。
って、おい、もしかして。
「……なんでお前ら服着てないんだ」
「みぃといちゃいちゃしたのも、すでに調べはついているの」
「こんどはわたしとわたしがいちゃいちゃするのー」
頬を摺り寄せてくるちみっこ二人。
「……すまん、りあちゃん」
顔を真っ赤にして小さくなっているりあちゃんに謝ると、小さく首を横に振って息を吐いた。
「いえ、いいえ。その、恐れ多いことです……きゃ」
「おっと」
離れようとして、ベッドから転がり落ちそうになったりあちゃんを抱きとめる。
「こずるいリアも、一緒にねることだけなら許可してやるの」
「さむいからはやくくっつくの」
ルラとレラが、ふん、と鼻を鳴らしてりあちゃんを俺の上に引っ張り上げた。
正面から抱き合う形になって、ちょっとドキドキするが、流石にルラレラの居るところで行為には及べない。
「……こずるいって、どういうことだ?」
ふと気になって尋ねると、レラがニヤリと頬の端を吊り上げた。
「あら、おにいちゃん。騙されたままの方が幸せかもしれないけれど、知りたい?」
「シルヴィも言ってたけれど、おにいちゃんは知らない方がいいってこともあるのよ?」
ルラがクスクスと小さく笑う。
「……騙されるって、なんだ?」
思わず口に出すと、胸の上のりあちゃんが、肩をぴくりと震わせた。
「ひんとそのいちー。ちょっと実家に帰るだけのはずのリアが、なんでてぃあろーちゃんたちをお兄ちゃんの代理として連れて行ったのー?」
「ひんとそのにー。リアのはねなら数時間で神殿まで戻って来られるのに。なんでお兄ちゃんにひた隠しにしていたのかなー?」
「……っ」
ルラとレラがクスクス笑いながら、真っ赤に染まったりあちゃんのほっぺを両側からつついている。ぷるぷると震えるりあちゃんがとってもかわいい。
「さっきりあちゃんに聞いた話だと、相談したら実家に帰ってこいって手紙がって話だったよな……」
これと、ティア・ローが一体化した時の記憶と突き合せてみると。
ティア・ローは、なんだか慌てているりあちゃんに、おいしいものごちそうするので一緒に来てください、と言われて二つ返事で了承していた。
実家に帰るときに、ティア・ローたちが暇そうにしてたからついでに誘った、って感じじゃなかったよな。
「あれ……。もしかして最初っから代理を立てて結婚式するつもりだったってこと?」
「既成事実を積み上げるー♪」
「外堀からがっちりなのー♪」
「いや、それは娘が男の家に転がり込んでるって現状を、きちんとした形にして欲しいって、叔父夫婦に頼まれてって、そういう感じだったんだろ? 保護者としてはそう思うのが当然だろうし」
外聞が悪いから、りあちゃんがきちんとお嫁に行きましたという形にして、竜の里の民と叔父夫婦を納得させるための結婚式だったと俺は認識しているんだが。
「それも間違いじゃないの。でもそれなら、お兄ちゃん本人を呼ばなかったのはなんでなのー?」
「有給とってお休みだってできるの。結婚式ならなおさらなのー」
「……そう言われると。俺に隠してたのはなんか気になるよな」
ぷるぷると真っ赤になったりあちゃんが震えている。
「えーっと」
ルラの下敷きになっていた右手をよいしょと引っこ抜いて、りあちゃんにそっと伸ばす。
「正直に答えてほしい。もしかして、ここまで全部、りあちゃんの作戦だったりする?」
「……いえ、あの、その、はい。半分ほどは、そう、です」
「なるほど」
俺は、りあちゃんの後頭部に手を伸ばして。
「ん」
そのままりあちゃんを引き寄せてキスをした。
「そのくらいされないと、俺、ずっとりあちゃんを袖にしっぱなしだったかも。だから、ありがとう」
ぽつり、ぽつりとりあちゃんが話してくれたのは、こんな作戦だった。
代理のティア・ローと結婚式をする。これ自体は里の皆や叔父夫婦の体面等を考えて、きちんとした形で俺のところに住むためのものだ。でも代理とはいえ、ティア・ローも俺なのだから俺と結婚したのと同じだよね、という論法で俺に迫ろうと考えていたらしい。
さらに養母さんの提案で、成長促進の薬を使うことに。これに思った以上に時間がかかったのは想定外だったらしいが、あるいは、連絡なしに長期間姿を見せなければ心配して来てくれるかも、という思惑もあったらしい。
新郎の名前がスズキ・アロウなんて名前で広まっていたのも半分はわざとらしい。
「……勘違いして、私をさらいに来てくれたら、とか」
もにょもにょと口ごもりながらりあちゃんが全てを白状した。
もし俺が来なくても最初の思惑は果たせるし、来てくれたのなら自分を意識してくれるかもしれないと。
まんまと引っかかってしまったわけだが。そこまで想われていた、ということが嬉しくもある。そこまで俺に価値があるとも思えないのだけれど。
……愛想尽かされないように、頑張らなきゃな。
――翌朝。目が覚めると、一人だった。
いつもなら、ルラレラが一緒だと肩のあたりが重かったりするんだけれど、ちょっと寂しい。
「あ、おはようございます太郎様。朝食の支度は、すぐにできますから」
割烹着を着たりあちゃんが、調理台の方から顔を出してそう言った。
「おはよう、りあちゃん」
あくびをしながら洗面台に向かい、顔を洗って小用を足す。
部屋に戻ってくると、テーブルの上に朝食が並べられていた。
「みぃちゃんはティアのとこいったままかな? こっちでご飯かな」
「みぃさんは、お昼ご飯と一緒かもしれません」
「ああ、今頃まだ寝てるのかな」
ゲームのし過ぎだよな、みぃちゃん。
「りあちゃんがこっちでご飯つくってるってことは、ルラレラはティアのとこかな?」
いつもなら俺が起きるまでぐーぐー寝ている二人の姿が見えないのがちょっと気になって尋ねると。
「……ルラレラ、って、誰のことですか?」
きょとん、とした顔でりあちゃんが首を傾げた。
「え?」
思わずりあちゃんを見つめるが、どうやら冗談というわけでもないらしい。
「あんなのでも、一応、りあちゃん達の世界の創世神なんだし」
「……創世神は、ティア様ですよね?」
りあちゃんがどこか訝しげに俺を見つめてくる。
「……え?」
いや、確かにティアもルラレラ世界の管理者権限もってるから神様の一人ではあるんだけれど、創世神とはちょっととがう気がする。
「……」
俺はちょっと気になって、ティアの部屋に駆け込んだ。
「おい、ティア!」
ノックもなしに踏み込むと、リーアを抱き枕のように抱きしめたティアが、ベッドでくーくーといびきをかいていた。
床の御布団にはみぃちゃんが丸くなっている。
しかし。
ルラと、レラの姿はどこにも見えなかった。
「……くっ!」
どういうことなんだ?
そうだ、寧子さんなら。
慌てて部屋に戻りスマホを探す。
しかし。
「寧子さんの電話番号が消えてる……っ!?」
メールアドレスに至るまで、寧子さんとルラレラに関わるものすべてが消えてしまっていた。
勝手に登録されたものだから、寧子さんの番号なんて覚えていない。
いったい、何がどうなっているんだ?
――俺は、スマホを片手に、ただ立ちすくむことしかできなかった。
りあちゃんEND 意外に策士?