竜の嫁入り その4
茶屋に戻ってすらちゃんやまおちゃんと合流した後、俺たちはそのままいったん闇神神殿に戻ることにした。きっと、落胆が俺の顔に出ていたのだろう。すらちゃんもまおちゃんも、俺に何も聞くことなく、素直に帰ることを受け入れた。
「……」
「それで、明日はどうするんですか?」
部屋で落ち着いてしばらく経ち。
黙っていると、すらちゃんが話しかけてきた。
「りあちゃんには、俺も参加してほしいって言われたけど。正直、行きたくはない、かな」
自業自得とはいえ、素直にりあちゃんを祝福して上げられるほど、俺は人間が出来ていない。
仮に祝福する気になったとしても、何か恨み言を言ってしまいそうで、落ち着かない。
「……なるほど、つまり、リアさん自身の口から肯定されてしまったというわけですか」
「……うん」
頷くのに、抵抗があった。我ながら、ひどいと思う。りあちゃんが想いを寄せてくれていることに胡坐をかいて、何一つ彼氏らしいこともしていないのに。手の中からいなくなったというだけで、誰かに奪われてしまったという悔しさと憤りを覚えているだなんて。
それなら最初から、自分の腕でしっかり捕まえておけ、という話なのだ。
無くなってしまってから、それがどれほど大切なものだったかなんて気が付くなんて。
「何度も言いますが、私は、私たちは、太郎さんの味方です。お望みなら、花嫁奪還……」
「それはだめだっ!」
すらちゃんの言葉を遮るようにわめく。
「……これ以上、りあちゃんに嫌われるようなことはしたくない」
「そうですか」
すらちゃんが、ひとつ息を吐いた。
「では……気が変わって、明日出かける気になったら教えてください。私も、魔王ちゃん様も太郎さんの味方ではありますが……リアさんを祝福したい気持ちももちろんありますので」
「~~!」
コクコク、と何度もうなずくまおちゃん。
「……そういえば。りあちゃんは元々まおちゃんの従者だったんだよな」
それが色々あって、りあちゃんの意思で俺の元に来た。
今度はまたりあちゃん自身の意思で、別の男の元に行く。それだけの……やめよう。この考えは不毛だ。悪いのは俺なのに。この考えを進めると……りあちゃんに恨み言を言いたくなってしまう。相手の男に、また乗り換えられるぞと……嫌味を言いたくなる。
眉をしかめていると、眉間をティアに指でぴんと弾かれた。
「いて。何すんだよティア」
「太郎がバカなこと考えてるみたいだったから」
言いながら、ティアが両腕を広げる。
「……ぎゅってしたあげるから来なさい」
ヘイ、かもーんとばかりに手招き。
「お前に慰められてもなぁ……」
「ちょ、それひどくない?」
「気持ちはうれしいけどな」
というか、ティアの方はショック受けてないのかな。リーアだけいれば大丈夫なんだろうか。
「ティアさんでご不満なら、私が」
なぜかすらちゃんが、身体を成長させ、お胸を少しばかり増量した状態で、へいかもーんとばかりに両腕を広げた。
「太郎……?」
ティアのこめかみに、青筋の幻影が見える。
「……いえ、別にティア様の大きさが不満、というわけではなくてですね、」
つか、お前だって元俺なんだから小ぶりなのが好きだって知ってるだろうがよ。ぶっちゃけティアのサイズってドストライクなんだが。
「問答無用!」
「うお」
ぐい、と手を引かれて、気が付いたらティアの胸に抱かれていた。
「……」
やわらかな感触に、性的な興奮を覚えるより先に、安らぎを感じた。
背中にまで手を回されて、軽く撫でられる。
「落ち着いた?」
「……不本意ながら。男って、単純だよな」
嫌なことがあっても、たったこれだけのことで忘れられる。落ち着いてしまう。
「私はもう、太郎とは結構感じ方変わっちゃってるけどさ、それでもやっぱりりあちゃんのことは寂しいと思う」
「うん」
「でも、このままバイバイっていうのはもっと寂しくないかな?」
「うん」
「だからさ、明日はちゃんとりあちゃん、祝福してあげよ?」
「……うん」
「よし、がんばれオトコノコ!」
ティアに頭を撫でられてしまった。ちょっと嬉しかったのがなんかくやしい。
「……」
「……」
もとの幼女形態に戻ったすらちゃんと、まおちゃんになんか生暖かい目で見つめられてる気がするけれど……気にしたらきっと負けだ。何が勝ちなのかはわかんないけど。
――翌朝。
今日もルラレラは相変わらず後始末の続きらしい。昨夜も結局部屋に戻ってこなかったし、一晩中お仕事をしていたようなのだが大丈夫だろうか。
あんまり無理するなよ、って頭を撫でてやったら「ぎゅってしてほしいのー」「オニイチャニウムほじゅうするのー」というものだから、二人そろってぎゅうと抱きしめてやる。
すると、両側からほっぺにキスされた。
「おにいちゃんもがんばってくるのー」
「おみやげ、きたいしてるのー」
そんな言葉をかけられた。
「……おう」
何も話してないけれど、やっぱりルラレラは全部わかってるんだろうな……。
最後にもう一度二人の頭を撫でてやった。
ティアの相変わらず地獄の門という感じのドアをくぐって竜の里へ向かう。
通りは、相変わらず人の流れがあり、昨日遠目に見た広場にはすっかり何かの斎場っぽく、やぐらや椅子、テーブルが並んでいた。
今日はいつもの冒険用のジャージでなくって、神殿でそれなりにそれっぽい服を借りてきたのだが、通りには俺と同じような礼服、あるいはどことなくアイヌっぽい模様の入った民族衣装っぽいものを来た人たちが歩いていた。
みんな笑顔で、りあちゃんを祝福している雰囲気が伝わってくるようだった。
「……ほら、ぼーっと突っ立ってないで。いくよー」
「……おう」
ティアに手を引っ張られるようにして、広場に向かって歩き始めた。
こちらにも結婚式のご祝儀というような慣習はあるが、現金ではなく品物を贈るのが一般的らしい。受付で人数分のご祝儀として神殿で分けてもらった反物を三反ほど納める。
会場には新婦席・新郎席といった区別は無いらしく、知り合い同士でまとまって席についているようだ。式が始まるのは昼からと聞いていたが、もうすでにだいぶ人が集まっていた。
「なんか舞台みたいなのもありますし、お祭りっぽくいろいろ出し物でもあるんでしょうかね」
すらちゃんが周りを見回してつぶやいた。
櫓みたいなのも建っているし、その櫓の上では太鼓っぽい音が、トン、トーンっと響いている。なんだか夏祭りみたいだ。最後にやぐらを囲んで全員で盆踊りでもしそうな感じ。
各テーブルにはアルコールの入っていない飲み物と軽食のようなものが配られ、しばらくすると舞台の上に役者らしき人が数人現れて一礼をした。
それから始まったのは、どうやらりあちゃんの、リア姫の生い立ちを表す劇のようだった。誕生シーンから始まって、いくつかの微笑ましいエピソードとともに舞台の上のリア姫が成長してゆく。
「……結婚式とかで流れる新郎とか新婦のビデオ鑑賞みたいなものなんですかね」
「それっぽいな」
すらちゃんに相槌を打ちながら、舞台に引き込まれていく。劇仕立てだから誇張されている部分はあるのだろうけれど、意外にりあちゃんは波乱の人生を送ってきたようだ。生みのご両親は既になく、現在は叔父夫婦に養子として引き取られているらしい。
……家族の話とか、そういったことすらりあちゃんとはしたことがなかったんだな、と寂しく思った。
昼前になると、大皿の料理が各テーブルに並べはじめられた。
急に周りが騒ぎ始めたので、見ると舞台の上に席が作られていて、新郎と新婦が入場してくるところだった。
「白無垢ですか、きれいですね……」
すらちゃんが、はぁ、と息を吐いた。
りあちゃんらしき白一色の着物をきた女性が、静々と歩いて来て一礼をすると、席についた。
綿帽子というやつだろうか、頭から顔半分ほどを覆うように、布で出来た白い帽子のようなようなものを被っていて、顔はよく見えない。
対する新郎の方は黒一色の着物を着て、同じように黒い帽子をかぶっていた。着物のサイズが合っていないのか、それとも帽子のせいで前が見えないのか、歩きにくそうにふらふらとしている。
「男性の方も綿帽子なのですね。紋付き袴じゃなくて」
「……顔はよく見えないけど、見覚えはない、のかな。誰なんだろう」
スズキ、アロウ。名前にも覚えはなかったが、姿を見てもやっぱり誰だかよくわからない。
わずかに覗く顎は小さく、子供のようにもみえる。まあ、子供にしか見えないりあちゃんには似合う見た目なのかもしれないが。
目を凝らしていると、やはり礼服らしいアイヌの民族衣装のようなものを着た男女が現れて、りあちゃんの隣に座った。先の劇の通りなら、りあちゃんの叔父夫婦なのだろう。
しばらくしてざわめきが収まると、マイクのような形をした棒を手にりあちゃんの叔父さんが立ち上がって口を開いた。
「娘のためにこれほど多くの人々に集まっていただき、かたじけない。どうか、祝福してやってほしい」
挨拶は簡潔なものだった。その言葉を受けて、式場にいた人々が舞台の登り口に向かって列を作り始めた。どうやら、順番に新郎新婦の前で祝いの言葉を述べるようだ。
「太郎、いくよ?」
ティアに促されて、席を立つ。
「……おう」
正直、気は重かった。しかし、りあちゃんを連れて行く新郎の顔くらいは近くで見たかったし、りあちゃんにせめて一言、祝福を述べなければならない。
列は長かったが、あまり時間はかからず、皆一言二言、祝福の言葉を述べるだけで舞台から降りてゆく。
りあちゃんの個人的な知り合いとか友人って、あんまりいないのかな?
――ぼんやりと考えているうちに、俺たちの番になってしまった。
「おめでとうございます、リアさん」
「~~!」
すらちゃんとまおちゃんが声をかけると。
「まお殿にすらりん殿、来てくださったのですか!?」
りあちゃんが、嬉しそうに口元をほころばせた。
「――結婚おめでとう、りあちゃん」
ティアが、少し詰まったように、お祝いの言葉を告げた。
「ティア様まで……ところで、太郎様は、いらっしゃらないのですか?」
「……っと、」
まだ少し、踏ん切りがつかずにティアの後ろに隠れていたところを、後ろから押されてりあちゃんの前に突き出された。
「太郎様!」
「えーっと、その、あの、りあちゃん……」
おめでとう、の一言が素直に言えない。
真近で見る白無垢のりあちゃんは、とてもきれいだった。白一色ではあるものの襟には細かい刺繍がされていたり、非常に手間暇のかかった豪華な衣装のようだ。
……目をそらすように、隣にいる新郎に目を向ける。
なぜか、その新郎がびくん、と驚いたように一瞬肩をすくませたのが見えた。
「……え?」
「もう、太郎様! 何やってるんですか。式に参加してくださるなら、そちら側ではなくて」
りあちゃんが立ち上がって俺に手を伸ばしてくる。
「――こちら側です」
ふわり、と持ち上げられて、テーブルの向こう側に連れ去られる。
「……は?」
「スズちゃん、ティア・ローちゃん、代理ありがとうございました」
りあちゃんが声をかけると、黒い着物を着ていた新郎の綿帽子が、ぽろり、と床に転がった。
「にゃー。しゅちにくりーん、はもう終わりなのです……」
その新郎の顔は。ティア・ローだった。
「むー、ごちそうまだ食べたかったのです」
お腹のあたりからも、ひょこん、とねこみみが飛び出してきた。
「スズキ・アロウってもしかして……スズ、ティア・ロー?」
は? これはいったい、なにが、どうなって、イルンダ?
そういや、ティア・ローたちの姿見えないなって思ってて。りあちゃんが代理だって連れて行ったと聞いてたけど。ほんとに、俺の、代理だったってこと?
まさか、この結婚式って。
俺と、りあちゃんのだったってこと!?
ティア・ローたちがそそくさと場所を空け、そこに座るように促される。
「その方が、タロウ殿か。ふむ、先の戦の映像は見ておったが、おもったより冴えない面をしておるのう」
りあちゃんの叔父さんが、俺をじろじろ見つめてなんだか失礼なことを言ってきた。
「……だがこうして来てくれたことには感謝しよう。我らのわがままに突き合せてすまぬの」
なんだか、わけがわからないうちに新郎席に座ることになり。
なんだか、ニヤニヤ顔のティア・ローがにゅふ、と笑いながら俺の中に飛び込んできて、全てを理解した。
――つまりこれは、りあちゃんが、俺の部屋に住むための、家族に対するけじめのようなもだったのだと。
異世界に住む俺とは、手続き上の意味で”結婚”は不可能。叔父夫婦と、竜の里の皆に認めてもらうための儀式。異世界の勇者のもとに嫁ぐのだと、安心してもらうための。
俺に黙ってすることは無いと思うんだけど。どうやら、りあちゃんが俺の現実世界の生活を考慮してくれたためと、ごちそうに吊られたティア・ローが俺やティアに何も連絡しなかったのが原因らしい。
「……ちゃんと言ってくれたら、俺にもいろいろ手伝えることはあったのに」
「こちらのわがままで、太郎様にご迷惑をおかけしたくなかったのです。それに……お答えもいただいていないのに、養父や養母を安心させるためとはいえ、その勝手に式をというのは……」
りあちゃんが、もじもじとしながら言葉を濁す。
「いろいろ考えてさ、それでやっぱり思った。りあちゃんが居なくなるのは嫌だって。だから……」
俺は、そっとりあちゃんを抱きしめた。
祝いの列が終わり、祝宴が始まった。
ティアやすらちゃんたちも、近くにテーブルを用意してもらって、小さな宴会が始まっている。
「ん」
不意に頬を濡らす感覚に、気が付くと、空は晴れているのにぱらぱらと霧雨のようなものが降り始めていた。
「天気雨か……」
思わずつぶやくと。
「知っていますか、太郎様。向こうでは天気雨のことを”狐の嫁入り”なんて言うらしいですけれど。こっちでは天気雨のこと、”竜の嫁入り”っていうんですよ」
りあちゃんは悪戯っぽく微笑みながらそう言った。
「……そっか。天もお祝いしてくれてるのかもな」
俺は、空を見上げて、おおきく息を吸った。
本編後のおまけも長くなってきましたが、もうちょっとだけ続くのじゃよ……。