竜の嫁入り その2
「――え、りあちゃん、実家に帰っちゃったんですか?」
「ええ。なんでもご両親から連絡があって、どうしても竜の里に戻らなければならなくなったと聞いていますよ」
二、三日で帰ってくると言いながら、りあちゃんが音信普通になった週末。
闇神神殿を訪れると、闇神メラさんがりあちゃんからの伝言を伝えてくれた。竜の里、というのは今居るサークリングスの街からはずいぶんと離れた場所にあるらしく、そうするとつまり神殿以外の場所で充電とかできないっぽいので、りあちゃんが音信不通になったのは何かあったわけではなくて単純にスマホのバッテリが切れたせいらしかった。
充電する暇もなかったんだろうか。メラさんに言付けだけして慌てて出かけていったそうだけど、まさか身内に不幸でもあったんだろうか。
むー、と唸っているとシルヴィが「タロウ、久しぶりだ」と手を振りながらやってきた。
「ああ、シルヴィ。先週はどたばたしてて顔合わせられなかったっけ」
「うむ。まあ、こちらもまだもろもろの後始末が残っておったからな。神殿に顔を出す暇が無くてな」
少し疲れたようにため息を吐きながら、シルヴィが苦笑する。領主様なだけに、いろいろと後始末としてやらなきゃいけないことがあったようだ。ご苦労様。
「それより、リア殿のことだが心配する必要はあるまいよ」
「あれ、シルヴィはりあちゃんのこと何か知ってるの?」
「うむ。まあ、あれだ。あえてタロウに詳しく告げずに帰ったことを考えるとよい。つまり、タロウには知られたくないことがあるということだ。乙女の秘密をあまり詮索するものではないぞ?」
「……そうなんですか」
多少不安に思わないでもなかったが、そんな風に言われてしまうと変に心配するのも馬鹿らしい。
結局その週末は、おおかみみさんの酒場に顔を出したり、シルヴィの添い寝をしたりして過ごした。
――りあちゃんが居なくなって二週目の週末。
「家事と、あとゲームするです」というみぃちゃんと、「手伝う」というリーアを残して、俺とティア、ルラレラは闇神神殿を訪れていた。
「……心配しないでも大丈夫だって、シルヴィは言ったけどさぁ」
流石に二週間も何の音沙汰なしに帰って来ないって言うのは、ちょっと心配だよね。
はねを伸ばしたりあちゃんなら、日帰りとはいわないものの割と気軽に往復できる距離らしいのだが。二週間も戻ってこないというのはつまり、どうしても何か手が離せないことがあって、竜の里から動けない状態なんだと考えられる。
まさか、俺に愛想つかして出て行ったってわけじゃないだろうし。
……いや無いよね? マジで。なんか嫌われるようなことした覚えはないんだけど。
「って言っても、竜の里って歩きだと4、5日かかるらしいからな。どうしよう?」
車かバイクみたいなのがあれば、俺がルラレラ世界を訪れる週末の間に行き来できる距離なんだろうけれど。無いものをねだってもしょうがない。
「……ぶちぶちつぶやいてないでさぁ。太郎、心配ならその竜の里ってとこ、行ってみればいいじゃない」
俺の独り言に、ティアが横から突っ込んできた。
「いや、俺仕事あるし、そうそう何日もかかるとこにはいけないだろ?」
「ってゆーか太郎は、いっろいろボケてないっ?」
腕組みしたティアが、ちょっと頬を膨らませ、口を尖らせて俺をにらみつけてくる。
「私はいちおー、女神なんですけど。それにスズちゃんとかも、どこでもドア持ってたでしょ? ルラレラにお願いされた伝説を作るってお仕事は一応終わったわけだから、あとは好き放題この世界を楽しもうじゃないの!」
「チートツール使ってゲームプレイするようなのはなぁ……」
思わずぼやくと。
「……りあちゃん心配なんじゃないの?」
ティアに言われて何も返せなくなった。
ルラレラを見つめると、ぐ、と親指を立ててにやりとした笑みを浮かべた。どうやら、許可してくれたようだ。
「スズっていえば。そういや、最近ティア・ローとスズの姿も見ないよな?」
ふと思い出した。先々週、みんなで買い物をしたあとから姿を見かけない気がする。ちびねこたちは割と頻繁にルラレラ世界と現実世界を好き勝手に行き来しているようで、俺やティアと一緒に居ないことも多いけれど。こんなに長いこと姿を見せないのも珍しい。
……あれ、りあちゃんが居なくなったのと同じくらいから姿見てない気がするぞ?
「ちびねこたちなら、シルヴィのダンジョンでNMやってるんじゃないの?」
ティアがきょとんとした顔で、首を斜めにして言った。
「ああ、そっか。そういやそうだっけ」
魔王襲来でなんか中途半端になっちゃったけど、シルヴィのダンジョンもちゃんと攻略したいよなぁ。先週、夜にシルヴィに聞いた話じゃ、あのあと何回かプレオープンを繰り返して、今また改装してるらしいからな。
って。……改装中ならちびねこたちは今どこで何をしてるんだ?
「あら、太郎さん、来てたんですね」
「~~!」
そこへ、すらちゃんとまおちゃんがやってきた。
まおちゃんが自分だけでルラレラ世界を訪れられるようになったせいか、俺と時間の都合を合わせる必要もなくなったので、最近はあまり連絡もとっていなかった。
しかし……なんかまおちゃんがやたら興奮してる気がするけど、どうしたんだろう。
まあそれは置いといて。ちょうどいいから、すらちゃんに聞いてみようか。
「しばらくぶりだね、すらちゃん、まおちゃんも。ところで、うちのティア・ローとかスズって、こっちで今なにやってるか知らない?」
尋ねると、すらちゃんが何度か瞬きして、マジマジと俺の顔を不審げに見つめてきた。
「しばらくぶり……って。ちびねこさんたちも、太郎さんだと認識してましたが。ご自身で動向を把握されてないのでしょうか?」
「今は物理的に別行動してるからなぁ……ひとつになると記憶とかマージされるんだけど」
「ああ、そうなのですか……」
なぜかちょっと寂しそうにすらちゃんがため息を吐いた。
「ご存知のように私はこの闇神神殿でお世話になっているわけですが、あのちびねこさんたちの行動は、太郎さんの意思ではない、と主張されるということですね?」
「え、ちびねこたち、すらちゃんになんかしたの?」
ティア・ローとスズは、たまに現実世界の俺の部屋でごはんだけ食べることもあるけど、基本的にNMのお仕事でルラレラ世界にいるときには、闇神神殿でお世話になっていると聞いている。つまり、すらちゃんと一緒に生活してるともいえるわけだけれど。
「……乙女の秘密です」
ちょっと頬を染めて、すらちゃんがごまかした。
「なんかすっごく気になるんだけどっ!?」
「……いえ、別にたいしたことはありませんよ?」
「なんであさっての方向を向いてるんですか、すらちゃんは」
まあ、無理に聞きだすのもな。……聞いたら後悔するかもしれないし。
「それより、シルヴィのダンジョンは改装中で、今はティア・ローたちもNMのお仕事はやってないと思うんだけど、なにしてるか知らないかな?」
「ちびねこさんたちなら、神殿騎士のリアさんと一緒に竜の里に行きましたよ。太郎さんの代理だそうで」
「え、そうなんだ?」
まあ、あれも一応、俺だから間違いじゃないけど。ティア以上に別人格っぽいところがあるんだよな、ちびねこは。ティアは俺が段階を踏んで変わって行ったわけだけれど、ちびねこは最初っからなんか違ったし。
……寧子さんが用意したアバターだし。アバター自身の意思っぽいものなのかな?
「まあ、それなら竜の里に行けば全部解決ってことか。んじゃ、ティア、お願いでき……って何やっての?」
なんかすらちゃんとの会話中、ティアが静かだと思ってたら。
「~~!」
「――!」
ティアとまおちゃんが、きゅ、とほとんど抱き合うように密着してこしょこしょとお互いに耳元で何かおしゃべりしていた。時々くすくす笑いも聞こえる。
ティアはまおちゃんの声聞こえるんだな……。
ってゆーか、よく考えてみたらまおちゃんって妖精大戦のゲームには参加してなかったから、ティアの姿見るのは初めてなのか。サボリさんたちが掲示板に写真とか貼ってたかもしれないけど。なるほど、さっきなんか妙に興奮してたのはそのせいだったらしい。
こしょこしょとナイショ話をするように、実に仲良くお話している二人は、何だかとても絵になっていた。
「……掲示板で見ましたけど。あれも太郎さんなんですよね? 事案発生じゃないですか?」
「……ティアは、確かに元は俺なんだけど、今はもう完全に別ものナノデス」
すらちゃんのツッコミを華麗にかわす。
しかしティアのやつは、性癖とか変わってないと言ってたくせに女の身体をいいことに気軽に女の子に近づき過ぎだ。
まあ、まおちゃんが嫌がってる様子もないからいいのかな。
しばらく待っていると、ようやく気が付いたらしいティアが「ごっめーん!」と駆け寄ってきた。
「いや、太郎の時にはまおちゃんの声ってほとんど聞こえなかったのにさ、普通に聞き取れるもんだからついつい話し込んじゃった! 待たせてごめん」
「いやいいけど……」
ってゆーか俺には相変わらずまおちゃんの声ってほとんど聞こえないし。
「んじゃいこっかー」
んむぅ、えぇい!と妙な掛け声かけながら、ティアが奇妙なポーズで腕を振ると。
「ててててん。どうみてもどあー」
「……ツッコまないからな?」
ティアの目の前に現れたのは、なんか禍々しい彫刻が刻まれた、ドアというよりは地獄の門とでも言った方がよさそうなシロモノだった。なにがどうみてもドアだ。
「あるぇ~? ちゃんとスズちゃんに教えてもらった通りやったのになー。まあ、見た目はともかく機能にはもんだいないはずだし?」
「ほんとかよ」
まあ、今のとこティアがやらかしたことはないし、信用はしている。
「……もしかして、竜の里にいくのですか?」
すらちゃんが、なんか興奮してるまおちゃんを抑えるように抱きしめながら言った。
「ああ、うん。りあちゃんが戻ってこないから、一度様子を見に行こうかって」
「ご迷惑でなければ、魔王ちゃん様も同行したいそうです」
「そうなの?」
おもわずまおちゃんを見ると、こくこくこく、と何度も頷いた。
「~~っ!」
「勇者に任命されたって言っても、なんにも冒険してないし、なんか冒険の匂いがする、そうでして」
すらちゃんが俺にはよく聞こえないまおちゃんの声を通訳してくれる。
「まあ、危険はないだろうし。いいのかな?」
「かまわないのー」
「いってくるがいいのー」
ルラレラがバンザイしながらなんかちょっと偉そうに胸を張った。
「ん? 行ってくればいいって、お前らは来ないのか?」
普通は着いて来れば、だよな?
「わたしとわたしは先週と先々週さぼりだから、ちょっとメラをお手伝いしてくのー」
「妖精大戦のあとしまつはまだまだなのー」
「ああ、そうなのか。じゃ、がんばってなー」
「おし、太郎! 座標つながったよ。いつでも行ける」
「あ、了解。じゃ行こうか」
ちょっとこの不気味なドア?をくぐるのは勇気が居るけどなー。
「はい、行きましょう」
「~~!」
「いってらっしゃいなのー」
「いってらっしゃいなのー」
手を振るちみっこふたりに見送られて、ティアがえいやーと開いた不気味なドアをくぐる。
一瞬、重力かなくなったような奇妙な浮遊感があって、気が付くと。
「……ここが、竜の里?」
なんか、日本昔話にでも出てきそうな、わらぶき屋根の家がいくつも並んだ通りに立っていた。道を行く人たちもなんだか和服を着ていて、そして時折こめかみからツノが生えている。
「こら、太郎! 後がつかえてるんだからさっさとどきなさい」
「うお」
ぼんやりしてたら、ティアに尻を蹴飛ばされた。
ティアに続いて、すらちゃんとまおちゃんが現れる。そして、俺と同じように周りを見回して感嘆の声を上げた。
「なんだか和風、もしくは中華風なファンタジーっぽいですね」
「~~!」
「龍だと中華風な感じはするけど……竜だしな」
俺も、もう一度ぐるりと周りを見回した。
道行く人はりあちゃんと同じでだいたいは黒髪だ。たまに派手な金髪とかの人も居るけれど、顔立ちはロアさんに似た感じというか、東欧系だ。建物とか着てるものは和風なんだけどな。
通りに突然現れた俺たちを不審に思ったのだろうか。時折、こちらをちら見してくる人も居るが、みんななにやら忙しそうにあちこち荷物を持って移動している感じですぐに俺たちから視線を外した。
「……さて、どうやって探そうか」
「そんなの、てきとーにその辺の人捕まえて聞いてみればいいじゃない」
ティアがそう言って声をかけようとするが、どうも忙しいようでひらひらと手を振って誰も相手にしてくれなかった。
「……なんかすっごく忙しそうだな。お祭りでもあるのかな?」
遠くに見える広場のような場所に、やぐらのようなものが立てられつつあるようだ。そこに向かっていろいろ荷物を運ぶ人たちが忙しそうにしている。
「うーん」
唸っていると。
「うごっ!?」
誰かが担いでいた角材ががつんと、俺の即頭部に当たった。ちょっと痛かったが、殴られたというわけでもないので怪我はしなかった。
「おう、わりぃな。怪我はねーか?」
角の生えたおじさんが、片手で拝むようにして謝ってきた。
「ああ、いえ、たいしたことはなかったのですが……あの、何かお祭りでもあるんですか?」
「見かけない顔だが、旅人か? なに、この里の姫さんが結婚するんでな、そのお祝いさ」
「へーそうなんですか」
「なんならお前さんたちも参加するといい。リア姫を祝ってやってくれ!」
急ぐんでこれでな、とおじさんが角材を担ぎなおして、えっちらおっちらと駆け出していった。
「リア姫さん、ね。……って、え? まさか、りあちゃんのことっ!?」
――いったい、どういうことなんだっ。
「んー、太郎が曖昧な態度で保留しつづけたから、愛想つかされちゃったんじゃー?」
ティアの脳天気な声が、胸に突き刺さった。