ぐーたら女神生活 その3
ユイたちの部屋に入ったら、不思議な踊りで歓迎された。
ユイとユマが向かって左側に並び、向かい合うようにユラと少年魔王なユラが右側に並んでいる。真ん中にガラスの板でもあったら、鏡かと思えるくらい左右対称だった。
「あら、太郎さんでしたか」
「珍しいな、貴様がこっちにくるとは」
左のユイとユマが、小さく笑う。
「ん、んー。大分なれたけど、まだ完全じゃないかなー」
「……」
右のユラがちょっと伸びをして、にんまりと笑う。少年魔王なユラはそのまま微動だにしない。どうやら、ユラの方がメインで少年魔王の方を操っている状態らしい。
「えっと、何をしていたの?」
尋ねると、ユラとユイがぴったりそろって鏡合わせに首を傾けた。
「「ちょっと、練習をしてたんだよ」」
声までそろっている。
「……何の練習?」
「見ての通り」
「動きをあわせる」
ユイとユラが、そろった動きで奇妙にポーズを決めた。
なんかユイユラって元が同じなだけにそっくりだから双子みたいだ。微妙な動きがルラレラの変なポーズを思い出させる。
「ほら、なにせ元が同じユイだから。頑張ればひとつになれるかもと思ってね」
ユラが汗をぬぐうようにして、腕でおでこをこすった。
「あとは、負けたのが悔しかったからね。アバターを動かす練習も兼ねてるよ」
今度はユラの動きに合わせて、少年魔王のユラが同じ動きをする。
「ふーん。そうなんだ?」
そういや、俺とちびねこの関係に近いはずなのに、ユラはどちらもユラの意識で動かしてるよな? 少年魔王の方に意識はないんだろうか。ゴスロリなユラと少年魔王なユラって、結構口調とか性格とか違ってた気がするんだけど。
「ところで貴様、何か用なのか? 女ばかりの部屋に押し入ってくるとは、まさか不埒なことを考えてはいまいな?」
ユマが唇の端を吊り上げて、俺をからかうように笑った。
そういう仕草は少年魔王なユラにそっくりだからやめて欲しい。
「あ、男の方で来たってことは、そういうことなのかな? 約束だしね、いいよ。ちょっとまって」
ユラがにやにや笑って、いきなり少年魔王のユラに口付けした。
「……ん」
ぴくん、と少年魔王のユラの肩がはね、逆にユラの方ががくんと力なく崩れ落ちそうになる。
それを、少年魔王のユラが抱きかかえた。
どうやらメインで動かすアバターを切り替えたようだ。入れ替わるたびにキスとかするんだろうか。先ほどティアにキスされたことを思い出して、思わず自分の口を押さえた。
「……はい、もっていって好きにするといいよ。似ているからって、間違ってユイに襲い掛かっちゃだめだよ?」
「……何の話?」
差し出された、ゴスロリなユラを前に困惑する。
ってゆーか、好きにしていいとか女の子が気安く言っちゃダメだぞ?
「口約束とはいえ、負けたらこの身体を好きにしていいと言ったことを反故にする気はないよ。その催促にきたんじゃなかったのかな?」
「いやいらないって言っただろ、あのときにも」
思わずため息。
なんか今日はティアに絡まれ、リーアに抱きつかれ、こんどはユラかよ。
「……ああ、そういえば中身のない人形をもらってもしょうがない、とか言っていたっけ。じゃあ、しょうがないか」
「うん、今日来たのはそういう話じゃなくってだな……何してるの?」
目の前で再びユラ同士がキスしていた。
「……ん。中身が入っていれば、いいんでしょう?」
どうやらゴスロリなユラに戻ったらしい。
「まあ、そうよね。人形を相手にするよりは、健全かな? ……初めてだから優しくしてくれるとうれしい」
「だからー。そういうことじゃないーっ!」
しなだれかかってきたユラをあわてて突き放す。
「ひどいな。そんな、汚いものみたいに嫌がることないじゃない」
ぷぅ、と頬を膨らませてユラが言った。
「からかうのは止めてくれよ……」
「別にからかっているつもりはないよ? あなたのセカイにケンカを売って、被害を与えのはあたしなんだから。勝者が得るものがあるべきだと思うし」
「そういう考えならなおさら手を出すわけにはいかないだろ……」
ほんとにもー、頭痛い。
なんで俺の周りにはこう、妙に頑ななのが多いんだろ。
「あと、ぶっちゃけると。自分のセカイに引きこもってたせいで出会いがない。手近なところで手を打とうという打算がなきにしもあらずーって感じもあったりなかったり?」
「あるんだかないんだか……」
「あたしの本来居たセカイは既にないんだよ? そして、あたしを絶望から解き放ってくれたのはあなた。迷惑だってわかってても、抑えられない気持ちだってあるんだって、わかるでしょう?」
冗談めかして俺の胸に頬を寄せてきたユラを、今度は突き放せなかった。ようするに、こいつも色々寂しかったってことなんだろう。そっと手を伸ばしてユラの頭をなでる。
と。
ユイとユマが、にやにや笑いながら頬にこぶしを当てていた。
「ルラちゃんとレラちゃんが言ってたとおりだね」
「さすがは幼女マスターというやつか。うっかりヤツの魔の手に落ちないよう、僕も気をつけなくてはなっ!」
「人聞きの悪いこと言わないのっ!」
あとルラレラはユイたちに何を吹き込んだんだか……。
「……つまり、買い物に行かないかってこと?」
ユイがきょとんとした顔で俺の顔を見つめてきた。それから、隣のユラ、ユマと顔を見合わせてまた俺の顔をじーっと見つめてくる。
「……俺、そんなにおかしいことを言ったか?」
入用なものがあるだろうから、明日一緒に出かけないか、と言っただけなのに。なんでこんな、「何を言ってるんだコイツ?」みたいな目で見つめてくるんだろう。
「……ああ」
しばらく俺を見つめ続けてから、不意にユイがぽんと胸の前で手を打った。
「太郎さんが住んでる世界にドアつながってるんでしたね、そういえば」
「あれ、ユイ達って外出たことないの?」
俺が会社に出かけるときには、玄関で見送ってくれたりするんだけど。
「必要がないですから」
とユイ。
「必要ないよね」
とユラ。
「正直、自分の病室しか知らない僕は、外に出るのは怖い」
とユマ。
「お前ら全員ひきこもりかっ!」
思わずツッコミを入れると、ユラがむすっとした顔で言い返してきた。
「だいたい必要なものは全てこの場に居て手に入るんだから、外に出る必要なんかないでしょう?」
「え、どうやって?」
そういや、ユイ達ってごはんなんかどうしてるんだろう。いちばん最初の日だけ、歓迎会も兼ねて俺の部屋でメシ食ったけど、普段は自分たちで用意できるからって引きこもったまんまなんだよな。
「……太郎さん、セカイツクールを何だと思ってるんですか? あれがあれば、基本的に何でも思い通りのものが作れるんですよ?」
ユイが呆れた様な声を上げた。
「貴様は割りと使いこなしていると思っていたが、僕の見込み違いだったか」
ユラがため息。
そして。
「あと、通販機能もあるし。ピザでも取る? 太郎さん来たのにお茶も出さないっていうのも失礼だしね」
ユラが空中にウィンドウを呼び出してなにやら操作を。
「……通販機能?」
セカイツクールの機能を使ってアイテムを創るというのは、言われてみればなるほどと思ったけれど。通販機能だなんて聞いたことがない。
「どもー、M&A社の宅配便でーす」
不意にどこかで聞いた声がして。
「まだ注文確定してないのに、なんでもう届けにくるかなー」
見知った相手なのだろうか、ユラがため息を吐きながらウィンドウの操作を完了する。
「お客様をお待たせしないのがモットーでしてー。ってこのセリフも何度目でしょうかねー?」
空間がドアのように開かれて、その向こうには大きなダンボール箱を抱えた女性が立っていた。
どこかで見たようなその姿は。
「……ってあれ、シェイラさん?」
なんか制服のようなものを着ていてちょっと印象が違ったけれど、そこに立っていたのはセラ世界の迷宮で(いろんな意味で)お世話になった、迷宮案内人のシェイラさんだった。
「……おや、勇者様(笑)じゃないですか。おやおやおや? 魔王様のところにいらっしゃるとはなかなか隅に置けませんねぇー」
「……? 太郎さん、知り合いですか、この人と」
ユラがきょとんとした顔で、俺とシェイラさんを交互に見つめる。
「知ってるも何も、あの妖精大戦のゲームにだってお手伝いで参加してたでしょ?」
そう言ってから、あれはゆーりの迷宮だけであって、たぶん関わってないユラが知るはずもないことに気が付いた。ユラはあのゲームでもおおむね引きこもってたし。
「そうなの?」
ユラが宅配人のシェイラさんに顔を向けると、シェイラさんはにやりと笑って「サインをお願いしますねー?」とごまかすように注文表を突き出した。
「……で、なんでシェイラさんが?」
「ただのバイトですよー? うちの迷宮でもM&A社からいろいろ仕入れてる関係でですねー、ちょっと伝がありましてー。よその世界の迷宮とか、この目で見て回れるのでいろいろいい経験になるんですよー?」
「……そうなんだ?」
そういやシルヴィの迷宮にも協力してたよな、シェイラさん。人手が足りないからってM&A社から人員とか派遣してもらってたりしたっけ。
なんか時々神出鬼没だったり、神様に関して一家言あったり、なんか変わってる人だなと前から思っていたけれど、シェイラさんもなんていうか少しセカイから外れてこっち側に居る人だったらしい。
「まあ、今はお仕事中なのでー。またウチの世界に来たときにでもー。はい、どもですねー」
ユラのサインを受け取ったシェイラさんは、でわでわーと小さく手を振って帰ってしまった。
どうやらユラがずっと自分のセカイに引きこもっていたとき、頼んだものを届けてくれるのがいつもシェイラさんだったらしい。
……あの壊れかけの魔王ユラが、それでもかろうじて人として生きていられたのは。
もしかしたらシェイラさんのおかげだったのかもしれない。
しばらくユイたちのところでお茶をしながら話をして、最終的には明日はユイたちも一緒に出かけるということになった。というか、半強制で外に出すことにした。自分たちだけで引きこもってると、また妙な考えでおかしくなりかねないしな。
大分夜も遅くなっていたので、適当に切り上げて部屋を出ようと。
「で、今夜はどうするのかな……あたしはいつでもいいんだけど?」
「……おやすみなさい」
ぽん、とユラの頭に手を乗せて、ぐしゃぐしゃとごまかすようになでまわした。
これ以上、混乱のタネをまかないでくださいっ!