45、「俺的伝説の作り方」
――目が覚めると、胸がずしりと重かった。
えーっと昨晩は何がどうしたんだっけ?
確か、勝利の宴だーとかって、闇神神殿で宴会したんだよね。その後、適当にごろ寝して……ってなんかこういう状況前にもあったような気がする。
あの時はみぃちゃんが私の胸の上で、ねこみたいに丸くなってたんだっけ。
ぼんやり考えながら手を伸ばすと、やっぱり小柄な誰かの背にふれた。
私の胸はわりと小ぶりな方だけれど、もっとばいーんって大きさだったら朝起きたときに胸重いとか思ったりするんだろうか。いや、どうでもいいけどさ。
「あふん、くすぐったい」
「……あ、起こしちゃった?」
背中をやさしくなでなでしながら、自分も目を開けると。
「いやん、うふふ」
私の上に寝転んでいたのは、幼女な寧子さんだった。しかも仰向けで。
背中だと思ってたけど、表の方だったらしい。
「あ、寧子さんだったんですね。みぃちゃんかと思ってました」
「ほほう、みぃちゃんとは既にそこまでの仲になっていたのかなっ!?」
「……んー?」
私もまだ寝ぼけているのだろうか。思考がうまくまとまらない。
「別にいいんだけどさ、いくら幼女なあたしでも、さすがにそんな優しくさわさわされるとちょっと興奮しちゃうんだけど。性的な意味で」
「……んー? ああ、ごめんなさい。背中だと思ってたら、お胸だったんですね」
「前と後ろの区別もつかないなんてひどいよっ!?」
「……自分で用意した幼女アバターでなに言ってるんですかー」
ばいんばいんがよければいくらでも自分で盛ることできるでしょーに、寧子さんなら。
「……くそぅ、キスしちゃうぞっ!?」
「あ、はい」
んー、と目をつぶると、寧子さんがため息を吐いた。
「もう、女神になっちゃったたろう君はからかい甲斐が無いよ……」
ちゅ、と鼻の頭にキスをされた。
いろいろあって、まだあんまり頭がはっきりしない。
ルラとレラはいつものように私の両肩を枕にして、抱きつくように寝ている。空中にはりーあがふわふわ浮いたまま寝ているようだ。脚の間にいるのはみぃちゃんかな? 寧子さんが私の上に乗っているので、足元に追いやられたのかもしれない。
んしょ、と両腕をルラレラからひっこぬいて、寧子さんを抱きしめるようにして身体を起こす。
「……おはようございます」
「おはよう。もっぺんおはようのキスするー?」
「にんにく臭いからもう結構です」
「昨日ギョウザ食べたんだった!?」
「とりあえずどいてください」
お姫様だっこで持ち上げて、ベッドの脇にひょいと寧子さんをおろす。
ぐるりと部屋を見回して自分もベッドから降り、うーんと大きく伸びをする。
宴会の後その場でごろ寝したつもりだったけど、いつもの部屋に放り込まれてたっぽいね。
顔を洗って戻ってくると、寧子さんが光るウィンドウをいくつも空中に表示させたまま、ちらりとこちらを見て言った。
「あ、まだみんな寝てるうちにちょっち真面目な話があるんだけど」
「なんですか、寧子さん」
「たろー君、ってゆーか、女神てぃあろーちゃん。あなたこれからどうするつもり?」
「……ああ、そうですね」
もう、今の私は、ほぼ完全に寧子さんの手から離れている。「俺」にとっての現実世界、寧子さんの世界にいつまでもお邪魔し続けるわけにはいかない、ってことだよね。
「……寧子さんが、現実世界の方ヘの干渉許してくれるなら、しばらくは太郎の部屋に簡易的に私の部屋作って住もうかなーって思ってますけど」
寧子さんに断られたら、とりあえずはユラの世界に転がり込むしかないかなー。
将来的には自分で自分の世界を創るしかないけど。ルラレラが二人で世界を創ったように、ユラやユイやユマと、四人で新しい世界創ってみようかなー。あの子たちも、もう自分の世界がないわけだし、いずれはちゃんと落ち着ける場所を作らなきゃだし。
私の答えに、寧子さんはしばらく首を傾げながら黙っていた。
「……えーと、もしかして出て行くつもりなの?」
「え? 出て行けって話じゃないんですか?」
「そんなこと言ってないよっ!? え、いやだからね、うん、いや、そういう身の振り方も聞きたいことのひとつではあったけどさ、差し当たって必要なのは……」
寧子さんが話している途中に。
「タロウ様、おきていらっしゃいますか?」
ドアの外からりあちゃんの声が割り込んできた。闇神神殿にはりあちゃんの部屋があるから、自室で休んでいたらしい。
「ああ、起きてるけど、ちょっと待って」
ドアの外に応えを返す。
どうしましょう?と寧子さんを見ると、小さくうなづいた。
「あー、ちょうどいいや。入ってもらって。さっきの話にも関係してるから」
「はい」
ドアを開けると、既にいつもの格好になったりあちゃんが一礼して入ってきた。
「落ち着いたところで、詳しい話をお聞かせ願いたいのですが……」
「あー」
そういやりあちゃんは、「私」の状況がよくわかってないんだった。
しょうがない、太郎を呼ぼうか。
えい、っと自分のなかから太郎を引っ張り出す。
「……いやだから、お前は俺だからってなんもかんも投げるなよ」
「俺」が、少しばかり不機嫌そうに言った。
「いや、私の口からいうより、太郎の口から言った方がよくない?」
「……やっぱり、タロウ様がふたり」
りあちゃんがオロオロしている。
「あー、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、りあちゃん」
「はい」
「端的に言ってしまうと、そこにいる女神ティア・ローは、”女神であることを受け入れた”俺なんだ」
「……以前に女神様になったときとは違うのですか? お姿は多少違うようですが」
りあちゃんが首をかしげる。ちょっとかわいい。
「前回、女神化したときは、俺は俺であるという認識のまま、身体と力だけを書き換えた。けど、今回俺は、みんなを助けるために、在り方そのものを書き換えてしまった。そしてその結果、俺は、鈴里太郎は女神になって居なくなってしまった。本体はそこにいる女神で、俺はもうただの影みたいなもの。ただの下位互換で動いているおまけみたいなものになってしまった」
「……そこまで卑下することもないんじゃない? 本体が私なことは確かだけど、太郎は決して下位互換とかじゃないでしょ?」
思わず私が口を挟むと。
「都合よく俺を使っておきながらんなことゆーな」
太郎にごつんと拳骨をおとされた。痛い。
ちくしょう、「俺」はやっぱり幼い少女に対してなんか特殊能力ついてるよね?
「私」だって「俺」なのに、なんかお兄ちゃんとか呼びたくなるのはルラレラの呪いかもしれない。自分で自分をお兄ちゃん呼びとかやだなー。
「……よくわからないけれど、わかりました」
りあちゃんが、首を傾げながら頷いた。
いやわかってなさそうだけれど。
「あー、で、さっきの話にもどるんだけどさ、たろー君あんど女神てぃあろーちゃん」
寧子さんが、んふふー、と何だか嫌な笑みを浮かべて私と太郎を交互に見つめてくる。
「今後、どうする予定なのかなっ? あたしがたろー君にお願いしたのは勇者としてうちの子の世界を冒険してもらうことだったんだけど、それは今回達成されたと見ていいよね? だから、今後は女神としてうちの子の世界の運営に携わるのか、どうするのかって」
「あー」
「むー」
太郎と二人して顔を見合わせる。
太郎が頷いたので、こちらも頷き返す。
「ぶっちゃけ、ルラレラ世界の冒険ってほとんどしてないですし、俺としては今後も勇者として冒険させてもらいたいところですね」
「あと、いくらネトゲが好きでも運営に関わっちゃうと純粋に楽しめなさそうだから、私も今くらいのスタンスのままがいいかなー」
創世神二人と一緒に冒険してた時点でなにをいまさらという気もするけれど。運営に関わるのなら、むしろ自分で世界を創って逆にルラレラに遊んでもらいたいと思う。
「んー、そっか。これからはいろいろ忙しくなりそうだし、運営に関わってもらえると良かったんだけどねっ!」
「忙しくって、何かあるんですか?」
「たろー君の冒険を踏まえて、もう少しテストを繰り返したあとはそろそろ一般公開かなって。ついに月額課金でウハウハ計画発動だよっ!?」
「……いまどき月額課金はちょっとねー」
ってゆーか、アレ冗談じゃなくて本気だったんだ?
でもまあ、そっか。シルヴィの迷宮のお披露目で現実世界からのお客さんとか結構来てたときもちょっと思ったけれど。
もう「俺」だけのセカイじゃなくて、みんなのセカイになっちゃうんだな……。
着替えてみんなを起こして、朝食にする。
なぜかわん子さんまで居た。
「おかげさまでサークリングス・トリビューンが大増刷ですよっ! わんわん」
ってずいぶんと機嫌がよさそうだった。
……そういや、なんか太郎の、勇者の記事書いたとかいってたっけ?
魔王ユラとの戦闘でバタバタしていて見られなかったけど。どんの書いたんだろ?
確かシルヴィがデータ転送してたよね。
ウィンドウを呼び出して、データを引っ張り出す。
そこに描かれていたのは、仲間を助けるために覚醒して女神になる勇者の物語。
ってゆーか、これ、なんかいろいろ盛りすぎじゃない? コレ。
セリフとかくさすぎて、恥ずかしすぎるんだけど……。
しかもこれ、勇者のお話ってゆーか、まるで神話みたいな?
「新たな伝説の誕生する瞬間を目の当たりに出来たなんて、記者冥利につきますねっ! わんわんっ!」
……ってゆーか、伝説捏造してませんか、わん子さん?
「ゆうしゃの伝説ってゆーより」
「めがみの伝説つくっちゃったの、おねえちゃん」
私の両側で、ルラとレラがにやにやと笑った。