勇者たちのオフ会 その3
「服が汚れるからな、ちゃんと紙エプロンしろ」
お子様じゃないのー、とぶーたれるちみっこどもの頭を軽くなでて、店員さんにもらった紙エプロンをルラとレラにつけてやる。
「おー、たろー君っ、手際が良いねっ!」
母親のくせに自分の娘の世話をする気がまるでないらしい寧子さんが、他人事のように俺に向かってぱちぱち手を叩く。
「うちには歳の離れた弟と妹がいましたからね……つか母親なら母親らしく面倒みなさい」
弟が高校に上がったばかりで、妹は高校受験の真っ最中。勇者候補生達と同じくらいの年齢だ。就職して家を出てからはあまり会っていないが元気でやっているだろうか。
ぼんやり考えていたら、ちみっこどもがにやにや笑いながら両側から俺の腕に抱きついてきた。
「ぱぱ~」
「パパ~」
「悪い冗談はやめてくれよ……。俺まだお前らくらいの子供がいるような歳じゃないぞ?」
そんな俺たちに、女勇者候補生が呆れた様な顔でぽつりとつぶやいた。
「というか板についてますよね、父親役」
うがー。
「そっちのちみっこどもは紙エプロンしなくていいんですか?」
声をかけると、勇者候補生たちも隣の女神ちゃん達に紙エプロンをつけ始めた。
「あー、そうだ。なんか話が途中でうやむやになってしまいましたが結局、寧子さん、じゃなかった通りすがりの三毛猫さんとは前からお知り合いだったということなんでしょうか?」
まだ料理がそろわないのでとりあえず情報交換を進めようと話しかけたら、女勇者候補生が寧子さんの方を見て小さく頷いた。
「……私の方は、以前ちょっと掲示板でララ様とありまして。直接お会いするのは今回が初めてですけれど、メールなどのやりとりは以前から何度かしてますね」
「あー、もうそのことはナシナシっ! 終わったことなんだからねっ」
寧子さんが急に割り込んでくる。以前掲示板でいったい何やらかしたのだろうこの人は。
「それよりいつまでハンドルネームでやりとりしてるのっ! あたしもう飽きたよっ!」
「……そうですね。お互い以前からララ様の知り合いということですし。隠してもしょうがないかな。勇者候補生というのも長くて呼びにくいですし。改めて自己紹介しますね。私は雪風真白、高校二年生です」
真白と名乗った女勇者候補生がぺこりと頭を下げた。
「隣が弟の雪風真人です」
「どうも、僕は真人です。高校一年です」
これまでずっと黙っていた男勇者候補生が頭を下げる。
「和服女神ちゃんがティラ、洋風女神ちゃんがフィラ、ねこみみたんがニャアです」
真白さんの紹介に従って、幼女ズがぺこりと頭を下げる。
「よろしくおねがいしますね」
こちらも全員で頭を下げる。
「ではこちらも。俺は鈴里太郎です。IT系の会社員です」
名刺を出すべきかちょっと迷ったが、そもそも私服で今日は名刺入れなど持って来ていないことにすぐに気がついた。
「和服幼女がレラ、洋風幼女がルラ、ねこみみさんがみぃちゃん、女剣士さんがロアさんです」
奥から順に紹介する。こちらも順にぺこりと頭を下げる。
「で、ついでに紹介しとくとそこの酔っ払いが三池寧子さん。うちの双子の母親です」
「ども~! ねいこちゃん、どぇ~っす!」
何がおかしいのか腹を抱えて大笑いしながら寧子さんが勇者候補生側に、無駄に愛想を振りまく。
「……ララ様の、娘さんなんですか? そちらのちみっこ女神さんたちは」
真白さんが、ちょっと驚いた顔でうちのちみっこどもを見つめた。
「ええ、全然似てないですけど、そうらしいですよ」
……そういや聞いてなかったな。旦那が外国の人かと思ってあまり深く考えていなかったがこの世界の神さま?なんだとしたらちみっこどもの父親っていったい誰だ?
「んふ~。ましろちゃん達も、うちの双子ちゃんとも仲良くしてねっ!」
寧子さんがばちんとウィンクする。
「え、はいよろしくお願いします」
恐縮したように真白さんが頭を下げた。
「……そういや聞いたことなかったですけど、寧子さんの旦那さんとかどんな人なんです?」
疑問を投げると、寧子さんはにやあと笑って「気になる? 気になるかね、たろー君」と自分の席を立って俺の背後に回ると俺の両肩にどん、と手を乗せた。
「(……あたしはまだ処女だよん、安心したまい)」
耳元で囁かれて、思わず背後の寧子さんにでこぴんをかましてしまう。
「誰もそんなこと聞いてねーっ!!」
「あいた。ひどいよっ、たろー君っ!」
涙目の寧子さんが両拳を頬にあててふるふるとかわい子ぶる。いい年こいて何やってるんだかこのひとは。
「……え、でも、それじゃ寧子さんってルラやレラと血縁関係ないってことか?」
「あたしがお腹痛めて産んだわけじゃなくてね、神さま的なぱうわぁで、えいやっと創ったのだよ~。だから確かにあたしの娘なのですっ! でも旦那はいませんっ!」
むふーと寧子さんが腕組みして鼻息を吐く。
「ちなみに、向こうのちみっこちゃんたちはね、あたしのお姉さんのサラちゃんの娘さんのセラちゃんが創った世界を管理する世界神である三人の女神のうちの一人である白神リラちゃんが生み出した機械女神ちゃんたちなんだよっ!」
「いや、そんないっきに言われてもわけわからんって」
ファルシのルシがコクーンみたいな設定をただ並べられても頭がついていかんわっつ!
大雑把にまとめると、女神ララである寧子さんと寧子さんのお姉さんである女神サラが俺たちの住む世界を創ったのだそうだ。その後、女神サラの娘さんである女神セラが世界を創り、自ら降臨してその世界に閉じこもってしまったのだとか。今で言う引きこもりのようなものだろうか? なんでも神さま権限を放棄してその世界の人間になってしまったようで現在女神セラの消息は不明らしい。
この女神セラの世界は、世界を管理する三人の世界神、白神リラ、黒神ネラ、灰神イラの三人の姉妹女神によって治められていたのだけれど、あるとき大喧嘩して世界が三つにぶっこわれてしまったのだそうだ。三つに分かれた世界をそれぞれリラ、ネラ、イラが治めていたが、このたび仲直りして世界がふたたびひとつに統合されることになった。この統合というか神さまの仲直りに多大な貢献をしたのが異世界からの旅人だったらしい。
そのためこれを機会に閉じた世界を開放して他の世界から積極的に人を呼び込もうということになり、中から連絡を取ろうといろいろ呼びかけた結果、寧子さんのところに電話がつながったらしい(いやどんな電話だっ)。
寧子さんから見たら姪の子供にあたるずいぶん遠い親戚からの連絡だったわけだが、面白そうなのでこころよく協力することにしたのだとか。
こうして、寧子さんが管理するこの世界から何人か勇者として女神セラの世界に連れてっていいよと許可を出し、白神リラが創った次代の女神フィラとティラに選ばれたのが真白さんと真人くんであったということらしい。
せっかくなので自分のところの双子にもなんか一緒にやらせようと、結果的に俺がルラとレラに選ばれたらしい。
……うん、まとめてみたけどよくわからない。
たぶんあんまり俺には関係無さそうだから、理解する必要もないのかもしれない。
「……最強女神決定戦? なんですかそれは」
「女神と勇者のペアで、どの女神が一番優れているのかを競う大会だそうよ? さっきララ様が言っていたでしょう? 私たちが行っている異世界は三人の世界神がケンカしていたって。今回仲直りしたんだけれど、いずれはその大会で世界の主神となる女神を決定するんだって。だから、勇者が一人だけな鈴里さんのところってどういう風になるのかなって思ったんです」
真白さんが、モッツァレラチーズとトマトのパスタをスプーンとフォークで器用にくるくる絡めながら言った。寧子さんのせいで話がうやむやになってしまっていたが、俺が女神ふたりに同時に選ばれたことをずいぶん不思議に思っていたようで、真白さんに「あなたのところは勇者が一人だけで大丈夫なんですか?」と聞かれ、「勇者一人で何かまずいんですか」と問い返したら謎の最強女神決定戦なるもののことを聞かされてしまったのだった。
ゴッデスオブゴッデスとか微妙に中二くさいネーミングだ。定冠詞のtheとかいらんのだっけ?
The goddess of the goddess.とかで”女神の中の女神”みたいな意味になるんじゃなかったかな。英語はもう何年もやってないから忘れた。
「……そんな話は俺、聞いてないですね」
とんかつ御前をもふもふ頬張っているレラと、ミックスフライ定食をはむはむしているルラを交互に見つめるが、両方とも首を傾げている。
どうやらルラとレラの異世界ではそんな主神を決定するためのバトルなどやる予定はないらしい。
向うの洋風女神ちゃんフィラを見つめると、にへら、と笑った。ちょっと不思議に思いながら向うの和服女神ちゃんティラを見つめると、にやあ、と笑って目が宙を泳いだ。レラがじっとティラちゃんを見つめる。なぜかティラちゃんは無言で頷き、ぐ、と親指を突き出した。ルラがフィラちゃんを見つめると、フィラちゃんは、てへっと両頬に人差し指をついてごまかすように微笑んだ。
……なんだか非常に怪しい。
「……だからね、まだ会ったことのない、ほかの女神陣営の勇者たちとか、それにもしかしたら、いずれは弟とも戦わなきゃいけないのかなって……それに……」
「……ああ、真白さん、それたぶんそちらのちみっこ女神たちの冗談ですよ。目が泳いでますから」
俺がため息を吐いて言うと、まだ何か言いかけていた真白さんが「は?」と首を傾げた。
「ゆーしゃになって、なにをすればわからないと言うので。とりあえず最終的な目標をでっちあげてみたのです」
「目標があるほうが、冒険にハリがでるの!」
ねー、と和服女神ちゃんと洋風女神ちゃんが顔を見合わせて微笑む。
「え……ほんとうに?」
真白さんが、おろおろとうろたえている。
「だ、だって、三人の神さまがケンカしてて、仲直りしたけどやっぱり一番偉い人を決めるためにそれぞれが勇者を召喚して、最強女神決定戦やるって、そういうの私ちょっとワクワクしてたのにっ?! フィラをあの世界の最高神にしてあげるわっ、とか思ってたのにっ! 全部ウソなの?!」
「……ウソじゃないの。冗談なの」
フィラちゃんがぺろりと舌を出した。
「……というかじゃんけんでもう決まっちゃったの」
ティラちゃんがにやりと微笑んだ。
「あー、もう、せっかく萌えと燃えの展開だと思ったのにっ!! もう、私のこの想いをどこにぶつけたらいいのっ!!」
真白ちゃんがうがーと唸っている。
俺TUEEEEしたかった俺もあまり人のことは言えないが、掲示板のノリといいこの人も病気なんだろうか……。
「で、ちなみに結局主神って誰に決まったの……?」
なんとはなしに尋ねてみたら、なぜかちみっこ女神ズはそろってロアの方をじっと見つめた。
見つめられたロアが、サーロインステーキをのどに詰まらせて、げふんげふんとと咳き込んだ。
「……な、なんでこっちみるのかな?」
ロアが紙ナプキンで口元を拭いながらちみっこ女神ズを見つめ返すと、
「(ひそひそ)あれでごまかす気なんだわ」
「(ひそひそ)ごまかせる気なんだね」
フィラとティラが顔を見合わせてなにやらひそひそ小声で話し合っていたが、ロアに睨まれるとすぐに「「なんでもないでーす」」とそろって首を横に振った。
「結局わたしたちの母、白神リラ様以外は、次代の女神を創造できなかったのです」
「一番上の姉ということもありますし、なのでリラ様がとりあえず主神ということになったのです」
「ふーん……」
なんかいろいろありそうだけど。深く考えない方がよさそうだった。
しかし……最強女神決定戦ねぇ。ほんとにやってたらちょっと面白そうだったかもしれない。
いやチートも何もなしの勇者同士で殴りあいとかつまらないか……。
その後、歓談会というか、世間話というか。それぞれで交友を深めようと、ばらばらに会話が始まってしまった。
――そういえばふたりで勇者候補生って、掲示板ってどっちが書いてたの?
「掲示板に書き込んでいたのは主に私ですよ」
真白さんが、デザートに頼んだプリンアラモードをそっとスプーンですくいながら言った。
――メールとかも? 掲示板に書き込むなってなんでだったの?
「鈴里さん、週末勇者さんに書き込むなってメールした理由ですか? んー、たぶん私より目立つことされたら嫌だったからですね。双子のちみっこ女神の写真はインパクトありましたから」
――そんな理由だったんかいっ! こっちはなんか特別な理由でもあるのかと思って書き込み控えてたのに。
「いいじゃないですか。どうせ大したアイディアもらえなかったでしょう?」
――まぁ確かに。ところでなんで作り物だとか言って嘘のネタバラしを?
「それはあれですよ。勇者やるには何用意すればいのかなと思って立てたスレなのに、結局私が写真貼って住人がわいわい騒ぐだけのスレになっちゃいましたからね。それはそれで楽しかったですけれど。ああ、正露丸用意しろと言ってくれたあの方にだけは感謝ですが。それに週末勇者さんとはスレでやりとりするより直接やりとりした方がよさげでしたからね」
――正露丸の人には俺も感謝ですね。あと確かに掲示板は落ちちゃったり流されたりすると連絡とる手段ないし、こうして会って正解でしたかね。
「……それより、ねこみみさんに殺されたってどういうこと?」
――えーっとそれはですね……。もしょもしょ。
「……いやそれはあんたが悪い」
――はい、ごもっともで。
「ども、弟です」
真人くん、弟くんのほうはずいぶん大人しいようだ。あまり会話に割り込んでこないでだまってにこにこしているので、こちらから話題を振ってみる。
――写真に写ってたのって、真人くんの方だよね?
「はい、写真に写ってたのはだいたい僕ですね。フィラとティラを膝に乗せたたのとか、猫を膝の上に乗せたたのだとか。姉は自分の写真がネット上に出回るのが嫌だからって僕の写真を使ったんですよ」
――ああ確かに、女の子だしね。えっちな写真とかじゃなくてもあまりネット上には流出させたくないかもね。
「ああ……スライムに喰われてたのも僕です。いや、あれはほんっと苦しかった。週末勇者さん、いえ、鈴里さんはそちらのねこみみさんに殺されたそうですが……」
――はい、お恥ずかしながら。胸に穴開けられちゃいました、てへ。
「……胸に穴ですか」
――もうずっぽし。貫通してたらしいですよ。ところでねこみみたん、ニャアちゃんですか、完全に猫になれるんですね。
「最初に会った時は、長靴をはいた猫っていうんですか、二本足で歩く猫なかんじだったんですけどね。おもちかえりぃ~って姉が無理矢理ニャアたんを連れて帰ってきちゃったんです」
真人くんは苦笑いしてニャアちゃんを見つめる。
「うちに連れて帰ったら突然人型に変身して大騒ぎでしたよ」
――いや、ねこみみ少女は男のロマンだよね。だよな。ですよねぇ?
「ええ、癒されますね」
――魔法とかも、あれニャアちゃんが実際に使ってたの?
「ええ。……ちなみにあの時芋虫に燃やされてたのも僕です」
――大変ですね……。
「……(にやり)」
「……(にやり)」
レラがじっとティラちゃんを見つめる。なぜかティラちゃんは無言で頷き、にやりと微笑んだ。それにレラは深くうなずき返し、こちらもおなじようににやりと微笑み返す。
何がなにやらよくわからないが楽しそうなので放って置くことにする。
「なのー」
「なのー」
「うふふ」
「うふふ」
ルラがフィラちゃんを見つめると、フィラちゃんは、てへっと両頬に人差し指をついて微笑んだ。どっちもかわいい。
が、こんなんでいいのか女神同士の会話って。
お互いに無言でじっと見詰め合っていたねこみみたんとみぃちゃんだが、ねこみみたんが不意に相好を崩した。
「ニャア・ミャ・クラウ・ティット・リンクス」
「ミィ・ミ・リュン・ディ・リュクス」
なんだか呪文のような言葉を交わしたと思ったら、半分食べかけの料理の皿を交換して食べ始めた。なにかねこみみの一族に伝わる風習とか流儀なのかもしれない。
ロアさんはステーキを平らげたあと、デザートのアイスクリームをすごく幸せそうな顔で食べていた。その隣の寧子さんがついにはボトルをつかんでがぶ飲みしながら何かしきりに話しかけている。話はまったくかみ合っていないようだがそれなりに楽しそうだ。
……しかし、ロアさんはなんで今日ここに来たんだろう?
寧子さんが呼んだのかもしれない。
「また機会があれば、会って互いに情報交換したいですね」
真白さんが笑顔で右手を差し出してきた。
「ええ、是非またお互いに話をしたいですね」
ちょっと緊張したが、そっと差し出された手を握って握手する。
「こちらにも是非おいでくださいです」
「ワールドパスを発行したの。これで週末勇者さんもこっちに来れるの」
「じゃあお返しにこちらも発行しておくわ」
「ぜひ来て下さいです~」
ちみっこ女神同士がなにやら名刺のようなものを交換していた。
尋ねたら、お互いの世界を行き来するためのキーのようなものらしい。つまり、俺が勇者候補生たちの世界に行くことも出来るし、勇者候補生達をルラとレラの世界に呼ぶことも出来るようになったらしい。
「じゃあ、また」
「またね」
お互いに手を振って分かれた。まだくだを巻いている酔っ払いをひとり残して。
こうして勇者たちのオフ会は幕を閉じた。
まだ大した冒険もしていなからそれほど大した話は出来なかったが、単純に体験を話すことが出来たとうことだけでも価値があった。
互いの世界に行き来が出来るようになったようだし、いずれは互いに手助け出来るようになれればよいな、と思った。