【魔王フェーズ】セカイの中心で絶望に嘆くオンナノコのお話 その2
魔王ユラ視点です。
「……くっ」
部屋に帰り着いてすぐ、ベッドに転がりこんだ。
「くそ、思った以上に削られたか……」
アイツの前では強がっていたが、実際のところこちらもかなり危ない状況だった。まさか、あの状況でまだ反撃されるだなんて、正直まったく思っていなかった。全くの不意打ちで、覚悟もなく受けた一撃は、予想以上に僕を削っていた。表面だけは何とか取り繕ったが、腹の中身はスカスカだ。しばらくはまともに動けそうにない。
しかし、あのちびねこの人形はアイツが操っているものだと思っていたが……違うのか? 前出会った時は、最初あのちびねこの姿を使っていたから、あれはアイツのアバターのひとつに過ぎないと思っていたのだが、違ったということだろうか。
本体が瀕死の状態で、人形が勝手に動くとはとても信じられなかったし、逆に意志ある人形なのであれば前回ちびねこの姿をしていたことに説明がつかない。
それとも、アイツは、同時に複数のアバターを操れるのか?
ちらり、と部屋の中、いつものアンティークの椅子で待機状態になっているユイの姿を模した人形に目を向ける。そういう風に僕が創った、というのもあるが。この人形は僕の意思に寄らずに動いたりはしない。
「……」
無言で人形をベッドに呼び寄せる。
するり、とドレスを脱ぎ捨てた人形が、裸身を晒して隣に横たわった。
「お前もヤツの一撃を喰らっていたが……。うん、どうやら大事無いようだな?」
身代わりに首から下げた宝玉が砕け散っていた。自分が身に着けず、ただの人形にこんなものを装備させているというのは我ながら馬鹿みたいだとは思うが、まあ今回はそれが功を奏したというわけだ。いや、僕自身が死に掛けた状態で人形だけ無傷でも意味がない。
はっ! 馬鹿らしい。
「……」
無言で人形の頬をなで。そっと口づけた。
そして、入れ替わって、起き上がる。
目の前には、疲れ果てて横たわる、自分の姿。
「……ああ、我ながら趣味が悪いよね、やっぱり」
懐かしいユイの声が、聞こえる。疲れ果てて横たわる自分の頭をそっと撫でて、ベッドから降りた。
んー、と背伸びをして軽く体を動かす。つい先ほど無理な動きをさせたばかりだから、少しばかり手足が痛い。
「もう、ほんっとにユマは人使いが荒いんだから!」
この姿になると、どうしても、自分の記憶にあるユイの振る舞いをしてしまう。趣味が悪いとわかっていても、どうしてもそうなってしまう。
もう一度、ベッドに横たわる僕の頭を撫で、その頬をつついた。
「……あと、人前でああいうことするのはやめてほしいなー?」
自分でやっておいて、自分で責める。ああ、馬鹿らしい。
アイツの目の前で口づけをしたのは人形を操るためで、別に妙な意図などなかったけれど、ユイならそれをわかった上で恥ずかしそうにこう言うだろうと僕は思った。
「んしょ」
空中に大きな姿見を創り出して、くるりとひと回りする。どこにも傷はついていない。しかし、僕や、アイツの血、それに泥や埃で汚れてしまっていた。
「よし、シャワーを浴びよう」
くろちゃんに連絡する前に、少しばかり身だしなみを整えておくことにした。
「くろちゃん、そっちの首尾はどんな感じ?」
くろちゃんは、あたしとは別のポイントに張り込んでいた。女神があたしのところに来た以上は、くろちゃんのところは何の問題もなかったとは思うけれど。
バスタオルで髪をぬぐいながら空中のウィンドウに向かって問いかけると。
『……!?』
一瞬、驚いた顔で、クロちゃんが挙動不審になった。
「どしたの、くろちゃん?」
『……人形遊びはほどほどにしてください。こちらは予定通り、というよりこちらが手を出すまでもなく、敵には為す術もなかったようです』
「そっか。こっちはちょっと危なかったよ。ユマちゃんもだいぶ削られちゃって、今、修復中」
『それでユイ様の御姿なのですか……。思った以上に、今回のセカイは強敵なのですね』
くろちゃんが少しばかり心配そうに、眉をよせた。
「ん、でも計画は予定通り。敵は仕留められなかったけど、流れは止めさせなかったから、今後どうやっても被害がでるのは止められないよ」
『自分たちのやっていることながら、嫌になりますね……』
「まあ、戦域外にまで確実に影響を及ぼすとわかっていてやるのは、ルール違反ではないけれどマナー違反ではあるよね?」
流れ弾を気にしていては戦闘なんて出来ないけれど、最初っから戦域外にまで影響を及ぼすつもりでやるのはまあ、倫理的にはよろしくない。
「……あと、くろちゃん、泣き言は言わない約束でしょ? ボクがこの姿だからって、勘違いしちゃだめだよ。あたしは、本当のユイじゃない。しばらくあたしは、ボクは、ユマに戻れないから言動には気を付けてね?」
『……失礼しました。以後気を付けます』
「ん、よろしい」
自分でユイのような振る舞いをしておきながら今さら何を言っているのだろう。こんなのただの八つ当たりみたいなものだ。
あははー、ばっかみたい。
『……あと、通信の際にはご自身の格好にもご留意ください。見えてます……』
「あははー、くろちゃんのえっちー」
べぇ、と舌を出して通信を切った。
「んー、よいしょっと」
拠点にゲートをつなげて、扉から顔を出す。ぐるりと見回すと、イコと目が合った。
「……え?」
何度も瞬きして、あたしを指さしてぽかんと口を開けている。
「……なんで、あたしが、居るの?」
その言葉を聞いて、ようやく確信を得た。
この姿を見せるのは初めてだ。それを自分と思うだなんて。やはり、イコがあたしの記憶を持つというのは嘘ではなかったみたい。そして、思わず漏れたその言葉。
イコは、あたしの記憶で動いているのかも。
「あははー、あたしは本物じゃないよっ?」
するり、と扉から抜け出して拠点に降り立つ。ユイの記憶を持つイコの目の前で、ユイとして振舞うのは微妙に恥ずかしくもあったが、ボクが嫌なのと同じくらい、あたしはイコと話をしたかった。
「ちょっとユマちゃんが大ダメージ受けちゃってね、こっちに影響でなかったかなって心配になったから見に来たよー」
ぐるりと見回す。
ずいぶんと人数が少ない。イコと、少年、二足歩行の猫と人魚の少女。たったの四人だけだった。
そう言えば結構な人数が女神側に行っちゃったんだったかな?
……まあ、別にどうでもいいケド。
「キミは、誰なのかな? イコさんとは知り合い?」
イコのそばにいた少年が話しかけてきた。確かユマちゃんが数合わせで召喚したユニットの一人だ。委員長くんとか呼ばれていたっけ。
「あたしはユイ。ユマちゃんが創った、幼馴染を模したただの人形。ただのニセモノだよ」
自嘲気味に笑う。きっと、ユイの記憶を持つイコの目から見たら、今のあたしはすごくキモチワルイ存在に違いない。幼馴染が、自分の姿を模した人形を創って、あまつさえまるで本物であるかのように振舞っているのだから。
あははー、キモい。
でも、逃げちゃだめだよ、あたしの中のボク。
「……先ほど、この白い空間が激しく揺れたのは、魔王に何かあったせいなのかな? 魔王が現れずに、初めて見る貴女が来たということは、魔王は今動ける状態じゃないってことだったりするのかい?」
委員長くんが何か操作しながら言った。
どうやら建物にヒビが入るくらいの地震みたいな揺れがあったみたい。
簡易版のセカイツクルールであちこち修復しているようだ。
「うん、ちょっと女神側とやりあってねー。ユマちゃんは今ダウン中」
「ユマちゃんは、大丈夫なのっ!?」
イコがあたしの胸ぐらをつかむようにして詰め寄ってきた。
安心させるように、その背中をそっと抱いてあげる。
「少し休めば大丈夫。だいたいゲームがまだ継続中ってことは、生きてるってことでしょう?」
おでこをこつん、とイコにぶつける。
それだけで、全部伝わった。
「……え?」
口を開けたまま固まったイコから、すっと離れて委員長くんに話しかける。
「今後も女神側とやり合って、またこの空間が壊れかけるかもしれないけど、最悪の場合でも審判役の女神が何とかしてくれると思うから、安心していてね?」
食料など、必要そうなものを少しばかり創り出して床に積み上げる。
「じゃ、もうしばらくは我慢しててね」
そう言って立ち去ろうとしたとき。
「……なぁ、ちょっとだけ待ってくれねぇかァ?」
人魚の少女がためらいがちに話しかけてきた。見た目の割に、ちょっと乱暴な口調だ。
「……なぁに?」
振り向くと、人魚の少女が上目づかいに見上げてきた。
「いま、何が起こってるんだよォ?」
「んー、魔王と女神の最終決戦、かなー」
ちょっとおどけて軽い口調で答える。あんまりあたしのガラじゃないけれど。
「なんで他のみんなは帰って来ないんだよォ?」
「それはわからないかな。たぶん、女神側で保護されてると思うよー?」
まあ、保護されてなかったら、イモムシにぷちってされちゃったのかもね。
「……そっかァ。わりィな、にーちゃんねーちゃん。ちびねこももどってこねーし、あたしもそっちに行ってみることにする」
「いいよ。ただし、もうこっちには戻って来られないからねー」
ぱちん、と指を鳴らして扉を開く。あの人たちの拠点に一番近いポータルにつなげたけれど結構距離はある。なにより、もうすぐイモムシの波に埋もれる場所だけど。
……まあ、どうでもいいよね。この子が自分で望んだわけだし。
「これまで世話になった。わりぃけど、じゃあナ!」
人魚の少女は、二本の足を生やすと、やぁ、と扉の向こう側に飛び出した。
「……あァン?」
一瞬、驚いたような声が聞こえたが、気にせずに扉を閉じる。
「……今のは?」
どうやら扉の外を見たらしい、委員長くんが驚いたようにこちらを見つめる。
「現在は、ユマちゃんの作戦を実行中だよ。あぶないから、外には出ない方がいいね」
「……リュエラちゃんは、大丈夫なのかい?」
「さあ? あの子は自分の意思でここを出て行ったわけだから、あとのことは知らないよ」
「……」
絶句したように黙り込んだ委員長くんをしり目に、あたしは部屋へのゲートを開いた。
扉を閉じる前に、一瞬だけ振り返ると。
まだぽかんと口を開けたままのイコが、突っ立っているのが見えた。
部屋に帰ったあたしは、ベッドにごろりと横になった。
「ユマちゃんは……もうしばらくかかりそうだね」
そっと抱きしめて、髪に顔をうずめる。
「あは、イタズラしちゃおうかなー」
くすり、と小さく笑ってユマの頬をつつく。
相変わらずぷにぷにだ。
唇にキスをすると戻ってしまう可能性があるから、その柔らかほっぺに口づけする。
「……さて、審判役の女神さん、見てるー?」
『見てないよー?』
「見てるじゃない」
『あははー。しかし面白いことになってるねっ!』
「雑談くらいなら付き合うって言ってたけど、今時間あるー?」
『いいよー。うちのちみっこちゃん達の方も目が離せないとこだけど、お話くらいはできるよっ!』
「ずばり聞くけど、”あたし”って何なのかな? あなたならわかるんじゃないかと思うんだけど」
ユマが演じているわけではない”あたし”。
あやふやな境界。なぜか、ユマに戻った時に失われてしまう、ユマとは連続していない”あたし”。
ユマが知らない、ユイとしての記憶を持つ”あたし”。
それはたぶん、イコが持つというあたしの記憶に近いと想像できる。
『えー、恋バナじゃないのー?』
「そっちは後で話そうよ。で、わかる?」
『二重人格でも、人格が分裂したでも、人形にやどった魂でも、お好きな説をどうぞだよっ!?』
「なんか投げやりだー」
『だって、自分で知ってることを他人に聞くとか、無駄なことに付き合う義理はナイナイだもん』
「……そっか」
つまり”あたし”は。
「じゃあ、もうひとつ聞いていい?」
『なあに?』
「神様って、どんな気持ち? 何を考えてセカイなんて創ったの? どういう気持ちでセカイを滅ぼすの?」
『創るのに深く考えたことないよ? あと滅ぼしたことはないから、その気持ちはわからないかなっ』
「あははー、あたしはユマちゃんと、くろちゃんと一緒にセカイを滅ぼしまくって来たけど、よくわからないや」
だから、結局のところ。
いくら考えてみても、誰に訊ねてみても。
ユマちゃんとあたしのセカイを滅ぼした神様が、何を考えていたのかなんて。
――わかるわけがないのだった。