27、「魔王の誘い」
「……少しイメージチェンジでもしたか、貴様?」
魔王は、私を見て少しだけ首を傾げた。
「んー、まあね」
以前にこの白い少年の魔王と出会った時は、ティア・ローをベースにしたものだったし、鈴里太郎をベースにした今の私とは多少違ってはいるだろう。なにより、あの時とは中身のあり
方が違う。以前一回会っただけの魔王に違いを見分けられるなんて、何も言われていないがこれはルラレラにはバレバレなのかもしれない。
それはさておき。
剣を構えたままさて、どう攻めようかと考えていると。
「……」
なぜか、魔王は構えもせずに黙ったままこちらの様子をうかがっていた。
ちょうどいい、今のうちに。
はいです!
ティア・ローにお願いして、前ポケットから破魔の剣ソディアを取り出してもらう。
ごめんねー、ソディア。
”む? 何事だマスター”
訝しがるソディアを無視して指でぴん、と弾く。多少のマナを消費することになるがまあ仕方がない。
「使用制限を撤廃したよ。りあちゃん、これ使って。ソディアは事後承諾でごめん、りあちゃんに力を貸してあげて」
セラ世界のアーティファクトであるソディアには人間種族しか扱えないという制限がある。悪いけどそれじゃ使いづらいので書き換えさせてもらった。
「……この剣は。了解しました、タロウ様」
りあちゃんが小さくうなずいてソディアを受け取る。少しばかり因縁のある、というかかつて私から奪い取ろうとした剣を渡されて少しばかり複雑だったようだ。
「みぃちゃん、りあちゃん、しばらくイモムシはお願いね」
「わかったのです」
「お任せください」
みぃちゃんとりあちゃんが、イモムシの群れに向かって駆け出してゆく。
なぜか、魔王は黙ってそれを見送った。
「……始めよう、って言ったくせに。構えさえしないなんて、どういうつもり?」
改めて剣を構えて魔王に対峙する。不意打ちを避けられた以上、うかつに攻撃も仕掛けられない。向こうから攻めてこないのは不気味ではあるが、一見、隙だらけに見えてもなかなか攻めるタイミングがつかめない。
「……いや、恰好だけでなく、なかなかに女神らしくなったな、と少しばかり感心していた」
口の端をゆがめて、魔王が嗤った。
「以前、相対した時には、無駄にコマを盾にするわ、あさっての方向に剣を振るうわ、まともに相手をするにも馬鹿らしいありさまだったが、多少は見違えた」
「そういうキミこそ、前と違ってなんか少し人間味を帯びた気がするね?」
いきなり喧嘩を売ってきて、わけもわからず応戦した私にわけのわからないことをまくしたててきた、あのいけ好かない生意気な様子と違って、少しばかりこちらとまともに会話する気があるらしいところが気になる。
前の時は、私なんかまるで相手にしてなかったし。
なぜ急にこちらに興味を持ったのかは気になるところだった。
「……そういう貴様は、以前と違ってすっかり女神に成り下がったように見えるな? 僕が首をはねたコマに動揺していたあの時の方がまだ人間味があったぞ?」
「成り下がった……?」
魔王の言葉は、一面で確かに今の私の状態を言い表していた。だけど、成り下がったというのが良くわからない。
「今の貴様は、僕があのコマ達を傷付けたとして、毛ほどにも気に留めないだろう? それは確かに女神らしいあり方ではあるが、対戦相手としては少しばかりつまらなくはあるな」
「……」
即座に否定することが出来なかった。
魔王は女神を知る、とでも言うのだろうか。あるいは、彼自身がそうだからなのだろうか。
魔王が言うことは、確かにその通りだった。もちろん、みぃちゃんやりあちゃんに何の感情も抱いていないなんていうことはない。けれど、壊れても完全に元の通りに戻すことが出来ると知っていて、壊れることを恐れる理由なんてなかった。痛みを感じた記憶さえ、消すことが出来るのだし。完全になかったことに出来る。
……多少は自覚していたけれど、他人から突き付けられるとちょっときついね。
でも、そのことが魔王がにみぃちゃんたちを傷つける気を無くさせているなら、今のままでいい。コイツは、私が嫌がることを積極的にやってきそうだし。私が嫌がらないと思っているならわざわざみぃちゃんたちを狙ったりはしないだろう。
「まあいい、僕の目的には貴様がどうであろうと関係のない話だからな。だから、最初で最後の誘いだ。今すぐフラグを破棄して負けを認めろ。そうすれば貴様はセカイの滅ぶ姿を見ることがなくなる」
「セカイを救いたければ負けを認めろって? 負けたらこの世界が失われるっていうのにうなずくバカがいるとでも?」
返答代わりに一閃。振り下ろした剣はあっさり魔王の手に受け止められた。
「はッ! だから言っただろう? いずれにしてもセカイは全て滅ぼすんだからな。負けを認めれば貴様を完膚無きまでに叩き潰して消滅させてやる。セカイの滅ぶ姿を見なくて済むぞ?」
「……挑発してるの?」
いくです!
魔王の背後に現れたティア・ローが、剣を振り下ろす。しかし、後ろに目でもついているのか、魔王が片手でマントを翻すと、小柄なティア・ローの身体は弾かれて草原に転がった。
「くっくっく、卑怯とは言うまいよ、しかしなかなかやるようになったものだな」
相変わらず素手のまま、転がったティア・ローの背に片足を乗せて力をかける魔王。
「にゃ、にゃああーっ!」
「ティア・ロー!?」
捕まれたままの剣に力を込めるが、魔王はびくともしない。
「ちっ」
蹴りを放つが肘で止められ。
「はっ、ぬるいな」
ティア・ローを踏みつけた足を軸にして、カウンターの蹴りが放たれた。
「くっ!」
咄嗟に剣から手を離して距離をとる。
――ぐきり、と嫌な音がした。
「ティア・ロー!?」
今のは、どこか骨が折れた? 戻さないと。
スズちゃん! 手伝って!
声をかけるも。
ごめんなのですー。いちおうスズは今回魔王側で参加してるので、なので魔王に積極的には敵対したくないのですー。
拒否された。
「……やるようになったと言っても、この程度か。は、つまんねー」
魔王が、転がったままのティア・ローから足をどけ、片手でひょいと拾い上げた。
「にゃああ……」
「ふん、抱き枕替わりにはなるか? 戦利品としてもらっていくのも悪くない」
「ティア・ローを離しなさいっ!」
新たな剣を抜いて突き付ける。
「はっ、自分で戦闘に使っておいて、何を言っている? 壊されることくらい覚悟の上で使ってるんだろう?」
襟首をつかんで持ち上げたまま、魔王がティア・ローの頬を舐めた。
「……くっ」
気持ちが悪い。
ティア・ローは私自身でもある。それが、あんな風に好き勝手にされて、許しがたかった。
しかし無策無謀に斬りかかっても状況が好転するはずもない。ティア・ローがそばに居ては、ぱんつ魔法を放つこともできない。なんとか、隙を作れないだろうか。
隙をうかがう私をからかうように、魔王はティア・ローの頬を舐めつづけ。
不意に真顔になった。
「……しかし、貴様はなかなかいい趣味をしているな? 先のコマといい、このちびねこといい。貴様自身の姿を含めて、悪くない」
「別に趣味で仲間集めたわけじゃないんだけど」
私の周りに幼女がいっぱいなのは、きっとルラレラの呪いだと思います!
しかし、どういうこと? 何を考えているんだろう、魔王は。
「はッ、今まで僕が滅ぼしてきたセカイで、一番多かったのはどんなセカイだと思う?」
「……流行りはいわゆる剣と魔法のファンタジーなんじゃないの?」
「お前はバカか。セカイツクールで創れる世界は別にRPGに限った話じゃない。自分の感覚で語るなバカ」
「バカバカ言う方がバカなんですー! って、キミがどんあセカイを滅ぼしてきたかなんて私が知るわけがないでしょう? そんなの興味すらないし」
「はッ。まあ、そう言うな。教えてやろう、僕が滅ぼしてきたセカイのほとんどは、ただの部屋ひとつだけのセカイさ」
「……部屋ひとつだけ?」
それ、どういうことだろう。
「とあるネットの記事によると、セカイツクールを手に入れたユーザーの実に70%以上が、最初に創るのはアイドルや片思いの異性のコピーだそうだぞ?」
「……??」
ああ、そうか。ナビにも最初すすめられたっけ。一から新しいセカイを構築するのは非常に大変なので最初はご自身のセカイをコピーして少しいじるのがオススメです、みたいなこと言われた気がする。
それの何がおかしいんだろう。知り合いとか、有名人を自分の創ったセカイに登場させたい気持ちは私にもよくわかるのだけれど。
「カマトトぶりやがって、それとも本当に分からないのか? 考えたこともないなんて言わせないぞ? セカイツクールでは何でも創れる。何しろセカイそのものを創れるんだからなッ。部屋に好みの人形を据えて、ベッドで好きなようにもてあそぶなんてのは誰でもが思いつく利用法だろうが。つまり、セカイですらない、ただの欲望のはけ口、自慰のための道具ってことさ。はっ! もっともそれが本当のセカイだとわかっていない愚か者どもは孕ませ、あるいは孕み自分の行いを後悔することになったろうがなッ!」
つまらなそうに吐き捨て、魔王はティア・ローを吊り上げる手をおろした。
「もっとひどいセカイもあった。セカイの主は何でもできるからな。法や倫理的に問題のある行為だって、やりたい放題だ。ひとけた台の裸の幼女なんてありふれた物だけじゃなくて、血と内臓であふれた部屋だってあった。……僕は、そんなくだらないセカイを全て消し去ってきた。人の欲望は醜いな、ああ醜い。中でも一番多かったのは、飽きて放置されたセカイだ。誰も訪れなくなった部屋、ただ主人を待っていた腹の膨らんだある女が言ったよ、”御主人様はいついらっしゃいますか?”って期待の眼差しでな」
「……」
「ああ、当然僕は、その女ごと滅ぼしてやったとも。もう待つ必要もないだろうしな。そういうくだらないセカイを創るヤツラに比べたら、貴様ははるかに趣味がいい」
「……そんなのと比べられると、褒められてる気がしないんだけど」
「当たり前だ。女の姿で幼女をはべらせてる変態のくせに。このちびねこにだって、舐めさせてるんだろう?」
「ほっぺくらいはねー」
ナニを舐めさせるとかいいだすんだコイツは。
お風呂でスズちゃんとティア・ローがふざけて両側から先っちょを舐めようとしてきたけどちゃんとガードしたもん。……興味があったことは否定しないけど。
「ふん、まあ貴様の性癖などどうでもいい」
魔王は、不意にティア・ローをこちらに向かって放り投げた。
慌てて受け取って身体の中に入れる。
にゃーなのです……。
ティア・ローが疲れた声を上げた。しばらくは出さない方がよさそうだ。
「……どういうつもり?」
「せっかく遊べそうなセカイなんだ。人質とって終わらせるのもつまらないだろう? まあ、あとでもらって帰るからな。今巻き込んで壊してしまっては元も子もない」
「……キミは、何のためにこんなことをするの」
他人に、ここまで悪意を向けられるなんて。いったい彼は、何を考えて、何を思ってこんなことをしているのか。どうしてもわからなかった。
「魔王がセカイを滅ぼすのに、理由が必要だとでも? は、笑わせるなよ。そこにセカイがあるから僕は滅ぼす。全てのセカイを滅ぼすか、僕自身が滅ぶまで終わることなんかない」
「……頭おかしいの? キミ」
何か目的があってセカイを滅ぼそうとしてるんじゃなくて、セカイを滅ぼすこと自体が目的だとでも言うのだろうか。確かにもしかしたら大多数の創られたセカイは趣味の塊で欲望の塊で、ろくでもないセカイばかりだったのかもしれないけれど、だからってそれを全部滅ぼしてまわろうだなんて、狂ってる。
「ふん、確かに狂っているのかもな? だが、貴様も女神なら知っているはずだぞ? それとも知らないふりをしているだけか、そんな簡単なことにすら気がつかない思ったこともないただの愚か者か?」
「……何のこと?」
「貴様が生まれたセカイもまた、誰かに創られたセカイだってことをだ!」
……何を当たり前のことを言ってるんだろう、コイツは。
何をもったいぶって言われたのか、さっぱりわからなかった。私の生まれたセカイは寧子さんの創ったセカイだ。正確には寧子さんと寧子さんのお姉さんの二人で創ったらしいが、まあなんにせよ誰かが創ったセカイであることに間違いはない。
「……それが、どうかしたの?」
きょとんと首を傾げている私に、魔王は小さく舌打ちした。
「あるいは同志になる可能性も考えていたが、なんだ、結局はただの操り人形かッ」
「キミが何を言いたいのか、よくわからないな?」
「自分が、セカイが誰の意思で簡単に左右されてしまう様な、そんなあやふやなものであることに貴様は疑問を抱いたことがないのか?」
「んー……あるかも」
前にルラレラ世界のデータをもらってデータを参照した時に。私のPCの中にルラレラ世界が入ってしまっていると想像した時に、ちょっとだけそんなことを思った記憶がある。
……あれ。私、記憶を操作されてるっぽい?
この介入跡は……寧子さんかな。まあ、なるほど。あの時点での私には不必要な感情で、下手をすると気が触れかねない情報なわけで、寧子さんの介入もうなずける。
……つまり目の前のこの魔王は、セカイのあやふやさに気が付いておかしくなったってことなのかな?
「僕のセカイは、削除された。僕自身も、僕の幼馴染をも含めて、全てが消え失せた。僕はそれが許せない。あやふやなセカイが許せない。くだらない女神も、セカイツクールで創られたセカイも、全部なくなってしまえばいい!」
「支離滅裂ってゆーか、自分でも何やってるのかわからなくなってない? キミ」
「は、そうかもな? だがもう、自分でもどうしようもない」
魔王は、突然何もない空中に手を差し入れた。
ずるり、っとそこから引き出されたのは、ゴシックロリータ風の衣装を身に包んだ少女の姿。
歳の頃は、目の前の魔王と同じくらいだろうか。二人並んで立つと、白い魔王と黒い少女はなかなか絵になっていた。
魔王は虚ろな目をしたその少女を背後から抱きしめ、顎を上向かせてその唇に口づけた。
「その子、何?」
「僕の創った人形さ。万が一、僕が負けたら貴様にくれてやる」
口の端からよだれを垂らしながら、魔王はその少女にもう一度口づけた。
「……いや、キミの趣味のカタマリを押し付けないでくれるかな?」
その様子だとキスどころじゃないでしょ、普段やってること。自分でも言ってたし。さらに言うなら自分の意思を持ってなさそうな、ほんとうの意味での人形とか置いてかれても扱いにこまるんだけど。
「ふん、悪くない出来だと自負してるんだがな? 貴様の趣味にも合うと思ったが」
「……まあ、かわいい子だよね」
認めましょう。造形は確かに悪くないです。お人形遊びをする趣味は無いけれど。
「……そして、これは僕の武器でもある」
魔王が嗤いながら少女のスカートの内側へ手を伸ばした。マントで少女を覆い隠しながら、何かをまさぐるように手を動かす。
「いや、戦闘中に何はじめてるのさキミは……」
そういうことは自分のお部屋でしなさい。
虚ろな少女の頬が上気したように赤く染まり。熱い吐息がその口から漏れ出した。
「今さらだが、名乗っておこう。僕の名前は、巫女神由真、魔王ユラだ。この子は、幼馴染の結衣。この名を刻んでセカイとともに滅びるがいいよ」
「私は……」
一瞬迷ったが、今の私が鈴里太郎と名乗るのもおかしい。
「私は……女神ティア・ロー。このセカイを滅ぼさせたりなんか、しないよ」
――剣を構えて、魔王をにらみつけた。