19、「わんこは見た」
【女神フェーズ】
『勇者は 眠っている……』
『魔王ゆーりは 勇者にイタズラした!
→勇者は くすぐったそうに身をよじった!』
『勇者は 眠っている……
目をさました!』
「……ん」
意識が戻る。
気を失っていた、ということは、俺はロアさんにやられてしまったということなのだろうか。
どうやらボス部屋の床に、そのまま転がっているらしい。背中が冷たい。起き上がろうとして、両肩に重みを感じた。
ああ、いつものルラとレラか、と思ってからルラがさらわれた状態であることを思い出した。
「……って、みぃちゃんとりあちゃん?」
なぜか二人が俺に抱きつくようにして一緒に横になっていた。眠っているようで、すーすーと静かな寝息を立てている。
こんな冷たい床で良く普通に寝られるもんだ。
とりあえず、みぃちゃんがロアさんに連れ戻されていないことに安心する。
狐面の魔王、ゆーりの姿は見えない。ロアさんに連れ戻されちゃったんだろうか。寝転がったまま見回すが、見える範囲にゆーりの姿は見えなかった。
フラグを奪うのが難しい以上、せめて身柄だけでも確保しておくか、ルラとの交換交渉に使うなりしたかったんだが……まあしょうがない。
そう思った瞬間。
目の前にホワイトボードが突き出された。
『わたしなら、ここにいる、かな』
え? ってそういえばなんか頭の下あたたかい。
俺、膝枕されてるっ!?
『寝顔をたんのーさせてもらった、うふふ』
ちょっ、何そのセリフ。少しばかり背筋がぞぞぞってしたんだけどっ!?
りあちゃんとみぃちゃんを起こさないようにそっと腕を抜いて、起き上がって振り返ると、狐面を被ったゆーりが笑いをこらえているかのように小さく肩をゆすっていた。
「……ゆーりは、ロアさんと一緒に帰らなかったの?」
『わたしとあなたの勝負も、はぐれ女神さんとあなたの勝負も、どっちもあなたが勝った。わたしが帰る理由は無い、かな。あなたが帰れと言っても、もうしばらくはこっちにいるつもり』
「……そうなんだ?」
自分も魔王でプレイヤーの一人で白い少年の手下じゃない、みたいなことを言っていたし。もしかしたらあまり仲が良くないのかもしれない。
『ん、魔王ユラはどうでもいい、かな。わたしが警戒しているのはイコ』
「イコ?」
ってゆーか、今俺の思考読まれたような。
『……その前に』
ゆーりが狐面を外した。にんまりと微笑んで、自分の胸を指でさす。
「え?」
「眼福だけれど、そろそろ隠した方がいい、かな?」
相変わらずのかわいらしい声だった。
しかし、何を言われたのかが良くわからない。首を傾げていると、ゆーりは俺の胸元を指さしてきた。
「うお」
ロアさんにやられたのだろうか。いつの間にか俺の服はばっさりと縦に切り裂かれていて、肌があらわになっていた。
ああ、やっぱり女の子でも男の裸って気にするのかな。別に貧相な身体見られたところでこっちは別に気にしなんだけどな。
と、そう思ってから自分の胸のふくらみに気が付いた。女神化したときに女性化しちゃってたっぽい。周りが女性だけだし、特に気にする必要も……と思ってから目の前のゆーりが自称百合であることを思い出した。
あわてて左右を引っ張って前を隠す。
「ん、これで落ち着いて話せそう」
ゆーりが、小さく微笑んだ。
――そしてゆーりが話してくれたのは、少しばかり不思議な敵側の事情だった。
「……つまりその、イコっていうのは、何度かこの妖精大戦ってゲームをループしてる君たちの仲間ってこと?」
「正確に言うなら、わたしのまいこのそっくりさんであって、完全に同じ人物というわけではない、かな。イコとまいこは時系列的にはつながっていない。強いて言うなら、並行世界の存在に近い、かな。ループしているというのもわたしには確認する方法がないから、イコの自称に過ぎない」
「そのイコを警戒しているから、こっち側に協力してくれると?」
「ん、それは少し違う、かな」
ゆーりはにんまりと微笑んで、もじもじと少しばかり恥ずかしそうに身をよじった。
「わたしはこのゲームの結果がどうなろうと興味はない、かな。まいこたちが楽しんでくれたらいいとは思ってはいるけれど。どっちが勝っても負けても元の世界に戻るだけ、かな」
「……」
なんか、視線があやしいんですけど。
「……わたしと、直に言葉を交わせる人間はとても少ない。大好きなまいこですら、狐面を被らないわたしの声にはほとんど耐えられない。だから、こうして普通に会話できる、わたしと同列である女神のあなたに対する好意、かな」
「……んー、とりあえずありがとう?」
ゆーりの言っていることはよくわからなかったが、初めてゆーりが狐面を取ってしゃべり出したとき、なぜか俺とみぃちゃん以外は時間が止まったかのように身動き一つしなかったことを思い出した。あのことを言っているのだろうか。
「ん、そこのねこみみっこも、じきにあなたと同じように自分の生まれたセカイから切り離されて、自分のセカイを生み出せる女神になる、かな」
「そうなんだ?」
まあ、あのロアさんと一緒にセカイを渡り歩いてきたらしいからなー。
「……少し疲れた、かな。捕虜としての待遇を要求する」
くぅ、と小さなお腹の音がした。
「ごはんくらい食べさせてあげるよ」
ちょっとだけ苦笑して、息を吐いた。
とりあえず、いったん神殿に戻るかね。
少しばかりゆーりを神殿に入れるのは不安だけれど、彼女のフラグ条件からしてゆーり自身はフラグを持っていない。神殿に入れても占拠されることは無いだろう。
ロアさんと一緒に帰らなかったところを見ると、自分の意思でのこったんだろうしな。
……というか暴れられた場合、たぶん寧子さんクラスじゃないと止められそうにないしー。
帰ろうとして、みぃちゃんたちをどうしようかと思い悩む。
起こすのもかわいそうだしな。
ちょいとばかりリフレクターを駆使して、みぃちゃんとりあちゃんを宙に浮かべて運ぶことにする。
「抱きかかえていけばいいのに。手が滑っても役得、かな?」
にまにまと笑みを浮かべて、ゆーりがからかう様な口調で言った。
「……しないから、そういうの」
でも、ちょっとだけみぃちゃんのお耳をなでなでした。
「……で、連れてきたちゅーわけなんか」
サボリーマンさんが、あきれたような声を上げた。
「聞いた話だとかなり強い魔物使役すんだろ? 大丈夫なのかよ?」
マジゲロも警戒したように、少し及び腰で狐面を被ったゆーりの方を見つめている。
「むっはー! 生ねこみみ女神きたにゃー!」
にゃるきりーさんはなんか違うことに興奮している。
「……て、そういや俺の姿かわってるのに誰も驚いてない?」
「あーそれはやねー」
サボリーマンさんがちょっと言いにくそうに頭をかいた。
「掲示板で、おにいちゃんとロラさんのバトルが実況されてたのよ」
レラが自分の携帯を操作して、こちらに向かって突出してくる。
「……をを?」
って、ロアさん、俺の上半身裸の写真とかなにネットにさらしてくれちゃってるんですかーっ!?
『どうでもいいから、ごはんたべたい、かな』
ゆーりに袖を引かれて我に返る。
「……あ、そうだね」
神殿の巫女さんたちにお願いして、食事を用意してもらう。
みんなしてご飯を食べながら、ゆーりから得た情報を皆に伝える。
「……ふむ。ではとりあえずの状況は勇者たちの側が有利になったという認識でよいのかな?」
話を聞いたレイルさんが、俺を見ながらあごに手を当てた。
レイルさんたちも少し休んで体力を回復したらしい。
「はい」
「……では済まないが、あまり迷宮を空けるわけにもいかないのでな。帰らせてもらうとしよう」
「そうなんですか、わざわざ遠いところをありがとうございました」
「なに、何度も言ったがこちらにも利のある話だったのだ。気にすることは無い」
レイルさんたち迷宮組は短く別れの挨拶をして、来た時と同じようにあっという間に去って行ってしまった。正直なところ、拠点防衛のスケさんと巨大スライムさんには残っていて欲しかったが無理は言えない。
……レイルさんたちには今度何か、お礼を考える必要があるな。
シェイラさんがにやにや笑いのままだったのがなんだか非常に気になった。
勇者候補生の仲間のニャアちゃんとヴァルナさんは残ってくれた。レイルさんたちを送っていくのは洋風女神フィラちゃんだけで十分だったらしく、和服女神ティラちゃんもこちらに残ったままだ。フィラちゃんもレイルさんたちを送ったら戻ってくるという。
どうやらフィラちゃんやティラちゃん達もセカイ同士で争うこのゲームに興味があり、情報収集をしたいらしかった。
……セラ世界には創世神いないらしいからなぁ。
あの白い魔王みたいなのが攻め込んで来たら、かなりヤバイことになるだろう。
シルヴィ達も助け出したし、敵側の最大戦力であるゆーりはこっちが押さえている。ロアさんは……どうなんだろう。
みぃちゃんを預けるにたるか、と俺を試すことを目的として敵にまわっていたなら……その目的は果たされたとみていいと思うんだけど。まだ敵側にいるんだろうか。
『ん、わすれてた。はぐれ女神さんからは伝言をあずかっている、かな』
「え? ロアさん、なんて言ってたの?」
『今度やったら、上だけじゃすまさないわよー、っていってた、かな』
「いや、不可抗力ですからっ!?」
狙ってロアさんの服切り裂いたわけじゃないからっ!?
ってかネットに晒すとかひどくね? まあ、元が男なだけに上半身の肌さらすのにそこまで抵抗あるわけじゃないんだけど。
『あと、ルラちゃんはまいこに任せておけばだいじょうぶ、あたしはよそに行く、って言ってた』
「そっか」
それじゃあ、ロアさんが敵に回ることはもうないと考えていいのかな?
とすると、残る敵の戦力は。
……あの、白い少年か。
以前、初めて女神化した時にもまったくかなわなかった。強い、というわけじゃない。攻撃が通らないわけではないけど、なかなか当らない上に、削ってもまったく堪えない。
あの少年を、今度こそ倒せるだろうか……。
「……?」
考え込みながら、ふと周囲を見回して。
誰か足りないような気がした。
「レイルさんたちセラ世界からの助っ人は帰っちゃったし、シルヴィ達は休んでるだろ。みぃちゃんとりあちゃんもベッドに寝かせてきたし……あれ、誰が居ないんだっけ?」
サボリさんたちはスマホで掲示板で何やらやり取りをしているようだし。
レラは御坐の上で退屈そうにごろごろしている。
ゆーりはなぜか俺の膝の上で、まだもふもふとパンをかじっている。
「あ……わん子さん、どうしたんだっけ?」
迷宮攻略組についてきて、ゆーりとのバトルの時まで居たのは覚えている。
そのあとどうしたんだっけ? レイルさんたちと一緒に神殿までもどったんだったっけ?
はっきりと覚えていない。
『いぬみみっこなら、最後まで居た、かな』
「え? 最後って?」
『ついさっき迷宮を出るまで、わたしたちの後ろを歩いてた、かな。大スクープですよー、わんわん!って小さくつぶやいて街の方に駆けて行った』
「ぜんぜん気が付かなかったんだけど……?」
ゆーりと話してる時もずっと居たってこと??
離れたところにいたのかな、ぜんぜん気が付かなかったんだけど……。
……まあ、無事ならいいかな?
このときわん子さんを止めなかったことを後に後悔することになるとは、当時の俺は思いもしなかった。




