18、「お約束」
【女神フェーズ】
『勇者は まもりをかためている』
『――魔王ロラは おおきくぶきを ふりかぶった!
→かいしんのいちげき!
勇者は、999999999999のダメージを受けた!』
『勇者たろうは……』
――まるで光の翼でも生えたかのようだった。
肩当てから伸びる三本のロッドに発生した光の力場を推進力として、ロアさんは光の速さで俺に突っ込んできた。
「……え?」
それが、そのことが、認識できてしまったのがひどく不思議だった。
光の速さで人間が動けるなんてそれ自体が冗談みたいなものなのに、それを普通に視認し理解し対応するために動けてしまう自分が不思議で、理解しがたかった。
……ここまでの思考にすら、時間が経過していない。
世界を切り裂く剣をほんの少し、ロアさんに向けただけで。
「――!」
剣に弾かれたロアさんが天井にぶつかった。思ったほどこちらへの衝撃はなかった。
あの勢いだと、かなりやばそうな気がするが、大丈夫だろうか……いや、大丈夫だろう。
自分でも信じられなかったが、今の俺は、仮初ではあっても女神の力を持っている。少しはロアさんとやり合える、ということなのだろうか。
「……!?」
一瞬で起こったことに、みぃちゃんもりあちゃんも何が起こったのかわからないようで、突然の天井を砕く轟音に、身をすくめていた。
「みぃちゃん、りあちゃん、今のうちにゆーりを連れて離れてて!」
あのロアさんが、こんなことくらいで自滅するなんて思えない。
天井を見据えて剣を構えていると。
「……」
憮然とした顔で、ロアさんがゆっくりと天井から降りてきた。
自爆によるダメージは全くないようだ。少しばかり建材の破片やらで薄汚れてはいるが、服にすら綻びひとつない。
トン、と床に片足をついて、ニ本の剣をだらりと両手にぶら下げた構えに戻ると。
ロアさんは、不思議そうに首を傾げて、ぶらぶらと剣を揺らした。
「一撃で終わらせるつもりだったんだけど?」
「……本気、でしたよね、今のは割と」
「当たり前でしょう? 殺すと決めた相手に手加減なんて必要ないでしょーが」
ロアさんは、さらに首を斜めにした。どうやら本当の本気で、俺を殺すつもりの一撃を放ったらしい。
「タローとはそれなりに仲良くしていたつもりはあるけれど、さ。みぃちゃんとは比べようがないじゃない。第一、ここで殺してもタローは自分のセカイに戻るだけでしょう?」
「……」
どうだろう。今の俺は、たぶん寧子さんの手の内から外れている。死んだ場合に、俺にとっての現実世界に戻る保障はない。
しかし、そんなことをロアさんに言ってもおそらくあの人は手加減する気などないだろう。
「まあ、問答無用ってやつね」
今度は自爆しないようにだろうか。ロアさんは肩当てからバーニアを吹かすことなく、自分の足で床を蹴って飛び掛かって来た。
スピードは先ほどの一撃とくらべれば比べものにならないくらい遅い、とはいえ、通常の人間が避けられるかというと微妙なところだろう。
「……っ!」
身を低くし、転がるようしてに避けると。それを読んでいたかのように目の前に剣が突き刺ささった。すぐさま横に転がるようにして身を起こし、振り返り様に剣を振るう。
「へえ、面白いわね」
俺の振るった剣は。
ロアさんの拳で、その勢いを増すように跳ね上げられた。
「ちょ、世界を切り裂く剣を素手で触るとか、非常識ですよっ!?」
なんで消し飛ばないんだロアさん?
「いやー。アブナイ剣だからこそ、あたしの剣で下手に受けると壊れちゃうじゃない?」
両手で持った剣を跳ね上げられ、がら空きになった俺の腹に。
「ほい、よいしょ」
ロアさんが踏み込んで、剣の柄をぶち込んできた。
「ぐあ」
見えていても、わかっていても。避けようがない状況というのはいくらでもある。
剣の技術というのはそういったものの積み重ねで、ただ上段からの振り下ろししか教えられなかった俺は物の見事に引っかかった。
ロアさんは、さらに先ほど床に突き立てた剣を拾って横なぎにふるってくる。
腹に痛打を受けてうずくまりたい衝動を必死で抑え、ブリッジをするようにしてそれを避ける。そのまま後ろに転がって距離を取ろうとしたら。
「もちろん、逃がさないわよ?」
両手に剣を持ったロアさんが、左右両側から挟み込むように剣を振るってきた。
「ああああっ!」
咄嗟にリフレクターを左右に発生させる。
しかし。
「ばかでしょ?」
受けた力の向きを完璧に反射するはずのリフレクターを砕いて。
ロアさんの剣が俺の両腕を斬り飛ばした。
「ぐ」
追撃をくらう前に足元に発生させたリフレクターを蹴り飛ばして距離をとる。
バランスが取れない。前にウザ女神に片腕を飛ばされたことを思い出す。
痛みで集中できない。が、みぃちゃん達を癒した時のように巻き戻して自分の腕を修復する。
剣は腕と一緒に飛ばされたままだったが、それは問題ない。あれはセカイの一部でありどこにでもあるものだから。
「……真っ二つにならなかったことだけは褒めてあげるわ」
追撃してこようとせず、俺の腕を斬り落とした体勢のままでロアさんが顔を上げた。
「でも、だめね。落第点。自分の力の使い方をまるでわかってない」
ため息とともに、片方の剣を空中に放ると、空中で一回転した剣が吸い込まれるようにして消えた。
「魔法特化のあたしに、剣でかなわないとか。自分の不明を恥じなさい」
「……はい」
無言で新しい世界を切り裂く剣を引き抜く。
そういえば、ロアさんは魔法に特化した形態だって言ってたっけ。剣に特化してるのはロナさんの方。ああ、ということは俺を殺す気で斬りかかってきておきながら、あれでも十分以上に手を抜いていたってことなわけだ。
「……」
「……」
互いに無言でにらみ合う。
正直、純粋な攻撃力で言えば今の俺はロアさんに劣っていないと思う。しかし、俺にはその力をそのままロアさんにぶつけるような気にはなれなかったし、かといって向こうがこちらを殺す気で来ている以上、こちらも抵抗しなければ死ぬだけだ。
「ロアさん、やめてほしいのです!」
みぃちゃんの声が聞こえた。
「ごめんねー、みぃちゃん。これはあたしのわがままだから」
ロアさんはみぃちゃんの方を見ることなく、ただ俺を見つめている。
「……覚悟はできた? みぃちゃんとゆーりを返すなら、今なら剣を引いてもいいよ?」
「増えてるじゃないですか……」
「そりゃそーよ。さっきまでと条件が同じなわけないでしょう?」
「……」
「そっか、やっぱだめだわタローは」
肩をすくめるロアさん。
「いえ、決めました」
俺のこの姿は。みぃちゃん達を守るために得たものだ。
「返す気になった?」
「……いえ」
「じゃあ、死ぬ覚悟が決まったってことだ」
「……いえ。守るために、誰かを傷付ける覚悟を」
「よろしい」
にやあ、と口の端を吊り上げてロアさんが嗤った。
「かかってきなさい」
牽制のレーザーはことごとく剣で弾き飛ばされた。世界を切り裂く剣は、何度振るってもかわされた。
いくつもの世界を渡り歩いてきた勇者というのは、やはりとんでもない存在だ。成り立ての女神の力などまったく通じはしない。
「遅い」
「……ッ」
見よう見まねでフェイントを入れたり、先読みして魔法を置いたりしてもロアさんはこちらの手の内が全て見えているようで、ことごとくこちらの手をつぶされた。
「……そんなんで魔王と戦うつもりなの?」
「……ッ」
「自分の力を理解しなさいって言ったでしょう? 闇雲に斬りかかるだけとか、馬鹿じゃないの?」
「そっか……」
一番最初の一撃は、本当の本当に俺を殺すつもりだったのかもしれない。
でも、今のロアさんの剣は。いかにして敵の裏をかくか、どうやって敵の手を見分けるか、そういったことを教えてくれているとしか思えなかった。
もちろん、まともに食らえば腕は飛ばされるし、何度か腹からヤバイものがはみ出たりもしたんだが。
一手斬り結ぶたびに強くなっていく気がする。
気のせいなのかもしれなかったけれど。
「……ありがとう、ございます」
「敵にお礼とかバカじゃない?」
「そうですね」
リフレクターを蹴り飛ばしてロアさんから距離を取る。
「……ふん」
対峙するロアさんが、かかってこいとばかりにガードを下げた。
「……」
ロアさんに教えてもらったのは、ただ剣を振り下ろすことだけ。
であるならば。見せよう。俺の剣を。
上段に構えて、振り下ろす、という意識すらなく。
俺は、ただロアさんの脇を駆け抜けるように一歩を飛んだ。
「……」
「……」
互いに背を向けたまま。
パン、と軽い音がしてロアさんの鎧が弾け飛んだ。
「……んー。まあ、不満はあるけどいいわ。もう少しみぃちゃんを預けておく」
ロアさんはそう言って、剣を収めたようだった。
「ありがとう、ございました」
振り返って、こちらも剣を収めると。
ロアさんの服の前面が見事に消し飛んでいて。
手のひらに収まりそうなくらいのつつましやかなふくらみが、こんにちわしていた。
「……見たわね?」
ああ、そういやりあちゃんの時にも似たようなことあったなーと思いながら。
……俺の意識は闇に沈んだ。
最近別のギャグっぽいの書いてるのでどうにも頭がシリアス方面に切り替わりません……。