勇者たちのオフ会 その1
――異世界から帰ってきて三日目。
俺はPCで掲示板の例の勇者候補生のスレッドを眺めていた。
書き込みを控えるようになってからも例のスレッドは毎日の様にのぞいていたが、勇者候補生が何やら重大発表があると書き込んで以降、掲示板にはこれといった動きがないようだった。
勇者候補生とおぼしき人物からの「掲示板に書き込むな」というメールに、「後で詳細を知らせてください」と返信したのだが、そちらの方もあれ以来まったく音沙汰がない。
「……いったい、どういうことなんだろうな?」
「何か、問題でもあるです?」
入り浸らないと言ったくせに、それはどうやらロア自身に限定されていたようで、みぃちゃんは相変わらず俺の膝の上にいた。PCの画面がちらちらしているのが面白いらしく、俺がマウスを動かすたびにじっと目で追うのがなんだか可愛かった。
「いや、うん。大したことじゃないよ」
頭を振って答えると、みぃちゃんが俺の膝の上でぴょこぴょこはねながら言った。
「じゃあ、こんな文字ばかりのじゃなくて、ねこねこ動画を見るです!」
ぴたぴたとねこみみであごの下を打たれる。なんか幸せだ。
「ああ、うん。もうちょっと待ってね」
「むー」
「うー」
俺の両肩に、ちみっこどもが不満そうな顔であごを乗せてくる。
みぃちゃんが俺の膝の上を占領してしまったので、いつものように俺の膝の上に座れずに両側からあごを乗せて抱きつくようにしてPCの画面をのぞいているのだ。流石に三人膝の上に乗せると俺が何も出来ないので、なんとなくこんな配置で落ち着いてしまった。
「みぃはじゃんけんつよすぎなの……」
「つぎこそはおにいちゃんの膝の上をかちとるの!」
はいはいがんばれよ、とちみっこどもの頭をなでてやる。
ねこねこ動画のトップページをブラウザのお気に入りから開きながらふたたび考える。
勇者候補生が、俺の書き込みを止める理由はなんだろう……?
自分であれだけ画像を貼り付けておきながら、俺には書き込みそのものを止めろというのが気になった。それに、昨日通りすがりの三毛猫なる人物の唱えていた「異世界はうちゅーじんが作った」説も気になる。
……あるいは勇者候補生は、その宇宙人関係で口をつぐむことになったのだろうか。
通りすがりの三毛猫なる人物のあの口調が、どうも知っている人を思い起こされてあまり深く追求したくはなかったのであえて聞かなかったのだが、もし聞いていたらルラやレラはなんと答えたのだろうか。
……なんとか勇者候補生と連絡を取れないものだろうか。
閉じる前に、もう一度だけ、と掲示板を更新すると……例の掲示板に、勇者候補生の書き込みがあった。
「お。みぃちゃん、ちょっとごめんな」
「ん」
ねこねこ動画のウィンドウを小さくして掲示板を画面いっぱいに表示する。
何度も更新するとそのたびに、書き込みは進んで行き、そしてついに1000まで到達してしまった。
「あれが……あの異世界の写真が、全部作り物だったって? うそだろ」
実際に異世界に行って来た俺は、勇者候補生が異世界に行って来た事をまったく疑っていなかった。ルラやレラは知らないということだったから、それが俺が行って来た世界ではないにしても、似たようなことをしてる他の何か誰かが居てもおかしくいと思ったからだ。
……まてよ、もしかしたら。
ふと思いついてWEBメールを起動すると、勇者候補生らしき人物からのメールが届いていた。
「……掲示板で重大発表するから見ておいてくれ、それと詳しい話は直接会ってしたい、だって?」
さらに日時と場所、それに携帯電話の番号とメールアドレスらしきものが追記されていた。
いや……そんな一方的に指定されても、俺が近くに住んでなかったら会えねーだろ。
実際には十分電車で行ける場所ではあったが、あるいは俺が確実に行ける日時と場所であると向こうが確信しているように思われて、こちらの情報がどこか筒抜けになっているようで少し不気味だった。
三十分ほど悩んだが、俺は自分のスマホからメールに書かれていた番号に連絡を入れてみた。四回コールした後、突然向こうから切られた。直後に向こうがリダイヤルしたのかこちらに着信がある。
「もしもし……? 勇者候補生、さんですか?」
恐る恐る電話を取ると、無言の吐息が帰って来た。
「……」
「あの?」
「……詳しい話は直接会って、とメールに書いたはず。当日まで、もうこの番号には出ないから」
こちらの言うことは聞かずに言いたいことだけ言って電話は切られた。
……意外なことに、若い女性の声だった。
幼女や猫を膝の上に乗せていた画像は、顔は写っていなかったものの、確かに男性であったように思われたのに、いったいどういうことなのだろう……?
とりあえず、その日時・場所で問題ないので当日詳しい話をしましょう、とメールに返信をした。
指定された土曜日の午前中。午後にはそのまま異世界に行くつもりでルラとレラ、みぃちゃんと一緒に出かけた。どこで聞きつけてきたのか、というかどこに住んでいるのか途中の駅でロアまで合流してきた。
「えーっと……勇者候補生の名前で、十一時に予約してあるらしいんですが」
指定されたファミレスで店員に告げると、十人は座れそうな大きなテーブルに案内された。
時間は十一時前。まだ勇者候補生達は来ていない様子だった。
「とりあえず前菜として山盛りふらいどぽてとをきぼうするの!」
「しーざーさらだもひつようなの!」
俺の両隣を勝ち取ったルラとレラがメニューを見ながらわいわい騒ぐ。
「向こうまだ来てないから、飲み物くらいにしとこう、な?」
「いや、あたしが全額出すから、もうじゃんじゃん頼んじゃってっていいよっ!」
横から飛んできたどこかで聞いたことある声に目を向けると、なぜか寧子さんが腕組みして立っていた。
「……あれ、寧子さんまで?」
「もふもっふ~」
さっそく寧子さんがみぃちゃんに抱きついてフードの上から頭をなでなでしている。流石に人目のあるところでみぃちゃんのねこみみをさらさないだけの理性は残っているようで助かった。みぃちゃんはちょっと嫌そうな顔をしているものの、なでられるがままだ。
女の人なら、大丈夫ってことなのかな……?
ちょっと疑問に思ったが、そういうものかと納得しておくことにする。下手に突っ込むとやぶ蛇になりそうな気がしたから。
ロアはまだ未成年っぽくも見えるがどうやらそれは外見上だけの話で一応成人ではあるらしく、寧子さんと二人してどうやらお酒を注文したようだった。
……昼間っから酒とはあんたらいいご身分だな、おい。
一通り飲み物が行き渡ったころに、彼女たちはやって来た。
高校生くらいの私服の男女ふたりと、うちのちみっこどものような幼女ふたり、さらにもうひとり小学校高学年くらい女の子の計五人。高校生のふたりは兄弟であるのかどことなく似通った雰囲気があった。ちみっこたちはうちの双子と似たような和服と洋風ドレスに身を包んでおり、銀髪紅目で人形の様にかわいかった。最後の小学校高学年くらいの女の子は、うちのみぃちゃんと同じように頭からフードを被っている。この子がねこみみなのだろう。
勇者候補生本人の顔が映った画像は貼られたことがなかったが、幼女二人とねこみみの画像は見たことがあったので、確かにこの人たちが勇者候補生なのだろうと思った。
「……あら、もうはじめちゃってた?」
高校生くらいの女の子がテーブルの上を見てつぶやいた。それは電話で聞いた勇者候補生の声だった。
「ああ、すみませんとりあえず飲み物だけでもと」
立ち上がっておじぎをすると、「いいから座ってて」と向かい側の席に五人が腰掛けた。
「んふ~。では、お互いに紹介といこっかな~?」
なぜか寧子さんが立ち上がってむふーと鼻息を荒く吐いた。早くも酔ってるのかこの人。
「あ、俺は」
「ああ、待って」
自己紹介しようとした俺を、高校生の女の子が止めた。
「わかってるとは思うけれど、本名とかはナシ」
それはあまり深い付き合いしたくないという意思表示なのだろうか。ちょっとだけ虚をつかれたものの、匿名掲示板で知り合ったもの同士、ハンドルネームで語り合うのもそれはそれで正しいのだろうと思うことにした。
「では改めて、俺が週末勇者です。こっちのちみっこどもが見ての通り和服幼女と洋風幼女です。そこのフードを被っているのがねこみみさん、その隣の女性が女剣士さんです。で、」
「……ああ、週末勇者君、自分でするからあたしの紹介は不要だよっ? まあ知ってると思うけど、あたしが通りすがりの三毛猫ちゃんでぃ~す!」
ぷっはーと酒臭い息を吐いて寧子さんが笑った。
……いや、たぶんそうだろうとは思ってたけど、やっぱりあんたが通りすがりの三毛猫だったんかい。
「では、こちらの番ですね」
高校生の女の子が、隣に座る男の子を指差しながら言った。
「わたしと、この子、ふたりで勇者候補生です。男勇者候補生、女勇者候補生でいいかな。で、このちみっこたちがうちの女神ね。和服女神ちゃん、洋風女神ちゃんと呼んでちょうだい。で、」
女勇者候補生が小学生高学年くらいの女の子を指差す。
「この子がねこみみたんね」
ねこみみたんは、うちのみぃちゃんをじーっと見つめていた。
みぃちゃんも、じーっと見つめ返す。
先にそっぽを向いたのはうちのみぃちゃんだった。
「双方でわいわい騒いでもあれだから、勇者候補生側では主にわたしが受け答えします」
女勇者候補生が自身を親指で指して小さく微笑んだ。
「……じゃあ、こちらは俺で」
ぶっちゃけ俺しかいないしね。
「うふふ~、司会進行は不肖あたしがやっちゃうよっ!?」
寧子さんがごきゅごきゅとグラスを傾けて、またぷはーと酒臭い息を吐いた。
「ってわけでっ、勇者たちのオフ会、はっじめっるよ~!」
「……いや向こうが飲み物とか注文するまで待てよっ!」
思わず寧子さんにびしぃっとツッコミを入れると、「あら、ずいぶん仲がよろしいんですね」と女勇者候補生に笑われてしまった。
……こんな酔っ払いと同類に思われたくはなかった。