12、「ちーとつーる」
【女神フェーズ】
『勇者は ちーとつーるを使った!?』
――ゲームブック、というものを知っているだろうか。
簡単に説明すると、番号の振られた短い文章の書かれた本で、例えば「敵が現れた! どうする? 戦うなら23へ進む 逃げるなら30へ進む」というような感じで、自分で行動を選択して読み進めていくタイプの、ゲームのような本だ。
最近ではほとんど見かけることはないものの、昔はかなりいろいろ出版されていた。単純に行動を選択するだけでなく、サイコロを振らせたり、別の紙にHPなどを記述するものなど、様々な工夫がされていたものだ。
もっとも、俺は父親が子供のころに遊んだという何冊かしか見たことは無い。
……なんとなく想像はつくだろうけれど、コンピューターゲームの発展に伴い、そういった古き文化は淘汰されてしまったのだ。コマンド選択式のアドベンチャーゲームでさえ、今ではほとんど骨董品扱いだしなー。
……話を戻そう。
シルヴィの迷宮を取り戻すために迷宮に踏み込んだ俺たちの目の前に現れたのは、空中に光るウィンドウなどという無駄に凝った仕掛けではあったものの、昔懐かしいゲームブック風の文章と選択肢だったわけなのだが。
もう一度、選択肢を眺める。
コマンド
ニア 進む 3へ
戻る 10へ
調べる 7へ
いったいどうしたものやら……。
それとも、この選択肢に沿わないと行動できなかったりするんだろうか。
腕組みして、むー、とうなりながら眺めていると。
「なかなか、凝った仕掛けのようだな。このような仕掛けは白神リラ様の”暁のカケラ”でしか見たことがない」
レイルさんが感嘆の息を吐いて何度か満足げに頷いた。
「あー、そか、あっち方面だったんですねー。迷宮の見た目がウチと同じ感じだったのですっかり騙されましたよー」
シェイラさんが胸の前でぽんと手を打った。
「……えーーと、こういうタイプの迷宮って、そちらの世界にもあるものなんですか?」
思わず問いかけると。
「選択肢で行動を選ぶ、というタイプは非常に珍しくはあるが、いくつかなくは無いな。ただし私の知るものは経年劣化、あるいはもともとの仕様に不備があってほとんどがクリア不可能でだな、このように新たに作られた迷宮で見ることが出来るというのは、非常に興味深いことだ」
レイルさんがまた感嘆の息を吐いて、目を輝かせながら空中に浮かぶウィンドウを見つめた。
なんでも、基本的に選択肢に従った行動しかできないらしく、XXへ進む、となっている選択肢を選んでも進む先が経年劣化で無くなっていたり、ウィンドウを表示させる仕組みが壊れていたりして、進行が不可能なものが多いのだそうだ。
「胸が熱くなりますねー!」
シェイラさんもレイルさんの隣で目を輝かせている。
「でー、どうするんだー? ここは手堅く”調べる”からいくのー?」
ミルトティアさんがはねをぱたぱたさせながら言った。顔は普通だが、どうやら彼女も珍しいダンジョンに興奮しているっぽい。
「一応、私たちは君たちの応援として呼ばれた立場なのでな。勇者よ、君が選びたまえ」
レイルさんがこちらを見ながら、ウィンドウを指さした。
「……うーん、どうしよう」
俺は、父親の部屋で見つけたゲームブックを思い出していた。
セラ世界でのこういった迷宮がどういうものかはしらないが、俺の知るゲームブックというやつは、「非常に理不尽なものが多い」。
単純に考えてみればわかるとおり、複数の選択肢があれば、当然その先もまた分岐していくので膨大な量のテキストとストーリーを考える羽目になる。
だから、かどうか知らないが、時としてゲームブックは「ちょっと待て」と言いたくなるような理不尽なバッドエンドになることがある。例えば、調べる、を選択した場合、「カチリ、君たちは何かの装置を作動させてしまったようだ。次の瞬間、君たちの身体は地上数千メートルの上空に飛ばされていた。君たちは、地上に赤い染みを残して全滅した。DEAD END」みたいな感じだ。何のヒントもなく、突然、強制的にバッドエンドになるあの恐怖は、本を読み進めるワクワクとは違った意味でドキドキする。選択肢1個間違えただけで即死とか冗談じゃねーよな。
テーブルトークRPGをベースにしたような、ステータス等でサイコロを振って罠を回避できるかどうか判定するタイプならまだマシなのだが。
これを作ったヤツは、どっちのタイプなんだろう……?
「タロウさま、悩んでいても仕方ありません。まずは行動することです!」
いつまでも腕組みしてうなっている俺に、りあちゃんが袖を引きつつ言った。
「なにを考えることがあるんですかーっ! 道は目の前にあるんですから、選択肢なんて無視すればいいじゃないですかーっ! わん子の前に道はなく、わん子の後に道はできるですよっ! わんわんっ! むぐ」
いきなり走り出そうとしたわん子さんの首根っこをひっつかんで止める。この人はもう、ほんとに考えなしに突っ走りすぎる。
「俺の知る、こういった選択肢が出るタイプって、かなりヤバイんですよ……」
皆に、簡単に選択肢ひとつで全滅する可能性についての懸念を説明する。
俺が迷宮内で見かけた女の子たちは中学生くらいの若い子ばかりで、俺が知るような古いゲームブックを知る年代とも思えなかったが、それでも同じような世界から来た人間なのだから同じような構造になっている可能性は高い。
それに何より、クリアできるように作る必要性さえ、敵側にはないのだ。
選択した先が全てバッドエンドであたっとしても、俺はおどろきはしない。第一、迷宮内でなくそこへ降りる途中の階段に即死級の落とし穴を作るくらいだし、最初からこちらを殺しにかかっている。
――つまり、この迷宮自体が罠である可能性。
敵側の視点で考えてみれは、明らかに総力戦となるであろう闇神神殿に危険を冒して攻め込む必要などないのだ。こうして巨大な罠を作って待ち構えていれば、喉元に剣を突き付けられた状態である俺たちは、再占拠をするためにフラグを持って攻め込まざるをえない。
……カモがネギしょってやってきたって感じか。
実際には勇者がネコミミつけてやってきたわけだが。ってどうでもいいいいか。
「……」
みぃちゃんが、無言で俺の袖を引いた。俺に触れていたみぃちゃんは、俺が懸念していることを全て読み取って理解してくれているのだろうけれど、それでも選択しろ、ということなのだろう。
残る懸念は、選択肢による行動の結果がどれだけ現実に反映されるか、なんだよな。
先に例として挙げた、「地上数千メートルの上空にいきなり飛ばされる罠」の場合。こちらのメンバーで考えてみると、りあちゃん、ミルトティアさんは羽があって空を飛べる。一人くらいならそれぞれ抱きかかえて飛べるだろう。シェイラさんも大剣をヘリコプターみたいにぐるぐる回して空飛んでいたし、みぃちゃんは武空術、じゃなかった浮遊の魔法が使えるから大丈夫。レイルさんも魔法が得意みたいだし、何らかの手段はあるだろう。空を飛ぶ手段のない、残った俺とわん子さんをりあちゃんとミルトティアさんが抱えてくれれば、全滅することはないと思う。
……だがしかし。ゲームブックというやつの理不尽さは「書いてあることが絶対」なことだ。
魔法使いだから浮遊の魔法とかあるやろーとか、仲間に空飛べるやつおるやん、なんてこちらのもやもやを全く無視して「DEAD END」と言い切ってしまうのだ。
つまり先の例でいうと、俺たちにそれを避ける手段があるにもかかわらず、地上数千メートルから叩き落されてぺちゃんこになってしまう可能性がある、ということなのだ。
本物のゲームブックであれば、バッドエンドになっても「ちくしょう」と呪いつつ前の選択肢に戻ってやり直せばいいのだけれど、流石に現実で全滅した後、前の選択肢に戻るなんてことは不可能だろう。
「……たろー」
みぃちゃんがまた俺の袖を引いた。
気が付くと、みんなが俺の顔を見つめたまま、じっと俺の選択を待っていた。
最悪の場合でも、俺だけなら現実世界に飛ばされるだけで大丈夫なのだろうが。寧子さんが手を出せない今の状態で、他のメンバーの命の保証はできるのだろうか。
そんなことを考え始めると、俺の選択肢にこの場の全員の命がかかっていることを強く意識してしまってさらに思考が停止してしまう。
選択しなければならない。
しかし、俺の選択によって全員が危険な目に会う可能性がある。
堂々巡りだ。一歩も進めやしない。
「……っ」
何か言おうとして、言葉にならなかった。
ただの俺の考え過ぎならいいのだが。先の即死級の落とし穴がちらついて選択できない。
そこへ。
「何をなやんでるんですかーっ! 勇者なら、ばーーんとォ! 俺が勇者だついてこい!くらい言ってくださいよーっ! わんわんっ!」
まだ俺が首根っこをつかんだままのわん子さんが、じたばた暴れながら言った。
――その言葉が、すとんと胸に落ちた。
これまで勇者だなんて言われても、まるで勇者らしいことなんかしていなくって、どちらかというと状況に流されているばかりだったけれど。これは俺の冒険なのだ。俺が自分で選ばなくて、なんで勇者を名乗ることができると言うのだろう。
「……ありがとな、わん子ちゃん」
二十歳越えだという話だったが、見た目はせいぜい中学生くらいにしか見えないわん子さんの頭をなでる。
「きゅーん? せくはらですかっ? わん子、子供じゃないのですよーっ!?」
しっぽを振りながら、わん子さんが俺を見上げてくる。内容はともかく、嫌がっているわけではないようだった。
「……ちょっと、色々考えすぎて、思考停止になってた。俺のできる全てを使って、この迷宮を攻略する」
俺は、ポケットからスマホを取り出した。
「ナビ、状況は理解しているか?」
「相変わらず唐突ですね太郎様! さっぱりですよっ!」
ぴょこん、とスマホから飛び出したナビは、俺の腕を駆け上がって肩に乗り、光る黒いウィンドウを見つめて「ほほう!」と笑った。
「状況把握ですよ! つまり、ボクを使ってチートしようって魂胆でございますね?」
「流石はナビだ」
何も言わずにこちらを理解してくれるこの阿吽の呼吸が気持ちいい。
「ハッキング開始です!」
小さな光るウィンドウが、いくつもナビの周囲に浮かび上がった。
「……勇者よ、それは何で、君は何をしようとしているのだ?」
興味を持ったのか、レイルさんがナビを見つめて言った。
「ごめんなさい、最初に謝っておきます。俺は、まともにこの迷宮をクリアするつもりはありません」
珍しい迷宮を見て興奮していたレイルさんたちには悪いけれど。目的のためには手段を選んでいられない。そして俺には、強い味方がいる。
光るウィンドウを見て、最初に思い出したのはルラレラが使う、この世界を操作するためのシステムコンソールだった。つまり、セカイツクールだ。俺の考えが正しければ、つまりこの迷宮はセカイツクールと似た仕組みを流用して作られている。
ということは、ナビが一番の専門家で、ナビなら解析あるいは改変すらも可能かもしれない。
「……改変は、ルールに抵触する恐れがあるのです」
俺の考えを読んだのか、みぃちゃんが俺の袖を引いた。
「……ルールに抵触するのは、ルラとレラだけじゃないのか?」
「フラグはみっつ。このゲームにおいては、たろーも女神あつかいなのです」
妖精大戦というこの女神と魔王のゲームのルールの一つ。マナを利用せずに直接、女神の力、つまりセカイツクールによるセカイの改変を行うことは確かにルール違反になりかねない。敵の用意した罠を、無理やり無効化するっていうのは確かに良くなさそうだよな。
そう考えると解析も怪しいところだが。ナビを止めるべきか?
考えた瞬間、不意に手にしたスマホが震えだした。
寧子さんからだった。
『やっはろー! たろーくんおひさー! ねいこちゃんどえーっす』
「あ、寧子さん」
『今は審判役なので用件だけ告げるね! 改変はアウト! 解析はセーフでっす! じゃあ、がんばってねー。あでゅー!』
一方的に告げて、ぷつんと電話は切れた。いつものガチャンという音がしないところをみるとあの黒電話ではないのだろうか。
……攻略本みながらゲームをするのはセーフで、改造ツール使ってゲームそのものを書き換えちゃうのはアウトって感じなのかな。
「太郎様、解析完了ですよ!」
「早いなナビ、流石だ。で、どの選択肢を選べばいい?」
「ぶっちゃけた話、どの選択肢を選んでもだいたい一緒です」
「……どういうことだ?」
「このダンジョン、まだ作成途中らしくって、ある程度進むとどのページも”この先工事中に付き完成までもうしばらくお待ちください”って書いてあるのですよっ!」
そうですかー。
ってか、ダンジョンクリアされてからまだそんなに時間経ってないしなー。