11、「ゆーりくえすと!」
【女神フェーズ】
『ゲームを開始しますか?
ニア はい
いいえ』
セラ世界からやってきた強力な助っ人たちは、挨拶もそこそこにさっそく動き始めた。
「大雑把な状況は把握している。拠点防衛にエッグノッグ卿とスケルツォーネを置いていく。残りは迷宮探索に入る」
吸血鬼のレイルさんが手早く指示を出す。動き出したのは、見覚えのなかった小さな女の子と、服を着たスケルトンのスケさんだった。どうやら、見覚えのない小さな女の子は、レイルの迷宮で戦った巨大スライムさんであったらしい。そして、スケさんの本名はスケルツォーネというらしい。スケルトンの略でスケさんじゃなかったんだなー。
「ふはは、拠点の守りは、拙とスケに任せておくがよい」
元は巨大なスライムのくせに、なぜかちんまい女の子の姿で胸を張るエッグノッグ卿。
想像でしかないが、以前すらちゃんが巨大スライムさんの身体を操ったことがあった。その時に、逆に巨大スライムさんの方もすらちゃんから人間に近い姿に成形する方法を学んだ、というところではないだろうか。
……中身はなんか爺むさいんだけどな。変態紳士だし。
「周辺警戒はまかせといてんかー」
スケさんがポケットに手をつっこみ、何かを引っ張り出した。
小さな、スケルトン?
まるで親指サイズの小人の骨、といった感じの小さな人の形をした骨が、キーホルダーのようにジャラジャラと大量に紐でぶら下げられていた。
……昔は駅とか空港とかで、こういうキーホルダー売ってたよなー。
斥候役なのだろうか、小さなスケルトンは床に降り立ち一度整列してぴしり、と敬礼した後、一斉に散開して部屋のあちこちに散らばってしまった。
小人なんて種族が居るって聞いたことないから、あれもきっと作り物の骨なんだろうけど。
あの人、どっちかってゆーと死霊術士っていうより、人形遣いとかそんな感じだよな? なんか骨にこだわりでもあるんだろうか。
そんなことを考えていると、サボリーマンさんがいつのまにか横に来ていて俺の袖を引いた。
「……なあ、週末勇者ちゃん? わいらはどうしたらええのん?」
「そうですね……」
ねこみみフラグをどう使えばいいのかはわからないが、フラグは再占拠に必要で、レラを動かすことが出来ない以上、俺は迷宮攻略組確定だろう。
俺関係だと、残るはみぃちゃん、りあちゃん。二人には迷宮攻略についてきてもらおう。最初はみぃちゃんを残すつもりだったが、強力な助っ人が来てくれたから大丈夫だと思う。
掲示板組が、サボリさん、にゃるさん、マジゲロ、クッコロ、クマさん。サボリさんたちは一度実戦経験ありとはいえ、拠点側にもリーダーを張れる人員を残しておきたい。
勇者候補生側が、真白さん、真人くん、ニャアちゃんにヴァルナさんだ。セラ世界でダンジョン潜りまくってるみたいだし、こちらも迷宮攻略組かな?
よし。
「サボリーマンさんたちには、ここの守りと何かあった際の後詰をお願いできますか? あと、掲示板でしたっけ? 可能なら向こうの情報を調べておいてほしいです」
「迷宮も楽しそうなんやが……まぁしょーがないわな」
ちょっとだけ残念そうに笑って、サボリーマンさんはうなずいた。
「おし、いっくよー! 久々にたのしーたのしー冒険のはじまりだー!」
ミルトティアさんが、元気に右手としっぽを上げた。今回、人間形態でなく、最初からはねとしっぽの生えた竜人形態なのはやる気の表れなのだろうか。
迷宮攻略組は、俺、みぃちゃん、りあちゃん、シェイラさん、ミルトティアさんの第一パーティと、真白さん、真人くん、ニャアちゃん、ヴァルナさん、レイルさんに名称不明の黒髪ポニテの女性の第二パーティ、総勢十一名だ。
「えーっと、そちらの初見の方は……」
どう見ても和服を着崩して、浪人っぽい雰囲気を漂わせた女侍といった感じの名称不明の黒髪ポニテ。誰も紹介してくれないし、本人も何もしゃべらないので誰だかわからない。しかも、微妙に皆から距離を取って独り佇んでいるところがまた怪しげだ。
「……ああ、そういやランちゃんに会うのは初めてでしたかねー?」
シェイラさんが、かくんと首を斜めにした。
「彼女はレイルの迷宮四天王のひとり、”神斬り”ランちゃんですよー。二階の守護者やってるんですけど、お客さんたちは二階スキップしましたからねー」
……ああ、そういや真白さんがショートカット発動させて地下二階に降りたとたんに地下三階に降りちゃったんだよね。どおりで見覚えがないわけだ。
ええと、うろ覚えだが地下一階の”秘宝守護者”ミルトティアさん、地下二階の”神斬り”ランさん、地下三階の”唱える者”エッグノック卿、階数不定で神出鬼没のシェイラさん扮する”月に狂うモノ”ファナティック・タイフォーンでレイルの迷宮四天王だったっけ。
一応、ちゃんと二階をクリアして三階に到達したらしい真白さんたちは、面識があるようで、一言二言何やら話しかけていた。なぜか微妙に距離を取ったままだったけれど。
……とりあえず初対面だし、俺も挨拶だけしてくるか。
「初めま…」
して、と声をかけようとしたのだが。
「……寄るな(ふー、あぶないあぶない。初めての異世界でまわりに気を取られ過ぎて、ちょっとぼんやりしてたよー! らんちゃんうっかりー)」
気が付いたら、ランさんが手にした長い刀の鞘を、俺の喉元に向かって突き付けていた。
その行動もだが。
……今の声、なんだ?
目の前のランさんの口は、短く一言しか発していなかったのに、まるで副音声のようにぺちゃくちゃと続けて言葉が聞こえた。しかも、なんか目の前の凛々しい女侍といった感じでなくて、小さな女の子がしゃべているような妙にかわいらしい口調の。
「……え?」
思わず両手を上げてホールドアップすると、ランさんは小さく息を吐いて刀の鞘を引いてくれた。
「……言葉が足りなかったな。この角を見ればわかるように、拙者は有角族でござる。不用意に近づくと、お互いに不愉快な思いをすることになるので距離を取ることを許されよ(ううう、いきなり刀とか突き付けちゃってこわがられてないかなぁ。らんちゃん、みんなとなかよくしたいのになぁ)」
有角族って、あれだ、みぃちゃんがその血を引いてるとか言ってたよな? 確か、他人の心を読める種族だとか。みぃちゃんは混血だから手で触れないと心が読めないって話だけど、どうやら目の前のランさんは純粋な有角族らしく、一定範囲内に居れば触れなくても心を読めるということらしい。
……しかし。
なんか、心読まれるっていうより、あの人の心の声がダダ漏れになってねぇ?
声にはなっていないのだが、副音声っぽく頭の中に響いてくるこれって、みぃちゃんの念話にそっくりだし、やっぱりランさんの念話だよな?
見かけは、二十代中頃、俺と同じか少し年上くらいに見えるのに、なんだかルラレラより幼いような喋り方だ。
まあ、気にしない方がいいんだろう、お互いに。気にはなるけど……。
「……俺は、鈴里太郎と言います。助太刀、感謝します」
「拙者は、神無月乱桜と申す。気軽にランと呼び捨ててくれればよい(わーい、おともだちがふえたよー! やったね、らんちゃん)」
他人の心を読めるサトリとかいう妖怪がいたけど、もしかしてこの人逆のサトラレとかなんじゃないのかな。そんなタイトルのマンガが昔あったよなー。
まあいいや。
「じゃ、行きましょうか」
皆に声をかけ、迷宮に向かおうとしたら「おにいちゃん、ちょっと待つのー」とレラが御坐の上から声をかけてきた。
「え、なんだ? 何かあるのか、レラ?」
「たぶん、おにいちゃん以外はだいじょうぶだと思うけど。本当のダンジョンに潜るつもりでいてほしいのー。……お遊びのダンジョンのままのつもりでいると、きっと死人がでるわよ?」
ニヤリ、と嫌な笑みを浮かべてレラが言った。
「そっか、シルヴィの話じゃなんか改装してるって話だったしな……」
元が日本人の設計したテーマパークっぽいものので、シルヴィの作ったダンジョンにはあまり大がかりな仕掛けやトラップはなかった。しかし、そういったものが配置されていることは想像に難くないし、警戒を強めておくべきだろう。
それに……ソディアを用意しておくべきか。
最近すっかり影の薄くなっていた相棒を取り出そうとして、スカートの前ポケットなど今の俺にはないことに気が付いた。
てぃあろは、だめだめなのです……。
ぴこん、と俺の意思によらずに頭上のねこみみがはねたと思ったら、次の瞬間俺の目の前にソディアが浮かんでいた。どうやら一体化しているティア・ローが取って来てくれたようだ。
ありがとなー。
どういたしましてなのです。
一人会話は少しばかり混乱する。
なぜか、俺の袖をつかんだみぃちゃんが、少しだけ口をとがらせていた。
「ほほう、ここがシェイラが監修した迷宮か?」
迷宮の地上一階部分に入ったら、物珍しそうにレイルさんが周りを見回してつぶやいた。
「あー、ここはあたしの意見通らなかったとこなのでー」
シェイラさんが、微妙に苦笑しながら先に立って一行を案内する。そういや料金をどこでとるか、で特級迷宮建築士さんともめたとか聞いたような気がするな。結局、特級迷宮建築士さんの意見が通って、地上一階は入場フリーになったとか。シェイラさんとこのレイルの迷宮では地下一階部分の娯楽施設にあたる部分だからここに入るのにも金とるのが当然という考えだったみたいだ。
ぐるりと見回すと、プレオープンでは何人かスタッフがいてレンタル装備の貸し出しやらを行っていたが、今は誰もいないようだった。おそらくは控室に居るのだろう。
「さて迷宮の入り口は五か所ほどありますが、今どうなってるか不明ですねー。あと、ウチみたいにクリアされることを前提とした構成になっているかどうかも不明ですからー、結構きつくなりそうですねー」
「ふむふむ、つまり、お遊びではなく本物のダンジョン、ということなのでしょうーかっ?」
……なぜか、シェイラさんの言葉に頷きつつ手帳にメモを取っているわん子さんがいた。
「ちょっと、わん子さん、危険かもしれないんで、取材とか後にしてくださいよ」
思わず声をかけると、むっはーと息を吐いてわん子さんがペンをくるりと回した。
「今っ! 取材せずにっ! いつするというんですかっ! 世界の危機ですよ? 勇者の冒険ですよ? これについてゆかずしてどうして新聞記者を名乗れましょうか、いや名乗れまい(反語)」
真顔で言いきって、それからしゅしゅしゅと拳で空を切って見せた。
「それに、自分の身くらいじぶんで守れますからねっ! わん子、意外に強いんですよーっ? わんわんっ!」
「……ああ、はいわかりました」
相手にすると疲れる人種っぽい。でも、たれ耳さわりたいなぁ。
スカウターで確認するまでもなく俺がこのメンバーの中では一番弱いだろうから、あまり強く言うこともできない。
「じゃあ、わん子さんは俺のとこのパーティが五人でしたから、こっちに入ってください。真白さんたちは別の入り口から?」
「そうですね。そうしたほうがいいと思います」
真白さんがうなずいて、周りを見回した。案内板を見つけて、迷宮への入り口を確認する。
「互いに少し離れたところから同時に入った方が、敵も分散されて楽になると思います」
「そうですね。そうしましょう」
そうして、俺たちはほぼ対角線の端と端に分かれて迷宮に踏み込んだ。
「……あ、勇者様(笑)ちょっと待ってくださいー」
迷宮の地下一階に降りる階段を下りている途中、斥候役として先頭を歩いていたシェイラさんが手を横に伸ばして俺たちを止めた。
「かっこ笑い、はやめてくださいよ……」
まだ地下一階にも入っていないっていうのに、何だろう。
「さっそくトラップですー。入り口の階段に仕掛けるとか性格悪いですねー」
シェイラさんが、こつこつと壁を叩いて、それから何か操作してから階段を二段飛ばして降りた。
「ここの二段は踏んじゃだめですよー。死にますからー」
「いきなり即死級の罠かいっ!」
向こうは初っ端からこちらを殺しに来てるな……。
「……え、ふんじゃだめなんですかっ? それは、踏めっていう前フリですよねっ?」
とーう、と嬉々としてわん子さんがジャンプして。
そのままぽっかりと開いた落とし穴の向こうに……消えなかった。
ミルトティアさんのしっぽが、器用にわん子さんの首根っこをつかまえていた。
「……あっぶなー。死ぬとこだったじゃないですかーっ! わんわんっ!」
「あははー! 死ななくてよかったなー、わんこーっ!」
ご機嫌なミルトティアさんが、そのままひょいっとわん子さんを持ち上げて脇をくすぐる。
「ひゃうん、くすぐったいですよぅ?」
「こら」
ごつん、とわん子さんの頭に拳骨を落としてやる。
「人の言うことはちゃんと聞きなさい」
「きゅーん、痛いですよぅ?」
しっぽを足の間に挟んで、痛そうに頭を押さえるわん子さん。見た目がずいぶんと幼いので少しばかり罪悪感を感じるがこの人二十歳超えてるらしいしな。
首輪と紐用意するべきだろうか……。
わりと前途多難な気がしてきた。
「……最初の一歩が、そのまま最後の一歩になることだってあるんですよー?」
迷宮地下一階に入る直前、シェイラさんは念入りに床や周りの壁を調べ始めた。レイルの迷宮とか、いきなり落とし穴だったしな。
「……んー。何か仕掛けがあるのは確かなんですがー、よくわからないですねー」
珍しく腕組みをして、首をかっくんかっくんと何度も傾けるシェイラさん。
「ばかだなー、シェイラ! 踏めばわかるじゃん?」
ミルトティアさんが、あははと笑いながら迷宮に第一歩を踏み出した。
その瞬間。
『――君たちが足を踏み入れると、突然、脳裏に謎の声が響き渡った。
”よくきたなー、ぼうけんしゃどもよー。わたしはこのめいきゅうのあるじなのだー”
それは幼い少女のような声にも、枯れ果てた老婆のようにも聞こえる奇妙な声であった。
”富、名声、きさまらが望むものはすべてこのめいきゅうの奥においてきてやったのだー!
さあ、おろかにおどれぼうけんしゃどもよー!
ぶざまにおどって、みにくいしかばねをさらすがよいのだー!”
謎の声は一方的に告げると、すぐに気配を消し、辺りは静寂の闇に包まれた。
ここは「ユーリの迷宮」です。
あなたたちの目的は最奥に住まう迷宮の主を倒し、富や名声を得ることです。
数々の謎を解き明かし、強敵を協力してやっつけ、見事迷宮のクリアを目指しましょう!
コマンド
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』
空中に浮かんだ、黒いウィンドウにそんな光る文字が表示されていた。
「……え、テキストでイベントとか語られるの?」
昔懐かしい、ゲームブック形式というか、コマンド形式のアドベンチャーゲームってゆーか、いったいなんなんだこのノリは。