10、「彼方よりの救援」
【女神フェーズ】
『――???は 助けを呼んだ!
強力な助っ人たちが 現れた!?』
いろいろ考えて、先行きに不安を感じていると。不意にスマホがぶるりと震えた。
りる姉たちかな?
見ると、シルヴィからの電話だった。慌てて通話ボタンを押す。
「シルヴィ、そっちは大丈夫?」
『……タロウか。すまん、こちらはまるで状況がわからぬ。いったい何が起こっているというのだ?』
戸惑うようなシルヴィの声に、レラから説明を受けた俺たちと違ってダンジョンに居るシルヴィ達にはまるで状況がわかっていないということに気が付いた。
手短にルラがさらわれたこと、ダンジョンが敵により占領されたことを伝えると、シルヴィは『ふむ……?』と何か考え込むように声を上げた。
『そちらの状況は、少しであるが了解した。こちらの状況を伝えておくとだな、どうやら少しばかりわたしを含めたスタッフに不可思議な行動の制限が行われているようだ』
「行動の制限?」
『うむ、例えばわたしはダンジョンから出ることが出来なくなった。外に出ようという意思はあるのに、なぜか地上への転移陣に踏み込むことが出来ぬ。意思や思考を操られているわけではないようだが、特定の行動を禁じられていると感じる』
「逆に何かの行動を強いられることは?」
『それは今のところないようだな』
シルヴィに詳しく教えてもらったところ、いくつかの行動が禁じられている他は特に不自由なく過ごしているようだった。リーアやディエ、すらちゃん達も全員揃って無事らしい。
ほとんどのスタッフは控室に集まっていて、なぜか外に出ることができないので外に連絡する手段を持っていたシルヴィがこちらへ連絡してきた、ということらしい。
「施設を占拠しても、それを動かす人員がいないと何もできないでしょう? だからたぶん、重要施設の運用要員として、行動を制限されているんだと思うわ」
いつの間にか俺のそばに来ていたレラが、聞き耳を立てていたのかそう言って俺のスマホをつついた。
そういうことなら、多少の不自由はあってもとりあえず何かひどい目にあったりはしないだろう。ただ、心配なのは俺たちがダンジョンを再占拠しに潜ったとき、シルヴィ達が敵として立ちふさがりそうなことだな。
「シルヴィ、そっちに敵側の人間がいると思うんだけど、今何をやってるかわかるか?」
『今は狐の面を付けた、奇妙な少女がわたしのダンジョンを好き勝手にいじっておるな。もともと、ダンジョンをクリアした場合には迷宮側のスタッフとしてある程度迷宮の構造やイベント立案などに参画できるという仕組みを考えていたのだが、その仕組みを流用されたのだろう。しかし、せっかく造ったダンジョンをこうも好き勝手にいじられると多少は腹立たしい物があるな。経営権まで譲るつもりは毛頭ないのだが……』
「……狐面?」
さっき見た映像のロアさんも、なんか狐のお面つけてたよな? なんか関係があるんだろうか。それに、俺がダンジョンで出会った女の子たちの中に狐面の子なんていたっけ? そんな目立つなら多少は記憶に残っていてもよさそうなものだが、ぴょんぴょん飛び跳ねていたスカウターの女の子、確か新ヶ瀬さんだったか、その子くらいしか印象に残っていない。
……あれ、なんか、異常に記憶が薄いな?
何人いたのかすら覚えていない。少なくとも四人くらいは居た気がするが。
『伝統芸能か何かで使う様な、木彫りの面だな。顔を隠すだけでなく、声ひとつ出さず、トリストリーアのようにホワイトボードに文字を書いて意思を伝えてくる』
「とりあえず、何かひどい目にあったりはしてないんだよね?」
『うむ。しかし、ここは地下であるし、休憩用の控室はあるがここで生活することを考えて設計されたものでもないのでな。宿泊施設などもないので、しばらくは問題ないがあまり長い間このダンジョンに居ることを強制されるとまずいかもしれぬ』
あまり居住性はよくないってことか。それに食料なんかも備蓄したりはしてないよな、たぶん。いや、日本人の設計だし多少なりとも災害に備えて水や食料なんかの備蓄はされてるのかもしれない。
それに、シルヴィは精気吸収しないとだめだよな……? こないだ添い寝したばっかりだからしばらくは大丈夫だと思うけど。
『……それに、今、狐面の少女が大幅にダンジョンの構造をいじっておるのだが、それにはわたしの魔法が強制的に使われているようだ。わたしはこのダンジョンのシステムと直結しているからな』
「それって、また精気吸収しないとヤバイってこと?」
『しばらくは、大丈夫であろ。しかし、この調子で迷宮をいじられ続けると、危険かもしれぬ。狐面の少女を害する行動は禁じられておるようなので、すまぬがタロウ。早めになんとかしてもらえぬだろうか』
「……わかった」
俺はうなずいて通話を切り上げた。
「……というわけで、まずはシルヴィのダンジョンの再占拠を目指そうと思うんだが」
俺がシルヴィとの通話内容をかいつまんで話すと、サボリーマンさんが眉を片方釣り上げた。
「ちょい待ち週末勇者ちゃん。方針としてはそれでええけど、どう考えても向こうは手ぐすね引いて待ち構えてる状況とちがうん? それにこの神殿の守りも考えんと、ダンジョン潜ってる間に神殿攻められたら詰むで?」
言われてみればその通りだ。
こちらの人員は、俺、レラ、みぃちゃん、りあちゃん。週末勇者の真白さんと真人くん。それに掲示板関係のサボリーマンさん、にゃるきりーさん、マジゲロ、クッコロ、クマさんの十一人か。レラは神殿から動かせないし、掲示板組は戦力としてどれだけ当てになるかわからない。
「……確かに、ダンジョン攻略と拠点防衛に分かれるには人数的に少し不安ですね」
真白さんが、思案気に人差し指を顎の下にあてた。
「一応、メラ様もいらっしゃるし、神殿騎士も控えているので。そこまで不安がる必要もないと思うのだが……むぅ」
りあちゃんが口をはさむが、ロアさんのことを思い出したのだろう、途中で尻つぼみになって口をつぐんでしまった。あのクラスが敵に居る以上、最低でも今のこちらの最大戦力であるみぃちゃんは守りとして神殿に残しておきたい。
しかし、作り変えられているというダンジョンを攻めるのにも、相手が未知数である以上、ある程度の戦力がほしい。
「……ニャアたち、呼んできましょうか?」
これまでずっと黙っていた真人くんが、不意に口を開いた。
「ニャアちゃんと、ヴァルナさん? 手伝ってくれるなら、ありがたいけど……」
とはいうものの、わざわざセラ世界から危険なことに呼び出すのは、少しばかり気が引ける。
「……あ、っていうかその前に真白さんと真人くんって、学校とかどうするの?」
今頃気が付いたけど、真白さんも真人くんも高校生だ。普通に学校とかあるはず。大学生とかになるとわりと融通がきくけど、高校だとこの時期の欠席とかヤバくないかな? 期末テストとか近いんじゃないのかな。
「あー、その辺はだいじょぶですよ。少しばかり裏ワザ発見しちゃって」
真人くんが、にっこりと微笑んだ。
「このところタクシーみたいに、あっちとこっちで人を呼んだり送ったりしていたうちに気が付いたんですが、うちの世界を経由してこちらの世界に来ると少しばかり時間に余裕ができるんです」
簡単に話を聞いてみると、どうやらセラ世界を経由してルラレラ世界に来た場合、再度セラ世界を経由して現実世界に帰るとある程度ルラレラ世界での時間経過を無視できるらしい。
ルラレラ世界はこないだのバージョンアップで現実世界と時間の流れがほぼ一致するようになったが、セラ世界は以前の仕様のままでログインする時間を選べるままだ。さらに、現実世界との時間差は、電話やメール等で現実世界との接点を作らない限りは最初に訪れた世界で過ごした時間によるのだという。
最初に現実世界からセラ世界に行き、すぐにルラレラ世界へ。ルラレラ世界で過ごした後、ログアウト直後のセラ世界に戻ると、あら不思議。現実世界では移動時間以外にほとんど経過していない、という状態になるらしい。
なにそれバグじゃないの?
「だから、僕たちのことは気にしないで大丈夫ですよ」
「……うん、じゃあ戦力として期待させてもらうね」
なんだか少し、理不尽なものを感じてため息を吐いた。
「じゃ、ニャアたち呼んきますね」
「迷惑じゃなければ……」
「ああ、その必要はないですよー?」
不意にどこかで聞いたような、気の抜けた声がして。
入り口の扉を開けて、奇妙な一団が入ってきた。
「……え、シェイラさん?」
どうやらまだセラ世界には帰っていなかったようだ。ダンジョンのプレオープンの様子を見るために残っていたのだろうか。
それに引き続いてやってきたのは。
「こんにちわなのー!」
「なのー!」
洋風女神フィラちゃんと和服女神ティラちゃんだった。
ということはもしかして?
「こんにちはですにゃ!」
「久しぶりだな、少年」
続いては猫の姿のニャアちゃんと、幼女形態に変身したヴァルナさんだった。どうやら異世界移動で他人に触れても大丈夫なように種族変更の魔法を使っているらしい。
さらに続いて。
「あははー! やっほー、遊びにきたよーっ」
額に角を生やし、はねとしっぽがついた、竜人形態のミルトティアさん。
「……」
黒髪ポニテで、着流しを着た女性。日本刀のような、長い刀を手に持っている。額にはこぶのような小さな角が生えていて、なぜか片目をつぶったままだ。
この人、誰だ? 誰だかわからない。
「ほほう、ここが異世界か。なかなか面白そうじゃのう」
続けて、なんだか爺むさい口調の小さな女の子がとてとてと歩いてくる。俺の顔を見て、にぃ、と微笑んだがその顔に覚えはない。どこかで会ったろうか?
「おばんどすー」
カラカラと笑いながら、服を着た骨が入ってきた。迷宮で会った、あのちゃんぽんな方言を使うスケルトンなのだろうか。
そして最後に入ってきたのは。
「本日はご招待いただき、感謝する。よその迷宮を見る機会などあまりないからな」
ぴっちりしたスーツを着た男性。
レイルの迷宮のダンジョンマスター、吸血鬼レイルさんだった。
やってきたのは、セラ世界の面々。勇者候補生の仲間であるフィラちゃんとティラちゃん、ニャアちゃんとヴァルナさん。それにレイルの迷宮関連の人達を含めた総勢9人。見覚えのない人もいるが、まったくの無関係ということは考えにくいので、おそらくシェイラさん関係で来てくれた、レイルの迷宮の関係者なのだろう。
「……えーっと、シェイラさん、これ、どういうことですか?」
こんなタイミングよく、これだけの戦力を連れてくるだなんていったい誰の差し金だろう。
思わず問いかけると、シェイラさんは首をかくんと斜めにして、にかっと微笑んだ。
「うちはアフターサービスも万全なのですよー? というか、異世界に一からダンジョンを作ることなんてなかなかないことですからねー。うちのみんなが興味もっちゃっですねー。ちょうどいいので視察がてら久しぶりに迷宮攻略とかやってみようかなーと」
「それは、俺たちに協力してくれるってことですか?」
「もちろんですよー? まあ、こっちにも利のある話なのでー、別にお礼とか考えなくていいですからねー?」
ちら、ちら、とこちらを意味ありげに見つめてくるのは、今言ったのはあくまで建前で、もちろんお礼用意してくれれば受け取りますよー、いやもちろん用意してくれるよねー?という意味なんだろうか。
「……助かります」
一気に人数が増えた。しかも、かなりの実力者たちばかりだ。
ちらり、とシェイラさんを見つめると、シェイラさんは何か意味ありげな笑みを浮かべて、かくんと首を斜めにした。
……がめついシェイラさんのことだからな。
”タダより高いものはない”という言葉が、ふと頭に浮かんで怖くなった。