【魔王フェーズ】ちょっと特別なオンナノコのお話 その2
舞子さん視点です。
【魔王フェーズ】
『――女神ルラの さそうおどり!
→魔王は つられて おどりだした!?』
――これまでずっと、どこかに引きこもっていた魔王くんが、黒いオトコノコとともに現れた。
「……これは、いったい、どういうことだ?」
少しばかり、困惑したように。魔王くんは何度か瞬きをしてぐるりとまわりを見回した。
そりゃ、これまでずっと引きこもっていたんだから状況がわからないのも無理はないだろうと思うけれど、それは何もかもをあたしらに投げっぱなしにした魔王くん自身がいけないんだと思う。
まぁ、これまで真っ白な、何もない空間だったところに突然建物がいくつも建っていたり、知らない人間がぼこぼこ増えていれば戸惑うのも当然だとは思うけれど。
「おい、ちんちくりん。状況を説明しろ、それにその幼女はなんだ……? む? 待て、貴様、分裂でもしたのか?」
魔王くんが、あたしとイコを見て首を傾げた。困惑気な顔が、これまでの尊大な様子と対照的で年相応に幼く見えて、ちょっとかわいいとか思ってしまった。
「……やあ、久しぶり! ユマちゃん、それにくろちゃんも」
イコが魔王くんと黒いオトコノコに向かって片手を上げた。
そんイコと、魔王くんの姿が目に入った瞬間。
――そらから、記憶が、おちてきた。
白い病室。
泣いている女の子。
壊れたゲーム機。
塵となって消えるセカイ。
闇の中で立ちすくむ誰か。
……これは、なんだろう?
不意に湧き起こった、自分の物ではない記憶と感情に心を揺さぶられた。
ガツンと頭を殴られでもしたように、混乱して、動揺して、わけがわからなくなる。
突然あたしの中にあふれだした何かが、あたしの中を、ぐちゃぐちゃにかきまわしている。
妄想が、暴走して、過去も未来も、異なるセカイさえも貫いて。
すべてを破壊する感情と、そしてどこまでも悲しい愛情と。
……そこなしの絶望。
ああ、これは。
とても。
「新ヶ瀬さん?」
心配そうな、委員長くんの声で我に返った。
どうやら、立ったまま、夢でも見てしまっていたようだった。
「……あ、ごめん。もう、大丈夫」
ふるふると頭を左右に振って意識を取り戻す。
イコは、今あたしが見たものを、これを見たんだろうか。
だから、イコは魔王くんを助けようとするんだろうか。
確かに、これはあたしじゃないと理解できないと思う。言葉で、これこれこういう理由で魔王くんの、ユマの味方をするだなんて言われても納得できなかっただろうと思う。
あたしは超能力者でなければ、霊感少女というわけでもない。
こんなのはあたしが勝手に妄想したことで、本当のことかどうかなんてわかりはしないし、わかったところで今となってはどうしようもない。
「……新ヶ瀬さん、本当に大丈夫?」
委員長くんに肩をゆすられて、再び我に返った。
「あ、うん」
どうもいけない。
このセカイに来てからアビリティが変質しているけれど、どうやらあたし自身にも何らかの影響があったらしい。もともと、ふとしたことから妄想を爆発させることがあったけれど。これは、たぶん、あたしのスキルとかアビリティだけじゃなくて、他の何かが関わっている。
魔王くんに何やら親しげに話しかけているイコを見つめる。
たぶん、それはイコだ。
いや、イコが先に影響を受けたから、たぶんあたしは変質せずにすんだのかもしれない。過去のあたしと未来のあたしというだけでなくて、明確にイコはあたしでない部分がある。
ああ、ぐるぐる、ぐるぐる、思考がまわり続ける。
このセカイと、魔王を名乗る友人のユマちゃんと、かつてのパートナーであるくろちゃんとまた会えたという思いと、想いと、そして底知れない闇の底のような……。
「……おねえちゃん、だいじょうぶなのー?」
三度我に返ると、ルラちゃんがあたしのスカートの裾をつかんで、心配そうにあたしを見上げていた。
「え、うん。大丈夫だよっ!」
ごまかすように頭を撫でようとしたら、ルラちゃんがその幼い容姿に似合わない大人びた笑みを浮かべた。
「……大丈夫とは思えないわね。ルールを逸脱しない範囲で、助けてあげるわ」
ルラちゃんが唇に人差し指を当てると。
空中にいくつもの、光る窓が現れた。
「今回は侵略戦だから、セカイのベースはこちらもの。つまり、キャラデータはわたしとわたしのセカイに属しているの。少しだけ楽になるようにしてあげるわ」
光るウィンドウが瞬いて、不思議な文字列が流れていく。
「ちょ、ちょっとルラちゃん?」
「新ヶ瀬舞子に対し、職業:巫女を設定するわ」
「へ?」
ルラちゃんが、にやり、とした笑みを浮かべると同時に、あたしのスカウターが電源を入れもしないのに勝手に動き始めた。ディスプレイに謎の文字列が、ざー、っと流れる。
魔王くんでさえ、あたしとゆーりのスカウターには侵入できなかったのに!
「スカウターじゃなくて、舞子に直接干渉してるのよ?」
女神ルラちゃんは。
心を読みでもしたかのように、淡々と告げて。
最後に空中のウィンドウをにその小さな手のひらを叩きつけた。
「……ん、じょぶちぇんじ完了なのー」
気が付くと、あたしのスカウターのステータス表記に、職業という欄が追加されていてそこに巫女、と記載されていた。
あたし達の世界には、レベルやスキル、アビリティという概念はあるけれど、いわゆるゲーム的な職業やクラスといった概念はない。せいぜい称号にそれっぽいものが存在するだけで、それも効果などないものがほとんどだった。
しかし、ルラちゃんによって設定されたこの巫女という職業は。職業自体にアビリティやスキル、称号などが複雑に繋がり合っている。感覚でわかる。本来、スキルを伸ばした末に得られるアビリティであるはずなのに、職業という縛りによって逆にスキルとアビリティが発生している。
あたしの妄想スキルに覆いかぶさる形で、別名で直感スキルと神託スキルが増えている。見たのない、"神憑り”というアビリティが増えている。おまけで”天気予報”というアビリティまで増えていた。予報といいつつ、いわゆる雨男、晴れ男というような、天候に影響を与えることのできるとんでもないアビリティのようだった。
「すっぴんから、ジョブ持ちに変えただけなのでルールには抵触しないはずなの」
ルラちゃんが、えへんと胸を張った。
「ジョブチェンジシステムがないセカイだと、チカラに明確な形をあたえられなくて、暴走することがあるの。これでもう、大丈夫なのー」
「……うん、ありがとう?」
何が起こったのが、何をされたのかよくわからなかったけれど、ぐるぐるとあたしの中で渦巻いていた形にならない何かが、静かな力強い回転に変わったような気がした。
「……意味不明だ。お前は何を言っている」
「だから、ユマちゃんを勝たせるためにここまでお膳だてしたんだってば!」
いつのまにか、魔王くんとイコが言い争いになっていた。
「勝手なことをするな!」
「女神を倒せって言って、引きこもったてただけのくせにさっ!」
キスでもしそうなほどに顔を近づけて睨み合っている。
つい先ほどまでは何か親しげに会話していた気がするんだけど。
というか、イコが一方的に親しげにしていただけかも?
「僕には僕の考えがある。だいたいゲーム序盤はマナを貯めるのが鉄則だろう。勝手のわからないところにいきなり攻め入って、何ができるというんだ」
「だからちゃんとマナ増やすために領域だいぶ拡張したし、こうして女神ちゃんだってさらってきたでしょうっ!?」
イコがルラちゃんを指さした。
「……どうも。おじゃましてるのー」
ルラちゃんが両手を上げて元気にあいさつをした。隣でなぜかスズちゃんも両手を上げて、うにゃーとしている。
「……は?」
流石に女神をさらってきた、というのが魔王くんには寝耳に水であっのだろう。どうやら先ほどの光るウィンドウの乱舞もイコとの言い争いで気が付いていなかったようだ。
何度も瞬きをして、それからぽかんと口を開けて、魔王くんはルラを指さした。
「お前が、女神、なのか? 前見たヤツと違うぞ?」
「わたしとわたしとおにいちゃんのセカイには、創生の女神は三人いるの。せいかくに言うとままもふくまれるから四人かもしれないの。でもこのゲームに参加してるのは三人だからさんにんでいいの」
「ちょっとまて、一対一のはずだろう? 僕はフラグを一つしか持っていないぞ」
「変なの。こっちは三対三って聞いてるのー」
なんだかいろいろ話が食い違っているみたい。
ああでも、そうするとスズちゃんがフラグ持ってたのも、魔王くんからもらったわけじゃなくて元々持っていたんだろうか。そうなると残り一つは、当然、イコが持ってるんだろうな。
「……色々、気に食わないが。まあ、いい。おい、そこの幼女。痛い目に会いたくなければおとなしくフラグをよこせ」
「いやなのー」
ルラちゃんが、両手を上げたまま腰を左右に振った。
隣でスズちゃんが、もっかい踊るです?とスタンバッっている。
「……お前ごと、フラグを破壊してもいいんだぞ?」
「やれるもんならやってみろなのー」
挑発するように、腰をふって踊り始めるルラちゃん。
「貴様っ」
「ちょ、ちょっとルラちゃんだめだよっ!」
慌てて魔王くんとの間に割って入る。
「みゅーじっくすたーと、なのです!」
スズちゃんが、にゃーと手を上げると困惑気に様子を見守っていた人魚さんたちがまた歌いだした。
「おねーちゃん、だいじょうぶなの。だてに女神を名乗ってるわけじゃないのよ?」
くるり、とスカートを翻らせてルラちゃんが一回転した。
「わたしのフラグが欲しければ、すてきに踊って見せなさい? 魔王」
「スズもまけないのです!」
ルラちゃんとスズちゃんが、ぴったりとそろって同じ動きで踊り続ける。
ついつられて踊りたくなっちゃうような、ものすごく楽しそうなダンスだ。
「……」
魔王くんは、一瞬黙って。
「クロ」
傍らで黙って控えていた、黒いオトコノコを呼んだ。
「……ご随意に」
ささやくように答えたクロくんが、魔王くんの手を取って、踊るルラちゃん達の方へと歩み寄る。
魔王くんと、クロくんが、向かい合って手を取り、くるりと回る。
「……ふん、見せてやろう、魅せてやろう。魔王の優雅な舞を」
そうして始まったのは、宣言通りの優雅で雅なダンスだった。もともとテンポが速い曲なので、すさまじい勢いで魔王くんとクロくんがくるくる回る。
オトコノコ二人で踊って、魔王くんが女の子役なのは笑うところなのだろうか。
うにゃうにゃ踊るスズちゃんが、負けじと腰を振るが、二人で遠心力を利用してくるくる回って踊る魔王くんたちのダイナミックさにはかなわない。
視線が合ったルラちゃんとスズちゃんが、がっしーんと両手を組んでこちらも二人で踊り始めた。ちっちゃな女の子が、スカートを翻らせてくるくる回るのはとてもかわいかった。
翻るスカートっていうのは武器になる。魔王くんたちは二人ともズボンだしね。
ひとしきり踊ったあとで。
ふと我に返ったように魔王くんが動きを止めた。
「……気がそがれた」
ため息を吐いて、魔王くんがどこかに消えようとする。
「ちょっと待つのー」
その魔王くんを、ルラちゃんが止めた。
「……なんだ、幼女?」
「なかなかステキなダンスだったから、わたしのフラグの条件を教えてやるのー」
ルラちゃんが、そう言って、スカートのすそをつまんでくるりとその場で一回転した。
スカートがふわりと舞い上がって、ちらり、と可愛い下着が覗いた。
「フラグ維持条件は穿きつづけること、なのー」
「……」
「……」
魔王くんとクロくんが、無言で固まった。
「にゃー!」
なぜか対抗するようにスズちゃんが赤いスカートを引っ張り上げて、かぼちゃぱんつを見せてお尻を振った。
……まさか、女の子のパンツを脱がそうなんてしないよね、魔王くん?
そのうえ、穿きつづけるだなんて、まさか、そんな、ねえ?
――ルラちゃん、意外に策士だ。