【魔王フェーズ】とつぜん異世界に召喚されたオンナノコたちのお話 その4
前書き
舞子さん視点です。
【魔王フェーズ】
『舞子は 女神の世界に 出陣した!』
……ゆーり曰く、彼女が「クリエイト・サーバント」でデザインしたのは九尾の狐であったらしい。どうみても、こう、なんというか宇宙的恐怖あふれる、なんとも形容しがたいものっって感じだったんだけど、それを見たあたしが正気を失いかけたってゆーのが可愛いもの大好きな彼女としても不本意ではあったらしい。
多少絵心のあるあたしと親友のみっちーで、ゆーりがいつも被っている狐のお面を元にデフォルメした形で「こんなのどお?」って描いて見せたら、目を向けないようにしていた仄暗い闇の底に潜んでいたなんとも形容しがたきモノの姿が掻き消え、巨大ロボット兵器とバトルでもできそうな大きさの狐が現れた。
……あたしは、普通の大きさの狐をイメージしてたんだけどな、ってでっかい狐を見上げて頬をひきつらせたりした。
さて、割となし崩し的にいろいろなことが起きてしまっているけれど――まずはいったん、ここまでの状況をまとめてみようと思う。
あたしたちアビリティ研究会の五人は、魔王を名乗るオトコノコ?に拉致されて。女神、と戦うことを強制されている。まずこれが最初。
その魔王から、力を与えてやろう、と渡された指輪で、あたしたちはいろいろなものを呼び出してしまった。
あたしは、「もうひとりのあたし」を。
タカシくんは、「契約すると魔法処女になれる白い獣」を。
親友のみっちーこと美知子は、「魔法少女が使う魔法のステッキ(という名の日本刀)」を。
ゆーりは、「九尾の狐」を。
タカシくんとみっちーは、イメージの元となったアニメのように実際に魔法が使えてしまうらしく、なるほど魔王が言った通りに確かに戦うための力を与えられたようではあるのだった。
あたし自身と、あたしが呼び出してしまった「もうひとりのあたし」にはまともな戦闘能力はないんだけど、もう一人のあたしであるイコがさらに呼び出した「ねこみみ幼女」、それに「二本足で歩く猫」ケット・シー二人の三人組はそれなりに戦えるらしい。ねこみみ幼女スズちゃんは魔法が得意らしく、ケット・シーの二人は小さいながらも腰に細身の剣を差していて「けっこうやるにゃー」「にゃんくるにゃいさー」と剣を振り回して強さをアピールしてくれた。ねこかわいい。
戦力的なこと以外にも、全て終わった後の未来から来たってゆー、イコの持つ情報だって貴重だ。どうも意図的に何か隠していることがあるっぽいけれど、イコがいなければ召喚のアビリティすら使うことができなかっただろうと思う。
レベル的な問題で、指輪による召喚のアビリティを得ることができなかった委員長くんこと榊くんは、さっきからずっと、ネットにつながるあたしのケータイで情報収集中のようだ。一応、こちらの様子もうかがってはいるようだけれど、視線はケータイに向けたままでなにやら没頭しているようだ。
……いろいろ、思いつめることがある委員長くんだから、少し心配だな。
委員長くんが使うことのできない召喚というアビリティを、目の前で楽しげに使われてはあまりいい気はしないだろうし。
ぼんやり委員長くんを見つめていると、不意に彼が顔を上げた。ぐるりとみんなを見回して、立ち上がる。
「……いろいろ情報が増えたところで、これからどうするかを決めようと思うんだけど、いいかい?」
「どうするって、悪い女神をさがして、やっつけるんだろー?」
魔法少女になってしまったタカシくんが、魔法のステッキを振り回しながら相変わらずのお馬鹿な発言をした。
「……もう一人の新ヶ瀬さんである、イコさんの話を覚えているかい? 彼女は”女神に負けたけど、女神の力で元の世界に戻ることができた”と言ったよね?」
「確か、そんなことを言っていたわよね? イコ」
みっちーがイコに尋ねると、イコは小さくうなずいた。
それを受けて委員長くんが腕組みして言う。
「うん、だからね、ということはつまりまず僕たちとしては選択肢が二つあると思うんだ。このまま魔王に従ってゲームをやるか、それともゲームを放棄して女神側に行き、元の世界に帰してもらうか」
委員長くんの言葉に、これまで戦うことしか考えていなかったあたしは、はっとした。
確かに言われてみると、元の世界に帰る方法が魔王くんに従う以外にもあるのだとしたら、必ずしも女神と争う必要なんかないわけだ。
夢がかなって大興奮中のタカシくんや、静かに楽しんでいるらしいみっちーには悪いけれど、おなかも減ってきたし、帰れるものなら今すぐにだってあたしは帰りたいと思う。
しかし。
「……ああ、ごめん。もう少し正確な話をするとね、あたしたちを元の世界に戻してくれたのは、あたしたちが争っていた女神じゃなくって、そのもっと上の方の女神さまなんだよっ?」
イコの言葉が、その選択肢を否定した。
あたしが察したくらいだから、当然のように委員長くんだってわかってしまったのだろう。
「対等なゲームだといっていたし、つまり、少なくともゲームの間は僕たちに干渉することができないってことなんだね。ああ、そういえば掲示板に変な人がいたね、あの人がその上位の女神さまなのかな……」
確か、通りすがりの三毛猫さん。なぜか匿名掲示板でありながら、書き込んですらいないあたしの名前を知っていた人。あたしのケータイでネットをつながるようにしたのもその人らしいのだけれど、何やらルールに抵触するのでこれ以上の手助けはできないとか言っていた気がする。
「少なくとも、その上位の女神がこちらの様子を気にかけているのは確かみたいだし。本物かどうか流石に分からないけれど、向こうが答えてくれるかどうかもわからないけれど、連絡を取る手段はあるわけだね」
委員長くんがあたしのケータイを顔の前で小さく揺らしながら微笑んだ。
「結局のところ、とりあえずはゲームに参加するしかないってことなのかな?」
あたしが深くため息を吐くいたら、「今度は勝ちにいくよっ!」とイコが大きな声を上げた。
「ゲームは始まったばかりで、そしてあたしには知識がある。今なら女神や勇者に対して、ずーっとアドバンテージがあるんだよっ! 特に序盤はひどく女神や勇者の動きが遅かったから、今から動けばかなりこちらが有利になること間違いなしだよっ!」
イコが説明してくれた、「妖精大戦」という名のこのゲームのルール。
女神と魔王の陣営に分かれて、互いの陣地を攻め合うのが基本の戦略シミュレーションっぽいものらしい。基本的な勝利条件は、相手のフラグを破壊すること。このフラグというのは形のないものらしく、物や人、なんにでも設定可能らしい。物であれば破壊すればいいし、生き物であれば……殺すことによって勝利条件を満たすらしい。
つまり、あたしたちは女神陣営のフラグの破壊を目指しつつ、魔王のフラグを守らなければならないというわけだった。
システム的には、端的に言ってしまうとリアルタイムシミュレーションというジャンルのゲームに近いものだった。よくあるターン制のシミュレーションゲームと違って、明確に行動順というものがなく、敵も味方も同時に行動するタイプのものだ。
召喚をしてユニットを増やしたり、行動を指示して攻め込んだりするには、マナと呼ばれる値が必要となるらしい。このマナという値は、最初に本拠地として設定した場所にフラグがある限り、時間ごとに一定の割合で増えてゆくらしい。フラグを本拠地以外に移動することも可能だけれど、それをするとマナが回復しなくなるのでいずれ何もできなくなって降参するほかなくなってしまうのだ。
それを聞いて、なるほどだから魔王くんはどこかに籠ってしまったのか、と少し納得した。
コマであるあたし達にはそのマナとやらの量を見ることはできないが、色々召喚とかしてしまったのですでに結構使ってしまっているような気がする。
「でね、マナを増やすためにはこれを使って陣地を増やす必要があるんだっ」
そう言ってイコがどこからともなく取り出したのは、1メートルくらいの長さの、装飾の付いた細い木の棒だった。この木の棒を頂点として囲まれた範囲が、こちらの領域となるらしい。この領域が増えると、単位時間当たりに増えるマナの量が増加するらしい。
さらにはこの木の棒、イコによればワープポータルとしての機能もあるらしく、本拠地であるこの白い空間から指定の木の棒の場所に転移することも可能らしい。
つまり、まずは女神のセカイに攻め入ってこの木の棒をあちこちに埋め込んで領域を増やし、マナと移動手段を確保するのが先決ということだ。
「……ずいぶんと、複雑なのね?」
みっちーが形の良い眉をしかめながらぼやいた。普段あまりコンピュータゲームの類をやらないみっちーには、なじみがなかったのだろうと思う。
「やってるうちに、慣れるよっ! 陣地を増やして、コマを増やして、でもって敵を倒す! ただそれだけなんだから」
イコが大丈夫だよ、と小さく笑う。
「……というか、イコ、なんであなたはここまで事情に明るいのかしら?」
みっちーが、ふと、何かに気が付いた、という様子でイコに詰め寄った。
「わたしたちは、魔王に何も説明されていないわよ? あなたはどこで最初にそのルールとやらを知ったのかしら?」
「……」
詰め寄られたイコは、あいまいな笑みを浮かべてただ黙っていた。それは、とても不自然な沈黙だった。あたしたちが召喚された直後に魔王に詳しい説明をしてもらえなかったのはイコも同じだったのだとしても、まさかそのあとずっと何も説明がなかったわけでもないだろうと思うし、単純に魔王に後で説明されたと言えばいいはずなのだ。
……なんで、イコは答えないんだろう?
「それに、ちょっと詳しすぎではないかしら。あの人の話を聞かないでただ”女神を倒して来い”としか言わなかった魔王が、懇切丁寧にルールとやらを説明してくれただなんて、ちょっとわたしには想像できないんだけれど?」
「……」
さらにイコに詰め寄るみっちー。言われてみると、確かに想像できなかった。
……つまり、イコにこのゲームのルールを教えたのは、魔王くんではないってことなのかな?
「そう、言えないのね?」
「……うん、ウソは言いたくないから、言わないよっ」
みっちーの再度の問いかけに、イコはちょっと寂しげな笑みを浮かべて答えた。
「……ところで、女神の世界に攻め込むって、どうやってこの白い空間からでるの?」
なにはともあれ、まずは木の棒ワープポータルを設置しに行こうということになって気が付いた。この真っ白な空間には、何にもないのだった。
「にゃー、なのです!」
あたしの疑問に答えたのは、イコが抱いたままの赤いねこみみ幼女スズちゃんだった。
「出陣するです?」
「え、うん」
うなずくと、ぴょこん、とイコの腕から飛び出したスズちゃんが、何もない空間を、ドアでも開くように手でひねった。
すると。
白い空間が、まるでドアのように切り取られて開いた。
「どこへでもどあー、なのです!」
スズちゃんが、えへんと小さな胸を張った。
開いたドアの向こう側は、どこまでも続く草原のようだった。わりと高さのある細い草が、ずーっと遠くまで続いていた。
「……すごいね」
思わず声を上げると、スズちゃんがぴょこんとねこみみを立てて、期待の眼差しを向けてきたので、ああこれは「なでろ」ってことだよねって理解したあたしは、そのかわいいねこみみをなでなでしてあげた。
「自分の召喚したユニットが、いろいろできるよ。タカシくんはカーバンクルが、みっちーはその刀を使えば同じように女神の世界に行ける。まずは四方に分かれて領域を広げに行こうっ! ただし気を付けて。この草原にはモンスターとかいるから」
イコがあたしの手を取った。
「さ、いこうよあたし! いくよ! みんな!」
「……え、ちょっと、モンスターとか出るの?」
「魔法が使えるタカシくんとみっちーならなんとかなるレベルだし大丈夫。素敵に無敵なゆーりも大丈夫。一番あぶないのは何もできないあたしたちなんだよ、マイ?」
にやりと笑って、イコはあたしの手を引いた。そのままスズちゃんが開けたどこへでもドアをくぐる。
「ちょ、ちょっと!」
むせるような草いきれが、顔をつつんだ。
続けてドアをくぐってきたみんなも、周りを見回してほう、と声を上げた。
「異世界ってゆーけど、あんがいふつうなんだなー」
タカシくんがつまらなそうに言った。
「笑ってられるのも今のうちだよっ?」
イコが笑って振り返る。その表情が、不意に曇った。
その視線の先を追うと、まだ開いたままのどこへでもドアの向こう側に、少し困った顔の委員長くんが立っていた。
委員長くんは召喚ができない。それは、イコールでこちら側へ来ることができないということも意味しているようだった。
「僕は……」
何かを言いかけた委員長くんを制するように、イコが彼に向かって手を伸ばした。イコの携帯電話?だろうか。
「……委員長くんは、拠点を快適に創り変えておいて? 委員長くんならすぐやりかたはわかると思う」
「わかったよ」
「期待してるねっ?」
イコはそう言って微笑み、「じゃ」と手をふってどこへでもドアを閉めた。
……少しだけ、胸がずきんと痛んだ。
ううう、話がすすまない……。たぶんもう一回魔王フェイズが入りそうです。時系列が、女神フェーズに追いついていないので。