あるいは終わりのはじまり
正式名称不明の、とある誰かさん視点のお話です。全編わりとシリアス注意報。コメディと幼女はどこかにお出かけ中です……。
「……ああ、つまんねー。なんだよアレ」
……ああ、つまらない。何もかもがつまらない。
最近は、つまらないことばかりだ。面白くないことばかりだ。
深く息を吐いて、もう一度吐き捨てる。
「……つまんねーんだよ、クソが」
いらだちを抑えきれず投げつけたコントローラーは、空中に浮かぶスクリーンを突き抜けて壁にぶち当たり、鈍い音を立てた。
――そのゲームが、いつこの世に現れたのか定かではなかった。
ゲームなのだから、「現れた」という言い方は微妙におかしい気もするだろうが、そのゲームに開発者はおらず、販売している会社もなく、突然人の口に噂としてのぼるようになったものだから、感覚としてはどこからともなく「現れた」のだとしか言い様がない。
どれほど調べでも最初にそのゲームを広めた人物のことはわからず、ある日突然、気が付いたら何年も前から流行っていたかのように、存在していたのだった。
「……セカイツクール、ねぇ?」
その存在を初めて知ったのは、見舞いに訪れた幼馴染が見せてくれた携帯端末によってだった。顔を紅潮させて、興奮交じりに力説してくれた幼馴染によると、どうやら自分の思うがままのセカイを創ることのできるゲームらしい。
……要するに、よくあるゲーム作成ツールの類か。
つまらねー、と内心でため息を吐く。
「すっごいんだよ! こんな古い端末でも、動いちゃうんだから」
そういって幼馴染が見せてくれたのは、作成中のセカイだった。どうやら彼女らしい、乙女心に満ち溢れたセカイのようで、中世風の世界で綺麗な男女が恋の駆け引きを行うようなものであるらしかった。
甘すぎて、少女趣味過ぎて、吐き気がした。
幼馴染のことは嫌いではないが、彼女のこういった頭がお花畑で出来ているようなところは、さらにはそのお花畑をこちらに押し付けてくるような所は、正直勘弁して欲しいと思う。
「ねぇ、ユマもやってみない? これ簡単にコピーできるから」
「ゲームのコピーは犯罪だろう? できるからってやるものじゃない」
それに。僕の身体は病院のベッドで横たわったままで、ろくに動きやしない。ボタンを押すだけで出来るような、テキスト型のアドベンチャーゲームならともかく、細かい作業を要求されるゲームは僕には不可能だ。
それにセカイを創るゲームだなんて。ゲームじゃなくてただのツールだ。そんなもののどこが面白いっていうんだろう。
「んふふー。これってフリーなんだよ! コピーしても問題なしっ! それどころかオープンソース? ってやつで、このゲーム自体の改変だって許可されてるんだから」
「……こんな身体の僕に、まともにゲームができるとでも?」
端末でWEB小説を読むくらいならなんとかなるが、両手でキーボードを打つようなことはできないし、なによりも。
自分一人でセカイを創ってなにが面白いというんだ。
誰かの作ったゲームの世界を訪れるならまだしも。自分で作って、自分で遊ぶだなんて馬鹿げている。全てを知り尽くしたゲームを、自分で自分が楽しめるわけがない。
「……だいじょーぶだよ。このゲームなら、ユマでもできる」
そう言って幼馴染は、にやりと笑みを浮かべて。僕の手をとって携帯端末に触れさせた。
「……」
触れた手は、意外に暖かかった。
――気が付いたら、見知らぬ場所に立っていた。
交通事故で脊髄をやられ、半身不随になったはずのこの身体で。
……また、自分の足で立てることがあるだなんて、思いもしなかった。
幼馴染の趣味なのだろうか、僕の身体は病院着ではなくまるで貴族が着るような白いスーツ姿になってた。背中にはマントまでついている。
そっと手を動かして、握りしめる。足を動かして、その場でジャンプしてみる。
マントがぶわっと、ひるがえった。邪魔くさい。
ああ、でもしかし、これは。この感覚は、とても。
――嬉しい。
「どうよ、ユマ? あたしのセカイへようこそ! まだ未完成だけどね」
幼馴染が、にやりと笑って胸を張った。
「……これは、仮想現実ってやつなのか? こんなものが実現されているとは知らなかった」
「正確には異世界ってゆーか、ほんとに別のセカイを創ってるらしいけど、よくわかんない」
幼馴染はちょっと首を傾げて、それから僕に手招きして歩き始めた。
「こっち、紹介するから、来て~」
「紹介? 誰を?」
周りを気にする余裕がなかったが、ふと見回すとどこかの豪邸のバラ園、といった雰囲気だった。幼馴染はそのバラ園の中央にある広場のようなところを目指しているようだった。
広場には蔦に覆われた日よけがあり、その下にテーブルとイスがいくつか並んでいた。そこには、黒いタキシードのようなものを着た少年が優雅に腰かけていて、こちらに気が付くと立ち上がって小さく一礼してきた。
「こんにちは。クロと申します」
黒タキシードの少年はそう言って、優雅な仕草でお辞儀をした。
「くろちゃん、こっちはお友達のユマちゃんだよ」
幼馴染が僕の腕を引いて紹介する。
「……」
こんなところで、わざわざ。恋人でも紹介しようというのだろうか。
僕は、無邪気に微笑む幼馴染から腕を振り払って、にらみつけた。
「もー、何怒ってるのさー?」
幼馴染はきょとんとしたした顔でこちらを見つめ返してきた。どうやらこちらの複雑な気持ちはわかってくれなかったようだ。
「くろちゃんはね、ナビゲーターなんだ。あたしの指示通りにセカイを創ってくれるの。だから、ユマもね、現実の世界では大変かもしれないけれど、ナビゲーターに指示して好きなセカイを創ったらいいよ!」
「私はセカイツクールのナビゲート用AIです」
幼馴染に抱きつかれたクロが、ちょっと苦笑気味な笑顔をこちらに向けた。
どうやら彼の方は僕の内心を察してしまっているようだった。
「……AI? 人工知能なのか」
見た目も言動も、普通の人間と全く変わらない。
しかしなるほど、僕は身体はろくに動かないものの正常に思考し、しゃべることはできる。こういった存在がいて代わりに作業をしてくれるのであれば、僕にでもセカイを創ることはできるかもしれない。
現実の世界に戻った後、さっそくセカイツクールをコピーをしてもらい起動した。画面にいくつもの質問が表示されていった。音声入力が可能だったが、幼馴染が居るそばで自身の性癖をさらすような質問が繰り返されたのにはやや辟易した。
幼馴染は「だいじょーぶ、耳ふさいでるからねー?」と耳をふさいでにやにや笑っていたが、絶対に聞いていたに違いない。
全て答え終わったら、画面の中に彼がいた。
まるでどこかの学校の制服のような白いブレザー。肩には豪奢なマント。女性と見間違うほどの美しい顔だち。細身の身体。
先の質問は、ユーザーの嗜好を反映して好まれる容姿や言動を決定するためのものであるらしかったが、そうすると彼は。僕が望む姿なのだろうか。
あるいは成りたかった、自分。
「ボクはナビゲーター。好きな名称で呼んでくれてかまわない」
幼馴染のところのナビゲーターと違って、わりとぞんざいな口調だ。大仰にかしずかれるのも気持ち悪いから、なるほど確かに僕の嗜好に沿っているのだろう。
それにしても、幼馴染のところの黒タキシードに対して、僕のところは白ブレザーか。
それなら。
「……お前のことはシロと呼ぶ」
発想が安易だ。犬や猫みたいな名前。
「わかった。今後ともよろしくたのむ、マスター」
その日から、僕は、セカイツクールに没頭した。
僕はRPGが好きだった。特に、勇者になって魔王を倒しに行くような、こてこての物が好きだった。自分の創ったセカイで冒険なんかしたって、何でもできるならつまらないだろうと思ったけれど、魔法やスキルといった現実世界にないものを扱えるというのは、想像するだけでも心が躍った。
シロは非常に優秀だった。つたない言葉で、あいまいな言葉で、僕が伝えたイメージをほぼ完璧に形にしてくれた。AIだというのが信じられない。たった三百程度の質問で、これほどこちらの趣味嗜好を完全把握されてしまっているというのも信じられなかった。
「……あいつが、自分のナビゲーターに惚れ込むのもわかる気がするな」
幼馴染とそのナビゲーターであるクロの、かなり親しげな様子を思い出してため息を吐く。
僕自身が自分のセカイにテストプレイで降り立つときにも、シロに頼りきりだ。外部からセカイをいじる場合にはシロに頼らなければ何もできないけれど、中に降り立ってしまえば僕自身でなんでもできるはずだっていうのに。
セカイがある程度形になるにつれて、僕が自身のセカイに入り浸る時間が増えた。シロとお揃いのブレザーを身にまとい、まるで双子のきょうだいのようにセカイを導いた。
基本的なシステムを構築し、望む方向に発展するように手を入れてゆく。
セカイを創るのは、思った以上に大変だった。こうしたい、と思って手を入れると必ず意図しないどこかに影響が出る。ゲームを作るための単純なツールだと思っていたが、いじればいじるほど底が見えず、どこまでも手を入れたくなる。
手をかければ手をかけるだけ理想のセカイに近づくんだよー、と幼馴染も言っていた。
いつしか現実のことを忘れ、僕はセカイを創る作業にはまり続けていた。
現実世界で何日が経過したのかもうわからない。セカイを発展させるためには時には数百年単位で内部の時間を進めることもあり、時間の感覚がマヒしていた。あるいは年単位で経過していた可能性もあった。自分の創ったセカイにおいては、僕の姿はまったく変わらなかったから、そのことにまったく気が付かなかった。
あるとき、ふと思い出した。幼馴染もセカイを創っていた。僕よりも先に始めていたわけだから、そろそろ完成しただろうか。甘い、砂糖を吐きそうなほどに甘ったるい、乙女趣味全開のセカイではあるが、他人の創ったセカイというものも参考にしてみたい。
そう思って、僕はいったん作業をやめ、ずいぶんと久しぶりに現実の世界に帰還したのだが。
……いや、僕が「現実の世界」と思っていたセカイは。
幼馴染を含めて。僕自身すら含めて。
既に終わっていた。
……ああ、くだらない。
その時になって、ようやく。
僕が現実だと思っていた世界すら。
誰かの創ったゲームのセカイに過ぎなかったのだ、と気が付いた。
何も存在しない空間で、ただ携帯端末を握りしめて。
僕は少しだけ泣いた。
ある意味で第五話のぷろろーぐであり、まったく別の話でもあり、割と意味不明ですね。これは前篇的なものでして、後篇的なものは第五話中か、第五話終わった後の閑話で書く予定デス。
次からは第五話「俺的伝説の作り方」開始の予定。