いろいろ、あとしまつ 「ティア・ローのぼうけん そのに」
遅いうえに短め。
「……えーっと、何をしてらっしゃるのでしょうか、タロウ様?」
「あ、りあお姉ちゃんなのです!」
うっ、うっ、うにゃうにゃと踊り続けていたら、玄関ホールの奥の方からりあお姉ちゃんがやってきました。その頭の上には妖精さん(本物)のあーちゃんが乗っています。
それと、いったい誰でしょう。初めて見る男の人が一緒でした。
結婚式にでも出席できそうな白いスーツです。ネクタイはしていませんが、代わりに聖印を首からぶら下げています。この神殿の関係者なのでしょうか。
「私も聞きたいですね、小さなお嬢さん。何か楽しいことでもあったのかな?」
白スーツの男の人が、私の前にしゃがみこんで話しかけてきました。
さては、わたしのうにゃだんすにめろめろですね?
「踊りたくなったとき! そこがすてーじなのです! れっつだんす、なのです」
くるんとまわって決めぽーず。しっぽの角度がじゅうようなのです。
でもまあ、みぃちゃんときぃちゃんと三人そろってうにゃうにゃいつまでも踊っていると、なんだか邪神召喚の儀式みたいですからそろそろやめておくことにしましょう。
「ふう、いい汗をかきました!」
にっこり笑って、りあお姉ちゃんに親愛のぎゅーっです。別にりあお姉ちゃんで汗をぬぐおうという意図はありません。ほんとうです。
お風呂上りなのでしょうか、なんだかちょっといいにおいがします。お昼過ぎに神殿に到着予定と聞いていたので、もしかしたらちょうど汗を流し終わったところなのかもしれません。
「た、タロウ様」
りあお姉ちゃんはちょっと困ったような顔で、それでもぎゅうと抱きしめ返してくれました。
「……なんだかタロウ様、幼児化が進んでいないですか?」
かわいいからいいですけど、とつぶやきながら、りあちゃんがわたしをひょいと抱き上げてほっぺにほおずりしてきました。
おかえしにぺろぺろしてあげます。
「ひゃ、ふわぁ」
りあお姉ちゃんがくすぐったそうに目を細めました。
「……さてそろそろいいでしょうか?」
ひとしきり、りあお姉ちゃんに親愛の情を示し終わった頃、白スーツの男の人が話しかけてきました。
「おじちゃん、誰なのです? わたしはティア・ローなのです」
元気よく両手を上げてご挨拶をすると、白スーツの男の人はちょっと微笑んで。
「私はこの神殿の長で、エルティといいます」
と、小さく頭を下げてきました。
「しんでんちょうさんなのです?」
なんだかとても、えらそうなのです。
東の闇神神殿にはそんなひとはいなかったと思うのです。神様のメラちゃん様が一番偉いのです。こっちの神殿だと、ミラちゃんが一番じゃないのです?
首を傾げていると、りあお姉ちゃんが耳元でささやいてくれました。
「タロウ様。光神神殿は、いつも光神ミラ様がいらっしゃるわけではないので、神殿長という役職を置くのです」
「そうなのですか」
ということは、今日はウザ女神ミラちゃんはいないのですね。
「さて、一応、ミラ様からお話は伺っていますが、お嬢さんが勇者さまということで間違いないのでしょうか?」
「はいなのです。ちびねこ勇者なのです。神殿のてんいそーちを使えるようにしてほしいのです」
「了解しました。しかし、少し時間がかかりますので、その間、街を観光なさってはいかがですか? キィさん、アーティさん、ティア様に街の案内をお願いできますか」
しんでんちょうさんは小さく頷いて、きぃちゃんの方を見ました。
「はあ、かまいませんが」
ちょっと首を斜めにしながら、きぃちゃんが頷きました。
「ありがとなのです! りぐれっとの街のだいぼうけんなのです」
にゃっはー、と息を吐きました。
おやつは三百円までなのです。バナナはおやつに含まれないのです。お弁当のデザート枠なのです。
前ポケットに手をつっこんでおやつを探します。ロアさんが買ってこーいってゆったので昨日コンビニで買ってきたのがまだ残ってたと思うのです。
ありました。
個包装された、ちょこれーとなのです。きびだんご替わりにくばることにしましょう。
甘いものをツマミにお酒飲むのは太る元なのでやめたほうがいいと思うです、ロアさん。
「はいなのです」
みぃちゃん、きぃちゃん、りあちゃんに一個づつくばります。妖精さんのあーちゃんにはちょっと大きすぎるかもしれません。犬猿雉ならぬ、ねこ人形どらごんに妖精さんなのです。
「ティア・ローありがとなのです」
と、みぃちゃん。
「ありがとうございます。でも私は人形ですでお菓子は食べないのですが」
ときぃちゃん。
「ありがとうございます! タロウ様。家宝にします!」
と、りあお姉ちゃん。食べないとカビるですよ?
「でっかーい、これなあに? おやつ? あまーいの? やったー!」
と、あーちゃん。あーちゃんの頭と同じくらいの大きさがあるのですが大丈夫でしょうか。
かじるのにも一苦労しそうなのです。
「……」
しんでんちょうさんが、ちょっと物欲しそうな顔をしていましたが、残念ながら品切れなのです。きぃちゃんが食べられないようならあとでもらうといいのです。
さて、ティア・ローの冒険、はじまるのです!
……神殿を一歩外に出たとたんに我に返った。
ざんねん! ティア・ローのぼうけんはここでおわってしまった!
というか、あれだ、もう何度目になるかわからないが、我ながらちょっと、アレすぎやしないか? りあちゃんにも指摘されたが幼児化が進んでいるというか、前はもうちょっと、口調はともかくとして思考はもう少しまともだったと思うんだが、今回はっちゃけすぎじゃねーか?
神殿でウマウマダンスとか何考えてるんだ俺。りあちゃんに抱きついたりとかぺろぺろしたりとか。本心ではああいうことをふりーだむにしたいと考えているんだろうか、俺。
あるいは……ロアさんとロナさんが同時に目の前に現れたのを見たせいだろうか。
あのせいで、ティア・ローと俺が、別の人格に近い形になってしまっているような気もする。
俺のこと、てぃあろーとか、たろうに近い発音で呼んでたしな、ティア・ロー。向こうの方も俺を別の人格みたいにとらえているのかもしれない。
「……どうかされましたか、タロウ様?」
背中から俺を抱きかかえた格好のまま、りあちゃんが上から俺の顔を覗き込むようにしてきた。
「なんでもないです、りあお姉ちゃん」
するりと、ティア・ローのセリフが口をついて出た。
「それより、最初はランダのおじちゃんのとこにいきたいです。お宿しってるです?」
そう言えば、こっちに居たというロアさんもどうしたのか気になる。神殿にはいなかったのだろうか。
「それにロアさんはどうしたのです?」
尋ねると、りあちゃんときぃちゃんが妙な顔をした。
「ロア殿なら、神殿に到着してすぐに何か調べ物をして、行くところがあるから、と出て行ってしまわれましたが。ああ、そうでした。タロウ様かみぃ殿に渡してくれと頼まれたものがありました」
りあちゃんがそういって何やら折りたたまれた紙片を渡してくれたので、みぃちゃんと一緒に広げて読んでみる。
それは、このルラレラ世界における、みぃちゃんの種族に関する報告書だった。
誰かに読まれても問題にならないようにあちこちぼかされた書き方はしてあったが、すでにみぃちゃんの種族のことを知っている俺には言いたいことはすぐに分かった。
「……意外、なのです」
みぃちゃんがつぶやいた。
結論から言ってしまうと、このルラレラ世界にもデュラ族はほぼ存在しない。ただし、それは虐殺されて絶滅したというわけでなく、混血により血が薄まった結果、種族といえるほどの明確な特徴を備えた者がいなくなったということらしい。
みぃちゃんが元居たセラ世界では、迫害され、虐殺された種族同士で隠れ住むことにより結果的にデュラ族が残りやすかったのだが、大きな迫害や虐殺が起こらなかったルラレラ世界では、外見上まったく普通の人間と区別がつかないデュラ族は、普通の人間と混血し、次第にその種族特徴がでないほどに血が薄まってしまったらしい。
逆に言うと、適当に選んでも何代か前にはデュラ族の血を引いている、というくらいにはありふれているので、実際、何十年、何百年かに一人くらいは先祖がえりでデュラ族の特徴を持つ人が生まれることもあるのだとか。ロアさんはそういったわずかな伝承を追いかけて、どこかに隠れ住んでいるわけでなく、人の中に埋もれてしまったという結論に達したらしい。
結びとして、「……だから、タローにだけこだわる必要もないよ? 気長に待てば、もっといい人に出会える可能性もあるってこと」と書いてあり、ロアさんのニヤニヤ顔が目に浮かんだ。
「……何か良いことでも書かれていたのですか?」
りあちゃんは中身を読んでいないらしい。いや、仮に読んでいたとしても内容は理解できなかっただろうけれど。
「少なくとも、子を産み育てるには、この世界は悪くないかもしれないです」
みぃちゃんはそう言って、りあちゃんから奪い取るように俺の身体をぎゅうと抱きしめ、にゃふー、と息を吐いた。
「……」
「……」
なぜか、みぃちゃんとりあちゃんの間で火花が散った気がした。
……某史上最凶のシミュレーションRPGがいけないのです。無線LAN環境がぶっ壊れて日曜がつぶれたのがいけないのです。言い訳終了。
そのに、で終わるつもりでしたが多少きりのいいところで切ることにしました。
まだまだティア・ローの冒険は続きます、すみません。
あと1回か2回続きます……。