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週末は異世界で~俺的伝説の作り方~  作者: 三毛猫
第四話「勇者と書いてょぅι゛ょと読む」
151/246

えぴろーぐ

全然はやめじゃなかった……。

 脳裏に響いた、みぃちゃんの声。

 私は、飛頭族(デュラ)の血を引いているのです、とは、どういうことだろう。

 ……デュラ、デュラ族か。どこかで聞いた覚えがあるような気がする。

 不意に、頭の中で何かがフラッシュバックした。無残な、首のない少女の死体。暗い部屋。乾いた黒い血の跡。えぐられた胸の、虚ろな空洞。


 ――勇者候補生たちの、セラ世界で冒険したダンジョンの隠し部屋!


 かつてあの世界で行われていた、おぞましい虐殺。その被害者が、飛頭族(デュラ)ではなかっただろうか。

 案内人のシェイラさんの話では、ずいぶんと大昔に滅びてしまった種族だというが。

 みぃちゃんは、その生き残り、ということなのか?

「(……たろーは、知っているのですね)」

 またみぃちゃんの声が脳裏に響いた。

「(私の首を、身体とくっつけてほしいのです)」

「ああ、すまないみぃちゃん。それで元に戻るんだよな?」

 まだ目の前で首と身体が分かたれたままなみぃちゃんが、こんな姿でありながら無事であるらしいことに混乱をしたままではあったが。

 俺は抱きかかえていたみぃちゃんの身体を、寧子さんが腰かけていたカプセルベッドに横たえた。それから瞬きを繰り返しているみぃちゃんの首を、あるべきところに置く。

 すると。

「――かはっ」

 ぴたりと首がつながってみぃちゃんの身体が跳ね、まるでずっと息を止めていたかのように息を吸い込んだ。何度も深呼吸して、息を整えるようすると、みぃちゃんはゆっくりと起き上がって、俺と、それから寧子さんの方を見た。

 そうか、そりゃ肺がなけりゃ息もできないし、ずっと息をとめていたようなものか。

「よかった」

 起き上がったみぃちゃんに手を伸ばすと。

「……」

 みぃちゃんは黙って俺から距離を取り、膝を丸めてカプセルベッドの隅で丸くなった。

「……みぃちゃん?」

 伸ばした手を引っ込めることもできずに、どうしたものかと見つめると、みぃちゃんは両手で口元を隠したまま、ただ上目使いに俺を見つめてきた。

「……全部話すのです。だから、少し待ってほしいのです」

「うん、わかった」

 俺は、うなずいた。

 みぃちゃんが、これまでも何度か、何か言いたそうなそぶりがあったのには気が付いていた。

 しかしこれまで、みぃちゃんが抱えていた問題については、結局ほとんど何も話してはくれなかった。何かを、誰かを探している、ということくらいは知っていたが、それが何かは聞いていなかった。

 こちらから無理に聞くようなことではないと思っていたが、話してくれる気になったのであれば。俺だって出来ることがあるなら協力してあげたい。


 ――そう、思った、のだが。




「……ぁ」

「……」

 結局そのまま、みぃちゃんが何かをいいかけては口ごもるということがしばらく繰り返された。やはり、これまでにも何度も言いかけてやめたことだけに、なかなか踏ん切りがつかないのだろうと思う。あるいは、それほどまでの事情なのだろうか。その事情に、俺を巻き込むことを恐れているのだろうか。

「……んで、キミたちはいつまでお見合い続けてるのかなっ? あたし、もう飽きたよっ? もぐもぐ」

 あくびをしながら、寧子さんがどこからともなく取り出したポテチの袋に手を突っ込んでもしゃもしゃと頬張った。

「じゃ、こっちの要件先にすませよっか。へいっ! 自称たろーくんこっちにかもんっ!」

「……いや、自称って。俺、太郎なんですが」

 ため息を吐きつつ、カプセルベッドから離れて寧子さんのそばへ行く。

「で、なんでしょう寧子さん」

「結論から言うよ? あなたの認識がどうであろうと、少なくとも今現在のあなたは鈴里太郎ではないよ? たろーくんではない。あたしのセカイの住人ではない。つまりあたしの管理下にない」

「いや、俺が太郎じゃないってそんな……」

 ……ん? 寧子さんの管理下にないって、つい最近どこかで聞いたような。たしかうちの妖精(偽)ディエに対して、そんなこと言ってなかったかな。

「仮に、本当に元がたろーくんであったのだとしても、今現在は違うということ。まずこれを理解して納得してねっ?」

「……あの、寧子さんの管理下にないってことはつまり、俺を元に戻せないってことですか?」

 寧子さんになら元の姿に戻してもらえると思っていたんだけど。男の姿に戻れると思ってたんだけれど。

 ……戻れないってこと?

「そゆこと。だから、自分でなんとかしなさい。というか、神様が万能なのは自分の世界、あるいはそこから派生した下位の世界においてであってね、同列あるいは上位に対しては手出しできないわけよ?」

「……え?」

「元がたろーくんであったとしても、今のあなたは一柱の女神ちゃんです。格の違いはあっても、存在としてはあたしと同列の創造神クリエイターだよ」


 あ……ありのまま今起こっていることを話すぜ。

 『勇者の伝説を作ろうと頑張っていたら、いつの間にか女神になっていたッ!』

 な、何を言っているのが自分でもよくわからないが以下略。

 ……って、はぁああああああ? なんだそりゃっ!?


「まだ自分のセカイを持っていないようだから、ロラちゃんなんかと似た感じかな? いやー、セカイツクール使うようになってからまだ一週間くらいだっけ? そのうちには神様やれるだろうな、とは思ってたけどまさかこんなに早くなっちゃうなんてねぇ」

 寧子さんが、にやぁとした笑みを浮かべて手をわきわきとさせた。

「というわけで……ちょっと調べさせてもらうよっ?」

「あれ、もしかして俺、貞操のぴんちっ!?」




「……もうオムコにいけない」

「いまのたろーちゃんはおにゃのこだから、お嫁でいいとおもうなっ!」

 散々俺の身体をあちこちさわったり脱がしたりもにょもにょしたりしたあと、ようやく寧子さんは俺のことを元は鈴里太郎であったと信じてくれたらしい。呼び方が前のようにたろーくんではなく、たろーちゃんになってしまったのが少々気になるところではあるが。

「おそらくたろーくんが女神になっちゃった、おにゃのこになっちゃったいっちばん最初の原因は、ダロウカちゃんたちかなーっ?」

「え、どういうことですか?」

 どういうことかわからず、きょとんと寧子さんを見つめると、寧子さんはにやぁと嫌な笑みを浮かべて小さく指を立てた。

「たろーくんが、魔法創ってうちのちみっこちゃんたちの世界に持ち込んじゃったでしょ? あれをダロウカちゃんたちが使ったのが直接的な原因だと思われまっす!」

「……わかんないんですが?」

 首を傾げる。創ったのは確かに俺だけれど、ダロウカちゃんたちに教えたのは寧子さんじゃないのか?

「んー、つまりね、たろーくんが創ったものを、ダロウカちゃんたちが借りて使用した。これ逆説的に言うと、たろーくんが他者に力を貸すことのできる存在であるということの証明になるわけよ? でもって、ちみっこちゃんたちの世界には信仰により神様を作り出す信仰システムみたいなのがあるから、ダロウカちゃんたちがすっごく感謝して信仰をささげたおかげで女神になっちゃった、という感じかな」

「時系列がむちゃくちゃじゃないですか? 俺が女体化しちゃったのは、ダロウカちゃんたちに会う前ですよ?」

「あー、ちょっと特別仕様でダロウカちゃんたちは日曜の夜で止まったまんまだったんだよね」

「……?」

 言われてみれば、俺が女体化したのは連休最後の月曜の朝だ。ダロウカちゃんたちが俺と時間ずれていて、月曜の朝に現実世界に帰り着いたのだとしたら、辻褄は合う、のか?

「つじつま合わせにダロウカちゃんたちと一緒だと中途半端にループしてたから、少し日付とかおかしくなってたかもね?」

「俺、なんかバグでも発生したのかと思ってましたが」

 時間が巻き戻ったのは初めて見たし、ネットもつながらなくなったりとか。いやネットはもともとつながってる方がおかしい気もするが。

「それは最終的にたろーちゃんが自分の意思でセカイを書き換えはじめたからでしょー? あたしのせいじゃないもーん。しまいにゃ自分自身を書き換えちゃうとかとんでもないことしてるし」

「あれ……今さらながら、もしかして俺、現在進行形でかなりヤバイことしてます?」

「おうふ、まさか無自覚でやってたわけ?」

 寧子さんがぱちくりと瞬きを繰り返した。どうやら、俺は、俺の想像以上にやばいことをしてしまっているらしい。

 ルラレラ世界の構成がとあるコンピュータ言語で記述されているということを知っていたせいで。そこにいる俺も、少なくともそこにいる間はある意味でゼロと1で表せる存在だと認識していたせいで。職業がら、そういったプログラムを記述することに慣れていたせいで。

 ――俺は、それを「書き換える」ことが不可能ではないと知ってしまっていた。

 ……だから咄嗟に、思わず、やってしまったのだが。

 よーく考えてみると、俺のやったことって、物質なんてどうせ電子と陽子と中性子の組み合わせなんだから、適当に組み替えれば鉄を金に変えたりできるよね、くらいの適当さで無茶苦茶なことをやってしまったわけだ。

 しかも、自分自身に対して、だ。

「たろーくんがやったのって、ちょっと身体を成長させるとかその程度のことじゃなくってね、自分の存在そのものを別の物に書き換えているわけよ。変化させたわけじゃない。置き換えている。創り変えている。普通はまあ、そんなバカなことしないよ? 元に戻せないから。まあそれ以前に、書き換え終わる前にまともに存在できなくなって崩壊しちゃうって」

 寧子さんがため息を吐いた。

「今、自分がたろーくんとしての認識があること自体が奇跡ってゆーか、いや実際のところ別の存在になっちゃってるから、正直ただたろーくんの記憶を持っているだけという可能性もまだ捨てられないくらいなんだけど……」

「いや、どんだけ疑り深いんですか……」

 しかし、これはあれか。例えばある場所に家が建っていたとして、壁をとっかえて、屋根もとっかえて、柱もとっかえて、って全部置き換えていった場合、同じ場所に建っていたとしてもそれははたして同じ家だと言えるのか、ってことだよな。

 ……やべえ、俺って本当に俺なんだろうか。なんだかあやふやになってきた。

 我思うゆえに我あり。

 俺が俺だと思っているうちは、俺でいいんじゃないだろうか。深く考えるとすごく怖くなってくるからな……。

 しかし全部寧子さんの仕業だと思ってたのに。ほとんどが俺のせいだったとは。泣き言もいえやしねぇ。

「まぁ自業自得ってやつだねっ! って、そろそろみぃちゃんは落ち着いたかな?」

「……」

 見ると、みぃちゃんは相変わらずカプセルベッドの隅で丸くなっていた。

「――大丈夫だよ、たろーちゃんは。それは、そばにいたみぃちゃんがよく知っているでしょう?」

 寧子さんが、珍しく本当の女神様のような優しい笑みでみぃちゃんを見つめた。

「……私は、ウソつきで卑怯者なのです」

 全部話すといったくせに、いまだにうじうじと丸まったままのみぃちゃん。

 俺にも少しだけ、思うところがあった。

 言ったら迷惑をかける、あるいは、事情を知られたら嫌われるのではないか、そういった感情が俺にその何かを告げることをためらわせているのだろうと思われた。

 それはきっと、これまで俺が、積極的にみぃちゃんの事情を聞こうとしてこなかったことが原因の一つではあるのだろう。

 そうであるならば。そういった心理的抵抗を少しでも減らすのであれば。俺の方から一歩踏み出す覚悟を。何を聞いても受け入れられるだけの度量を。示す必要があるのではないだろうか。

「みぃちゃん」

 俺は、カプセルベッドのそばに歩み寄り、みぃちゃんに手を伸ばした。

 後ずさりしようとするみぃちゃんだが、後ろはもう壁だ。

「大丈夫だから、何でも話してほしい」

 不意に、伸ばしたその手が縮み始めた。視点がだんだんと下がってくる。

 ああ、俺が心の在り方を変えたから。姿もそれに合わせて変わるのだろうか。

 我知らず、ぴこん、とおみみがはねる。

「わたしは、みぃちゃんの味方なのです」

 そっと伸ばした手で、みぃちゃんの頬に触れました。そのまま正面から抱きしめて、頬を寄せます。ぎゅーとだきしめて、ぺろぺろとその頬をなめました。

 みぃちゃんが、にゃーと小さく声をあげました。




「何から話せばいいのか……まだ整理がつかないのです」

「じゃあ、わたしから聞くのです」

 少し落ち着いた様子をみせたものの、相変わらずみぃちゃんは何かを恐れて口を開けずにいるようでした。

 それならば、みぃちゃんが抱えている問題に直接踏み込むより、まずはいろいろ疑問なことを少しづつ聞いてゆくことにしましょう。

 そんなことを考えていたら。

「あ、ちょっとまって、たろーちゃん。もふもふさせろっ、くださいっ! オネガイシマス」

 寧子さんがふひゃーと奇妙な声を上げて、わたしの後ろから脇の下に手を入れて持ち上げてきました。足がぷらーんとゆれます。しっぽもぷらぷらとします。

「もー、寧子さんだめなのです! いまはみぃちゃんとお話するばんなのです!」

 抗議のためにおみみをぴこぴこと動かして、しっぽで寧子さんをくすぐりますが、何か興奮状態の寧子さんを聞く耳を持っていないようです。ひゃっはーと叫ぶ寧子さんに、お耳やしっぽをさわさわされてしまいました。

 ……しょうがないので寧子さんのお膝に抱かれたまま話の続きをすることにしました。お耳をはむはむされていますが、がまん、がまんなのです。

「まずは、お礼を言うのです。かばってくれて、ありがとうなのです。みぃちゃんがかばってくれなかったら、わたしは死んでいたと思うのです。でも、なんでみぃちゃんはあの場所に来てくれたのです? 明日のお昼頃に到着予定だと聞いていたのです」

 実際危ないところだったのです。不意を突かれて、混乱していたわたしは、わけもわからずあの変なオトコノコに殺されるところだったのです。みぃちゃんがかばってくれなかったら、あそこで死んでいた可能性が高いでしょう。

「……嫌な予感がしたのです。こうして今目の前にいる、ティア・ローの姿など仮初のもので、たろー自身には危険はないとわかっていたのに。そのティア・ローの姿が、失われるのが嫌だったのです。まるで本当の妹のように思えたから……」

「みぃちゃんは頼りになるお姉ちゃんなのです!」

 にこりと微笑むと、みぃちゃんもようやく微笑返してくれました。

 ……しかし、その微笑はすぐに曇りました。

「私には、そんな微笑みを受ける資格がないのです。ロアさんを置いて、一人で飛び出して、挙句の果てには敵の目の前で動けなくなるなんて……」

「デュラ族ってゆーのは、本来、満月の晩に首が身体から離れて空を飛びまわるという種族で通常は普通の人と変わらないんだよね。満月の夜でもないのにいきなり無理に首ちょんぱされて、気絶しちゃったってとこかな。みぃちゃんが気にすることじゃないと思うよっ?」

 背中の寧子さんが、何かを見ながら言いました。ちょっと覗いてみると、寧子さんの手元に小さなウィンドウが開いていて、会話ログのようなものが見えました。どうやら先ほどのあの謎のオトコノコが現れた時の状況を、サーバーのログから確認しているようでした。

「……そういえば、あの変なオトコノコは結局ナニモノだったのです?」

 背中の寧子さんに問いかけると、寧子さんはちょっと首をかしげるようにしてから小さく笑いました。

「ん? 詳しく話すと長くなるけど、端的に言うとあたしらの同類かな。まぁ、あんなマナーの悪いのはもう二度と無断侵入させないから、気にすることないよっ?」

「同類って……どういうことなのです?」

 あのオトコノコは自分を魔王だと名乗ったのです。寧子さんも実は魔王だったりするのです?

「具体的にはセカイツクールのユーザーってことね。今では形骸化しちゃってるけど、もともとのセカイツク-ルってのはユーザー同士の対戦要素のあるゲームでね、限られたセカイっていうリソースを女神陣営と魔王陣営に分かれて奪い合うゲームだったわけ。まぁ、今では世界構築に必要なリソースなんて事実上無限になっちゃったし、奪い合いをするよりは完成度を高めて自分で構築したセカイにお客さんとして来てもらおう、という人の方が主流なわけ。あんないきなり他人の世界に勝手に侵入してきておいて、好き放題するようなのはお断りっ!」

「……要するに、悪い神様なのです?」

「そゆこと! たろーちゃんはあんなのになっちゃだめだよっ?」

「わかったのです!」

 元気に返事をしました。

「それと、みぃちゃん! みぃちゃんは十分に強いけれど、今後はああいう無茶は控えなさいね? みぃちゃんがデュラじゃなかったら絶対に死んでたから。世界神くらいならみぃちゃんでもどうにかできるだろうけれど、世界を創れるホンモノの神様は相手にできないよ? 文字通り、次元が違うんだから」

「……約束はできないです。大切な人に危険が迫っていて、それを何とかする手段があったのならば、私は迷わないです」

 みぃちゃんはきっぱりと言い放ち、寧子さんを見つめた。

「だったら、もっとうまくやれるようになりなさいね?」

 寧子さんはそう言ってにやりと笑った。




「……ところで、みぃちゃんは何をさっきからためらっているのです?」

 みぃちゃんがデュラ族の血を引いているということは本人に告げられたのですでに知っています。勇者候補生の世界ではすでに滅びていると言われていた種族で、体内で生成する石がなにか特別な力を持っているらしいということも知っています。その特別な石を狙う様々な事情に巻き込まないように、ということであればそれはデュラ族であると話した時点で既に巻き込んでいるわけですから口をつぐむ理由にはなりません。

 察するに、これまであいまいにしか答えてくれなかったルラレラ世界にやってきた目的というのは、同族を探しに来たのではないかということもすぐに推測できます。前にロアさんが、自分が世界最後の生き残りだと知った時にどうするか、みたいな問いかけをしていましたが、おそらくそれはみぃちゃんのことを指していたのだと思います。

 別にわたしは首が離れても生きていられる謎種族だとしてもみぃちゃんのことを変に思ったりしないし、謎の石とやらにも興味はないのです。

 ぺらぺらと他人に話すほど、口が軽くもないつもりなのです。おくちチャックなのです。

 何を言いづらいことがあるのでしょう?

「……」

 みぃちゃんは、わたしの問いには答えず、また黙ってしまいました。

 でもすぐに顔を上げて、手を伸ばしてきました。

「……ずっと、言っていないことがあったのです。でも、それはティア・ローに言うことではないのです。出来れば、たろーに戻ってもらえるです?」

「にゃ?」

 ティア・ローはてぃあろーなのです。

 ……いや、俺は。

 少々名残惜しいけれど、ねこみみ幼女はそろそろ卒業しようかと思います。

 ぱん、と自分で自分の頬を張って意識を入れ替える。意図的に、我に返る。

 今さらながら、俺はこれまで一度も、自分で元に戻ろうと思っていなかったことに気が付いた。先ほどの寧子さんの説明通り、全て俺が原因なのであれば。俺は、「男に戻らないかなー」でなく「男に戻る」と意思を固めていさえすれば。すぐにでも元に戻れていたはずなのだ。

 主観では、一週間ぶりくらいの元の身体だろうか。

 鏡はないが、確かに自分がもとの姿に戻ったという実感があった。

 ……いや、正確には元に戻ったというよりは、「元の姿に書き換わった」のだろう。

 感覚を確かめるように、大きく深呼吸して、それからみぃちゃんが差し出した手をそっと握る。

「ん、大丈夫」

 小さく頷くいて見せる。

「……」

 みぃちゃんはしばらく黙っていたけれど、やがて絞り出すように言った、

「まず、謝らなくてはいけないのです」

「何を?」

「……私は、有角族(リーン)の血も引いているのです。こうして、触れた相手の、こころを知ることができるのです。これまで、何度も、断りもなくこの力を使用してたろーのこころを読んできたのです。そのことを、謝罪します……」

 ……ああ、なるほど。そんな力があることは、確かに言いづらいよな。

 特にこれまでずっと黙っていたとなると、口が重くなるのもしょうがない。

「……そっか」

 最初に出会った時の、俺に対するというか人間に対するあの異常なまでの警戒心。いつの間にかだいぶ緩んでしまっていたが、なるほど他人の心が読めるのであれば、俺が敵意を持ってないってことを理解してくれたってことだ。

 そういえば、俺から触れるのは嫌がるくせに、時々妙にスキンシップというか突然俺の手を握ってくることがあったよな。あれは、俺の心を読んでいたのだろうか。

「……やっぱり、たろーはバカなのです」

 みぃちゃんが、ぼろぼろと目から涙をこぼしながら、両手で俺の手を握りしめた。

「私がこの力のことを告げて、まったく動揺すらしなかったのはロナさんと……たろーだけ」

 ぎゅうと、俺の手を握りしめたまま、みぃちゃんが俺の方へと身を寄せてきた。

 少し恥ずかしかったが、きっとそんな気持ちもみぃちゃんには筒抜けなんだろう。

 俺は、そっとみぃちゃんを抱きしめて、その背中を撫でた。




「……ちなみに、私はあと二つ特殊な種族の血を引いてるです」

「……ちょっとびっくりした」

 フリーザさんが、わたしはあと変身を二つ残していると言い出したくらいにびっくりした。

 獣族(ディスト)に、飛頭族(デュラ)に、有角族(リーン)に、さらにあと二つってことか。

 そういえば、以前スカウターでみぃちゃんのステータスを見たときに、種族の欄がめちゃくちゃな文字列になってたよな。

「私の願いは、私の望みは、ほとんど絶滅しているともいえる、この特殊な血を残すことなのです」

「……そうなんだ」

 ルラレラに協力してもらえば、すぐに見つかるんじゃないかという気がするんだが、ロアさんはどうもそういう手段を好まず自分の足で探すというようなことを言っていたな。

 うーん。文献とかを調べる手伝いをすればいいのだろうか。

「もっといい方法があるのです……」

 そっと、頬を寄せるように。みぃちゃんが俺の耳に口を寄せてきた。

「たろーが、ティア・ローという獣族になったように。飛頭族になって、私に子種をくれればいいのです」

「ぶはっ」

 思わず噴き出した。

 いや、それはさすがにちょっと。いや、ダメじゃないんだけど流石にこんな幼い子にそういうことを、いやいや。

 一瞬、想像してしまってあわてて頭から追い出す。さすがに、絵的にアウトだ。

「……私は見た目が幼いだけで、ロアさんと一緒にもう千年近い時を過ごしてきたのです。子供ではないのです」

 みぃちゃんが普段らしからぬ、どこか肉食獣を思わせる獲物を狙う目でにやりと微笑んだ。

 ああ、そういえば考えてること全部筒抜けなんだった!

 みぃちゃんのことを、そういう対象として考えられなくもないことを見抜かれてしまっている!

 いつの間にか、がっしりとホールドされていて身動きが取れない。小柄なみぃちゃんだというのにその力は俺なんかよりはるかに強くて、まるでトラの前のウサギのような。

「寧子さん、ちょ、止めて、くだ……」

「……おおぅ、思わず見入ってしまうねっ!」

 ポテチを頬張りながら観賞モードに入っていた。

「本気で嫌がれば、みぃちゃんだって解放してくれるでしょ? 大体今のたろーくんは普通の人間だし、押し倒したところでみぃちゃんの願いがかなうわけでもないしー?」

「でも、まぁ……せっかくなので?」

 俺をがっしりと押さえたまま、みぃちゃんの顔が近づいてきた。

「~~~~~っ!」

 声にならない声を上げた瞬間。

「そこまでなのっ! どろぼーねこにゃん!」

「おにーちゃんはわたしたちのものなの!」

 ちみっこたちが乱入してきた。




 ……その後はいろいろカオスになって、何がどうなったのかあまりよく覚えてはいない。

 ともあれ、こうしてなぜか女体化してしまった俺の冒険は、混乱のうちに幕を閉じたのであった。

 いや、ほんと、わけがわからないよ。


 ……以上で第四話終了です。頑張ったけどなんかやっぱりきちんと終わってない気がする。

 第四話はみぃちゃんの正体や目的に関する話をしようということだけ決まっていて、話の流れで西の街までロア、みぃ、太郎の三人で行く、くらいの短い話になる予定だったのが、TSモノは混じってくるし魔王はでてくるしでかなり全体的にカオスな感じです、掲示板とかも本編と関係ない独自の流れになっちゃってるし。

 思い付きだけで書いてるせいでなんかまとまりが……。愚痴はやめときましょう、見苦しいですね。


 今のところいくつか閑話を挟んで第五話の予定です。全部書くかわかりませんが、ネタだけ列挙しときます。

 「未定」 えぴろーぐの続き的な、消化しきれてない設定とかをなんか語るかも?

 「未定」 ティア・ローの後日談的な何かをできたらいいなーとか。

 「特級迷宮建築士の一日」 書かないかも? とりあえずネタだけ。

 「だんだんだんじょん(仮)」 シルヴィの創ったダンジョンのお話。

 「終わりのはじまり(仮)」 第五話のぷろろーぐへと続く、別視点からの始まり。


 そして第五話「俺的伝説の作り方」。あえて最終話とはつけませんが、いったん一区切りになる予定です。

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