21、「無駄に死闘」
ちょっと痛い表現あり。
――気がついたら、石で出来た舞台のような場所に立っていた。
女神ミラさんに抱きかかえられて、でっかいモニタにぶつかったはずだったのだが、これはどういうことなんだろう?
ぐるり、と周りを見回す。
石舞台は、一辺がそれなりにある正方形だった。よくあるバトルものでの戦いの舞台になる感じというか、リングウトという概念のある格闘ゲームのステージといえば想像がつくだろうか。単純にある程度の大きさの石を敷き詰めただけの平坦なもので、特に周囲に飾りのようなものは無い。石舞台の外側には謎の黒い空間が広がっているだけだ。
それなりに広さはあるが、全力疾走しようとしたらトップスピードになる前に舞台から落っこちそうなくらいの微妙なサイズだ。一辺が二十メートル、といったところだろうか。
対角線上には、女神ミラがにんまりとした笑みを浮かべて立っていた。その手には、ひどく柄の長い巨大な草刈鎌。
……光の女神とか言うくせに、持ってる武器が鎌とか死神みたいだなおい。
「ちびねこちゃんと、めがみちゃんがモニタのなかにいるにゃー」
不意に聞こえて来たにゃるきりーさんの声の方を向くと、少し上方こちらを斜め上から見下ろすような形で空中が窓のようにぽっかりと四角く切り取られていて、そこから先ほどまで俺がいた神殿の玄関ホールが見えていた。
つまりここは、先ほどぶつかったはずの正面モニタの中で、要するにゲームの中に入って自分の体を動かして戦う格闘ゲームだってことか?
よく見ると、女神ミラの頭上には緑色の体力ゲージっぽい何かが浮かんでいた。自分の頭上を見上げてみるが、よく見えない。
相手のゲージは見えるが、自分のゲージは見えないってことか?
「まぁ、いわゆる格闘ゲームの類だねぇ~。こぉんな風に体力ゲージが表示されていてぇ……」
言いながらミラさんが俺の方に近寄ってくる。
俺の前でしゃがみこんで、おもむろに俺の額にデコピンしてきた。
「いたっ!」
ピシ、という乾いた音とともに額に小さな痛みが走る。
「あ、体力ゲージ1ドット減ったんかな。なんか色が変わったみたいやね」
俺には見えないが、外からは両方のゲージが見えるのだろう。サボリーマンが声を上げたのが聞こえた。
「ちびねこちゃん、今、痛いってゆーとったけど、痛み感じるんか?」
「いたいですー」
おでこを押さえて答える。
「んじゃ説明するよぉー。体力ゲージは、その人の耐久力とかをそのまんま数字にしたものだから、各人によってゲージの長さが違いますぅ。でもってこうやって攻撃するとダメージを与えられるわけだねー。ちなみに最低のダメージは1ドット保障されるから、当てさえすればどんな硬い相手でもいつかは倒せる仕様だよぉ~★」
殴っていいよとばかりに女神ミラが頬を突き出してきたので、デコピンの恨みとばかりにツメを伸ばしてかりっ、と引っかいた。残念ながらその攻撃が女神ミラの頬に傷をつけることはなかったものの、ほんのわずかばかり体力ゲージを削ったのか、緑色だったミラさんのゲージの色が黄色に変わった。
「こんな感じで互いにダメージを与え合って、先に相手の体力ゲージをゼロにした方が勝ちってことねー。もちろん、ゲームだから本当にケガしたりはしないけど、ちゃんと痛みを感じるので注意してくださいっ!」
しかし、痛みを感じるのか。女神ミラさんはごっつい草刈鎌なんか持ってるが、あんなもので斬られたら実際にケガはしないのだとしても、痛みだけで戦闘不能になりかねない。
「基本のルールは理解してくれたかなぁー? あと、ステージがあるのを見てわかるようにぃ、リングアウトも負けになるよぉ。ギブアップしたければ、自分からステージを降りるといいね。でもって勝負は時間無制限の一本勝負ぅ~! 武器でも何でも持ち込み可能のアリアリルール! 全力で相手をぼっこぼこにしちゃってくださいね★ 相手を突き落としてリングアウト勝ちなんて、あたしはみとめないぞぉーっ!?」
くるくると器用に巨大な鎌を振り回しながら、女神ミラが素敵な笑顔で言い放った。
……うん、この人やっぱり性格悪いわ。
「――ってわけで、ちびねこちゃん! デモンストレーションってことで、一戦やっちゃおうかぁ~★」
「……別に、倒してもかまわないんでしょう?」
いい加減、この強引なウザ女神をぶん殴りたくてしょうがなかった。闇神メラさんはすごく優しい包容力のある人で、とても女神様らしい人なのだが、どうしてこの光神ミラさんは子供っぽくてわがままで強引でウザいんだろうなー。
「ちびねこちゃん、それ負けフラグやわー」
サボリーマンのツッコミは聞こえなかったことにする。
「んじゃ、はじめよっかー」
こちらの返答もまたずに、いきなりミラさんが斬りかかって来た。浮遊能力を使っているのだろう、石舞台の上を滑る様に近寄ってきて大きな鎌を振り上げる。
「にゃ!」
ごろん、と転がって横にかわすと、前ポケットに手を突っ込んで木の棒とおなべのふたを引っ張り出す。
「よいしょー」
「にゃーっ!」
追撃で横なぎに振るわれた鎌を、両手で構えたおなべのふたで受けると、その衝撃に耐え切れずに吹き飛ばされ、ごろごろと後ろに転がってしまった。なんとか武器と盾は落とさずにいられたものの、もうすでに全身擦り傷だらけだ。ゲージがどれほど減っているのかは自分でわからないが、まともに攻撃をくらわないでいてこの体たらくとは情けない。
……流石に体格に差がありすぎる。
向こうも見た目は十代の少女とはいえ、こちらは一桁台の幼女だ。まさに赤子の手を捻るようなという表現が相応しい。
巨大な鎌をずいぶん軽々と振るっているようだが、それはどうも膂力があるからというわけでなく単純に軽い材質で出来ているからであるためのようだ。それなりの硬さはあるようだが、受けた感じはそこまで重くなかった。強化プラスチックみたいな感じだろうか。本当の鉄の固まりで殴られていたら、俺はとても盾など持っていられなかっただろう。
攻撃を当てさえすればゲージを削れる仕様だから、威力は高くとも重くて振り回しにくい武器より、軽くて当てやすいリーチの長い武器が有利、ということなのだろう。つまり、ちびちびとダメージを与えて相手をいたぶろうという意図が透けて見える。
……初心者のちびねこ相手に、なかなか嫌な立ち回りをするものだ。このウザ女神、このゲームをかなりやりこんでいると見た。
「がんばるねぇー、ちびねこちゃん★」
「……」
くるくると鎌を振り回す女神ミラを見つめて、俺は何か手が無いものかと必死で考えていた。
女神ミラも、嫌な性格をしているとはいえ、あくまでもゲームである、遊びであるという姿勢を崩す気はないようだ。デモンストレーションということで手を抜いている、といのもあるかもしれない。仮にも女神なのだから、本気の本気であれば今の俺のようなちびねこなど、ものの数瞬でボロクズに出来るだけの力はあるはずだった。
「――確認する。魔法はあり?」
「なんでもアリアリっていったでしょー? まぁあたしが魔法使っちゃうとひどすぎるから、使わないでいてあげるけど、ちびねこちゃんはおっけーよ?」
「わかった」
聞いていたよな、ナビ?
おなべのふたの裏側に隠し持っていたスマホに無言で目配せ。
正体がばれるかもとか、ちょっともうどうでもいいからこの女神にちょっと痛い目みせてやりてぇ。
「(流星の魔法は、このゲーム的空間を構成している空間魔法の影響で召喚できないかもしれないですよ?)」
声を潜めて言いながら、ナビが準備が出来た魔法の数々を並べて表示する。
……ならレーザーだな。
まだ使用したことのない攻撃魔法もいくつかあるが、既に実戦で使用したことのある魔法の方が良いだろう。
それに、光の女神をレーザーで焼くなんて皮肉が利いているしな!
破魔の剣ソディアを使えないので、反射板の効果的な設置ポイントは割り出せない。しかしそもそも動きが拘束されている相手ならともかく、移動する相手に反射板を利用してレーザーを幾重にもぶち当てるのは至難の技だ。
……試してみるか。
意を決して、ナビに指示をしようとした瞬間のことだった。
「いつまで秘密の相談とかしてるのか、なぁーっ★」
いつの間にかすぐ側まで来ていた女神ミラが、手にした鎌を逆袈裟に切り上げてきた。
くそっ、嫌なタイミングで仕掛けてくるなっ!
「にゃ!」
横に転がって、かわした。
――つもりだった。
「……がっ!」
起き上がろうと床に手をつこうとして、なぜかうまく行かずにそのまま転がってあごを打った。
「ちびねこちゃん!」
「ティア殿!」
外からの絶叫が、耳に突き刺さる。
「にゃ、あああ――――ぁ!」
……いや、叫んでいるのは俺自身だった
木の棒を握り締めていた、俺の腕が。
肩口から斬り飛ばされ、地面に転がっているのが見えた。
尋常ならざる痛み。そして、つい先ほどまで自身に備わっていたものが失われてしまっているという事実。あまりのことに、ただ喉が張り裂けんばかりに絶叫をあげることしか出来なかった。
いきなり女になってしまったときもその喪失感にどうにかなりそうだったが、それ以上にあるべきものが失われたという感が強い。盾を手放すわけにも行かず、傷口を抑えることもできなかった。血が流れているわけではない。代わりに何か黒い煙のようなものがシュウシュウと傷口から噴出していた。
……全年齢版のため、マイルドな表現にしています、ってところかよッ。ふざけやがって。
自身の口から漏れる絶叫を、かみ殺すようにして歯を食いしばる。
多少なりとも立ち直れたのは、あるいはまだこのねこみみ幼女の身体になって日が浅く、ある意味ではまだこの体が本当の自分だと完全には思えていなかったせいだろうか。
なんとか身体を起こして立ち上がると、バランスをとれずに体がふらりと左に傾いた。
意外に、人間の腕というヤツは重いらしい。片方なくなっただけで、立つのにも苦労する。
「説明の、続きだよぉ~。このゲームには部位欠損の概念があるから気をつけてね★ ついでにいうと、出血状態になるとどんどん体力ゲージ減ってくから。ちなみに首をはねられたりぃ、心臓一突きされたりしたら一瞬で体力ゲージ全損だからねぇ~」
能天気に、きゃは★と笑う女神ミラ。
「ちょ、女神はんひどすぎやん!」
「今すぐにゲームを中止したまえ!」
外からの非難の声が聞こえてくるが、女神ミラは聞く耳をもっていないようだ。
「――首以外を全部切られてダルマになるのとぉー、それとも首を斬られて一瞬で終わるのとどっちがいーい? もちろん、あたしのオススメはダルマのほうだけどね★」
「……」
にやにやと笑う女神ミラに。俺は無言で盾の裏に隠したスマホを向けた。
「何をする気かしらないけど、ムダムダだよっ!」
「……行くですッ!」
放った収束光は。
「ばっかじゃないのぉー?」
当然のようにかわされた。
「次は左手いっとくぅ? それとも下手に動き回れないように、脚にしとこうかぁ?」
ムカツク笑みを浮かべて鎌を振り上げる女神ミラ。
俺は、そんな女神に向かって無垢なる微笑みを向けた。
「あ、あら、そんな笑顔であたしが躊躇するとでも思ったのかなー?」
「……思わないですよ?」
にこり、をニヤリに変えて微笑む。
その瞬間。
「あっちちちぃ!」
避けられたはずの、レーザーが。
女神ミラを背中から撃ち抜いた。
「……な、なんで、さっきのちゃんと避けたはずなのにっ?」
何か不気味なものを感じたのだろう、すぐさま女神ミラは俺から距離をとった。
右胸のあたりにわずかに黒い煙のようなものが立ち上っているが、体力ゲージはそれほど減っていないようだ。残念ながら単発のレーザーでは貫通力はあるものの、傷口さえ焼いてしまうのであまり有効な攻撃手段とはならないようだった。
「続けていくです!」
今ので、だいたいの感じはつかめた。ぶっつけ本番でどれだけできるかはわからなかったが、どうやら思った以上に相性がよかったようだ。
「ちょ、なにしたのか教えなさいよぉーっ!」
宙に浮いて、さらに距離を取ろうとした女神ミラに向けて。
「ほーみんぐ、れーざーっ!」
俺は続けて三条の収束光を放った。
「ちょっと、またぁ?」
慌てて、回避する女神ミラ。
しかし。
「うそ」
三条の収束光は螺旋を描くように束になって、回避したミラの方に向かって行く。
まさに、追尾する収束光ってやつだ。とあるSFロボットアニメで見たときにホーミングするレーザーってなんじゃそらー!と思わず叫んだのをよく覚えている。
使ったのは、反射板ではない。俺がみぃちゃんに教えてもらった、この世界の魔法だ。
俺が教えてもらったのは、既に動きのあるものに対して、その動きをそろえたり向きを変えたりする魔法だ。つまりあらかじめ反射板を設置するのではなく、発射してから自身の意思で、魔法の力で、敵を追うようにレーザーを捻じ曲げたのだ。
そして。
「かーらーのー!」
三条の収束光が女神ミラの鳩尾あたりを捕らえたのを確認してから、俺はさらに魔法を続け
た。
「すたーまいんっ!」
レーザーの先端を、無数の光条に分割させる。一発あたりは痛くもかゆくも無くていい。
当たりさえすれば、1ドット削れる仕様なんだしなっ!
「きゃー★」
まるで花火のように大輪の光の花が空中の女神ミラを中心として広がった。
無数の光条に打たれた女神ミラの体力ゲージは。
「……まだ半分も残ってやがるのか」
くそう、あれでいけると思ったのに!
元が女神像だけあって、流石に土台が違いすぎるようだ。
レーザーは特に何の消費も無いけれど、こっちの世界の魔法って、なんか集中力というか精神力みたいなのがごっそり減るんだよな。実際に出血しているわけじゃないが、こちらの体力的にも精神的にも、さっきみたいなのはそう何度もできはしない。
「……」
女神ミラが、無言で石舞台の上に降り立った。
無数の光条に撃たれた腹部から上半身はボロボロで、焼け落ちた服の間からおへそと形のよい胸がぽろりしていた。
その胸を隠そうともせずに、女神ミラは俺のすぐ側までやって来た。
盾を構える。ナビは、と見るとどうやらスマホがバッテリー切れになった模様で、画面が黒くなっていた。そういや、家でてから一度も充電してねぇ。
……これ以上、何もできることはないのか?
歯噛みする俺を、ちょっと不思議そうに見つめて、女神ミラが小さく笑みを浮かべた。
なぜか、その鎌を構えることなく。
「キミ、やるねぇー」
いつの間にか、女神ミラのその手には鎌の代わりに、切り落とされた俺の腕が握られていた。
女神ミラが、身構える俺の肩口にそっと押し付けるようにすると、ぴたりと腕がくっついた。そのとたん、嘘の様に痛みがひいてゆき、右腕の感覚が戻ってきた。
「そんななりでも、一応、勇者なんだぁ~」
ぎゅう、と正面から抱きしめられた。がしがしと後頭部を撫で回されて、ばんばん、と肩を叩かれる。
「ってことでぇー、デモンストレーションはおっわりぃ~!」
ひょいとそのまま抱きあげられて、ふわりと宙に浮かんだ。
「もどろっか」
「だいじょうぶか、ティア殿」
「だいじょぶにゃー?」
ホールに戻ると、心配そうな顔でダロウカちゃんとにゃるきりーさんが駆け寄ってきた。
自分の身体を見回すと、モニタに入る直前の状態に戻っているようだった。かすり傷ひとつ無い状態だった。
「だいじょぶなのです」
にぱ、っと微笑んで返す。
「……ところで、先ほどの魔法は、レーザーのようだったが。まさかあのような使い方があるとは」
むー、と唸るダロウカちゃん。
「反射板使わなくてもまげられるにゃ?」
「ホーミングレーザーとか言ってたし、別の魔法なんと違う?」
「なんにしてもすっげーな、ちびねこ」
みんなが口々に言う中。
「……ところでティア殿。なぜあの魔法を貴女が使用できるのだろうか?」
ダロウカちゃんが、小さく首を傾げて尋ねてきた。
「……にゃー?」
俺は、とりあえず。何も知らないふりをしてしらばっくれることにした。
たぶん、次で閑話の焼き直し終わり、かつ重大な転機が訪れる、はず?