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週末は異世界で~俺的伝説の作り方~  作者: 三毛猫
第四話「勇者と書いてょぅι゛ょと読む」
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18、「スイッチ・オン!」

「……それにしても、ずいぶんと急いでるんですね。確か、香辛料を仕入れに行くとか言う話だったと思うんですが、なにかそんなに急ぐ理由でも?」

 ようやく馬車の揺れに慣れてきた俺は、御者台の方に這って行きおおかみみさんに話しかけた。馬車は相変わらず、すごいスピードだ。こんな調子じゃ、お馬さんもすぐにバテてしまうんじゃないだろうかと心配になる。

「あん? さっきも言ったろ? 俺ァこの場所が好きじゃねーんだよ。おまえさんも今は獣族ならわかんねーか? ってちびねこじゃわからんかもな」

 おおかみみさんはこちらを振り返ることなく、手綱をしっかり握ったまま言った。隣に座るうさみみさんはどうやらこのスピードにも慣れたものらしく、小さくあくびをしながらぽけーっとぼんやり前方を眺めている。

「獣族?」

 はて、何かあるのだろうか。同じ獣族のみぃちゃんは、特にこの草原に何か思うところがあるようには思えなかったが。それとも猫種と狼種の違いによるものなのだろうか。

 首を傾げていると、ダロウカちゃんがじりじりと這うようにして御者台の方までやってきた。

「すまない、いぬみみマスター殿。無理に乗せてもらっていてずうずうしいとは思うのだが、もう少し速度を落としてはいただけないだろうか。このままではいずれ荷台から転げ落ちてしまいかねない」

「……誰が犬種オウンだっ! 俺ァ狼種ヴェイオだっ! 訂正しろぃ!」

「む、これは失礼したヴェイオ殿」

 ダロウカちゃんが素直に頭を下げた。

 でも、耳だけで狼か犬かなんて見分けつかないからしょうがないと思う。俺だって、おおかみみさんが、精悍な顔付きで片目に傷なんて渋い顔してなかったら内心いぬみみさんって呼んでたと思う。

 しかし、犬か。猫は犬ほど臭いに敏感でないイメージがあるし、もしかして、犬系だけ感じられるような、何か嫌な臭いでもしてるんだろうか、このあたりって。

「話は戻るんですが、なんでこの場所嫌いなんですか?」

 おおかみみさんに話しかけると、一度だけちらりとこちらを振り向いた。

「……わからねぇ、知らねぇつーんならその方がいいさ。まぁ他にも街道沿いに埋め込んである結界石がうざいっーものあるしな。俺らみてぇな感覚が鋭敏なのはな、結界石が近くにあるとすっげーイライラすんだよ!」

 なんでも、結界石が野生動物などを近付けさせない原理というのは、「なんか嫌な感じ」を周囲に撒き散らすからなのだそうだ。スライムでさえ嫌がってあまり近寄らない、というから驚きなんだが、そんなものに人間種族だけが鈍感にまったく影響を受けないというのがまたさらに驚きだ。

 獣族はいろいろ感覚が鋭い人が多いので、影響を受けてしまってイライラすることがあるらしい。あれだ、イメージとしては蚊の羽音、モスキート音に近いんじゃないだろうか。なんか周波数が高い、甲高い音というのは歳をとると聞こえにくくなるらしい。公園やコンビニなどで若者がたむろするのを防ぐためにモスキート音を出す装置とか実際にあるらしい。

 自分は全然影響を受けていないところを見ると、今の俺って見た目は獣族だけれど、実際のところは人間種族に近いのかもしれない。中身はふつーの人間だしな。

「まぁ、そんなわけだ。なるだけ早く草原をつっきりてぇんでな、わりィがしっかりつかまってな! まぁ、転げ落ちたのに”気がついたら”拾いに戻ってやらなくもないからよォ」

「いや、その前に落ちないようにしてもらえないだろうか……?」

「ハッハーッ! やなこったぃ! しっかりつかまってなァ」

「~~~!!」

 ダロウカちゃんのお願いを無視するように、ぴしりと馬にムチを入れさらにスピードを上げるおおかみみさん。

 どうやらスピード狂の気もあるようだった……。




 馬車はそのまま猛スピードで走り続け、夕方過ぎになって前方に小高い丘のようなものが見えてきた。

「おう、見えてきたぞ! あれが西の街リグレットだ」

 おおかみみさんの声に、前方に目を凝らしてみると、ちょうど日が沈みかけで逆光になっていて見えにくいが、丘のあちこちにちらほらと灯りのようなものが見えた。

「丘の上に広がる街なんですねー」

 思わずつぶやくと、おおかみみさんが怪訝そうにこちらを見つめた。

「何いってんだおめぇ、目がわるいんじゃねーか? リグレットは平地に広がる、港町だぜ?」

 言われて、首を傾げながらもう一度目を凝らす。

 少し目が慣れたのか、あるいはお日様がもう少し沈んで見やすくなったのか。

 ……あれ?

 一瞬、見えたものが信じられなくて、目をこすってもう一度前方を見つめた。

「……なんで高層ビルが立ち並んでるんだ」

 草原が途切れたあとの荒地に突如、にょきにょきと生える高層ビルの数々。中央に向かうにつれて高くなっているせいで、遠目にはちょっとした丘のように見えていたのだろうか。

「五百年は前の遺跡よォ。昔はあんな建物が東のサークリングスから西のリグレットまでずーっと続いてたってぇ話だから、すげえもんだよな!」

 そう言えば、りあちゃんが前、話してくれたっけ。昔はこの草原、見渡す限りの大都会だったって。

 ほへー、と思わずため息を吐いた。




「んじゃぁな! また会うことがあったら、ウチの定食でも喰いに来いよなァ!」

 香辛料を仕入れに行くというおおかみみさんとは、方向が違うということで街に入ってすぐのことろで別れることになった。港町だといっていたが、どうやら港の方に行くらしい。

 特に潮のにおいとかしないけど、海じゃないんだろうか。

 ちょっとだけ疑問に思ったけれど、こちらにも目的があるしお仕事の邪魔をするわけにもいかない。

「ありがとうございました。またお昼でも食べに行きますね」

 ぺこりとお辞儀をして、小さく手を振る。

「かたじけない、ヴェイオ殿。機会があればぜひ、貴殿の酒場を訪れたいと思う」

「ありがとにゃー、おおかみみちゃん。でも、うえっぷ、もう馬車はこりごりにゃー」

「……うえっ」

「……」

 道中車酔いで死に掛けていたマジゲロとサボリーマンは、別れの言葉を口にするだけの余裕もないらしくただ口元を押さえて右手を振った。



 おおかみみさんと別れてすぐに、ふと何かが気になった。

 ……なんだっけな? 何か、いや誰か足りないような。

 ちょっと首を捻っていると、前ポケットがぶるぶると震えだした。ロアさんからの電話らしい。どうやら馬車の揺れで気がつかなかったようで、何度も着信があったようだ。

 あわてて電話に出ると。

『もしかしたらと思ったんだけど、ティア・ローもう西の街についてるんじゃない?』

 ちょっと疲れたロアさんの声がした。

「え、はい。今着いたとこですけど。神殿にはこれから向かいます」

『……んー、やっぱさっき通り過ぎたのって酒場のマスターだったかー』

「あれ?」

 ロアさんの言葉に首を捻ってから、ようやく思い出した。

 俺が事故によって草原の中央辺りまで飛ばされたとき、行商人ランダさんの影の馬車は西の街まであと一日半、というところだった。

 さっきりあちゃんと電話で話してから五、六時間、というところだから……。つまり、ロアさんたちどこかで追い抜いちゃったってことか。一応、俺も街道脇には目を向けていたのだが気がつかなかったらしい。まぁ、あのスピードでがたがたゆれていたわけだから仕方がないような気もする。

『こっちは夜に無理はしないから、そっちに着くのは早くて明日の昼頃かなー。じゃ、そゆことでヨロシクね』

 ぷつん、と電話が切れた。

「なんやちびねこちゃん、お仲間と連絡ついたのん?」

 ようやく乗り物酔いが醒めてきたようで、周りの高層ビルを興味深げに見回していたサボリーマンが、俺の手元を眺めて声をかけてきた。

「あー、ええ。それがどうも、あのスピードのせいで仲間を追い越しちゃってたみたいで」

「先に着いたってことなん?」

「ええ」

 苦笑しながらスマホを前ポケットに仕舞う。

「ところで、ティア殿。神殿はどこにあるかご存知だろうか?」

 周りを見回していたダロウカちゃんが、大分暗くなってきた辺りに多少不安を覚えたらしく、俺の服の裾をそっと握りながら声をかけてきた。

「……ちょっと待ってね」

 しまったばかりのスマホを引っ張り出して、ナビを呼び出す。

「ナビ、神殿までよろしく」

「わたしは確かにナビですが、カーナビではないのですけれども……」

 ナビは少し不満そうな顔だったが、以前に入れたルラレラ世界のデータからマップデータを引っ張り出してきて、現在地から神殿に向かうルートを表示してくれた。

 やはり流石はナビだ。



「ここみたいです」

 ナビの案内に従ってたどり着いたのは、ひと際大きなビルだった。かつては全面ガラス張りだったらしいが、今ではその多くは割れてしまったらしく板や積み上げたレンガのようなもので塞がれている。

「……神殿っちゅーわりには普通のビルなんやね」

「いやファンタジー系の異世界で普通の高層ビル建ってる時点で普通じゃないんじゃね?」

 サボリーマンとマジゲロが後ろでなにやらつぶやいている。

 そういうツッコミされても困るんだが。

 俺だって東の街みたいな、石造りのパルテノン神殿みたいなもの想像してたんだけど意外だったし。

「なんでもいいにゃー!」

「うむ。早く行こう!」

 ダロウカちゃんとにゃるきりーさんが、先を争うようにして製の扉を押しあけて中に飛び込んだ。

 ちょっと呆れてから、俺も後に続くことにした。

 まぁ、体験版とはいえもうすぐゲームのクリアなわけだから彼女達が興奮気味なのもわからなくはないしな。

 神殿ビルの一階は、どうやらホールになっているようでひどくがらんと開けた空間が広がっていた。東の街とは違い、普通に電灯が使われているらしく、煌々とはいかないもののまばらに点等する電気の灯りがホール内を照らしていた。

「神殿っちゅーのに、誰もおらんのん?」

 まわりをぐるりと見回して、サボリーマンが言った。

「あ、受付があるにゃー」

 ホールの正面に、受付っぽいカウンターのようなものがあった。

 にゃるきりーさんが、にゃっはー!と奇妙な声を上げて突撃するが、どうやら誰もいなかったらしい。

「……誰も、いないのだろうか?」

 ダロウカちゃんもとまどったようにあたりをきょろきょろと見回すばかりだ。

 西の方の神殿だと、生活している人も多いから結構人の出入りもあるのだが、なんとも東の街の神殿はずいぶんと人気がない。

「ちょっとまつのー」

「いまでんげんいれるのー」

 今までどこに居たのだろうか。不意に俺の両脇からルラレラが飛び出して、受付っぽいカウンターの中に入り込んでなにやらごそごそやりはじめた。

「あ、正面になんか映ったで」

 サボリーマンの声に顔を上げると、ホールの正面にアニメっぽい少女の姿が映し出されていた。銀髪に紅い瞳。とすると、神さま関係だろうか。神社の巫女さんっぽい服の上から、黄色い貫頭衣のようなものをつけている。闇神のメラさんに似た服装だ。この人がこの神殿の神さまなのだろうか? アニメっぽいところが、なんとなくナビっぽい。

 思わず手元のスマホを見つめると、画面から半分顔を出したナビが「はわわ~、大先輩がいるのです」となにやらあわあわしていた。

「ナビの知り合い?」

 思わず尋ねると、ナビは小さく首を横に振った。

「将来、タロウ様がご自身でセカイを御創りになって、そうしてそのセカイの一部をこのナビにまかせてくださったなら、わたしだって世界神になれるのでございますよー」

 ちょっとだけ期待に目を輝かせて、ナビが俺を見上げてくる。

 少しわかり難かったが、つまり正面のモニタに映っている少女は、元はナビと同じようなセカイツクールのナビゲーターだってったことか? ……あれ、ルラレラはナビゲーターなんて速攻削除したとか言ってたような気がするが。

 ぼんやり考えているうちにルラレラのセッティングが終わったらしい。正面に映った少女がゆるゆると動き始め、小さく微笑んだ。

「――いらっしゃーい! ようこそあたしの神殿へ」

 いかにもなアニメ声で正面モニタの少女が満面の笑みを浮かべる。

「あたしがっ! 光の女神っ!」

 きゅぴるん、という謎の効果音と共に、まるで魔法少女の変身シーンのような謎のポーズでくるくる回って、最後に見返り決めポーズ。

「光神ミラちゃんだよっ!」

 東の街の闇神メラさんは凄く普通に優しそうな神様だったけれど、西の街の光神ミラさんは、どうやらちょっと、イタイ子の気配がした……。



「……だからふだんは電源切ってるのー」

「……ミラちゃんはちょっと疲れる子なのー」

 ため息交じりでルラレラがぼやいた。

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