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週末は異世界で~俺的伝説の作り方~  作者: 三毛猫
第四話「勇者と書いてょぅι゛ょと読む」
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16、「おぼれる人魚ちゃん」

「ふふふーん、うふふーん!」

 ダロウカちゃんが、キレルン・デスを振るってすごく楽しげに街道脇の草をなぎ払っています。むっふー、と鼻から息を吐き出して、すごく得意げな様子なのです。

「こらこら、武器をそんなふうに無造作に振り回したらあぶないでー、ダロウカちゃん」

「小学生かよっ!って、いやマジ小学生だったなこいつ……」

「あたしにも貸して欲しいにゃー」

 他のみんなもちょっとダロウカちゃんに苦笑気味。これまでしっかりとした言動で、見かけの割りにずいぶんと落ち着いたように思えていたダロウカちゃんが、見た目どおりの小学生のように振舞っているのがちょっと新鮮だったみたいです。

「……!」

 ダロウカちゃんは、おもむろに背中に背負った羽の生えたリュックの口にキレルン・デスを差し込むと、むふーと息を吐きながら背中から引き抜きざまにキレルン・デスを振り下ろしました。アレです、まさにびーむさーべる! って感じです。わたしも小学生の頃、ランドセルに丸めた画用紙とか差し込んでやったような覚えがあります。

 ルラ姉とレラ姉の作った、キレルン・デスはダロウカちゃんに大好評のようでした。

「むむむ、まけていられないのー」

「こっちもやるのー」

 対抗したかのように、ルラ姉とレラ姉もこの間レイルの迷宮で手に入れた新聞紙ソードを構えてぶんぶんと振り回します。もっともこちらは本当にただの丸めた紙なので草が切れたりはしません。

 しばらくぶんぶんと振り回したあと、自分達がわたし以外に認識されていないことを思い出したようでルラ姉とレラ姉は互いに顔を見合わせてひとつため息を吐くと、新聞紙ソードを肩から提げたポシェットに仕舞いました。

「……ちょっとだけくやしいのー」

「なんか負けたきがするのー」

 微妙に涙目です。ダロウカちゃんたちは体験版モードなのですから、そういう仕様なのですから、しようがない気がするのです。というか自分たちで作った仕様のはずなのです。

 わたしは、ルラ姉とレラ姉の頭を慰めるようになでなでしてあげました。




「くんかくんか……水のにおいにゃ」

 街道を数時間進み、そろそろどこかでお昼ご飯でも、という頃。不意に鼻をくんかくんかして、にゃるきりーさんがつぶやきました。

「お、川が近いんと違う?」

「ひゃっはー! 水だァ! 水だァ! ってやつだな!」

 急に元気を取り戻したように、サボリーマンさんとマジゲロが駆け出していきます。

「にゃっはー! いっちばーん、にゃー!」

 後から駆け出したにゃるきりーさんが、前の二人をごぼう抜きにしていきます。

「……みんな元気だな。いこう、ティア殿」

 それを見ていたダロウカちゃんも、ちょっとだけ苦笑して、わたしの手を引いて駆け出しました。やはり子供のようで、あまり体力のないらしいダロウカちゃんはすぐに息をきらせてしまいましたが、それでも一度も止まることなく一緒に橋まで走り続けました。

「おー。にんぎょがおる」

「おさかなぴちぴちにゃー」

「……つか、なんで幼女? 異世界みんな幼女ばっかりか」

 ダロウカちゃんと川にたどりつくと、先に到着して橋の欄干から川を眺めていた三人が声を上げていました。どうやら人魚さんたちが居るようです。

「人魚さんです?」

 ぴょんぴょんとその場で軽くジャンプしてみるものの、石で出来た橋の欄干の向こう側を覗き見ることは出来ませんでした。

「人魚、だって? それは見たい!」

 息をきらせながら、ダロウカちゃんもあわてて欄干に駆け寄ります。わたしもよいしょ、と欄干のわずかな段差に足をかけて身を乗り出すと、確かに川の中ほどの洲に三人ほど飛沫族の女の子がごてん、と横になっていました。

 リーアお姉ちゃんに初めて会った時のことを思い出します。

 リーアお姉ちゃんは緑色の髪をしていますが、川に居る女の子たちは青い髪でした。服のようなものは身につけておらず、はだかんぼうです。ただ胸元を首からネックレスのような装飾品が飾っているだけです。姉妹なのでしょうか、三人のお顔はそっくりです。

 向こうもこちらに気がついたのでしょうか。時折、虹色に輝く眼でこちらを見上げては、三人でなにやらおしゃべりしている様子です。

 マジゲロは異世界は幼女ばっかりみたいなことを言っていましたが、ロアさんから聞いた話では飛沫族は川で子育てをするという話でしたから、小さな子供しかいないのが当たり前ともいえます。リーアお姉ちゃんのお家と同じように、時期的に親は海の方に帰ってしまっているのだと思います。

 橋の上でぼんやり人魚さんたちを眺めているうちに、いつのまにかダロウカちゃんが川原に下りていました。

 せっかくの川なのです。洗い物もあるし、わたしも早く行くことにしました。




 わたし達が川原に降りると、一人の人魚さんがダロウカちゃんのすぐ側まで来ていました。

「なんかさー、あんたらやたらあたしらの方じろじろみてたけどぉー? なんか用でもあんのぉ? んー?」

 虹色の目をぱちくりさせながら、人魚さんが水際でしっぽをぱちゃぱちゃしながらダロウカちゃんをじっとみつめています。

 ……なんというか、いわゆるガンを付けるというやつでしょうか。

 見たかんじはリーアお姉ちゃんよりもちょっと幼い感じで、十歳前後というところでしょうか。そんななりでありながら、ちょっと釣りあがった眼差しは鋭く、無造作に伸ばされた長い髪も相まって、意外に迫力があります。ちょっぴりねこみみがしゅんとしてしまいます。

「いや、旅の途中でたまたま立ち寄っただけだ。この辺りの水を使わせてもらいたいのだが、よいだろうか?」

 ダロウカちゃんは、人魚さんのガン付けにもまったく動じず、にこやかな笑みを浮かべています。流石なのです。

「……んー、まぁいいけどぉ。あんま水よごしたりすんじゃねーぞぉー?」

 人魚さんは全然動じないダロウカちゃんを気に入ったのか、ちょっとだけニヤリと笑うとこちらを一瞥してふん、と鼻を鳴らしました。どうやらサボリーマンさんやマジゲロが、じろじろと人魚さんを無遠慮に眺めているのに気がついたようです。

 ちっぱいやなー、とか、マジろりにんぎょ、とかなんだか妙に興奮しているようです。

 人魚さんはそんな無遠慮な視線を気にした風もなく。

「……あたしに惚れんなよォ?」

 と、からかうように、にやあ、と口の端を吊り上げて笑いました。


 ……なかなか大物のようです。



 さて、交渉はダロウカちゃんに任せることにしましょう。使ったハンカチや、それに何日も着替える暇がなかったので下着も洗っておきたいところです。

 わたしはスモックブラウスを脱いで丁寧にたたむと、洗うものを持って川原にしゃがみこみました。


 じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。洗うのです。


 洗剤を使いたい所でしたが、流石に人魚さんたちが住んでいる場所を汚してしまいそうです。

 目とかに入ったらしみそうなのです。うっかり飲んでしまったらさらに大変なのです。


 じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。洗うのです。

 じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。洗うのです。


 ちょとお鼻を近づけて、ハンカチをくんくんにおってみます。

 ……くちゃいのです。まだ洗うのです。


 鼻歌を歌いながら、しっぽをふりふりじゃばじゃばお洗濯をしました。




 今のペットボトルをいったん空にしておきたい、とダロウカちゃんが言って、川原でお昼ごはんをすることになりました。

 草原にはあまり落ちていなかった棒切れの類も、川原にはいっぱい落ちていました。ガスコンロの節約ができるからと、なるだけ乾いた枝を拾い集めて火を起こします。

「……お前ら、魚くう?」

「焼く! お願い!」

「魚やるから、あたしらの分も焼いて欲しい~」

 なぜか人魚さんたちまでいつの間にか火の側にわくわく顔で並んでいました。枝に差したお魚を両手に持っています。

 飛沫族は火を扱うのが苦手なのでしょうか? リーアお姉ちゃんのお家には暖炉がありましたから、たぶん家まで帰るのが面倒くさくなったのだと思いますが。

 いきなりガンをつけてきたりしたのに、ずいぶん人懐こいというか。一度受け入れてくれるとずいぶんとフレンドリーになるのもあの手の人たちそっくりです。

 あるいは単に食い意地がはっているだけなのかもしれませんけれど……。

「焼くのも良いが、人数も多いし切り身にしてスープか何かにしたいところだな」

 ダロウカちゃんがお鍋を片手に思案顔。

「おさかなだけじゃスープにならないにゃー」

「んじゃ、ちょっと待ってな。なんかうちからとってくるからよぉ~」

 一番小さいけれど一番迫力のある人魚さんが、魚をその場においてぴょん、と川に飛び込みました。どうやら人魚さん達のおうちは向こう岸にあるようです。

 リーアお姉ちゃんのお家のように、何かハーブとかお野菜を育てているのかもしれません。

 ぼんやり向こう岸をながめていると、不意に人魚さんの動きがおかしくなりました。まるで足がつりでもしたかのように、手だけばしゃばしゃと。

 ……どうしたのでしょう?

「あん? ちみっこ人魚ちゃんどうかしたのん?」

「なんか溺れてる、っぽい? にゃー」

 サボリーマンさんとにゃるきりーさんも気がついたようで、手を止めて川をながめました。

「人魚が、溺れるなんてことが、あるのだろうか?」

 ダロウカちゃんが首を傾げます。

「いや、あの子たち、エラみたいなのどこにもなかったやん? アザラシとかみたいな、肺呼吸とちがうのん?」

「人魚がおぼれるとかマジ受ける。ってか、笑ってる場合じゃなさそうだぜ」

 マジゲロが川に入ろうとしたのか、革のツナギを脱ぎはじめました。

「いや待て、マジゲロ殿」

 なぜかダロウカちゃんが止めました。その視線の先は、お姉さん人魚たちです。水の中のことは人魚さんに任せた方がいい、と考えたのでしょう。

「フレスリュエラ?」

「リュエラ?」

 ちみっこ人魚のお姉さん達も様子がおかしいことに気がついたようで、すぐさま川に飛び込んでいきました。どうやらちみっこ人魚さんはフレスリュエラというお名前のようです。

 水の中のことなら飛沫族に任せておいた方がよいでしょう。わたしたちが行ってさらに溺れるようなことがあれば大変です。

 それにしても。……川で、溺れる、人魚? はて、どこかで聞いたフレーズなのです。

「おぼれる人魚ちゃんいべんと発生したのー」

「仲間いべんとのひとつなのー」

 いつの間にかルラ姉レラ姉が、謎のポーズでわたしの両側に立っていました。

「……もしかして、リーアお姉ちゃんと出会ったときとおなじです?」

「ん、条件をみたすとかくりつではっせいするのー」

「かならずおきるわけじゃないのー」

 ちょっと考えます。仲間イベントだとすると、もしかして……。

「プレイヤーが助けない限り、助けられない、です?」

「だいじょうぶなの。べつの人が助けたら、仲間にならないだけなの」

「ほっといても死んだりしないのー」

「でも……」

 ほんとに大丈夫なのでしょうか。

 見ているうちに、人魚のお姉さん達がちみっこ人魚さんのところにたどり着きました。

 しかし。

「……!」

 お姉さんたちまで、急に動きがおかしくなって、水しぶきを上げ始めたのです。

「……あ、れんぞくでいべんとはっせいしたの」

「……これ、もしかしたらあぶないの」

 ルラ姉とレラ姉が、あわあわし始めた。

「……それって、バグなのです?」

 いや、バグとかどうでもよくって、助けなきゃいけないのです!

「サボリーマンさん、マジゲロさん、いけるです?」

「いくで!」

 すぐさまサボリーマンさんがマントのように羽織っていた上着の残骸を脱ぎ捨て、トレーナーのズボンも脱ぎ捨てます。

「サボリーマン殿、これを!」

 いつの間に用意していたのでしょう。ダロウカちゃんが子供用の小型の浮き袋を投げてよこしました。どうやらにゃるきりーさんが膨らませていた様子です。

「おっしゃー! まかせとき」

 サボリーマンさんが浮き輪をうけとると、すぐさまじゃばじゃばと川に入っていきました。

「あたしもいくにゃー」

「俺も」

 にゃるきりーさんとマジゲロも続けて川に入ります。

 わたしにも何かできることはないでしょうか。

 不意に、ダロウカちゃんが持っている大きなペットボトルに気がつきました。

「ダロウカちゃん! それくださいですっ!」

「ん、ああ」

 わたしはスモックブラウスの前ポケットから、耐水性のガムテープを取り出しました。

 ペットボトルの中身をその場にひっくり返して空にすると、キャップをしっかりと締めます。それから大きなペットボトルをふたつまとめてガムテープでぐるぐる巻きにしました。これも浮き輪代わりになるはずです。

「これも使うです!」

 助走して、えいやーと放り投げると、「にゃいすきゃっち」とにゃるきりーさんが受け取って、すぐさまわきの下に抱え込みました。




 川の流れがあまり速くなかった事や、大人三人だと普通に川底に足がつくということもあって、なんとか三人とも無事に助け出すことができたようです。ちみっこ人魚ちゃんは、サボリーマンさんに肩車されて、中くらいの人魚さんはにゃるきりーさんにお姫様だっこされて、一番お姉さん人魚はマジゲロに正面から抱きつくようにして、助け出されました。

 ……あれ、肩車、です?

「いやー、まさか、いきなり足はえるとかよぉ、思いもしなかったね!」

 ちみっこ人魚さんがサボリーマンさんの肩の上で恥ずかしそうに頭をかいています。

 よく見ると、お姉さん人魚さんたちも足が生えているようです。どうやら、急に下半身が二本の足に変わってしまってパニックになり、溺れてしまったということのようでした。

「あんたら、命の恩人だッ!」

 ちみっこ人魚ちゃんが、足をからめてサボリーマンさんの頭にぎゅうと抱きつきます。

「いや、ちょっとおちつきぃ、お嬢ちゃん。く、首が絞まる」

「感謝!」

「ありがっと~!」

 川原にたどりついて、人魚さんたちはごろりと転がったのですが。

「……やべえ、この子らモザイクかかってねぇ」

「……そらそうやわな」


 すっぽんぽんな人魚さん三人を見て、サボリーマンさんとマジゲロが恥ずかしそうにそっと目をそらしました。

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