7、「ねこみみ幼女、覚醒」
「俺はランダ・ロンダ。個人であっちこっちへ物を売り歩きながら旅する商人だ」
行商人風の男は、ちぎったパンでスープの皿を拭いながら言った。きれいに拭い終わるとそのままひょいと口に放り込み、もっちゃもっちゃと租借して飲み込んだ。
見た感じは三十後半くらいだろうか。個人で商いをしているにしては、それなりに整った身なりをしていて、羽振りは悪く無さそうだ。もっとも、身なりの割にはその振る舞いはあまり洗練されておらず、粗野というほどでもないがまあいわゆる田舎オヤジといった風体だ。
アラブ人のように布をくるくると頭に巻きつけているので、もしかしたら獣族の可能性がないでもないが、ぱっと見には普通の人族のように見える。
「あたしはロアよ。ただのロア。こっちはみぃちゃん」
ロアさんがみぃちゃんの肩を抱いて行商人の男に言った。
ロアさんの自己紹介は何度か聞いたが、ただのロア、ってなんか決まり文句なんだろうか。単純に家名がないということなんだろうけれど。微妙に気になる。
「私の名はリア・ティーグ。こちらが我が主であるティア・ロー様。そしてルラ様、レラ様である」
りあちゃんが、すっと前に出て俺達の紹介をしてくれる。なんだか従者っぽい。
最近はずいぶんと柔らかい口調になっていたから、久しぶりの硬い騎士様っぽいセリフだ。
「よろしく」
と頭を下げると、行商人ランダはにんまりと笑って「飴ちゃん食うか?」と懐から皮袋を取り出して、俺とルラレラにひとつづつ飴をくれた。どうやら子供好きらしい。
見た目はともかく、中身は飴玉で喜ぶような子供ではないので受け取るかどうかちょっと迷ったのだが、せっかくの気持ちを無碍にするのも悪いので「ありがとう」と礼を言って受け取る。
「ありがとなのー」
「あめちゃんひゃっほーなのー」
ルラとレラも謎の感謝の舞を踊り始め、俺も飴玉を口に放り込んでもう一度礼を言った。
飴はハチミツのようなものを固めたものらしく、とても甘かった。割とおいしい。こういった甘いものって、ファンタジー世界では結構貴重だったりするものだが、意外と高かったりするのだろうか。
ちょっと上目遣いにランダを見上げると、「うまいだろ」とにっかり微笑んだ。
「うん、ありがとう」
見た目はごついオジサンといった風なのに、人好きのするいい笑顔だった。
……しかし見た目が幼女だと、やっぱり周りの扱いも見た目相応になってしまうようだ。
そのうち中身まで子供みたいな思考になっちゃったらどうしよう。
――ふと怖くなった。
「……しっかし、お前さんたちはずいぶんと妙な組み合わせだが、あんたら全員護衛なのか? さすがに全員分は金をだせねぇな」
ランダがひぃふぅ、と俺達を指差して数えながら腕を組んだ。
「いや、正式な護衛としてはあたしとみぃちゃんだけでいいよ。ティア・ロー達はおまけみたいなものかな」
ロアさんがそういうとランダは、「なら問題ねぇな」とうなずいた。
「そうそう、」
とロアさんが不意にこちらを向いて、俺の前にしゃがみこんだ。
「護衛をする以上、ティア・ローのことは後回しにするわよ? 何か合ったら自力でなんとかするか、そこの神殿騎士を頼りなさいね」
「はい。俺の都合でついていくわけですし。りあちゃん、頼むな?」
りあちゃんの手を握って見上げると、「任せてください」となんだかでろりと相好を崩してりあちゃんがうなずいた。なんだかよだれでもたらしそうな、凄い顔だ。先ほどまでのきりりとしたかっこいい騎士様はいったいどこに行った。
「……あー。人様にケチつけるのは悪いとおもうんだが、お嬢ちゃんみたいな女の子がオレとか言うのはあんまりよくないと思うぞ? ん?」
ランダが腕組みしたまま、顔をしかめている。
俺が元はいい年をした男だったということを知らなければ、初めて会った相手というのはやはり今現在の容姿で俺のことを判断するもののようだ。
「……はい、気をつけるです」
中身がいい年をした男なだけに、いまさら女の子のように振舞うというのも恥ずかしくてしょうがないのだが、あまり他人の目に奇異に移る行動をするのもそれはそれで恥ずかしい。
微妙に迷った結果、知っている誰かの真似をするのが楽だろうという結論に至った。
ねこみみ生えたし、ここはみぃちゃんの口調を真似することにしよう。みぃちゃんの口調もちょっと独特ではあるが、基本的には丁寧語なのでそれほど抵抗はない。
「改めて、ご挨拶なのです。わたしはティア・ローなのです。西の街までよろしくお願いしますです」
ぺこりと頭を下げて、にっこり笑ってご挨拶。
変に愛想振りまくのもどうかとは思ったが、まあしばらく一緒に旅をするわけだし。
「……」
あれ、なんかおじちゃん固まった。
小首を傾げて見上げると、ランダのおじちゃんは何度も瞬きをして、それからなぜかりあちゃんやロアさんたちをぐるりと見回して、それからわたしをじっと見つめてきた。
なんだろう、とても不思議なものを見る目をしている。
どこか、わたしの奥底の何かを見通すような。不思議な感覚。
……あれ、このおじちゃん、もしかして普通の人と違うかも?
「……お嬢ちゃんは、いったい」
オジチャンが、一歩後ずさった。
「あー、別にいいとこのお嬢様とかじゃないから」
ロアさんが手を振って笑う。
「あたしの弟子みたいなものでね、ちょっとした経験を積ませるために同行させてるのよ。さっきも言ったように護衛の仕事はちゃんとするから」
「……ああ。なんかワケありなんだな。わかったよ、うん、聞かない方がよさ気だってことはな」
ランダのおじちゃんは汗でもかいたのか、しきりに額を手で拭っている。
わたしが、何か変なことをしたのかな?
よくわからない。
「てぃあろーちゃん、ちょっとちょっと」
「きをつけないと、もどってこられなくなるのー」
ルラ姉とレラ姉に袖を引っ張られた。
「……?」
戻るってなんのことだろう。
「おう、出来たぞ」
奥からオオカミの耳をしたマスターが出てきた。手に紙の包みをいくつか持っています。
「ありがとなのです」
シルヴィスティアお姉ちゃんからもらった銀貨を一枚、オオカミさんに差し出すと。
「おう、まいどあり。ニ、三日は俺も留守にするが、香辛料とかいっぱい仕入れてくるからよぅ、また飯喰いにこいよなっ!」
がははと豪快に笑って、オオカミさんは出かける準備をするのかまた奥に引っ込んでしまいました。
「それじゃ行こうか」
ロアさんが、声をかけて店の外に出ました。わたしもルラ姉、レラ姉の手を引いて外に出ます。
「お前さんたちは、そのまんま街を出られるのか?」
大きなカバンを背負ったランダのおじちゃんが、大した荷物も持って居ないわたしたちを見て、疑問の声をあげました。
「うん、大丈夫よ」
ロアさんがうなずきました。ロアさんは腰のポーチにいろんな物を詰め込んでいますし、わたしのスカートの前ポケットにも神殿でいろいろ詰め込んできました。出発の準備は万全なのです。いつでも冒険の旅にごーなのです。
冒険への期待に、むっふーと息を吐きだしたら、ルラ姉とレラ姉が、ちょっと呆れたような顔でわたしの頭をなでてくれました。よくわかりません。でもなでられるのは気持ちがいいです。ねこみみが、ぴこんと動いてしまいます。
「大した道のりじゃないが、途中で食料寄こせとか言われても、余裕はねぇからな? ちゃんと準備はしといてくれよ?」
ランダのおじちゃんはちらりとこちらを見て、それから荷物を背負い直して歩き出しました。
わたしたちもそのあとに続きます。
「しっかし、自分で言うのもなんだけど、ランダさん、あんたも物好きよね?」
ロアさんがランダのおじちゃんに話しかけました。
「あたしらみたいなのと一緒に行こうだなんてさ」
「ん? さっきも言ったろ。あんたらがどうにも只者じゃなさそうなんでな。縁を結んどくもの悪くないと思っただけのことさ。合縁奇縁ってな。ヴェイオの店で出会ったのもなんかの縁だろうさ」
「いやでもさ、実際、街道を歩くだけなら危険なんてないわけでしょう? あたしらが街で仕入れた情報だと、盗賊がでるなんていう話も聞かなかったし。わざわざお金払ってまでって、ねぇ?」
「おや、ロアだったか。お前さんは商人にはなれそうにねえなぁ。人の縁なんてものはな、お金をはらえば必ず手に入るってもんでもないんだぞ? 機会があれば、惜しまずに金を払ってでも縁ってのはつないどくもんさ。何が将来役に立つかもわからないしな」
言いながらおじちゃんが、わたしの方をちらりと見ました。
視線の意味がよくわかりません。
おじちゃんの言う縁というのは、ロアさんに対するものかと思っていましたが、その縁というのにはわたしも含まれているのでしょうか。
にこり、と微笑み返すと、おじちゃんはぷいと目をそらしてしまいました。ちょっと失礼だと思いました。
そんな感じで雑談をしながら通りを抜け、そのまま街をでて街道に出ました。
街道とは名ばかりの、土の道です。いちおう踏み固められてはいるようですが、ただ草原の草を馬車がすれ違って通れる程度の広さに刈り取っただけの道に見えます。
ロアさんたちと出会ってから、かれこれもう一ヶ月になるでしょうか。
ほんの数日でしたが、この草原を、足元の草をなぎ払いながら歩いたことをぼんやり思い出します。
「……にゃ?」
なにか忘れてしまっているような気がしました。
「……この辺までくればいいかな」
ランダのおじちゃんが、不意に立ち止まりました。街を出てから半刻ほど。まだ街は見えますが、もともと人通りがすくないのか、辺りにはわたしたち以外に誰も居ません。
「どしたの?」
ロアさんが、やや警戒した顔で声をかけました。
「貴様、まさか!」
りあちゃんも警戒したようにわたしの前に出ました。
「……だめです、りあお姉ちゃん。はやとちりしちゃ、めーなのです」
りあお姉ちゃんは、ときどき思い込みでいけないことをしてしまうことがあります。こういうときは、ちゃんと止めてあげないといけません。
手をひっぱって、めーと言うと。
「お、お、お姉ちゃんって!? ひゃふぅ」
ごふぅ、と、りあお姉ちゃんがわたしを見て謎の声を上げました。そのままへなへなと崩れ落ちてしまいました。
……変なお姉ちゃんです。
「あ? なんか余計な誤解をさせちまったか」
ランダのおじちゃんは苦笑して、その場にしゃがみこみました。
「ちょっと待ってな。今、馬車を出すからよぅ」
おじちゃんはそういって、地面の上の、自分の影に手を当てました。
すると、ずるり、と。影の中から何から浮かび上がってきました。
「馬車なのです」
それは、小さな馬車でした。むしろ荷馬車と言った方がいいような形をしていましたが、いちおう部分的に屋根もついているようです。一人乗りの三輪トラックといった大きさでしょうか。
「でも、馬がいないのです……」
「はは、やっぱお嬢ちゃんは影から馬車取り出したくらいじゃおどろかねーんだな。馬はな、ほら、こうするんだ」
おじちゃんがもう一度自分の影に手を当てると、影がくるくると丸まって何かの形になってゆきました。
「影のお馬さんなのです!」
黒いお馬さんです。影の馬とか、ちょっとかっこいいのです。
「ほー、ランダさん、あんた影族だったのね」
ロアさんがなにやらうなずきました。
「おうよ。そこのちみっこどもが居なかったら見せる気もなかったんだが、さすがにお嬢ちゃん達に西の街までずっと歩かせるのはきつかろうとおもってな」
小さいからちみっこだけしか乗せてやれねぇが、と手まねきされて、わたしとルラ姉、レラ姉は馬車に乗り込みました。御車台におじちゃんが座ります。
「まぁ、影になんでも突っ込めるなんてのぁ、街の人間にはあま知られたくないから、内緒にしといてくれよ?」
ロアさんのポーチやわたしのポケットなんかもそうですが、よく考えたらこういった何でも入ってしまうという道具や能力は、泥棒し放題なのです。
だから変な疑いをかけられたりしないように、おじちゃんは街に入るときにはカバンだけ背負うのだそうです。
やっぱりおじちゃんはただの人とはちょっと違ったみたいです。
あのときに感じた、奇妙な感覚は、当たっていたみたいなのです。
「ところでおにいちゃん。いいかげん元に戻ってくれないときもちわるいのー」
「でも、これはこれでかわいいきもするのー」
ルラレラの声に、ふと我に返った。
……あれ。俺、もしかして中身までねこみみ幼女になりきってた?