5、「思いもよらぬ再会」
「――え、シェイラさん?」
なぜか、セラ世界の迷宮の案内人をしていたシェイラさんが、ルラレラ世界にやってきていた。
どうやって、なんで、このルラレラ世界に?
驚いてぽかんと口を開けて見つめることしか出来ないでいると。
「……おや、どこかでお会いしましたかー? こちらに知り合いは、あまり居ないはずなんですけどねー?」
シェイラさんは俺の側に来てしゃがみこむと、俺の顔を覗き込むようにしてちょっと首をかしげた。これまでなぜか、俺の姿が変わっても一目で鈴里太郎だと認識されていたので、ちょっとだけ不思議だった。あるいはただ一回会っただけの俺のことなど、ただ単に忘れてしまっているだけなのかもしれなかったが。
「えっと……」
なんと言っていいものやら、口ごもる俺をしばらく見つめたあと、シェイラさんは「あー」とひとつ大きく頷いて、ぽん、と手を打った。
「こないだうちの迷宮に大勢で遊びに来てくれた、子猫ちゃんでしたかねー?」
「いや、それたぶん、ニャアちゃんだと思う……」
思わずツッコむ。
というか今思い出してみても、シェイラさんにはこちらから名乗った覚えはない。向こうは案内人として自己紹介してくれたが、わざわざこちらは名乗ったりはしなかった。ということは、俺の名前とかそもそも知らないのかもしれない。
わざわざ俺が以前シェイラさんにガイドしてもらった新米勇者だなんて名乗る必要も。
……ってゆーかそれ以前に、ねこみみ幼女化しているだなんてそれほど親しくもない他人にわざわざ教える必要もないよな?
「あははー、まあ、以前うちの迷宮に来てくれた子なんだねー」
いい子いい子、と頭をなでられて、ねこみみがくすぐったかった。
「ああ。そうそう返しておかないといけないですねー」
ふと思い出したように、シェイラさんが腰のポーチから何かを取り出した。
「懐中電灯……?」
「いやー、いろいろあってすっかり返すのが遅くなってすみなせんねー」
ぽん、と手渡されて思わず受け取ってしまう。
そういや、迷宮の隠し通路見つけたときにシェイラさんに「貸して欲しい」って言われて貸したっきりだったんだよな。
「ほら、ちゃんと返しましたからね。それからこれはあの時見つかった資料の売却益ですよー」
続けて小さな皮袋を渡される。そういや、隠し通路で見つかった資料は売却して分け前を寄こすとか、そんな話もしていた気がする。
「……あの」
もしかして。
シェイラさん、気がついてないんじゃなくて。気がついてないフリをしていただけだったのか?
「んー?」
にこにこと笑みを浮かべて、俺の頭をなでなでするシェイラさん。
「……なんでもないです」
俺は口をつぐんだ。藪をつついてヘビを出すこともないだろう。
あるいは。仮面を被った状態で変身してるときは別人だと言い張るシェイラさんのことだから。ねこみみ幼女化した俺のことを、気付いた上で初対面のねこみみちゃんとして扱ってくれたのかもしれなかった。
「らいきゃくって、ガイドさんのことなのー?」
「わたしとわたしは聞いてないのー!」
ルラとレラが、ちょっと口をとがらせて闇神メラさんに詰め寄っている。
どうやら、シェイラさんのことはルラレラにも初耳だったらしい。
いや、一番最初にロアさんが来た時のことも知らなかっただろ、お前ら。
「いや、すまぬ。わたしがヴァルナ殿を通して、あちらの世界の黒神ネラ様にお願いしたのだ」
シルヴィがメラさんの前に出てきて、ルラレラに頭を下げた。
「えー、シルヴィがシェイラさん呼んだの?」
というか、どうやって。何のために?
「……ふむ、寧子殿から連絡をもらってはいたが、これはまたなんとも」
俺の側に、シルヴィがやって来た。いつものフードは被っておらず、長い銀髪が日の光を反射してキラキラと輝いている。
「あー、うん。寧子さんの仕業でこんな妙なことになっちゃってるけど、中身はいつもの俺なので、いつもと同じようにして欲しい」
「それは無理だ。今のタロウは非常に愛らしい姿をしておるからな」
小さく微笑んだシルヴィは、そっと手を伸ばして俺のねこみみに触れた。
「ひゃ!」
どうやらまた種族変更の魔法でも使っているらしく、エナジードレインされることはなかったけれど、妖しい手つきで俺の敏感な部分をさわさわとなでる感触がどうにもこそばゆい。
「わたしには百合趣味も、幼児性愛の気もないが、今のタロウならそちらにころぶのも悪くはなさそうだ……」
「こらこらこら!」
慌てて手を払いのけると、じゅるりとよだれをすするような仕草でシルヴィが妖艶に微笑んだ。見た目幼女のくせに、ちょっとぞくりとする。
そのシルヴィに。
「いいかげんにするのー!」
「ええかんにしろや、このろりっこー!」
ルラレラが両側から挟みこむようにして、ごちんと拳骨を頭に落とした。
「……ところでシルヴィがシェイラさん呼んだってどういうこと?」
涙目のシルヴィに尋ねると、ちょっと顔を上げて小さく笑った。
「このサークリングスの街は、かつては川の上流で伐採された木を、板や柱に加工することで栄えた街だったのだが、今は木材加工の需要が減っていて、これといった産業がない。そこで、迷宮経営を新たな事業として始めようと思ってだな、あちらから迷宮経営の指導者として、シェイラ殿に来て頂いたのだ。闇神メラ様には既に許可を得て、協力の約束もいただいている」
「どもー。いや、あたしも一から迷宮創るだなんて、面白そうだなーと。まさか他所の世界にお邪魔するなんておもいもしませんでしたがねー」
シェイラさんもにやにや笑いながら、頷く。
「迷宮経営って、こっちの世界であんな迷宮を創るってこと?」
ルラレラの話では、こちらの世界にはセラ世界のようにあんな迷宮は存在しないということだったが、どうやって作るというのだろう。
「もちろんそのつもりだが。何か問題でも?」
どうやって作るのか想像もつかないが、どうやらシルヴィは特に問題だと思っていないようだ。もしかしたら、魔法でかならなんとかなるものなのかもしれない。
いえなんでも、と首を振ると続けてシルヴィがリーアとその頭の上のディエに目を向けた。
……いったいなんだ?
「それで、その件で前もって連絡はしておいたが、トリストリーアとディエを借りたい」
「え?」
連絡? そんな話を聞いた覚えはないが。
ふと気がついてスマホのメールを見る。既読になっていたため朝から気がつかなかったが、どうやらリーアとディエが俺のスマホでシルヴィとやりとりしていたらしい。
「先日の迷宮での、トリストリーアの活躍は目ざましかったからな。詳しく聞いてみると、こちらの世界でも遺跡探検の実績があるらしいのでな、ぜひ協力してほしい」
「ああ、うん。二人と話がついているなら、別に俺が何か言うことはないです」
しかし、俺にも話は通しておいてほしかったよ、リーア。
「ん、リーアが遺跡探検の実績があるってどういうことだ?」
こっちの世界にはいわゆるダンジョンと呼ばれるようなものは存在せず、あるのは遺跡のようなものだけとりあちゃんから聞いた。そして貴重な資料や道具が発見されることのある遺跡は国などにより厳重に管理されていて、勝手にそこを荒らすのは盗掘というこになるんじゃなかったか?
『みずのなか すぷらっしゅのもの』
リーアがぱたぱたとホワイトボードを振った。
『北のみずうみ いせきたくさん沈んでる』
『てかがみ くびかざり 腰のかざり ぜんぶわたしがじぶんでみつけた』
なるほど、流石に水中に沈んでいる遺跡は国でも管理はしづらいようだ。それ以前に発見すら出来ないかもしれない。そういう場所をリーアは探検していて、実際にアイテムやらを拾ってきていたということのようだ。
……なんで人魚が迷宮探検で大活躍してるのかと思ったら、そういうわけか。
音波を飛ばして構造を把握したりとか、妙に手馴れているとは思ったけれど。
「そっかー。リーアがやる気なら、シルヴィに協力してやってくれ」
『りーあ がんばる!』
うん、がんばれ。
「タロウ様……なんともかわいらしいお姿に」
ぎゅう、と誰かに突然、後ろから抱きしめられた。この声は、りあちゃんか?
「しかし、ついには自らを幼女化してしまうとは、またなんとも変態さんですね、太郎さんは」
すらちゃんが、じと目で俺を睨んでいた。
「俺が望んでこの姿になったわけじゃないよっ!?」
思わず叫ぶが、その声もかわいく響く。
まったく気にした様子もなく、すらちゃんは小さく首を傾けた。
「今日は、魔王ちゃん様はいらっしゃらないのですよね?」
「ああ、ええっと、すらちゃんもスマホ持ってるよな? 寧子さんから何か連絡とかきた?」
「ええ、今後は時間の流れが一緒になるということと、太郎さんがいなくても訪れられるようになると。……ところで、時間の流れが一緒なら今日は平日ではなかったですか?」
「こっちも事情があってね……。俺だけちょっとこっちに来たんだ。まおちゃんは週末に来ると思うよ」
そういや気にしたことなかったけれど、こっちにも一週間とか曜日とかあるんだろうか。
「ええ、魔王ちゃん様からは今朝方メールをいただきました。今週末はこちらを訪れる予定だそうです」
「そっか。……ところでりあちゃん、いいかげん放してくれない?」
後頭部にむにむにと当たる柔らかい何かの感触が非常に気になる。
背後から俺を抱きしめて、ねこみみに頬ずりするようにしているりあちゃんに声をかけると。
「いやです」
即座に拒否されてしまった。こないだ俺の要求を拒否する権利を手に入れてからというもの、妙にりあちゃんには断られることが多くなった気がする……。
「ところでりあちゃんの方は、どうするか決まったの?」
結婚とかそういうのは別にして、俺のところに転がり込むというのなら。なんとかあと一人くらいはどうにかなると思う。最近、ディエのせいで食費が厳しいことになってるけど……。
「……なかなか後進が厳しいのです。たまにタロウ様たちと出かける分には問題ないのですが、完全に私が神殿から離れてしまうのは問題があると」
「そっか」
するり、とりあちゃんの手から抜け出すようにして向き直る。
男の姿の時には頭をなでたくなるような幼女に見えていたりあちゃんも、今の俺から見るとりっぱなお姉さんのように見える。視点が変わると、ずいぶんと違って見えるものだ。
「これからロアさん達と西の街の方へ出かける予定なんだけど、りあちゃんは一緒に行けそう?」
「ええ、勇者様の従者としての任務が最優先されますから」
にっこり微笑むりあちゃん。
「ありがと」
微笑返すと、何か胸を打たれたような仕草でりあちゃんが「ふぁ、」と吐息を吐き、俺のねこみみをくすぐった。
「……太郎さん、なにか魅了系の特殊技能でもついてませんか?」
すらちゃんが呆れたような声を上げた。
……スカウターあったかな。
ふと思いついて前ポケットを探ると、思ったより奥まで手が入る。どうやら寧子さんからメールで連絡されたマジックポーチ機能も、このポケットで使えるぽい。
見た目だけでなく、まんま四次元ポケットかよ。
名前 :ティア・ロー
種族 :獣族(女)
職業 :幼女
レベル :6
HP :24/24
MP :36/36
戦闘力 :5
力 :4
知恵 :10
信仰心 :5
生命力 :10
素早さ :14
運 :5
装備 :Eスモックブラウス
スキル :「幼女の微笑み」
称号 :「女神のお気に入り」
「ねこみみ幼女」
「運命の悪戯」
コメント:ままが創ったアバターなの
かわいいねこみみ幼女なの
そのかわいさに、全人類がめろめろなのー!
自慢のいもうとなの!
「……ティア・ローって誰だ」
どこかで聞いたような。
ティア・ロー、てぃあろー、てあろう、たろう、太郎……。って俺のことかっ!?
ちょっと訛ったような、英語っぽい発音で太郎って言った感じ。そういやロアさんが初めて会った時、俺のことそんな風に呼んでたような。
「イノセントスマイル? だとかいうスキルが魅了系なのかな」
字面と名前からして、微笑んだ相手に好印象を与えるっぽい。いわゆるニコポの類のスキルじゃなかろうか。
「太郎さん、気をつけましょうね?」
「え、何を。すらちゃん?」
「いつもなら、どこか行くたびに小さな女の子を連れて来ることが心配ですが、今回は太郎さん自身が幼女ですからね。誰かに連れて行かれないように、その微笑は禁止です」
「……キモに命じます」
俺は苦笑と共に、ため息を漏らした。