しょっぴんぐ! その3
2014/08/23 20:50頃、2500字ほど加筆しました。
まおちゃんの用事に午前中付き合う、という話はしていたものの、具体的な待ち合わせ場所とか時間とかをまったく決めていなかったことに気がついたのは、朝ごはんが終わってテレビをぼんやり眺めはじめてからだった。
余談だが、意外なことにテレビの存在に一番驚いてたのはディエだった。1994年だとまだブラウン管テレビだろうから、今のような薄型の液晶テレビと地デジのHD画質が驚きだったらしい。「ほえ~」と口を開けたまま呆けていた。ブラウン管テレビという近いものを知っていたために、かえってその差がはっきりと感じられて驚きを禁じ得なかったらしい。
何も知らなければそういうものかで「ふうん」とうなずいて終わりなのだろう。むしろ知識でしかそういったものを知らないらしい、シルヴィやりあちゃんの方があっさり慣れてしまったのが面白かった。
午前中の約束ではあったが、店が開くのはだいたい十時前後だ。そろそろまおちゃんにメールして都合を聞いてみるか、とスマホを探したが見当たらなかった。
んー、どこにおいたっけか、と見回すと、どうやらシルヴィがずっと握ったままだったらしい。小さな画面を一心に目で追っている。
「悪いシルヴィ、ちょっとメールするからスマホ返してくれないか」
「……うむ」
うなずくものの、シルヴィは画面を見つめたまま離そうとしない。
……スマホ中毒ってゆーか、ネット中毒になりかけてるなこりゃ。
無理に取り上げるのも悪いし、どうしようかと思っていたら、ぶるぶるとスマホが震えだした。
「……ぬ? なんだ、壊れたのか。どうすればよい、タロウ?」
突然画面ブルブルと震えだしたことに驚いたのか、ようやく顔を上げたシルヴィが困った顔で見つめてくるので、黙って手を出すとようやくスマホを返してくれた。
「あ、ちょうど向うから電話きたみたいだな」
ウワサをすれば影というか、なんかまおちゃんってタイミングよく連絡くれることが多いよな。メールでのやりとりは何度かしたが、まおちゃんと電話で話すのは初めてだ。
……って、声聞き取れるんだろうか。
『もしもし、太郎さんですか? おはようございます。まおちゃんです』
普通に聞き取れる声が聞こえて来た事にちょっとびっくりした。ちょっと特徴のある、かわいい声だ。マナーモードのささやき通話で聞き取りやすい大きさになっているのかもしれない。
「ああ、おはよう、まおちゃん。鈴里です」
『うそです。じつはすらちゃんです』
「……そうなの?」
『というのもウソです。ほんとうはまおちゃんなのです』
「……」
どうしよう、なんかノリがいつもと違う感じだ。いつも「あわわ」か「はわわ」な感じのまおちゃんが、普通の女子中高生みたいなノリでなんだか悪戯っぽいことを言ってくるのは少し新鮮な感じがする。
『えとね、まず、昨日はいろいろありがとうございました。ねむくって、ちゃんとご挨拶できずにごめんなさいでした』
「ああ、こちらこそありがとう、かな。で、今日は用事に付き合って欲しいってことだったけどどうするの?」
『ちょっと、お買い物に付き合ってほしーのです。わたし子供だから、おかねがあってもちょっと買えないものがあって、代わりに太郎さんにお願いしたいの』
「まおちゃん、何を買わせる気……?」
子供に買えないものって、なんだそれは。
『えとね、すらちゃんに、スマホ買ってあげたいの。すらちゃんと一緒にくらしたいけど、うちじゃ無理だし、太郎さんのところにお願いするのも迷惑だし、だからせめて、いつでも連絡できるようにしておきたいなって』
「ああそっか、掲示板とかメールは使えるみたいだしな」
なるほど、確か未成年だと親とかの同意書とか必要だったよな。親に頼るわけにはいかないから、おそらく俺が自分で使うスマホとして契約して、すらちゃんに渡すという形にするのだろう。
通話は可能かどうか試したこと無いけれど、たぶん大丈夫な気がする。
……しかし、結構高い買い物だが、まおちゃんちほんとにお金もちなんだな。
「ん、了解した。で、どこで待ち合わせればいいかな」
『えとね……』
よく考えたら互いにどこに住んでいるのかもよくしらない。わかりやすいところで秋葉原の大きな電気屋で買うことにして、中央口を出たところで待ち合わせということになった。
今は八時前。うちからだと一時間半くらいはかかる。まおちゃんの方はもう少し早く到着できるということだったが、俺の方の都合で余裕を見て十時半に待ち合わせということになった。
「買い物おわったら、ご飯食べてそのままルラレラ世界に行くから、そっちの準備もしておいてね」
そう言うと。
『はーい、わかったよ! 今日は勇者まおちゃんモードでいきます!』
元気な声でまおちゃんが返事して、じゃあね、あとでね、と電話はぷつんと切れた。
……勇者まおちゃんモードっていったいなんだろう? っていうかいつもは魔王ちゃんモードだったんかな?
どうでもいいことが気になってしまった。
「タロウ」
電話が終わると、シルヴィがなぜかにやりとした笑みで見つめて来た。嫌な予感を感じながら、スマホを渡してやると。
「今のは、スライムの小娘にスマホを買うという話だったな? わたしも、これが欲しいのだが……」
スマホを指差してシルヴィがよだれをたらしそうな顔で言った。
「いや、それ結構高いんですよ」
「なに、金ならある」
シルヴィが懐から革袋を取り出す。
「いや、向こうのお金はこっちじゃ使えませんし」
かといって俺が全額出すにはちょっと痛い金額だしな。それに今後、使用料金もかかることを考えると簡単に頷くわけにはいかない。
「ならば、タロウが立て替えればよい。代わりにわたしが向こうでの様々な費用を用立ててやろう」
「む」
今、闇神ネラさんの神殿にすっかりお世話になってる状態だしな。酒場で依頼を受けようとしたのだって向こうで活動するための資金を稼ぐためだったし。
そう考えれば悪い取引ではないような気がする。
「……りっぱなひもなのー」
「じょうぶなひもなのー」
膝の上のちみっこたちが、にやにや笑いで見上げてくる。
「人聞きの悪いこといわないの!」
そう怒って見せたものの、実際の所、確かにひもと変わらん気もする。俺もなんか、向こうでお金を稼ぐ手段を確立せんといかんな。
……平日しっかり働いて、週末にも異世界で日銭稼ぐために仕事するってのもなんだかアレだが。
「それで、どうするのだ? 契約成立ということでよいのか? ん?」
シルヴィがスマホを握り締めたまま、ちょっとかわゆく、ん、と首を斜めにする。
「了解しました。こちらからもお願いします」
とりあえずは、向こうでの生活基盤も固めておかないとな。一方的にもらうわけでなく、交換条件だから気が楽だし。
「うむ、感謝する」
にんまりと微笑んだシルヴィ。その姿をりあちゃんが、ちょっとうらやましそうに見ているのに気がついた。
「どしたの、りあちゃん?」
「いえ……」
口ごもるりあちゃん。その姿に、何となく想像がついた。おそらくりあちゃんもスマホが欲しいのではないだろうか。これまでりあちゃんがスマホに興味をみせたことはなかったが、もしかしたら俺がまおちゃんと話しているのを見て、遠距離間で会話できる道具だと知り、欲しくなったのかもしれない。
「いいよ、もう、ついでだからりあちゃんの分も買っちゃうよ」
「……しかし、高いものなのでしょう?」
「遠慮しなくていいから」
こういうときには無理にでも押し付けておくに限る。押しかけ女房的なりあちゃんが最終的にどうするのかはわからないけれど、こちらで生活するにしても異世界で生活するにしても、どちらの場合にでもあって困るものではないはずだ。
りあちゃんはまだためらっていたようだけれど、最終的には「ありがとうございます」と小さく頷いた。
……でもまた万札が飛んでくんだよなぁ。りあちゃんの方からはお金取るわけにもいかないし。
出かける前にお金おろさないといけないな。
「――♪」
リーアは部屋の中でぷかぷか浮いたまま、ごろりと横になってテレビを眺めていた。その下半身は魚のような尾っぽのままだ。
「あー、リーア。今日はお出かけするんだが、足は生やせないのか?」
異世界だけならぷかぷかと空を飛べるようになったのでどうとでもなるが、流石に街に買い物に行くのにお魚のしっぽで空を飛ばれては目立ちすぎる。どうせ疲れて最終的には俺が背負うことになるような気はしたが、二本の足で歩いてもらった方がいいだろう。
『あし』
リーアはきょとんと首をかしげて尾をぱたぱたと揺らす。しかしその尾が二本の足に変化する様子はなかった。
みぃちゃんと違って、やっぱりあんまり自由に変身できるものじゃないのかな。
「んー。とりあえず、リーアとディエは昨日風呂はいってないだろ? 浴びといで」
「おふろ! はいるー」
リーアの頭の上でテレビを眺めていたディエが「ぽいぽいぽーい」と着ていた服をその辺に脱ぎ捨てた。
「こらこら」
『おぎょうぎがよくない』
リーアが、ディエが脱ぎ捨てた服を拾ってたたみ始める。
「流石にひとりじゃドアも開けられんだろうし、リーア一緒にたのむな?」
『ぴかぴかにする』
むふーと鼻から息を吐いて、リーアはディエを抱えてバスルームへと消えた。
風呂から出てくると、なぜかリーアの下半身は二本の足になっていた。
『あし はえた』
「こらこら、みせんでいいから」
空中をふわふわとバタ足しながら、ぱかぱかと両足を広げてみせるリーア。ちみっこどもと違って下半身がお魚形態になるという、それなりにまっとうな理由ではあるが、ぱんつ穿かないリーアがそういうことをするとまあ色々はしたない。
「ぴっかぴかー!」
ディエも風呂に満足したように空中をくるくると飛び回っている。流石にバスタオルは大きすぎるのでハンドタオルを使っているようだ。
「あとはまかせろなのー」
「ばりばりなのー」
ちみっこたちが、ドライヤーと櫛を手にリーアの髪を整え始める。
最近は軽く三つ編みをいくつも作っていたのだが、どうやら今日はお出かけ仕様できちんと結い上げるようだ。
「――♪」
リーアが楽しげな声を上げ、ホワイトボードをばたばたとふった。
時間は十時過ぎ。
大人数で普通の電車で移動するのは結構大変だった。というか、よく考えたらうちのちみっこどもといい、シルヴィといい、りあちゃんといい、全員目立つ容姿なんだよな。普段ちみっこどもと出かけているときにはあまり気にしていなかったが、俺はちみっこどもの父親というには若いし、兄妹というにはあまりに日本人顔だし、そんなのが非常に珍しい髪の色をした美少女をぞろぞろと大量に引き連れているのだ。目立たないわけが無い。
「いつもは目立たないようにしてるけどー」
「きょうはにんずういっぱいだから、ちょっとかくしきれてないのー」
ちみっこたちが、ちょっと首をふるふるしながら口をとがらせる。どうやらいつもはルラレラの女神ぱうわぁとかでなんか他人の意識に残り難い暗示みたいなものをかけていたらしい。
髪や目の色が気にならなくても、流石に人数が多すぎて人目を引いてしまったということらしい。
確かに幼女をぞろぞろ引きつれたさえない野郎がいたら、警察に通報されかねないよなー。
約束の時間よりはまだ少し早い時間だったが、駅を出ると見覚えのあるセーラー服の少女が待っていた。
「ああ、まおちゃんこんにち……わ?」
「こんにちはです、太郎さん」
ぺこり、と頭を下げて小さく笑ったのはすらちゃんだった。いつも制服を着ているのはまおちゃんの方だったからうっかり間違えてしまったようだ。
「ああ、ごめんすらちゃん。見間違えちゃったよ。まおちゃんは一緒じゃないの?」
見回すがそれらしき姿が見えない。
「……;;」
不意に袖を引かれて、目を向けるとジーンズ地のオーバーオールを着て頭にちょこんと茶色い帽子を乗せたボーイッシュな女の子が涙目で俺を見上げていた。
「……ってまおちゃんかっ!」
いつもとイメージ違いすぎて、全然気がつかなかった。
「せっかくおめかししてきたのに、気付かないなんてだめなおにいちゃんなのー」
「だめだめなのー」
ちみっこたちが左右から責めてくる。確かにごもっとも。
「ごめんなー、まおちゃん。かわいいよ、よく似合ってる」
帽子の上からそっと頭をなでると、「――~!」とまおちゃんは帽子の端をつかんでしゃがみこんでしまった。
「……幼女たらしスキルがまた上がってるのー」
「ごっどはんどをおぼえたのー」
ちみっこたちがよくわからんことを言う。ゴッドハンドってなんだっ?!
「……しかし、ほんと太郎さんって……アレですよね」
そんな俺達の様子を呆れた顔です見ていたすらちゃんが言った。
「アレって、何のこと?」
「いえ、ちみっこをぞろぞろ引き連れているところがハーメルの笛吹きみたいだなとか思ってませんよ? 口じゃ否定してるけど、ぜったいロリコンだよねとか思ってませんよ?」
「仮に本当にそう思ってなかったとしても、口に出して言ってるじゃないか……」
ため息を吐く。
「さあ、この人数で駅前にたむろしていたら通行の邪魔ですし、そろそろ行きましょうか」
すらちゃんはごまかすように小さく微笑んで、先に立って歩き始めた。
合流したあとは、すぐに店に入って買い物をすませた。どうやらすらちゃんはあまり細かいことにこだわらない性質のようで、前もって決めておいた機種をあっさりと買ってしまった。
シルヴィは別の携帯キャリアにも興味があるようで、いろいろ見て回っていた。とりあちゃんは俺と同じ機種がいいというので、割と型落ち品だったので少しは安く済んだ。
販売所のお姉さんが「幼女はべらせてなにこいつ、警察呼んだほうがいいかしら」みたいな目で見つめてきたけれど、契約を三つも増やすと言うと営業スマイルで微笑んだ。現金な人だ。
スマホを買ったあと、まおちゃんがぺこりと頭を下げて小さく口をぱくぱくとさせた。
どうやらお礼を言ったようなのだが、相変わらず肉声はほとんど聞き取れない。マイクや機械通さないと意思疎通できないとか。こんな調子でこの子ちゃんと日常生活遅れてるのだろうかとちょっと心配になる。
……いや、よく思い出してみると、俺以外の特に女性と話す場合は結構普通にしていた気もするな?
「……あ……、ね。ぼ、けんの」
まおちゃんが俺の服の袖を引いて、何か言っているのだがよく聞き取れない。だいぶ頑張って声を出しているらしく、切れ切れには聞き取れるのだが、全体として意味が取れない。
「太郎さん。魔王ちゃん様は、今日は勇者として出かけるため、冒険に必要な物を買っておきたいそうです」
すらちゃんが代わりに教えてくれる。
「ああ、いいよ。こっちも補充したいものとかあるしな」
前いろいろ買いこんだからな。大体の店はまだ覚えている。懐中電灯やら、サバイバルグッズの類は確かにまおちゃんの分も必要だろう。こちらも人数が増えたから寝袋だとか買っておきたいところだし。
……って今頃思い出したが、迷宮の途中でシェイラさんに貸した懐中電灯返してもらってねぇええええ!!
補充しとかないといかんな。
「しかし、すらちゃんはよくまおちゃんが言ってことがわかるよな?」
そういやりあちゃんもだったっけ。
傍らにいるりあちゃんを見ると、なぜか首をかしげていた。
「勇者まお殿が何を言っているのか、聞き取れなくなっています……」
「それは当然でしょう。リアさんはもう、魔王ちゃん様の僕では無くなっていますから」
すらちゃんが、ちょっとだけ寂しそうな目でリアちゃんを見つめる。
「あー、まおちゃんの妙なスキルで仲間だとなんか意思疎通できるわけか」
どおりで。
「……」
まおちゃんが、俺の袖をちょんちょんと引っ張る。
下から上目遣いに見上げるようにして、またちょんちょんと引っ張る。
「ん」
気にするな、と小さくうなずくと。
まおちゃんは、ぺこり、と頭を下げて、小さく口を開いた。
「……ありがとね」
なぜかそのお礼の言葉は、はっきりと聞き取れた。
買い物をすませて、さてどこかで飯でも食って異世界いこうか、とぶらぶら街を歩いていたのだが。
「……なんか妙に人の目が気になるな?」
ちみっ子たちが目立つのはわかっていたけれど、なぜか俺にも微妙な視線がちらちらと向けられる。
「ままー、あれ買ってー!」
「しー、見ちゃいけません」
すれ違った知らない親子が、俺を見て不思議なことを言った。
……なんだろう?
訳がわからず首を捻ると、頭の上から何かがずり落ちそうになった。
「ひゃー、おっこちちゃううとこだったじゃない!」
ディエがもそもそと俺の髪を引っ張ってもとの位置にって。
「って……原因はお前かっ!」
いつのまに頭の上に乗ってたんだ? 女の子が抱きかかえてれば人形と思ってくれるだろうとリーアに抱いててもらってたはずなんだが。
フィギュアを頭に乗せて歩くって、いくら秋葉原でもちょっとイタ過ぎだろうっ!
とはいえカバンなどに押し込むわけにもいかない。
「むー」と唸るディエをとりあえずリーアに預けて、俺は深いため息を吐いた。
後半はあとで加筆するかもです(2014/08/23加筆しました)。まおちゃん無双にしたかったけれど時間が足りず。わたし実はスマホとか持ってないのでよくわかんないんですよねー。調べる時間がなかったのデス。