ぷろろーぐ
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――その日の朝も、いつものように電車は混んでいた。
特に何か事故があったというわけでもなく、単純に大勢の人が移動する時間だというただそれだけの当たり前の理由で、押しつぶされて人が死にかねないほどに電車は混んでいた。
乗車率は何パーセントだろう。こちらは既に足の置き場すらないのに、それでもさらに乗車口からは人が無理やり車内に身体を押し込めようとしてくる。俺の前に立っていた若い女性の柔らかいおしりがぎゅうぎゅうと俺の大腿に押し付けられて、らっきーと思う余裕もないほど殺人的に電車は混んでいた。
……いつものことながら、混むなあ。
他人の顔に吹きかけないように注意しながら、俺はうんざりしたように深く息を吐いた。
身動き取れない状態で、つり革につかまることさえできずに揺れる車内で立ち続けるのは非常に疲れるだけでなく、神経をすり減らされ続けるものだった。
膝を少し落として重心を落とし揺れに備えると、がくんと電車が揺れてまた前の女性のおしりがぎゅうと俺の足に押しつけられた。痴漢に間違われたくはないが、手で触ってなくてもこれじゃ実質痴漢と同じなんじゃとかちょっと思って、なるだけ身体が触れないようにしようとするが、流石にこれだけぎゅうぎゅうに人が詰まっていると身じろぎすら出来ない。
……何本か早い電車にしたほうがいいんだろうか。
前の女性の香水の香りにちょっとむせながらぼんやりそんなことを考えていると、不意に背中の方から小さな女の子の声が聞こえた気がした。
「……て」
「……だから……」
ん、なんだ?
今は小さな子供が乗り合わせる時間帯ではないし、平日の朝なので珍しいなと思っていると。
「うおっ!」
電車が急に大きく揺れて、俺はとっさにどこもつかむことが出来ずに大きく体勢を崩した。
すみません、と何度も謝って、なんとか立ち上がった俺は、不意に開いたドアから。
「あれ?」
人の波と一緒に外へと押し出された。
……いつの間にか電車は駅に到着していたようだった。
走ってる電車から放り出されたかと思って一瞬あせったが、駅のホームでちょっと安心する。
ってよくないぞ。俺まだ降りる駅じゃないんだが。
慌てて電車に戻ろうとして、スーツの裾を何かに引っ掛けたのかぐいと後ろに引っ張られてつんのめる。
「……あ」
まぬけな声を上げた俺の目の前で電車のドアは閉まり、俺を置き去りにして出発してしまった。
「あー、ちくしょう。次の電車十分後だぜ? 会社間に合うかな……」
深くため息を吐いて、同時に何か違和感を感じて周りを見回した。
たった今、俺と一緒に押し出された人がたくさんいたはずなのに、なぜかがらんとした駅のホームには見渡す限り人影ひとつ見当たらなかった。
「……なんで、誰もいないんだ?」
この朝の通勤ラッシュ時に誰もいないだって?
「……ここ、どこだ?」
よくよく周りを見回してみたが、まるで見覚えがない。地下なのかホームの周りはぐるりとコンクリートの壁で覆われていて、駅の外の様子もうかがうことが出来ない。
「あれ、どっか地下鉄と接続してたっけかな……?」
思い出してみるが、俺が普段通勤で使っている電車はたぶんどこの地下鉄とも乗り入れしてなかったはずだった。
駅名を示すプレートを探すと、見慣れない駅名が記されていた。
「……”ここではない、いつかどこか”駅、ってなんじゃそらっ!」
ちなみに前の駅は”あっち”駅で、次の駅は”こっち”駅というらしい。
そっち駅とかどっち駅もあるんだろうか。
訳のわからない不思議現象に、そんなつまらないことで悩んでいると、不意にまたスーツの裾を引っ張られた。
「ん?」
振り返るが、誰もいない。しかしまだ引っ張られている感じがする。
ああ、そうかと思いついて視線を落とすと、小さな女の子が二人、ちいさく首を斜めにして俺のスーツの裾をつかんで俺の顔を見上げていた。
ひとりはふりふりのついたかわいらしい洋風のドレス、もうひとりは和服に似ているが帯の辺りが謎構造のちょっと変わった服を着ている。装いは異なるもののその顔はふたりともそっくりで、おそらく姉妹なのだろうと思われた。
年齢はまだ十歳にはなっていないだろう。銀髪、紅目、白い肌で明らかに日本人ではない。
思わず幼女キター!とか叫びたくなったが、俺にもまだ一応常識という物があるのでなんとか自重する。
これはあれだろうか、この幼女二人は親と間違えて俺の服の裾をつかんでて、人の流れに押されて一緒に電車から押し出されちゃったといったところなのだろうか。親は心配してるだろう。駅員さんとこに連れてけばなんとかしてもらえるだろうか。
「……あー、」
何か声をかけようとして、そういやこの子達って日本語通じるのか?と思って思わず言いよどむ。ただなんとなくしゃがみこんで視線を合わせると、幼女二人はスーツの裾をつかんだまま、ただじっと俺を見つめてきた。
そのまましばらく、無言でじっと見詰め合う。
「……おじちゃん、だれ?」
洋風ドレスの子が首を小さく斜めにしたまま、透き通った声で囁くようにつぶやいた。
どうみても見た目は外人さんだというのに、普通に日本語がわかるようだった。
「あー、俺はだね、怪しい者じゃないんだが……とりあえずおじちゃんは止めてくれないか」
正直すっげーへこむから。確かに一桁代の幼女からみたら知らない大人の男はみんなおじちゃんなのかもしれないが、俺まだ二十代だしっ! 結婚とかもしてねーしっ!
「……できれば、おにいちゃん、と呼んでくれると嬉しいんだが」
「へんしつしゃ?」
「ぺどりふぃあ? ろりこん?」
どうやら意思疎通は可能らしいと少し安心して話かけた俺に、幼女ふたりが容赦ない言葉を吐いた。
「(ひそひそ)へんたいだわ」
「(ひそひそ)へんたいね」
「(ひそひそ)あぶないわ」
「(ひそひそ)あぶないね」
いや、いままでずっと俺のスーツの裾つかんでたのに、急に離して俺から距離を取らないで下さい正直かなりへこみますっ!
ひきつった苦笑いを浮かべることしか出来ない俺に、不意に和服の幼女がにぃ、といやな笑みを浮かべた。
「……まあ、冗談はここまでにしといてあげる、おにいちゃん」
「……なんだ? どういうことだ?」
急に態度が変わった和服幼女に戸惑っていると、和服幼女は俺の側に来てまた服の裾をつかんで言った。
「わたしは、おにいちゃんを選んだ」
和服幼女が洋風幼女に手招きをすると、洋風幼女もとててと走りよってきて俺の服の裾をつかんだ。
「……わたしも、おにいちゃんを選んだ」
「ほんとうは、わたしたちがそれぞれひとりずつ選ぶはずだったのに、わたしたちが二人ともおにいちゃんを選んだ」
和服幼女がまたにぃ、と幼い容姿に似合わない大人びた笑みを浮かべた。
「これは、とてもとてもめずらしいことだわ」
「さいころをひゃっかいふって、ひゃっかい六がでるくらいめずらしい」
「あのでんしゃはふくびき」
「あたりはおにいちゃん」
「だから、ねえ、おにいちゃん。わたしたちとあそんで?」
「つまり、わたしたちのつくったセカイで、勇者にならないかっていってるの!」
幼女二人が、小さな胸をえへんと張った。
「……は? 勇者ってなんだ?」
「わたしたちは、めがみなの!」
「おにいちゃんを、勇者ににんめーなの!」
……おにいちゃんには、君達が何を言っているのかわからないよ。