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終わりよければすべてよし

 気がつくと、大学の校舎のあちこちで、彼女の姿を探してしまうぼくがいた。




 佐藤成子さとう せいこさんの存在を初めて認識したのは、高校一年生の六月半ば。梅雨入り直後の水曜日の昼休みだった。


 校舎の玄関ホールで、彼女は二十名近くの合唱部の一員として歌っていたのだ。

 そのとき、ぼくは部活のことで職員室に呼び出された帰りというのもあり、かなりくさくさとした気分で、二階の廊下を歩いていた。

 アカペラで歌う彼女たちの素直な歌声は、そんなぼくの心に妙に響いた。


 どんなひとたちが歌っているのだろう。


 ぼくは、単なる好奇心から、一階のホールへおりた。

 二列になって歌う女子生徒のなかで、成子さんは後列に立ってた。

 それなのに、ぼくには彼女だけが光ってみえたのだ。

 それは、新しい制服のせいなのか、すらりとした背の高さなのか、まっすぐに肩まで伸びた黒髪のせいなのか。

 ともかく、彼女が白い頬を赤く染めながら、自分が好きなことを堂々と表現している姿はまぶしかった。


 そんな彼女を見ているうちに、ぼくはなんだか泣けてきたのだ。

 というのも、そのときのぼくは、失意の底だったからだ。

 この高校に入る、一番のモチベーションであったマジック部が部員が不在という異常事態に陥っていたのだ。

 去年まで四名いた部員が全員卒業してしまったため、「部」はあれど「部員」はゼロの状態だったのだ。

 昼休みに顧問の先生から受けた「学校としての説明」によると、クラブ活動として認めるためには、最低でも六名の部員が必要なのだそうだ。

 ところが、ここ数年、マジック部の部員数はその数を下回り、毎年職員会議にかけられていたらしい。

 三年生部員たちが卒業し、いよいよ今年度の入部希望者がゼロなら、廃部にしようと決めていた矢先に、まさかのぼくの入部だった。


 そこで学校側としては、ぼくに「部」としての活動を希望するなら、高校二年生までに人数を集めなさいと言ってきたのだ。

 マジック部存続については、ため息しかでない状況だったのだけれど、好きなことにうちこむ見知らぬその女子生徒の姿は、ぼくの励みになった。

 同じ一年生の山岸と平根を入部させることに成功した原動力も、実はそこからきていると思っている。

 

 ぼくの救いの女神であるその女子生徒が、隣のクラスの佐藤成子さんであるというのは、その年の文化祭で知った。

 成子さんもぼくも、クラスは違えど同じ文化祭実行委員だったからだ。

 残念ながら、彼女とは担当する仕事が違ったため、一言も話す機会はなかったが、なんだかとても嬉しかった。

 そして、いつのまにか、ぼくは校舎のあちこちで見かける彼女の姿を、目で追うようになっていたのだ。


 高校二年生のとき、ぼくと成子さんは同じクラスになった。。

 それだけでなく、クラス委員長と副委員長として、ともにクラス運営を担う役職についた。

 さらに、ぼくはひとの良い成子さんにつけこんで、一時期マジック部の部員にまでなってもらったのだ。

 彼女のおかげで、マジック部の「部」としての存続が、かなった。

 成子さんは、素直な良いお嬢さんだ。

 偏屈者で人づきあいも悪いぼくには、もったいないひとだとわかりつつ、それでも彼女を想う気持ちは止められなかった。


 高校三年生になり、ぼくと彼女はクラスが分かれた。

 ぼくはまた、彼女を遠くから見ているだけの男に戻ったのだ。

 ところが、どういった奇跡か、成子さんもぼくを好きだと言ってくれた。

 ぼくたちは、別々の大学に進んだけれど、ぼくは彼女のとなりにいる権利を得たのだ。


 成子さんを探してしまうのは、会いたいときに会えた、あの幸せだった高校時代の贅沢な名残だ。




 日曜日の夕方、渋谷の書店を出たところで、背後から声をかけられた。

 おや、とふりむくと、小学校、中学校と同じ学校で、高校の時は塾が一緒だった佐藤佳昭さとう よしあきが立っていた。

 やぁ、と手を上げると「おまえって、なんか仕草が古臭いよなぁ」と、笑われた。

 お世辞にもイマドキではないと自覚している。

 一方、佳昭といえば、やけに明るい髪色に、テレビで見る若手俳優のような身なりで、顔立もすっきりとしていた。


「これから友だちと飯を食うんだけど、周明も行くだろ」

「行くだろ、とは唐突だなぁ」

 昔から、佳昭には強引なところがあった。

「だってさ、おまえ、S大だろ。今日来るメンバーに村井もいて、あいつ確か、おまえと同じ大学だぜ」

 村井というのは、中学の同級生で頭の良い、なかなかの好青年だった。

 その村井が自分と同じ大学だと聞き、ぼくはにわかに興味をもった。

 ついつい、佳昭について行ってしまったのは、そういったわけだ。

 そして、ぼくはこのあと、とんでもない現場に参加するはめになったのだ。 


 佳昭と向かった店は、本当に食事をする店だった。

 内心、居酒屋だろうと思っていたので、意外ではあった。

 ただ、男同士で入るにはためらうようなしゃれた店構えに、違和感はあった。

「入って、入って」

 佳昭から背中を押されるようにして店内を進む。

「あれ、委員長?」

 ぼくのことだろうか? 声の方向に顔を向けると、村井の姿が目に入った。

 そして、村井の隣に座り、ぼくを見て目をまん丸くさせている女性、仁科美那子にしな みやこさんも。

 彼女は、高校時代の同級生で成子さんの友人だ。たしか、女子大に通っていると、成子さんから聞いた覚えがある。

 しかし、これは、どういうことだろうか? なぜ、その仁科さんと佳昭や村井が、一緒にいるのだろう?

 佳昭は、立ち止まったぼくの腕を掴むと、なかば、引きずるように村井たちのいるテーブルへと歩き出した。


 村井と仁科さんのテーブルには、これまた、中学時代の同級生の男、石本と、あとは知らない女性が三人座っていた。

 男性四人に、女性四人。この状況は、イマドキではないぼくでも、わかった。

「……佳昭ぃ」

「情けない声を出すなよ、周明。おまえももこれを機会に、彼女を作ればいいだろ?  おまえ、ラッキーなんだぞ。今日参加の男がひとり来られなくなったから、おまえが来れたんだからさ」 

 自分勝手な佳昭は、言うだけ言うと席についた。ぼくも、一つ残った席に、仁科さんを挟んで村井と並んだ。

 佳昭のそつのない仕切りのもと、あれよあれよといわゆる「合コン」なるものは、はじまっていった。


「へぇ、美那子ちゃんと周明って、同じ高校なんだ」

 佳昭が、世間は狭いねぇと言う。

 佳昭と仁科さんはインカレのフットサルサークルの仲間だそうで、その縁で今日の場が設けられたそうだ。

「委員長、っていうか、佐藤君って呼んだ方がいいよね、佐藤君」

 仁科さんが小声で訊いてきた。

「呼びやすいほうでいいですよ」

 成子さんでさえ、未だにぼくを委員長と呼ぶくらいだ。だったら、誰になんと呼ばれようがびくともしない。

「じゃあ、佐藤君で。で、佐藤君は、いいの? こんなところに来ちゃって」

「こんなところ、とは」

「これ、合コンだよ。成子は、知っているの? もし、黙ってきたなら、ばれたら大変だよ。成子、ショックを受けるよ。 っていうか、もしかして、委員長、じゃなくて佐藤君。……成子と別れたの?」   

 ショックを受ける?

 別れた?

「別れてない、と思うけど」

 前回、成子さんと会ったときのことを思い出し、つい、口元がにやけてしまう。

 いや、それよりも

「成子さんがショックを受けるって、なんでだろう」

「委員長は、合コンの意味っていうか、意義をわかってるの? 基本、この場はフリーの輩が来る場所だよ」

「フリー」

「彼氏や彼女が欲しいなぁ~って。まぁ、そこまでいかなくても、交友関係を広げたいっていうの?」

 

 なるほど。そういえば、男女は交互にならんで着席していた。ぼくの横には仁科さん、そして、まえには、長い髪をくるりと巻いた女性が座っている。

 このひとも、交友関係を広げたいのか、と思わず凝視してしまったら、にこりとさわやかな笑顔が返ってきた。


「そこのふたり、コソコソしちゃって、あやしいな。周明ってば、美那子ちゃん狙いかよ。まさか、高校のときから好きだった、とか言うんじゃないだろうなぁ」

 佳昭の言葉に、ぼくも仁科さんもそろってむせた。 

 その様子に、本当にそうなのぉ、とにわかにテーブルが色めき立った。


「ち、違うってば。委員、いや、佐藤君にはちゃんと彼女が……」 

 ねぇ、と仁科さんが、ひきつった笑顔を向けてきた。

 仁科さんは、ここで交友関係を広げたいわけだから、ぼくと親しいなんてことはマイナスにしかならない。

 しかたがないのでぼくは「うん」とだけ答えて、テーブルに置かれたドリンクを飲んだ。

 ジンジャーエールだった。


「うそだろう。周明に彼女だって? この、朴念仁の周明に? 妄想とか、二次元とかじゃなく、リアルに彼女がいるわけ?」 

 佳昭はぼくではなく、仁科さんに確認している。

 仁科さんが、困った顔でぼくを見てきた。

「ぼくの彼女は、高校時代の同級生で佐藤成子さんっていうんだ。佳昭と同じ大学。それ以上は教えない」

「俺と同じ大学。あ、そうか。だから、周明、俺が志望校を言ったとき、嫌そうな顔をしたんだ。ふーん、そうか。……しかし、縁とは妙なものだなぁ」


 佳昭のいうとおり、ぼくは成子さんとあいつの志望大学が同じだと知り、心密かに「落ちろ」と念じたのだ。

 ポーカーフェイスを貫いたつもりだったけれど、嫌そうな(事実、嫌だったのだが)顔をしたとは、ぼくは相当嫌だったんだなと改めて思った。

「それより、佳昭君って俳優の**に似てない?」

 その仁科さんの言葉にひかれたのか、佳昭が嬉しそうな顔をして、今まで自分が似ていると言われた芸能人について語りだした。



 そして、翌日、成子さんの口から「佳昭」の名まえが出てきて、ぼくは仰天した。

 佳昭は大教室で成子さんに声をかけてきたそうだが、あいつはどうやって成子さんを特定したのだろうか。油断ならない奴だ。


 でも、佳昭のおかげで、いいこともあった。


 ――私だけの委員長なんだもん。

 あのときの成子さんの可愛さは、殺人的で、ぼくは生涯「委員長」でいいと思った。


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