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初夏の風

作者:


 結末はわかりきっている。

今私が感じている恭二の温もりは、だんだんと冷めてゆき、そして――。結末はわかりきっている。



 柔らかく恭二の髪の毛を撫でた。

褐色のそれは、私の指をさらりと通り抜ける。

今度は肌。白く綺麗な肌に触れる。少し汗ばんでいるようだ。私は恭二を起こさないように布団からゆっくりと出る。が、恭二は私の服の裾を掴んでいた。私は微笑み、静かにその手をほどく。放された手は力なくぐったりとし死んだようだった。小さな六畳間に一つある窓を全開にする。初夏の爽やかな風が私の髪の毛と、空と同化してしまいそうな色のカーテンを揺らした。風鈴でも飾ろうか。私はそう考えると胸が弾む。しばらく窓枠に腰かけ、風を楽しんでいた。外には何もなく、ちらほらと田畑があるだけ。ここは寒村だ。しかしだからこそ気持ちがよい。深呼吸をしてのどに詰まるものはない。無意識に鼻歌を歌っていた。

「おはよう、朔」


 まだ眠たそうな声で恭二が言った。

布団の中から顔だけをこちらに向けている。

「ごめん、起こしちゃった?」


「いや」


 答えると恭二は、もぞもぞと腰から上体を起こす。

恭二の髪の毛も風に揺れた。そして言う。

「風鈴でも飾りたいね」


 心地よい風を感じると、誰もがそう思うのだろうか。

どうにしろ私と同じ考えをした恭二が嬉しかった。

「そう、私もそう思ってたんだよ」


 すると恭二は目を細める。

「じゃあ買いに行こうか。風鈴ならここの商店でも売ってるだろう」


 私は笑顔で頷いた。

よく考えると、このうちから出るのは久しぶりだ。

もう二・三週間ぶりかもしれない。

村内とはいえ外出のために準備をする。

最近は服も靴も買っていない。

私は二年前に流行った格好を未だにしている。

でも私の中では今でも決して廃れていない。

続いて一時間ほど化粧をし、準備は整った。

万全の私で恭二を振り返ると、壁に寄りかかりうたた寝をしている。

随分待たせてしまったようだ。恭二の肩を揺する。

「待たせてごめん。準備できたよ」


 しかし恭二に反応はない。

揺すり続けると、彼はゆっくりと横に倒れた。

全く仕方のない奴だ。

恭二は朝に滅法弱い。

私は結局、恭二の足にタオルケットをかけてやると、一人でうちを出た。

 どこを見ても同じ風景。

畑にいる、大きな鍔の麦わら帽子を被ったおじいさんに声をかけられた。

「よお、朔ちゃん。久しぶりじゃねぇか」


 私も満面の笑みを浮かべて返事をする。

「はい、お久しぶりです」


 お出かけか? 気をつけろよ、と言われ、元気よく手を振って別れた。

小さい村だからみんな顔見知りで、家族とまではいかないけれど、親戚みたいだった。

 村に唯一の商店まではそれなりにある。

小一時間はかかるだろうか。

歩いていると、たまに人に会う。

その多くはもうかなりの歳で、でも私よりも活気があるような気がした。

なぜなら私は、四十分ほど歩き続けると疲れ立ち止まってしまった。

目眩までする。

その場にしゃがみ込み、頭の中が真っ白になっていく。

熱射病にでもなったのか、何なのか……。ただ、意識が薄く遠退いていった。


『おれは朔が大好きだよ。

朔もおれが好きだろう? 約束しよう。

死んでもおれは朔を放さない。ずっと一緒にいようね』


 何もない。昔恭二が言ったその言葉の渦の中に、私はいる。


『一生、いや、死んでも愛し続けるよ』


 私は彼の愛を一心に受け、私も彼に精一杯の愛情を傾けた。だから、そう――。

 笑わない恭二――。

 動かない恭二――。

 冷たい恭二――。

 目覚めない恭二――。


 甘く香しい部屋の片隅で、恭二は眠りに落ちていた。

『死んでも愛し続ける』と言った恭二が。



 結末はわかりきっていた。

私が感じていた恭二の温もりは、だんだんと冷めてゆき、そして――。

 私はやっと気づいた。受け入れたのだ。


 冷めた温もりが、蘇る。

私は恭二に抱かれていた。

見知らぬ空間で、変わらず優しい抱擁に愛撫。実感する恭二の柔らかさ。

 私の描く結末は崩れた。

最悪結末思想の私が今まで知り得なかった、入り交じる彼の優しさと哀しみ。

 私を愛してくれている。

命を亡くしてもなお私を求め、こうして迎えに来てくれたのだから。



 初夏の風が私たちの愛を掠める。

すると愛は、風鈴のように微かに音を立てた。






大切な人との別れは、素直に受け入れられますか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。描写が綺麗だと感じます。恭二さんの死が一体何で起こったのか気になりました。自然死か自殺なのかなど。  一部分だけなので、もう少し物語を読んでみたいと思いました。それでは失礼致し…
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