レセプションアワーズ
受付時間に毎回少し遅れる人がいて、それを当たり前のようにしているのにムカついたので、書いてみました。
ここは大過疎高齢化、大田舎の大病院。
毎日あちらこちらから、うじゃうじゃ老人がわいてくる。私はこの病院の受付業務をかれこれ十年勤めています。日々の苦情も何のその、優しく丁寧に納めます。何のために働いているのか、考えてはいけません。おそらくこのままです。死ぬまでこのまま、何も変わらない。意味なんて求めても無駄です。この世は分からないシステムを流れていくだけなんです。
私はだいたいいつも具合が悪い。具合が悪くて苦しくて、できる限り大急ぎで、遅れそうな場合でも、「少し遅れるかも知れない」と病院にきちんと連絡をして(受付時間内にお越しくださいとは伝えられたが)、やはり少し遅れてしまった。
「何度も申し上げております通り、規則なんですよ。申し訳ございません。明日、受付時間内にお越しください。緊急の場合は、夜間緊急窓口をご利用ください」
「そうじゃないでしょ。ちゃんと連絡したじゃない。何なのいつもその人を見下した言い方は」
「誤解されるようなお返事をしてしまい、申し訳ございません。明日、時間内にお越しください」
「私は今!診てもらいたい。まだ患者並んでるじゃないの。その最後尾でいいんです。夜間割増料金は払いたくないの。すごーーく急いで来たんです。全速力で来たんです」
「お気持ちに沿えず、大変心苦しいのですが、規則です」
「どうして?この前は大丈夫だったじゃない!」
「そのような事実は御座いません」
「今私がここで死んだらどうするの?」
「こちら病院ですから、救命措置をさせていただきます」
「ああそうなのかい!死ぬよ。死ねばいいんしょ!!私が死んだら、あんたの慇懃語が武器になるんだからね!」
「死ねよ!!」
二人の頭の血管が切れる音ブチッ!ブチッ!ブチブチッ!!
どの口が何を言っているのか分からなくなり、二人はヨロヨロ数歩後ずさり、口をモゴモゴさせ、目をぐるぐるさせぶっ倒れた。
キャーー
私は気が付き、目を開くとぼんやりと白い天井、右には窓、左には白いカーテンが見える。私は病院のベッドに横になっていた。少し前まで受付で働いていたのに。外は暗くなっている。カーテンを挟んだ隣から人間の気配がすると思った瞬間、そのカーテンがサッと開き、眼を細めてみると、私と目が合った。ぐへっ、気絶。
再び気が付くと、今度はベッドの右の椅子に座って、私を覗く私がいた。
この私は誰ですか。シワシワのゴツゴツ、ガッサガサの肌、伸び切った皮膚、垢の詰まった爪。右の窓を向くと、椅子に座った私と、死ぬ死ぬ騒いだあの、じじいだ。
そうか、私はあのじじいになってしまったのか。涙が止まらない。涙が肌にへばりつく。椅子に座った私の顔をみると、ほくそ笑んでいるではないか!私の中のじじいがほくそ笑んでいる。じじいから一瞬たりとも目を離してはいけない。首輪を付けておきたいが、そしたら、糞じじいが若いおなごに首輪をかけてどつき回す図になる。今糞じじいは私なわけで。クソーーーー
私は若いおなごになってしまった。死ぬ死ぬ言ったら若返り、しかも若いおなごになったのだ。善行、徳なぞなんのその、なるべく多くの我がままと、迷惑かけるを生きがいに、どうせ地獄へ行くのなら、とことん地獄のはてまでと、できる範囲でやっていたら、びっくり仰天。神様は気まぐれだ。この若いおなご、むっちむちやんけ。目の前のじじいの私が目を覚ました。驚いて絶叫している。ふふ。
おい糞じじい、私の体に変なことしたらぶっ殺すからな。ごほんごほん。すごいポンコツだ。死ぬ死ぬ騒いでいたわけだ。片時も目を離せないとは思っているが、じじいの体はもう限界だ。頭が回らない。この糞ボケじじいめ。
翌日、糞じじいには、受付で働いてもらうことにした。糞じじいはずっっとにやにやしっぱなし。死ねばよかったのに。
しかしこのヨボヨボの身体はあちこち痛い。尿がでない。出したいのに出ない。ブンブン振り回したりしごいてみたり、トイレの後の疲弊感、壮絶だ。泌尿器科へ行こう。
はいはいこちら、若いおなごです。受付しますよ〜。
え?診察券無くした?しょうがないですね~再発行いたします~
え?動きたくないから車いす持ってきて?合点、承知の助~
え?名前の呼び方に思いやりがない?え?目が合った意味を教えろ?
え?そちらの体感だと予約時間ぴったりだと?
なんだーてめーら、私とやろうっていうのかい。売られた喧嘩は買わねばならぬ。
すーはーすーはー
名前の呼び方に思いやりが無いと感じるあなたの、感受性が足りないのではと心配になります、検尿!
これって私のこと好きってこと?じゃないんだよ、検尿!
ぷすん、ぷすん、ぷすん、ぴーーーーーーーー。
じじいの体の私の、肺の奥から絶望の音が漏れました。
自分の意志では一滴もコントロールできない下半身を抱え、慣れ親しんだ病院の廊下をヨロヨロ歩き、待合室の椅子に腰をおろした。周りを見渡せば、同じような「出ない」「止まらない」苦しみを抱えた老人たちが、まるで沈没を待つ泥船のように並んでいます。
「次の方、どうぞー」受付にいる、むっちむちの私(じじい)がニヤニヤしながらこっちを見ている。あいつ、わざと大きい声で呼びやがって。
診察室に入ると、そこには若くて優秀そうな医師が座っている。
「はい、おじいさん。今日はどうされました?」
「女の私の体とじじいが入れ替わって、その女つまりじじいは受付で暴言吐いていて、私はじじいで尿が出なくて死にそうなんです」なんて言えるわけがない。
「……で、出ないんです。出す感覚が……分からないんです…」
絞り出すような声で伝えると、医師は無情にも告げた。
「じゃあ、カテーテル通して抜きましょうか。ちょっと痛いですよ」
処置室。ズボンを脱がされ、無機質な照明のもとにさらされる「じじいの下半身」かつて自分が受け付けて守り抜こうとした「尊厳」や「規則」なんてものは音を立てて崩れ落ちた。
「あ、あああぁぁぁぁ……!!」
内側から無理やりこじ開けられる、灼熱の痛み。涙が、じじい(私)の皺に広がりポロポロと零れ落ちる。そのとき、ドアの向こうから受付の私の笑い声が聞こえた。
カテーテルで「魂の殺人」を経験し、股間を抑えて泣きながら出てきたじじい(私)を見て、受付のカウンター越しに、腹を抱えて机をたたきながら笑い転げるむっちむちの私(じじい)。
「ギャハハハ!見たかよ、あの情けない顔!カテーテル一本で神様に祈りやがって。おい、じじい!尿のキレはどうだ?爽快か!?」
待合室の患者たちが凍り付く中、受付嬢(じじい)が叫ぶ。じじい(私)は、震える足で受付カウンターに詰め寄った。泣き跡でグチャグチャの顔だが、その眼はかつての「鉄の受付嬢」の鋭さを取り戻している。
「……笑ってなさい。でも、忘れないことね。その体……低気圧にめちゃくちゃ弱いんだからね!!」
「あ?」
「今夜、嵐が来るわよ。その体、生理前で頭痛と腰痛のダブルパンチが予約済みよ。苦しみなさい!」
「……っ、へ、へん!そんなもん、このじじいの体の痛みに比べりゃ……」
「甘いね!じじいの体は、痛いのがデフォルトなの!でも、その体はね、痛みがまる裸で出てくるの!男には計り知れないわ!」
その時、病室の窓を激しい雨がたたき始めた。気圧が急激に下がる。
「……う、あ……」受付嬢(じじい)が、急にこめかみを抑えてうずくまった。
「……なんだ、これ。頭の中に、工事現場のドリルが……うっ」
その場の蛍光灯が急に白く騒々しくなる。誰かが椅子を引く音が、耳の奥で飛び跳ねた。
じじい(私)も、尿道の残痛と急激な冷えで膝が笑いだす。
「あ、ああ……膝の中に、割れたガラスが……っ」
二人は、受付カウンターを挟んで、互いに悶絶し始めた。
「頭が割れる!誰だ、この蛍光灯をつけたのは!消せ!殺すぞ!」
「膝が……。誰か!車椅子を寄越しなさい、そこの若造!」
周りの患者たちは、もはや何が起きているのか分からず、ただ震えている。誰もがこの待合室から逃れられない。
「……ねえ」じじい(私)が、しわがれた声で呼びかけました。
「なんだよ、じじい」受付嬢(じじい)が、青白い顔で睨み返します。
「……明日も、ここに来るわよ。受付時間内に」
「……ああ、規則だからな。遅れたら、また追い返してやるよ」
二人は虚ろな瞳に歪んだ微笑みを浮かべ、それぞれの絶望(肉体)を引きずりながら、雨の中へと消えていったのでした。
楽しく書けました。読んでいただけると嬉しいです。




