従妹ばかり大事にしている王太子殿下。再び婚約を結ぶ事はありませんわ。わたくしは愛する方と幸せになります。
「オルフェリーヌ。待たせたね。私の気持ちは解っていたはずだ。改めて、私と結婚しておくれ」
夜会の場で声をかけてきたのは、アレウス王太子だ。
オルフェリーヌはにこやかに、
「てっきり、わたくしには興味がないものかと、婚約はとっくの昔に解消されているはずですわ」
そう、アレウス王太子殿下と婚約していたのは一年前までの事。
今は婚約を解消されているのに、何を言っているのかしら。
オルフェリーヌ・バセル公爵令嬢。
名門バセル公爵家の娘である。
金髪碧眼で美しい令嬢だ。
同じく金髪碧眼の美しいアレウス王太子と婚約を結んだのが三年前、互いに15歳の歳の時だった。
オルフェリーヌはアレウス王太子殿下と婚約を結んだ時に、幼い頃からお前は王家に嫁ぐ事になるだろうと父に言われていたので、当然だと思っていた。
婚約を結んだアレウス王太子と交流を持とうと、当時、王立学園に通っていたので、声をかけた。
「わたくしが婚約を結んだオルフェリーヌ・バセルですわ。よろしくお願い致します」
しかし、アレウス王太子の隣には、クレア・マセル公爵令嬢がいた。
金髪碧眼の可愛らしい令嬢だ。
彼女も婚約者候補にあがっていたのだが、クレアの母が国王陛下の妹で従妹に当たり、血が近すぎるということで、婚約者はオルフェリーヌに決まったはずである。
アレウス王太子はクレアと親し気に話をしていて、オルフェリーヌが来ても、
「これはバセル公爵令嬢。君と婚約を結んだと父から聞いた。よろしく頼むよ」
と言いながら、クレアと親し気に話をし続けた。
クレアはアレウス王太子に手を両手で握りながら、オルフェリーヌに向かって、
「わたくしとアレウス王太子殿下は、幼い頃からの交流があるのですわ。だから、こうして親しく話をしているのです」
アレウス王太子も頷いて、
「いくらバセル公爵令嬢と婚約が決まったといって、クレアを冷たくするわけにはいかないだろう。叔母上も悲しむ」
「アレウス様。ここの所が解らないのですわ。教えて頂きたくて」
「ああ、教えてやろう」
オルフェリーヌは近づいて、
「でしたら、わたくしも一緒に」
クレアが首を振って、
「わたくしはアレウス様に聞いているのです。わたくしのアレウス様を盗らないで」
アレウス王太子は笑って、
「大事な従妹のクレアをないがしろにはしないよ」
オルフェリーヌは有り得ないと思った。
自分が婚約者で、将来の王太子妃である。
それを、従妹のクレアと仲良くしているだなんて。
クレアは14歳。15歳のアレウス王太子の一つ下である。
学年も違うのに、何でいるのよ。
おかしいじゃないの。
あれからオルフェリーヌがいくら交流を持とうとしても、クレアがアレウス王太子の傍にべったりいてなかなか交流が持てない。
向こうから誘いもなかった。
半年過ぎた頃、王宮に呼ばれた。
王宮のテラス席にアレウス王太子は、オルフェリーヌを待っていた。
やっとわたくしと交流する気になったのかしら。
安堵したと思ったら違った。
「今日、君を呼んだのは、王太子妃教育を始めようと母が言っているので、それを伝える為だ。それから、クレアを虐めないで欲しい。クレアは私の大事な従妹だ」
「マセル公爵令嬢とは、あの日以来、話した事もありませんわ」
「いつもお前が睨んでいると怖がっている」
クレアクレアクレア。そんなにクレアが大事なら、クレアと結婚すればいいのに。
ああ、従妹だから血が近すぎるのよね。
頭に来た。
「顔を会わせないように致しますわ。怖がっていると言うのなら」
「ああ、よろしく頼むよ」
後は会話は続かなかった。
ただただ、気まずい時間が流れて行った。
オルフェリーヌの誕生日プレゼントが贈られてきた。
アレウス王太子からだ。
なんだか、自分に似合わない首飾りが入っていた。
「こんな派手な首飾り、着けたことはないわ」
オルフェリーヌは青や緑の石を使った首飾りが好きでよく着けているが、深紅の石で可愛らしいデザインの首飾りなのである。
趣味じゃないわ。
頭に来た。でも、国王陛下が決めた婚約。
自分は王太子妃になる為に生まれてきたと父に言われ続けて。
幼い頃からずっと勉強やマナーを頑張って来た。
最近、始まった王太子妃教育も、頑張って学んでいるというのに。
クレアと結婚したい癖に、わたくしなんて興味も何もない癖に。
イライラするわ。でも、婚約解消なんて出来ない。
イライラする日々が過ぎて、ついに、堪忍袋の緒が切れた。
オルフェリーヌの両親であるバセル公爵夫妻も、アレウス王太子の態度には怒っていたので、国王陛下の元へ行き、婚約解消を願い出た。
「わしから見てもクレアは可愛くてな。アレウスに取ってあれは従妹だから大目に見て欲しい」
思わずオルフェリーヌは、
「でも、わたくしを婚約者として尊重しない事は困りますわ。わたくしと結婚しても、マセル公爵令嬢を優先致しますの?王太子妃として、わたくし、仕事が出来ません」
はっきりとそう言ったら、国王陛下は、
「解った。すまなかった。アレウスには良く言っておく」
そう言って婚約解消が成立した。
王立学園に行っても、アレウス王太子の態度は相変わらず従妹のクレアばかり優先して、可愛がって全く、こちらを気にすることも無く。
あの人にとって婚約を解消された事なんてどうでもいいんだわ。
何だか気落ちした。
今までの努力は何だったのかしら。王太子妃になる為に、幼い頃から勉強してきたわたくしの努力は。
そして、冒頭の場面に戻る。
王立学園を卒業後、夜会に出席したら、声をかけてきたのだ。
「オルフェリーヌ。待たせたね。私の気持ちは解っていたはずだ。改めて、私と結婚しておくれ」
オルフェリーヌは驚いた。
「てっきり、わたくしには興味がないものかと、婚約はとっくの昔に解消されているはずですわ」
アレウス王太子は、
「クレアは遠い国に嫁ぐ事になった。君はずっと私の事が好きだったのだろう。だから結婚してやろう」
「ずっと好きだった?どこでどういう風にそのような勘違いを?」
「私の方をずっと見ていたではないか」
「見ていませんわ。最初は交流を持とうと思っておりましたけれども、王太子殿下はマセル公爵令嬢の事ばかり気にかけていたではありませんか」
「だって、クレアは従妹だ。私が面倒を見るのが当たり前だろう。幼い頃からの付き合いだ」
「かといって、わたくしと交流を持たなかったのはどういうつもりで?」
「クレアが嫌がるから。君が睨んでいるというんだ。いくら私の事を愛しているからって、クレアの事を睨むのはちょっと。でも、安心したまえ。クレアは来月、遠い国へ嫁ぐ。寂しくなるが、私はやっと君の気持に答える事が出来るよ」
何がどうなってこんな勘違いを???
クレアしか見ていなかったのではないのか?
クレアとだけ親しくして、交流も持とうとしなかったのに今更?
「わたくしは隣国に嫁ぐ事に決まっております。今、婚約中ですわ」
「待ってくれ。私の話を聞いて欲しい。こちらへ」
王宮の客間に連れていかれた。
二人きり。話を聞くだけ聞こうと思った。
アレウス王太子は、
「クレアは、強力な魔力を持って生まれてきたんだ。魔力を抑える首輪をしていたんだが、感情が高まると爆発する。人を殺しかねない位の力だ。王家の血筋にはまれにそういう者が出てくる。だから私が傍でクレアの事を見守っていたんだ。クレアが傍にいてくれっていうから。クレアの機嫌を取って。だけど、もう大丈夫。やっと聖国で受け入れ準備が出来た。クレアは白い部屋で生涯過ごすだろう。可哀そうだが、人を殺しかねない力だ。仕方あるまい」
「では、王太子殿下は仕方なくクレアの傍にいて、面倒を見て、わたくしとの交流を持たなかったという訳ですか」
「そうだな。君と話をしないでって言われたから。婚約者なのにすまない」
「何故、その話を?」
「王家の極秘事項だった。でも、君が他の男性と婚約をしているっていうものだから。君は王太子妃教育を受けて優秀だと聞いている。どうか、隣国へ行かず、私と再び婚約をしてくれないか?」
何故、自分と交流を持たなかったのか、解った。解ったけれども‥‥‥でも、わたくしは…
「わたくしは今の婚約者を愛しております。ですから、アレウス王太子殿下と再び婚約を結ぶ訳にはいきませんわ」
「でも、君は結ばざる得ないだろう。王家の秘密を私は話した。隣国に行かれては困る。王家の血筋の中に制御できない程の強力な人を殺す程の魔力持ちが生まれるという秘密を、他人に話されては困るからだ」
「王国民が知ったら、反乱が起きかねないでしょうから。人を殺しかねない程の強力な魔力持ちが生まれる王家の血筋の事を知ったらですわね」
「だから、私と。オルフェリーヌ」
「お断り致しますわ。わたくし、王国の内乱を望んではおりません。この秘密は誰にも話しません。ですから、わたしくは‥‥‥」
「だったら、ここで既成事実を作るまでだ」
アレウス王太子に襲い掛かられた。ソファに押し倒される。
口を塞がれた。
オルフェリーヌは自分の愚かさを悔いながら、必死に抵抗した。
バンと扉が開いて、一人の青年が飛び込んで来た。
思いっきりアレウス王太子に体当たりし、オルフェリーヌを助け起こす。
「イルド様っ」
「オルフェリーヌ。大丈夫か」
抱き締められた。身を起こしたアレウス王太子は、
「無礼である。私を突き飛ばすとは」
「そちらこそ、私の婚約者に飛び掛かるとは。私は帝国のイルド・カイサルだ。名門カイサル公爵家といえばお前だって知っているだろう」
カイサル公爵家は、隣国ランデル帝国の中でも名門だ。家からは皇妃になる女性を輩出していて、イルドの叔母は皇妃である。
イルドはオルフェリーヌを庇いながら、抗議する。
「私の叔父はランデル帝国の皇帝だ。私と婚約中の女性に手を出すなんて、許されない事だ」
アレウス王太子は身を起こして、
「私の事を愛しているはずだ。君は‥‥‥」
オルフェリーヌははっきりと。
「どこをどう間違えば勘違いするのです?わたくしが愛しているのはイルド様です。イルド様は婚約解消したわたくしの噂を聞きつけて、訪ねてきてくれましたわ。わたくしの母とイルド様の母が交流があったのです。わたくしにとってイルド様はとても優しくて、王太子殿下との事で傷ついていた心が癒されましたわ。わたくしは帝国に、カイサル公爵家に嫁ぎます。今回のわたくしを襲った事は我がバセル公爵家から王家に抗議させて頂きますわ」
何で、自分が愛されているだなんて勘違いをしたのだろう。
そんな態度なんてこちらは一度も取らなかった。
きっとアレウス王太子は自分が美しいから、優秀だから、何をしてもいいと思っていたのね。
自惚れもいい加減にして欲しいわ。
イルドは金髪碧眼の美男だ。
そっとオルフェリーヌを抱き締めて、
「私は君を泣かせはしない。一緒に幸せになろう」
そう言ってくれた。オルフェリーヌは幸せを感じた。
オルフェリーヌは事件があってすぐに、領地に戻った。
王都にいると、身の危険を感じたからだ。傍にはいつもイルドがついていて、オルフェリーヌを守った。
バセル公爵家の領地は元々、ランデル帝国に接している。今回の件がきっかけて、帝国の所属にバセル公爵家はつくことになった。バセル公爵領は帝国の所有になった。
ただでさえ、ランデル帝国と比べると小国のルドル王国。領地を減らすことになり、さらに両国の大きさの差は開いた。
クレアは翌月、聖国に馬車に乗せられた。
馬車には逃げられないように護衛がしっかりとクレアを見張っている。
聖国の人達はクレアを魔法の札がついた檻に入れて、感情が爆発しても大丈夫なようにして、馬車に乗せたのだ。
クレアは檻の中から叫んだ。
「なんでわたくしが檻にっ。お父様っ。お母様っ。アレウス様っーーー。助けてっ」
泣き叫んで魔の力が暴発した。だが檻についている札が力を吸収して外に出ないようになっている。
檻の外では、クレアの父母であるマセル公爵夫妻が、
「やっと、クレアを連れて行って貰える」
「あの子が力を暴発したせいで、あの子の姉がなくなったのよ。やっと安心して暮らせるわ」
幼い頃、クレアが感情に任せて魔の力を暴発させた。
魔の力を持っていると知らなかったクレアの家族。
クレアの姉と喧嘩をしていて、暴発した力を受け、クレアの姉は亡くなったのだ。
吹っ飛ばされたクレアの姉は頭を壁に打ち、助からなかった。
だから、クレアの両親は王家に相談した。クレアの母が国王陛下の妹だったので。
王家の血の中に、魔の力を持つものが、まれに生まれるという事は、王家の中でも極秘事項だ。
その血が現れたのだ。
魔封じの首輪をクレアに着けさせて、それでも魔が暴発したら、周りの人間がどうなるか解らない。首輪も封じる力が強いわけではない。
聖国に相談したら、クレアを受け入れてくれるとの事。受け入れ準備には時間がかかる。だから、それまで皆、クレアの機嫌を損ねないように、機嫌を取って生きてきたのだ。
マセル公爵夫妻も、見送りに来ていたアレウス王太子も、やっと肩の荷が下りたと、皆、安堵の表情を浮かべた。
クレアは泣き叫びながら、聖国に連れていかれた。
聖国で真っ白な部屋に閉じ込められて、一生出られないだろう。
帝国の所属になったバセル公爵家から苦情が来て、仕方なく国王は、アレウス王太子を王太子から降ろした。元婚約者を暴行しようとしたのだ。当然だろう。
離宮にアレウス王太子を閉じ込めようと、国王陛下と王妃は相談したが、最近、離宮も物騒である。
屑の美男をさらって教育をするという、変…辺境騎士団が、離宮に閉じ込められた王族をさらうという事件が某王国であった。
大勢の木こりの恰好をした大勢の男達が、穴を掘りまくり、離宮が傾いて、そんな中、閉じ込められていた王族がさらわれたのだ。
国王は思った。
さすがに、息子が愚かであっても、そいつらにさらわれるのは不憫である。
別に毒杯とか、この国王は考えていなかった。ほとぼりが冷めたらそれなりに、身を立ててやりたいと思っていた。なんせ、一人息子である。国王の弟が次の王位を引き継ぐ事になっている。
本当なら息子に王位を継いで貰いたかった。
だから離宮の床を鋼鉄製にした。
今宵も聞こえて来る。恐ろしい声。
「おかしいな。床に穴が開かないぞ」
「硬いっ。硬いぞ。どうなっている」
「触手が。触手がっ。地上に出られない」
「おいっ。触手を這わせるな。狭いっ」
アレウス前王太子は、震えて震えて不眠になったと言う。
かといって外に出れば危険なので、しばらく地下からの不気味な声に悩まされたらしい。
だが、精神を病んでしまい、一生、離宮から出る事はなく、そこで暮らしたと言われている。
そんな事とは関係なく、オルフェリーヌは、愛しいイルドともうすぐ結婚式だ。
結婚式に準備に心を弾ませながら、愛しいイルドの顔を見つめ、幸せに浸るのであった。




