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朝の光が薄いカーテン越しに差し込む。
柔らかな陽射しに目を細めながら、ゆっくりとベッドから体を起こした。
昨日までのにぎやかな旅路が、なんだか夢だったような気さえする。
ルビーの大きな声と、ジーンの静かなツッコミ。
二人の言葉がまだ耳に残っていて、少し寂しくなる。
「よし……今日は、服を買いに行こう」
昨日のうちに着替えも洗濯して、旅装は少し草の香りがする。
これでは安全に見える服装とは言いがたい。
ルビーに言われたことを思い出して、身を引き締める。
1階の食堂に降りると、宿の女将さんが朝食の準備をしていた。
「おはよう。あら、早いのね。よく眠れたかしら?」
「はい、ぐっすり。あの、実は、服を買いに行きたいんです。旅に合うような、目立たない服が欲しくて。どこかが存じないですか?」
女将さんは「そうねぇ」と、ほんの一瞬だけ考え込んだ。
「この通りをまっすぐ行って、広場の手前を左。『ヨルノ洋装店』って看板が出てるからすぐに分かるわ。旅人用の服も多くて、評判もいいのよ」
「ありがとうございます!」
「ついでに帽子も見てくるといいわ。あなた、髪が綺麗だから目立っちゃうもの。隠しておいたほうが安心よ」
「はい、そうします」
「その前に朝ごはん食べていきなさい。簡単なものだけど」
「はい、いただきます!」
ルビーやジーン、それに女将さんまでみんな優しい人たちばかり。
世間知らずな私に、本当にいろんなことを教えてくれる。
美味しい朝食をいただいた後、早速服を買いに出かけることにした。
石畳の道を歩くたびに、ブーツの足元から小さく響く音。
まだ朝の静けさが残る町には、それでも確かに祭りの気配が漂っていた。
レインたちがこの町にやってくる。
ストーリー通りなら、花祭りが始まる三日後。
家々の軒先には、淡い色の布や花の飾りが揺れている。
露店の準備をする人たちの声が、穏やかに街を彩っていた。
「…もう始まってるみたい」
飾られた花輪にそっと手を伸ばした。
指先に触れる花びらは柔らかくてほんのりと香っていた。
祭りの日にレインが聖剣を引き抜く。
(きっと大丈夫)
少し胸が締めつけられるような不安を抱えながらも、歩みを進めた。
女将さんに教えてもらった通り、広場を左に曲がると、すぐに小さな看板が見えてきた。
木枠の扉を開けると、小さな鈴の音が店内に響く。
「いらっしゃいませ!」
奥から元気な声とともに現れたのは、明るい栗色の髪をポニーテールにまとめた女性だった。
「ご案内しますね。どんなお洋服をお探しですか?」
「安全に旅ができて、できれば目立たないような服装がいいんです。えっと、女の子っぽくないもの、というか… …」
言いながら少し恥ずかしくなって、視線を落とした。
「ふふ、分かります。最近はそういうご相談、多いんですよ」
店員さんは微笑むと、すぐに棚の奥からいくつかの服を手に取って見せてくれた。
「こちら男性用ですが、細身の方でも着やすい仕立てになってます。上着は少し丈の長いチュニックタイプで、前を留めれば風を防げますし、脱ぎ着も楽ですよ」
布地は落ち着いたグレー。
丈夫そうな素材で、旅にぴったりの見た目だった。
「お使いのズボンにも合いそうです」
「…はい! それがいいです。今のズボン、気に入ってるので…」
そして帽子も一つすすめられた。
布製でつばが広く、髪を束ねて隠せそうだ。
「旅人はできるだけ顔を覚えられないほうがいいんです。髪も綺麗だし、姿勢も整ってるから目立ちやすいよ」
「なるほど。勉強になります」
「あとは手袋ですかね」
そう言って渡されたのは、手首をしっかり覆う淡い茶色の布製手袋。
通気性がよく、汚れてもすぐ洗えるらしい。
「あ、このサブバッグもいいですか?」
サブバッグは斜めがけのコンパクトなもので、マジックバックの存在をごまかすにはちょうどよさそうだった。
そのまま新しい服を着て外に出ると、不思議と気持ちが高まる。
あとは三人が無事聖剣を手に入れ、精霊の粉を使用するのを見届けるだけだ。
(それが終わったら、おばあちゃんのところに帰ろう)
レインに出会ったことで前世を思い出し、予想外の展開になってしまった。
ストーリーを変えてしまわないか不安もありつつ、こうやってゲームの世界だった景色を見ることができて嬉しさもある。
(よし!とりあえず今日は薬師ギルドに行こう)
自分の記憶と照らし合わせながら街を歩き始めた。