7
ギルドの建物の前。
まだ朝もやの残る街路に、私は荷物を抱えて立っていた。
「ほんとに、行っちゃうのかい?」
受付のお姉さんが、目をうるませながら言う。
「はい。わがまま言ってすみません。……でも、私、どうしても行きたい場所があるんです」
「いつでも戻ってきていいからね!」
「ありがとう、ございます……」
チュニックの裾を握りしめ、私はは頭を下げた。
一ヶ月短い間だったけれど、たくさんのことを学ばせてもらった。
「アリアちゃん!好きだった!!」
「俺も!」
「結婚してくれ!」
「ちょ、順番守れよ!先に声かけたの俺だから!」
突然の告白ラッシュに、声をあげて笑ってしまう。
しんみりならないように、気を遣ってくれているのがわかったから。
「えっと、ありがとうございます。でも、そういうのは、また今度ということで……!」
最後は泣き笑いの中、手を振りながらギルドをあとにした。
(みんな、優しかったな。でも私は、あの物語がどうなっていくのか、少しだけ見守りたくて)
「長距離の護衛依頼、ですね?」
「はい。リオンガルドまでお願いします」
「それなら、ちょうどいいペアがいますよ。腕は確かです。ルビー!ジーン!」
少し先で依頼板見ていた二人がこちらを見た。
赤い髪を高く束ねた鋭い目をした女性と、青い上着に身を包んだ優しそうな男性だった。
「ねぇねぇ、ジーン、次の分かれ道どっち? こっちのほうが近道じゃない?」
「それ前にも言って迷子になったやつだよね。今回は大人しく地図どおり行こう」
「ちぇー、冒険って寄り道が醍醐味でしょ?」
「アリアの護衛中だって忘れてない?」
「わすれてないよーだ。ちゃんと後ろも見てるし、ねっ?」
ルビーが振り向いて、ニカッと笑う。
慌ててうなずきながら、二人のやり取りに小さく笑った。
(この人たちほんとに仲がいいなぁ)
木漏れ日の中を進む街道。
ルビーが先頭、私がその少し後ろ、そのさらに後ろジーンを歩く形になっている。
賑やかだけど、どこか安心感のある距離感。
「よし、休憩ー!」
ルビーの合図で小さな丘の上に腰を下ろすと、ジーンが魔導石を取り出して小さな火を灯した。
「……わぁっ!」
「初めて見る?」
「いえ。でも目の前で魔法を使う人、今までいなくて…」
「ふふん」
何故かルビーが胸を張る。
「ねぇジーン、魔法ってどうやって覚えたの?」
私の問いに、ジーンは少し考えてから言った。
「子どもの頃から少しは使えたけど、本格的に使えるようになったのは冒険者になってからかな。火だけどね」
「火…?」
「うん。水や雷は全然駄目だった。回復もからっきし」
「へえ」
「でも、ジーンの火魔法、めっちゃ頼りになるよ? 料理もできるし! あと敵をビビらせるのにちょうどいいの!」
ルビーがどこか得意げに口を挟む。
「私にも、できるかな?」
「試してみる?初心者向きなのは風魔法だよ」
ジーンに教えてもらい、そっと手を上げる。
指先に意識を集中させ、胸の奥にある魔力の流れに耳をすます。
そんな感覚を試みる。
「ウィンドカッター!」
ゲーム内で使われていた呪文を唱えると木の葉が、ほんの1枚だけ、ゆっくりと舞い上がった。
「……っ、しょぼいっ」
自分で自分にツッコみながら、がっくりと肩を落とす。
「ちょっとは動いたんじゃない? あれ。葉っぱ、ふわっと浮いたよ?」
ルビーが笑いをこらえながら言う。
「う、浮いたけどなんかこう、もっとバーン!って風が出ると思ってたのに…! ゲームだともっとすごかったのに!」
「ゲーム?」
「あ、いえ!なんでもない!!」
思わず出た言葉に、あわてて首を振ってごまかす。
「まぁまぁ。薬草を乾かすくらいには使えるかもよ。実用的でいいじゃん」
「かな…?」
ふうっとため息をついてみたものの、頬はゆるんでしまえ。
魔法の才能がなくたって、旅は楽しい。
そして魔法じゃなくても、自分にできることはあるはずだ。