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今回は馬車に乗らずルーカスとふたり徒歩でレガリアへ向かう。
私が出来るだけ早く行きたいと言った結果、次の町まで歩いてそこから馬車に乗った方が近いとなったのだ。
街道沿いには穏やかな丘が続き、道の端には風に揺れる野花が咲いていた。
空は高く、雲はゆっくりと流れている。
(それにしても、ルーカスと旅してるなんて……!!)
チラリ、と横を見る。
金色の髪が陽を受けてきらめき、風に揺れた長いコートの裾がふわりと舞う。
(立ち絵そのままだわ。歩き方も姿勢も全部、ゲーム通りすぎて泣けてくる。しかもこの距離感!近い!NPCと違ってちゃんと並んで歩いてくれる!)
感動で胸がいっぱいになっている私に、ルーカスがふと声をかけてきた。
「そういえば、アリアは薬師だよね?」
「え、あ……はい!そうです!」
「どんな薬を作ってるのか、ちょっと気になるな。さっきの傷薬、かなり効いたし」
「ええと……基本的には、傷薬と風邪薬と、あと解毒薬」
「ほう、解毒まで。なかなかじゃないか」
「解毒薬といっても簡単なものだけです。青い草を乾燥させて、それにアセリアの根を砕いたものを混ぜてます」
「アセリアの根? ……ああ、あれか。よくそんなの手に入ったね」
「裏山の崖に、たまに生えてるんです」
「それを加工までできるってのは、なかなかの腕前だよ」
ルーカスはうんうんと頷く。
「となると、私を雇うだけの金を持ってるってのも納得だな」
「へ?」
「珍しい材料を使ってちゃんとした薬を作れるなら、それだけで充分価値がある。旅先で雇われる薬師の中には、草をすりつぶして水に溶かしただけってのも多いからね」
「えっ、そんな人もいるんですか……?」
私は思わず聞き返したあと、ちょっと冷や汗をかいた。
(待って、そういえば、私、ルーカスを護衛として雇うとき、お金を言われるがままに出したよね?)
「…あの。ルーカスって、護衛としての報酬、いつもあのくらいですか?」
「ん? ああ、今回は高めの設定だけど、危険地帯を通るルートだし、急ぎの旅なら妥当じゃないかな?」
「…………」
(…高いんだ。やっぱり高かったんだ)
あのときのルーカスに渡したお金で十日くらい宿泊できる金額だった気がする。
しかもすぐ朝食付きで。
それをはいどうぞって素直に渡してしまったので、ルーカスはさぞ驚いただろう。
「祖母がとても腕のいい薬師なので。お金は持たせてくるれました。私はちょっと世間知らずではありますが」
「そうだろうなって思ってた。君が村の外を出たことないって言ってたし、その辺りは気をつけないとね」
「はい!」
(よかった、話が自然にまとまった!)
「そういえばこの前の傷薬も、おばあさんが?」
「いえ、それは私が作りました。まだまだ未熟なので、あまり効かなかったかも」
「いや、いい効き目だったよ。ほら傷跡すら残ってない」
確かにルーカスの頬には、魔物の爪痕はどこにもない。
「良かったです」
「ありがとう。君の薬は、ちゃんと効いてた。自信を持っていいよ」
ルーカスは色気ある表情に微笑んだ。
私はその場で一瞬固まってから、慌ててうなずいた。
「…ありがとう」
それはルーカスだけではなく、遠く離れた村にいるおばあちゃんに向けてだった。
私が薬を作れるのは、おばあちゃんが丁寧に教えてくれたから。
目で見て、触って、匂いをかいで、確かめて。
面倒でも薬草を何度も干して、こして、煮て。
ゲームのスキルとはまったく違う。
おばあちゃんが教えてくれたのは、生きるための知識だったんだ。
胸の奥が、あたたかくなった。
(本当に……感謝しきれない。でも、ずっとこのままじゃダメだよね。旅にかかるお金は自分でどうにかしないと)
視線の先には街道の先へと続く道と、遠くにうっすら町が見え始めた。
ルーカスのおかげで危険な魔物道ではあったなく、予定より早く着くことができた。
この町から馬車に乗ればレインたちより先に、レガリアに着くことができそうだ。
(よし、とりあえずルーカスたちの合流を確認出来たら、自分で作った薬を売ってみよう!)
この世界で、ちゃんと生きていくために。
私の胸にはいまだに精霊の粉の瓶が輝いている。