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「また……間に合わなかった……!」
リヴェルナの宿屋の前で、私は頭を抱えていた。
「金髪の剣士なら、朝一番で東の街道に出たよ」宿屋の亭主に聞いたところだった?
(は、はやいよレイン……!足の速さステータス高すぎじゃない!?)
でも、落ち込んでいる暇はない。
だってこの先の町で、レインはヒロインのミラと出会ってしまうのだ。
(このままじゃまずい!)
私の胸元の袋には、かすかに光を帯びた小瓶がしまってある。
『精霊の粉』は聖剣を覚醒させるのに必須のキーアイテム。
ストーリーの進行には絶対に必要だ。
それがなぜか、モブの私の手元に残っているバグ展開。
(これ絶対、前世の記憶持ってないと詰んでたよね)
魔物が増え始めた世界。
神の声に導かれて魔物を倒す旅に出たレインは行く先々で、たくさんの人と出会い仲間を増やして行く。
クライマックスには魔物を増幅させる装置を聖剣を使って破壊し、世界に平穏が訪れるのだ。
(絶対にこのアイテムを渡さないと)
首に掛けた小瓶を握り締め、再び乗り合い馬車の受付へと走った。
次の町、レガリアへ向かうために。
乗り合いの馬車は、軋む音を立てて街道を進んでいた。
中には数人の乗客。
私は窓際に座って、小さなかごを抱えている。
「お嬢さん、どちらへ?」
隣に座る中年の女性が、にこやかに話しかけてきた。
手には刺しゅう糸と小さな布袋を持っている。
「知り合いを訪ねて、ちょっとだけ町まで…」
「まぁ、まあ。そうなのね」
女性は腰をさすりながら「馬車はどうにも体にくるわねぇ」と小さく嘆いた。
私はごそごそと、自分のかごから布袋を取り出す。
「よかったら、これ使ってみてください。腰を温めてくれる薬草が入ってます」
「まあ!あんた薬師なの?」
「祖母の手伝いをずっとしてて」
「ありがとねぇ。あんたみたいな子がうちの嫁に来てくれたらねぇ」
「え、ええ〜っ、あはは」
私は今年で十八歳。
確かに嫁に言ってもおかしくはない年齢だけど、残念ながらあの村では良い出会いを見つけるのは難しい。
つまり良い人すらいない。
思わずため息をつきながら、私はそっと胸元の小瓶に触れた。
(絶対に次の町までに渡さないと、あの町でレインがミラに会う前に)
思い出す、あのキャラのビジュアル。
可愛らしい顔立ちに、快活な短髪。
背は低いけれど、剣を構えた姿は誰よりも堂々としていたミラ。
幼馴染のレインを追いかけて、あの町にくる。
そして、ものすごく警戒心が強い。
(私がアイテム渡そうとしたら警戒されるよね。レインに変なもの渡さないでって拒否されそう)
とにかくミラに出会う前に終わらせないと。
「止まれ!!」
馬車が急停止した。
衝撃で体が前に傾き、乗客たちの悲鳴が上がる。
「魔物だ!森から来たぞ!」
バキッ、と枝が折れる音。
ドスドスと地面を踏み鳴らす音。
現れたのは、筋骨隆々のイノシシ型の魔物。
昨日私を襲ったの魔物より大きく、馬を怯えさせるには十分だった。
「やれやれ、また魔物か」
運転手が必死に馬を抑えている中、低く静かな声が響いた。
見れば、木陰から一人の男がゆっくりと現れる。
長い金髪を後ろで束ねた、しなやかな体躯。
一瞬で空気が張り詰める。
(…えっ、えっ。まって、あれって…)
彼は鞘から細身の剣を抜いた瞬間、魔物が突進する。
風を裂くような一閃。
魔物が崩れ落ちるまでに、ほんの一秒もかからなかった。
「無事かい?」
剣を払った男が御者を見て、小さく口角を上げた。
「良かったら護衛しましょう」
「恩人さん、ありがとうございます!良かったら乗って行ってください!もちろんお代はとりません!」
御者の男性は感激したように言った。
「じゃあ、ありがたく」
彼はゆっくり馬車に乗り込み、私のすぐ近くに座る。
(もしかして、いや、もしかしなくても)
口に出せない。
でも確信してる。
彼はレインと旅を共にするもう一人の重要キャラ、ルーカスだ。
(やばい、やばい、これは……)
心臓がバクバクしてる中で、さっきの女性が話しかけてきた。
「あなた、さっき薬師だって言ってたわよね? 傷薬なんてないのかしら」
「ああ、大丈夫だ。大した傷じゃないよ。」
そっと見ると、ルーカスの頬に引っ掻かれたような小さな傷がある。
私は慌ててマジックバックから小瓶を取り出した。
「これ…よかったら、使ってください。魔物の傷は跡になりやすいですし」
私は震える手で、ルーカスに小瓶を差し出した。
彼はそれを受け取り、ふっと目を細める。
「ありがとう……おや?」
ルーカスの視線が、私のバックへと向く。
「それ、マジックバックかい?」
「っ……はい。祖母から譲ってもらって」
「へえ……随分と貴重なもんを持ってるんだね」
興味深そうなルーカスの視線を感じて全身汗をかく。
「お兄さんもミルスに行くのかい?」
「いや。ちょっと寄り道になるが、まぁ、ついでさ」
(うわああ、もうすぐ……本編始まっちゃう……!)
私の頭の中で、脳内BGMが流れ出す。
震える心を抱えて、私は再び胸元の小瓶に触れた。
(……絶対に、渡さなきゃ。精霊の粉を……この物語の未来のために!)