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6話 闇の発明室と、家族に迫る影

 フィアレスト家の別邸――町外れの森の中、蔦に覆われた古びた石造りの館。その重厚な扉の前に、リリエルとクロノが並んで立っていた。本館とは違う、家族すら簡単に近寄れぬ「もう一つの闇」。ここは家長レオナルドが“研究”に明け暮れる、秘密基地だった。


 午後の湿った空気に苔の匂い。遠くで雷鳴がかすかに響き、森全体を不穏な気配が覆っていた。


「今日こそ、お父様の研究はやめてもらうわ。クロノ、あなたからもお願いして」

 リリエルは苦々しい表情でクロノに視線を送る。クロノは無言でうなずき、錆びた取っ手に手をかけた。


 扉を開くと同時に、煙と油、焦げた薬品の入り混じった刺激臭が二人を襲う。中は薄暗く、壁には奇妙な図面や薬瓶、見慣れぬ装置がぎっしり詰め込まれていた。棚の隅には小動物の骨、光る鉱石、そして不気味な“何か”が蠢いている。


 部屋の奥ではレオナルドが、赤黒い光を放つ水晶球と無数のワイヤーを繋いだ機械に没頭していた。ランプの灯りに影が揺れ、まるで部屋全体を支配しているかのようだ。


「ふぉっふぉっふぉ……今度こそ、ついに“無限金貨製造機”が完成する……リリエルよ、これで家は安泰じゃ!」

 レオナルドは背後の気配に気づき、不敵な笑みを浮かべて振り返る。

「おお、リリエルに若造か。借金取りかとヒヤリとしたぞ。何の用じゃ?」


 リリエルは咳き込みながらも毅然と前に進み出る。

「お父様、いい加減このままでは家が潰れます。発明にかまけている場合じゃありません!」


 だが、父はまるで意に介さない。「ちょうどよい所に来たな。金の心配など、これで解決じゃ!」


 若造ことクロノは天井の奇怪なカゴや、黒い液体の泡立つ壺、時折カチリカチリと動く歯車に目を向ける。どれもが魔王である自分ですら警戒心を掻き立てる、禍々しい雰囲気を纏っていた。


「……この闇、下手な魔王城より深いな」


 クロノの呟きに、リリエルは苦笑いを浮かべた。「家計が本当に闇落ちしそうよ……」


「見ておれ!」

 レオナルドは意気揚々とスイッチを入れる。水晶球が脈動し、不気味な音を立てて機械が震え始める。部屋の隅で影が動き、空気がどす黒く震え出した。


「これが完成すれば、フィアレスト家の未来は黄金で輝くのじゃ!」


 レオナルドが叫んだ次の瞬間、機械は突如大きく唸りを上げ、赤黒い光を激しく撒き散らした。煙とともに黒い影のようなものが天井を這い、窓ガラスがビリビリと震える。


「……お父様、止めてください、本当に危険です!」

 リリエルは叫び、クロノは咄嗟にリリエルの前に立ち塞がる。しかし、レオナルドは手を止めない。


「恐れることはない! これは計算通り――」

 その声が終わるより早く、機械は爆ぜ、闇の中から異形の“手”のような影が飛び出した。


 異形の“手”は闇の中を這い、研究室全体を包み込むかのように伸び広がる。クロノは魔力の気配を放ち、リリエルを庇う。黒い影は生き物のようにうごめき、壁や天井に不気味な紋様を残していく。ランプの灯りがゆらぎ、部屋の温度が一気に下がる。


「やれやれ……魔王の時にも、こんな禍々しいものは見たことがないぞ」

 クロノはそう呟きながら父を鋭くにらむ。「レオナルド、これが“無限金貨製造機”の正体か? どう見ても悪夢の産物にしか思えんが」


「ふぉっふぉ、これも発明のロマンじゃ! お主らには分かるまい!」

 レオナルドはなおも笑みを崩さず、装置を必死で操作し続ける。


 リリエルは震える手で父の腕を掴む。「お父様、お願いです。家族のためにも、もうやめてください!」


 だが機械は止まらない。歯車が激しく軋み、部屋の窓には外の稲妻が鋭く光る。闇にうごめく“手”がクロノに近づいたそのとき、クロノは魔王の力を放ち、黒い影を一喝した。「消えろ、フィアレスト家に不要な闇よ!」


 闇の“手”は悲鳴のような音を立て、機械ごと激しく爆ぜ散った。部屋に残ったのは、焦げた薬品の臭いと、床一面に舞い落ちた黒い灰だけだった。


 重たい沈黙。しばらくして、レオナルドが肩を落とし、静かに呟いた。「……また、失敗か」


 リリエルは思わず笑い、クロノも疲れたようにため息をつく。「本当にこの家は、どこまで不穏なんだ……」


 その時、外の嵐が急にやみ、雲の切れ間から夕陽が差し込む。レオナルドは娘とクロノを見上げ、寂しげに笑った。


「こんどこそと思ったのだが、リリエルすまぬ。じゃが、わしの夢は必ず実現させてやる。ワハハハハ、任せておけ」


 リリエルは父の手を握り返し、強く言い放つ。「ダメです。お父様も、フィアレスト家も破滅です」


 クロノも苦笑しながら応じた。「まあ、この実験も悪くないぞ、なかなかの闇よ。おもしろい」


 レオナルドはクロノの手を取って、「お主は見込みがあるの、わしの助手になってくれ」と言い、娘が初めて男を連れてきたのに、そこには触れようともしなかった。


リリエルは呆れたように首を振り、「もう知りません、私は帰ります」と背を向けた。


 クロノはその場に力なく膝をつき、途方に暮れる。その肩に、レオナルドが優しく手を置いた。


 人間の心は、どこまでいっても謎に満ちている。自分は一体、どこで間違えたのか――クロノの胸には、答えの見つからないもどかしさが広がっていた。


 けれど、あきらめるつもりはなかった。クロノはゆっくりと顔を上げ、かすかな決意を灯す。「我に、不可能はない。恋というものも、必ず理解してみせる」


 それでも、二人の恋の行方は、今はまだすれ違ったままだった。

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