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5話 雷鳴は恋の予感

昼下がり、やわらかな陽射しが応接間をやさしく包んでいる。

フィアレスト家には珍しく、町でも名を知られる金髪の青年領主――ユーリスが訪れていた。目的は家の謝金の相談だった。


「もしお困りのことがあれば、どんなことでも僕に任せてほしい。謝金なんて、僕のさじ加減でどうとでもなるから」

ユーリスは余裕の笑みを浮かべ、リリエルへとさりげなく距離を詰めていく。


リリエルは少し大人びた微笑みを浮かべ、穏やかに断る。

「ありがとうございます。でも、家族みんなで力を合わせて頑張ります」

きっぱりと、しかし柔らかいその声には、ユーリスとの間に見えない線を引く強い意思が感じられた。


コーヒーを運んでいたクロノは、二人のやりとりから目が離せなくなっていた。

胸の奥がざわつき、いつもの自分ではいられない。不思議な焦りと、理由のわからない熱が指先まで伝わってくる。


窓から吹き込んだ春風が、テーブルの花をそっと揺らしている。

部屋に流れる空気まで、静かに緊張が漂っていた。


兄のエドガーは、妹を助けたい思いを言葉にできずにいる。

弟のカイルはクロノを見上げ、「クロノ兄ちゃん、お腹痛いの?」と無邪気に首を傾げている。

料理長のミレーヌは困ったように、「ユーリス様、ああ見えて本当にしつこいのよ」と小声でつぶやき、

執事のバルサムは、「謝金まみれの家ですから」と苦笑いを浮かべ、どこか自嘲的な空気を漂わせていた。


リリエルとユーリスの会話は続く。

ユーリスがじわじわと間合いを詰めるたび、リリエルは絶妙なタイミングで言葉を返し、必死に距離を保とうとしている。その真剣な横顔はどこか不安げでもあり、クロノは思わず目をそらせなくなってしまう。


ユーリスがリリエルの隣に一歩近づき、甘く囁いた。

「本当に困ったときは、必ず僕に頼ってほしい。……もし君が望むなら、謝金のことはもう考えなくていい」

その声はどこまでも優しいが、どこか危うさを帯びている。


リリエルは、その下心にすぐ気づいた。驚いたように肩を震わせ、すぐに数歩後ずさる。

その瞬間、クロノの表情が険しくなり、部屋の空気が一気に張り詰めた。


外の空模様も急に変わり、厚い雲が流れて雷鳴が遠くで響きはじめる。

クロノは銀のトレイをしっかりと握りしめ、迷いなく応接間へと進み出す。

その背中からは、どす黒い魔王の気配が静かにあふれ出し、誰もが一瞬息をのんだ。


ユーリスは、クロノが近づいてくるのに気づく。さっきまで部屋の隅に溶け込んでいた青年が、今は空気ごと変えてしまうような存在感を放っていた。ユーリスの指先が、わずかに震える。


クロノはトレイを片手に、静かにコーヒーカップをユーリスの前へと差し出した。その動きは一見美しいが、禍々しい魔王の気配が隠しきれない。


ユーリスは、その異様な空気を感じ取った瞬間、背筋をぞくりと震わせる。すぐにリリエルへ向き直り、やけに慌てた声を上げた。

「す、すまない!急用を思い出した!」

そのまま椅子を引いて立ち上がると、顔を引きつらせながら応接間を飛び出していく。去り際、小さく「死ぬ、殺される……」と弱々しくつぶやきながら、屋敷の門を出ていった。

外では雷鳴が轟き、稲妻が庭先を照らしている。


ミレーヌが安堵したように笑い、「あれ、領主様が逃げ出した」と言うと、兄のエドガーも緊張の糸が切れたように脱力していた。

カイルがクロノの顔をじっと見つめている。「クロノ兄ちゃん、なんか怖かったよ?」

バルサムは困った顔つきで、「借金が無くならないと、また来ますね」とぽつりと呟いた。


リリエルはびっくりしたような顔で、「あれ、帰った」と安堵の息をつく。

クロノはそんな家族のやりとりを黙って見守っていた。張り詰めていた気持ちが、いつの間にか少しずつほどけていく。家族の安堵の空気が広がっていった。


リリエルがクロノのもとに歩み寄り、少し困ったように微笑んだ。

「クロノ、さっきから顔が怖かったよ。何かあったの?」


クロノはリリエルの瞳をまっすぐに見つめ、しばらく言葉を探してから静かに答える。

「お前が……他の男と楽しそうにしていると、どうしても胸が苦しくなる。自分でも理由はわからない」


リリエルは一瞬驚き、やがて頬をほんのりと赤く染めて視線をそらした。

「……え、そんなこと、急に言われても……」


その時、雲間から柔らかな陽射しが差し込んでくる。

リリエルは小さな声で「ありがとう」とだけつぶやき、クロノの袖をそっとつまんだ。


ふたりの距離は、春の嵐が去ったあとの応接間のように、ほんの少しだけ近づいていた。

部屋には、前よりも優しい陽射しが、静かに降りそそいでいる。

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