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謎の少女

 焼け焦げた木々の間を抜け、小さな丘を越えると、町が見えた。

 瓦礫と灰色の煙に包まれたその場所は、地図では「ウェルズ」と呼ばれていた。


 かつては交易で栄えた平和な町。

 だが今は、全てが灰に変わっていた。


 


「酷いな……」


 


 魔王は、かつて魔族と人族が共に暮らしていたその町の残骸を前に、短く言葉を漏らす。


 


「救済の痕跡です」


 


 隣で答えたのは、秘書のルシア。

 漆黒のロングコートに身を包み、魔導銃を腰に下げた彼女の瞳は鋭く光っていた。


 


「勇者軍の“再教育政策”。実態は、反抗的と見なされた住民の粛清……ですね」


 


 焼けた家屋。

 潰れた井戸。

 斬り裂かれた標識。


 そこに住んでいた人々の記憶は、まるで何もなかったかのように消えていた。


 


「気配があるな。まだ誰か……」


 


 魔王が目を細めた瞬間、空気が震えた。


 


 「見つけた……!」


 


 鋭い声と共に、細身の影が廃墟の屋根を駆け抜ける。

 飛び出してきたのは、うさぎ耳の少女だった。


 痩せ細り、鎖の切れ端が足首に巻かれている。

 両手には、炎をまとった二本の短剣。


 


「てめえら……勇者の手先かっ!!」


 


 叫ぶと同時に、右の短剣を構えた。

 その刃に、赤熱するような魔力が収束していく。


 


「《炎牙穿えんがせん》!」


 


 瞬間、少女の体が閃光のように跳んだ。

 右の短剣が鋭く突き出され、焼けた地面を火線が駆ける。


 


「ちっ……!」


 


 魔王が反応する前に、ルシアが前に出る。

 即座に銃を抜き、片膝をついて構えた。


 


「《氷弾術式・壱式──凍閃とうせん》」


 


 銃口から放たれた蒼白の弾丸が、少女の火刃と激突する。

 炸裂。火と氷がぶつかり合い、蒸気が吹き上がった。


 


「そんなもんで止まるかあああ!!」


 


 少女はなおも突進する。

 左手の短剣を引き抜くように振るい、火の渦を巻き起こす。


 


「《熾焔乱舞しえんらんぶ》ッ!!」


 


 四方八方へ飛び散る火刃。

 ルシアは即座に空中へ跳躍し、回転しながら銃を連射した。


 


「《水弾術式・弐式──貫水牙かんすいが》」


 


 三発の水弾が正確に火刃の軌道を撃ち抜き、少女の攻撃をそぎ落とす。

 だが、その隙を突いてミルが地を蹴った。


 


「おらあああああっ!!」


 


 ミルの動きは、剣士というより野獣だった。

 地面すれすれに身を沈め、ルシアの懐に潜り込む。


 


「《烈火牙突れっかがとつ》!」


 


 渾身の突き。

 その炎は一点に集中し、ルシアの胴を狙っていた。


 


 だが、ルシアは冷静だった。


 


「読みました。《霧弾術式・四式──幻影氷靄げんえいひょうあい》」


 


 発砲と同時に、銃口から冷気と霧が噴き出す。

 視界が白く染まり、ミルの動きが止まった。


 


「なっ、見え——っ!」


 


 次の瞬間、ルシアの膝がミルの腹部に突き刺さった。

 火花のように火が散り、ミルの身体が跳ね飛ぶ。


 


 着地もできずに、彼女は膝をついた。

 肩で大きく息をしながら、火刃を引きずるように構える。


 


「っは……はあ……っ、まだ……まだ……!」


 


 だが、その足はすでに震えていた。

 火の魔力も、もはや霧のように揺らいでいる。


 


 ルシアが静かに言った。


 


「……限界です。栄養失調と魔力過多による疲労。よくここまで動けたものです」


 


 ミルは、口の端から血を流しながら、にらみつける。


 


「殺せよ……どうせ、そうだろ……? 勇者の……仲間だろ……」


 


「違う。……私たちは、救う側だ」


 


 その言葉に、ミルの意識がようやく混濁した。

 体から力が抜け、そのまま地面へ倒れ込む。


 


「……気を失っただけ。魔王様、保護しますか?」


 


 ルシアが銃を収め、魔王に問いかける。


 


 魔王は無言で歩み寄り、少女の肩を抱き起こした。

 炎で焦げた髪、泣きはらしたような目元、かすかに震える手。


 


「この子も……“救済”されたか」


 


「どうやら、そのようです」


 


 魔王は静かに少女を抱き上げる。


 


「名も知らぬ少女……だが、この世界に抗おうとした意思は、確かにあった」


 


 焼けた町の風が吹き抜けた。

 それは、まるでかつて人々の笑い声があった痕跡を、優しく撫でるようだった。


 


 魔王は歩き出す。

 その背に、少女の小さな体を乗せて。


 


「行こう、ルシア。

 “この美しい世界”の嘘を、一つずつ暴いていくために」


 


 ルシアは頷き、魔導銃にそっと触れる。


 


「ええ。……すべては、あの方の正義が偽りであると証明するために」


 


 太陽は高く、だが光は冷たかった。

 町の中心に沈む廃墟の中、魔王の歩みが新たな物語の一歩を刻んでいた。

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