表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

はじまり

 世界が静かだった。


 耳が痛くなるほどの静寂。

 空気は淀み、冷たく、死んでいた。

 ここは──滅びた魔王城の最深部。かつて、闇の王が座した地。


 「……ふっ……は……」


 喉が焼けるように乾いていた。

 視界は霞み、天井すらよく見えない。

 けれど、朽ちた石の匂いと焦げた血の臭いが、ここが戦場の果てであることを思い出させてくれる。


 


「……まだ、生きていたのか……俺は……」


 


 あの日、勇者の放った光にすべてを焼かれ、死んだはずの存在だ。


 けれど——彼は、確かにここにいた。

 死に損なった、亡霊のように。


 


 彼の傍らに、一本の太刀があった。

 漆黒の鞘に包まれ、周囲の魔力を吸い込むように静かに佇むそれは、彼の魂と呼応するように脈打っていた。


 


「……お前も、生きていたか」


 


 その太刀の名は、《黒刃・夜哭》。

 闇の王にのみ従う、“呪われた刃”。


 魔王はそれをゆっくりと手に取る。


 


 「……セリオン……勇者……」


 

記憶が、断片的に蘇っていく。


 燃える街。

 嘆き叫ぶ民。

 無抵抗の者を斬り捨てる“正義”の剣。

 そして、神のように民から崇められる勇者の姿。




 「……あれが、正義か……ふざけるな……」


 


 魔王はゆっくりと立ち上がる。

 体は重い。だが、心に宿る闇は鋭く、今にも溢れ出しそうだった。


 


「……ならば、もう一度やるしかないな。

 この手で、“偽りの正義”を斬り捨てるために」


 


 魔王が歩を踏み出した、その瞬間だった。


 


 ガララララッ!


 

崩れた扉の向こうから、無骨な金属音が響いた。

現れたのは、勇者軍が後に放った“掃討部隊”の自動兵たち。

かつて魔族を狩るために作られた、魔導装甲兵の残骸だ。

だが、その数は十を超えていた。


 


「……掃除くらいは済んでると思ったが……見逃されていたか」


 


 無機質な仮面が彼を捉え、赤く光る。

 敵認識——即、殺害。


 


 自動兵が魔力弾を放つ。

 爆音が鳴り響き、瓦礫が舞い上がる。


 


 だが次の瞬間——


 


「……遅い」


 

魔王の声が冷たく響く。彼の手に握られた太刀が、静かに震え始めた。刀身から黒い霧が立ち昇り、その先端で小さな闇の渦がうごめく。


「闇の力よ、我が刃に宿れ――」


彼が太刀を振りかざすと、闇の霊気が一気に爆発した。影が奔流となって敵を包み込み、辺りは一瞬にして闇に染まる。虚空を切り裂く音とともに、太刀が敵の防御を切り裂き、黒い炎のような闇属性の斬撃が炸裂した。

 

その声とともに、魔王の姿が霧のように掻き消えた。


 ドガァッッ!


 


 ひと振り。

 ただの一閃で、自動兵の一体が真っ二つに斬り裂かれた。

 魔力強化された鋼鉄の装甲ごと、音もなく断たれる。


 


「次」


 


 瞬間移動のような速さで魔王が跳躍する。

 重力を感じさせない滑らかな太刀捌き。

 残りの兵たちが反応する暇もなく、次々と切り伏せられていく。


 


「お前たちに、正義は語れない。

 お前たちに、救いを与える資格はない」


 


 最後の一体を背後から斬り捨て、魔王はゆっくりと太刀を鞘に収めた。


 静寂が戻る。

 かつての魔王城は、また闇に沈んだ。


 


「……始めよう。

 あの偽りの勇者を……この手で殺すために」


 


 闇の王が、世界に再び歩み出す。

 今度こそ、“美しい世界”を取り戻すために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ