ーー救済という名の支配/魔王の再誕ーー
世界は、救われた——はずだった。
勇者セリオンは、魔族の王を討ち取り、長きに渡る戦争を終結させた。
燃え盛る砦の最奥、光の剣を掲げる彼の姿は、まさに神の使徒だった。
その剣は《天誅》と呼ばれ、真っ白な光を放ち、闇を焼き尽くした。
民衆は歓喜し、聖女たちは神に祈りを捧げた。
世界は清らかに、正しく、そして、美しく生まれ変わると信じて——。
だが、それは“始まり”にすぎなかった。
「異端、魔族の残党、思想的に不安定な者たち……。
これらを野放しにすることは、この世界への裏切りだ」
世界統一から三ヶ月。
白銀の玉座に腰掛けたセリオンは、静かにそう言った。
その目は微笑んでいるのに、どこまでも冷たい。
まるで、目の前の命が“数字”に見えているかのように。
「粛清は必要だ。救う価値のない命を淘汰してこそ、真の平和が築かれる」
彼の隣に立つのは、神の血を引くとされる天使の聖女リアナ。
彼女は何の迷いもなく頷く。
「ご命令を。救済の選別を開始します」
その日から、世界は変わった。
村々を巡る選別の儀式。
血筋、思想、混血——どれか一つでも基準に合わなければ、“救済対象”から除外される。
その意味を理解したときには、すでに首を刎ねられているか、魂を抜かれていた。
“正義”の名のもとに、世界は再び燃え始めていた。
今度は、もっと静かに、もっと根深く。
しかし誰も知らない。
“あの時”、すべてが終わったと思われた魔王が——
まだ、死んでなどいなかったことを。
──黒の深淵、かつて魔族の心臓と呼ばれた聖域の奥。
そこに、一つの意識が静かに目を覚まし始めていた。
冷たい空気。焼け焦げた空間。
意識が重く、身体の感覚が戻ってこない。
ただ、鼓動だけが胸の奥で静かに打ち続けていた。
「……ここは……」
声が掠れる。口が乾いていた。
まぶたをゆっくり開けると、崩れた天井が視界に映る。
かつて魔王城と呼ばれたその場所は、すでに瓦礫と灰の山だった。
指先に何かが触れた。
それは一本の黒い太刀。漆黒の鞘に包まれ、どこか懐かしい気配を宿していた。
手を伸ばすと、闇が身体を包むように広がった。
それはまるで、長年閉ざされていた“核”が目覚めるような感覚だった。
「……思い出した……」
燃える街。
笑う勇者。
泣いていた子どもたち。
何も救えなかった自分——
「俺は……魔王だ」
黒き太刀《夜哭》を手に、ゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、地を這っていた魔力が彼の背に集い、羽のように広がった。
“魔王ーイグザムー”が、この地に再び立った。
もう、誰にも救いは求めない。
誰かに許されることも、望まない。
だがこの世界に“赦し”があるのなら——
それを証明するために、彼は再び戦う。
——この、美しい世界を守るために。