表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女シロトのお薬手帳  作者: lager
第二話 スプリガンの舌とティップの爪先
11/24

2-4

 昏い森の道だった。

 頭上は重なり合った木々によって完全に覆われ、日の光は一条も届かない。

 それでいて、風もないのに時折ざわざわと枝葉が揺れては、囁き声のような幽かな音がどこからとなく聞こえてくる。


 夜よりもなお深い緑色の闇の中を、四人の女が歩いていた。

 先頭にはメロが立ち、油断なく周囲を警戒している。

 その一歩後ろを、ハナとリアが、最後尾を魔女が歩いていた。

 ハナの手には、オレンジ色の光を灯すランタンが掲げられ、リアの首にかかる、自らの髪を編んでできた輪は、その端が一人でに持ち上がり、一定の方向を指し示していた。

 その方向を時折確認しながら、一行は深い森の中を進んでいるのである。


「シロト殿には、毎回驚かされてばかりだな」

 ひと際太い大木を迂回し、ルートを修正したところで、メロは改めてしげしげとリアの首元を覗き込んだ。

「自分で依頼しておいてなんだが、まさかこんな道具があるとは」

「まあ、流石にこれは薬屋の業ではないさ」

「ほう」


 淡々と語るシロトに、三人の視線が集まる。

 面倒くさげに溜息を零し、先を促してから、シロトは言葉を続けた。


「14代前の魔女が専門とした紋章学に、魔物の術を人為的に再現する技術が残されている。これはその応用だ」

「お財布失くしたときとか超便利ですよね」

「ハナ。材料を揃える手間と費用で収支マイナスだからな」

「ちぇー」


 その軽口に笑みを零したのはメロ。溜息を零したのはシロト。残るリアは、恐る恐ると言った様子で、隣を歩くハナに問いかけた。


「ハナさんは、前にもここへ?」

「はい?」

 リアの声は不必要なほど潜められ、ハナは半身を寄せて聞き返した。

「森の奥にってことですか? いえ、私も初めて来ました」

「怖くは、ないのですか?」


 森の深部は、人間にとっては禁域である。

 街道に面している森の浅部でさえ、危険な動植物や人を惑わす怪異に出くわすのだ。そこから中域へ入れば、いよいよ人の身では太刀打ちできない怪物たちの生息域となる。通常、守り人と呼ばれる森と人との調停役ですら、この中域にまでしか足を踏み入れることはない。

 その、更に奥地。


 一体何が棲んでいるのか。

 一体何が起きるのか。

 リアの顔色は、いつしか血の色を失っていた。


「んん~。まあ大丈夫ですよ。いざって時はお師匠が守ってくれますから」

「え?」

「すごいんですよ。この前も、お店に来たヤカラみたいな人たち、指の一振りで追い返しちゃって」


 ハナが言っているのは、一月ほど前の話である。


『ほう。ここが噂に聞く魔女の薬屋か』


 昼下がり、ログハウスの扉を開き、どやどやと三人組の男が入ってきたのだ。


『聞けばここには女二人しかいないそうだな。あまりに不用心だ。我らが用心棒として雇われてやろうじゃないか』

『あ、そういうの間に合ってます』

『なんだと?』


 そっけなくあしらったハナに気色ばんだ男の一人が、ハナの肩に手を伸ばしたとき。


『私の弟子に触るんじゃない』


 部屋の奥から低い声と共に魔女が現れ、紫色のローブに包まれた指を宙で振った。

 すると、どこからともなく現れた一匹のトンボが男たちの頭上を飛び回り、ほどなくして、男たちは叫び声をあげながら全身の服と装備を脱ぎ捨て、逃げ出していったのだ。


「ハナ。あんなものは幻覚作用のある粉をばら撒いただけだ。傭兵擬きのゴロツキと森の怪異を一緒にするな」


 得意げにその時の様子を話していたハナを、後ろから魔女が嗜める。

 さらに――。


「ハナ殿。気持ちは分かるが、こういうときは先陣を務めている私の名前も出しておいてくれないか」

「あは。ごめんなさい、メロさん」


 綻ぶような笑みに、作られたわざとらしさはなく、それがこの少女の自然体なのだということがリアにも察せられた。この危険な道行きにおいて、呑気と言っていいほど軽やかなその笑みは、かえって空恐ろしくさえあった。


「そういえば、リアさん。今着けてるのは、別のアクセですよね?」

「え、ええ」


 そんなリアの心情を知ってか知らずか、人懐っこい笑みを浮かべて、ハナが問いかける。

 リアは、首にかかった三つ編みの首飾りを触らぬよう、慎重に襟元を広げ、細い金鎖を引っ張り出した。

 そこに繋がっていたのは、赤い石があしらわれたペンダントであった。


「これは、その……婚約者からの贈り物で」

「へえ。素敵ですね」

「実は今回、あちらに行った際に、正式に婚姻を申し込まれたのです」

「わお」

「その時に、これを頂きました。彼の手作りだそうで」

「え……重……」

「山の国では、珍しくない風習なんですよ」

「へえ。文化の違いですねぇ」

「彼は、私のことをとても大事にしてくれて……」


 リアの話に合わせてコロコロと表情を変えるハナの様子に、いつしかリアも表情を緩めてしまっていた。


「それはなんの石なんです?」

柘榴石ガーネットです」


 そう言って取り出してみせたペンダントは、確かによく見てみれば細工が甘く、不格好ではあったが、リアはそれを大事そうに両手で抱きしめ、再び服の中に戻した。


「彼のことは、私もお慕いしています。けれど、それと母への想いは代えられるものではないのです。できることなら、取り戻したい……」

「そうですよね。分かります」


 すっかり、とまではいかなくとも、幾分打ち解けた様子のリアとハナの会話に、前方を歩くメロが口元に小さく笑みを浮かべ――。


「っ!?」


 それを、即座に引き締めた。

 一瞬で背に負った槍を抜き、構える。


「メロ。もう少し進んでいい。だが、いい判断だ」


 そこに、最後尾から魔女の声がかかる。

 そして――。


『目障リナ光ジャ』


 金属の軋むような、ひどく甲高い声が、前方から聞こえてきた。

 深く、昏い森の闇の中に、青い炎が灯っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ