7話 私の完璧な作戦!
路地裏は、やっぱり埃っぽかった。
それもそのはず――私が埃を集めた袋を大量に積んであった場所なのだから。
「ふふっ、清々しいまでに上手くいったわね」
あぁ、笑いが止まらない!
埃にまみれたあいつらの顔は見モノだった!
しかも、メグなんて下着まで見られちゃって。ルキノは誤魔化していたけど、確実に見てたわね。
鼻をあんがいきれいなハンカチで拭き拭きしながら、タカバが訊いてくる。
「今の……オメーがやったのか?」
「えぇ、そうよ」
「なんでだよ」
本来ならば、タカバになんか答えてやる義理はない。
だけど、今の私は非常に機嫌がいい!
つい口が軽くなっても、仕方ないわよね?
「嫌がらせに決まってるでしょ」
「……ハァ?」
「だから、メグとルキノに対する嫌がらせだってば」
「ルキノのクソ野郎はともかく、なんでメグちゃん……オメーらダチだろーが!」
タカバが私のストールが掴み上げてくる。首が絞まらないように防ぎつつも、私は嘲笑を隠すつもりはなかった。
「あんたバカなの? 好きな相手をとられて『それでも私たちは友達よ』なんて言えるわけないでしょうが」
「けど、事前にメグちゃんから相談があったんじゃ――」
「何もなかったわよ。あの子は、あの日私が告白するって知っていたのに」
そう――私はずっとメグに相談してきた。
もちろん、告白する前も『ルキノに告白しようと思うんだけど、どう思う?』と。何週間も前から、前日も、なんなら当日だって、何度も何度も相談してきたのだ。
「メグは応援してくれた。『きっと上手くいくよ!』ってね」
その末路が、これである。
結局は、私が黒髪だから。私はメグにとっていい道具だったのだろう。
「だけど実際……告白した翌日に教室に行ったら、メグとルキノの二人が付き合いことになったってみんなからお祝いされているのよ。これってどういうことよ?」
彼女も飛び級として、片身は狭かったはずだから。
ときに引き立て役として、ときに玩具として、きっと私は都合が良かったのに違いない。
「きっと……何かの間違いじゃ……」
「ま、友達だと思っていたのは、私だけだったんでしょ」
タカバが動じてみせるのも、きっとただの無意識な偽善。
このエクアに、黒髪をまともな人間扱いしてくれる人なんているはずがない。
「だってそうでしょ? 普通、友達が告白してフラれた直後の相手と付き合ったりする?」
「それは、オメーからしたらアレかもしれねェーけど……」
「その仕返しのためだったら、徹夜して大嫌いな掃除用の虫からチマチマと埃を集めることも苦にはならなかったわ!」
「オメーがくだらない努力をしたことはわかったよ……」
ストールから手を離したタカバが閃いたように両手を打った。
「ていうと、アレか! さっきの強風はオメーがやったのか?」
さすが脳筋バカ。今頃気がついたようである。
私はようやく用意していた答えを披露できるようだ。
「今日のことは、何から何まで調べ尽くしていますから。天候調整局にハッキングして、いつ、どこで風が吹くか、調査済みだったの。もっと詳しいこと聞きたい?」
その問いかけに、タカバは予想どおりに首を振ってくる。
まあ、こちらも「魔法でやりました」なんて言えないからね。
半眼を向けてくるタカバの脳筋に甘えて、ニコニコしておきますとも。
「黒髪のくせに、そういうずる賢いことは得意だよな……」
「お褒めいただきどーもありがとう」
「それで、オメーの悪戯はスカート捲りで終いか?」
「実は二層式の嫌がらせで、ここでルキノに大金を使わせるのが目的なんだけどね」
このルキノたちが入っていった洋服店は、一見若者向けながらもおしゃれブランドとして名の知れた店である。
つまり、けっこうお値段がする。
メグは表向きは年下の女の子だから、見栄張りのルキノなら、今日のデート費用はもちろん奢るつもりだろう。加えて、替えの服もプレゼントすることになってしまえば……彼がどこぞの御曹司なら話は別だが、普通の学生ならこの店でフルコーディネートは一種の夢。
「ふふ……金欠で苦しめばいいわ……」
「せこいな、オメーの嫌がらせ……ある意味安心したけどよ」
思いがけない相手からの常識的な反応に拍子抜けしながらも、これで堂々と嫌がらせが続けられるというものである。
ちなみに次の作戦はさっきと変わり映えはしないが、ルキノたちが出てくる時を見計らって再び風を吹かせること。さっきと違う点は、風を吹かせる位置である。この洋服店の屋根の上には、ペンキ入りのバケツが仕掛けてあるのだ。それが着替えたばかりのメグを直撃すれば、プライドの高いルキノは今一度、洋服を買い直さなければならない。さらにルキノの財布に大打撃! 精神的苦痛もあいまって、その威力は世界を破滅させるほど!
「ふふ、完璧……完璧すぎるわ!」
私は店先をのぞき込むも、まだまだルキノたちが出てくる気配がない。
時間つぶしに、私はもとより気になっていたことを訊くことにする。
「そういうタカバは、どうして尾行なんてしようと思ったのよ?」
「お、オメーなんかに言うもんかよ!」
「私は答えたのにあんたはダンマリとか、不公平じゃない?」
「それは……」
タカバが視線を泳がせながら、モゴモゴとしている。壁の影でハッキリとは見えないものの、耳の色が変わっているように見えた。
「オレは――」
「よし、爆弾の準備はいいか?」
タカバの声を遮ったのは、コソコソと路地に入ってきた同年代のチンピラ二人だった。物乞いが蔓延る薄暗い路地に住まう人たちよりいくらかはマシだが、服は寄れていて、散髪もご無沙汰な不潔感が漂っていた。
そんな赤褐色のくせ毛と亜麻色の直毛の二人のうち、亜麻色が小箱を後生大事に抱えている。
――爆弾?
そんな危なげな単語に、私とタカバが振り返ったのは同時だった。
目が遭うと、チンピラたちは急に慌て始める。
「兄者、先客でござるよ!」
「むむ、我らの先回りをするとは、何奴でござるか⁉」
オーバーリアクション気味に身構える二人を、タカバが鼻で笑った。
「なんだァ、ありゃ?」
「中二病を患ってる人たちかしらね」
「なんだよ、その『ちゅーにびょう』てやつは?」
「昔の言葉で、漫画の世界と現実がわからなくなった痛い人って意味よ」
嘲るように私が教えてやると、チンピラたちは見るからに怒ったようだ。
「わわ……我らを侮辱するとは、お主らはあやつの仲間でござるな!」
「くそ、我らを危惧して、あやつは援軍を準備しておったか……」
どうやら、この爆弾魔にはターゲットがいるらしい。
しかしそんなこと、私からしたらどうでもいい。
ただスタスタと彼らに近づき、手に持っている爆弾らしき小箱を取り上げるだけ。
「こ、小娘! 我らお手製の兵器を奪うとは――」
うるさいなーと私が一瞥すると、チンピラたちが恐怖の顔ですくみあがる。
私、そんなに怖い顔しているのかな……。
そのことにちょっぴりショックを受けつつも、私は小箱を開いた。
「ぷっ」
小さく笑って、私はその箱をタカバにも見せてあげた。
「ずいぶんとかわいい爆弾ね?」
とても簡易な爆弾だった。箱に溢れんばかりの火薬を積めて、導火線を付けただけ。軍事クラスでは中学年で作り方を習うような代物。しかしこの手のタイプは、威力がわかりやすく火薬量に比例するという利点もある。
「けど、この店の壁を崩すには十分かしら」
「それ直接人に当たれば、死んじまうじゃねーか」
「あんたにしたらいい判断じゃない」
「……オメー喧嘩売ってんのか?」
睨んできたタカバはさておいて。
つまり、この爆弾魔を放っておいても、被害は数人規模。夕方のニュースには取り上げられるが、明日には忘れ去られる程度の事件である。
つまり、ここで騒ぎを起こされたら、私の完璧な計画が台無しだ。
「ということで、これは没収ね」
私は導火線を引っこ抜く。
すると、中二病の爆弾魔たちがこの世の終わりとばかりに絶叫した。
「ななななななななななな」
「わわわわわわわわわわわ」
言葉にならない何かを叫びながら、彼らは泣きながら懐から取り出したのはナイフ。
「あれ、戦闘を挑んでくるの?」
「オメーが可哀想なことをするからだろーが」
「私悪くなくない!?」
するとタカバが「仕方ねェーなァ」と嘆息しながら前へ出る。
そして、一直線に刃物を持った相手に突っ込んでいく。
「おーりゃっ!」
大振りに拳を振り上げて、くせ毛の男をぶん殴る。
その顔は、仕方ないと言うわりには楽しそうである。
「これはラクできそうね」
二対一にも関わらず、タカバが優勢。
この調子でいけば、あっという間に片付くだろうと、私が壁に背を預けたときだった。
タカバの一瞬の隙を付いて、直毛の男がすり抜けて私に迫ってくる。
「ひひひ……人質大作戦でござる!」
その計算外な出来事に、私は慌てて声を荒げた。
「ちょっと! あんた何してんのよ!」
「うっせー、とっとと逃げとけ!」
よく見れば、タカバが手を押さえている。そのこぶしから流血しているのが見えて、私は顔をしかめた。殴る寸前にナイフで突かれたのか。
近づいてくる亜麻色の男は、ナイフを片手で回しながらじわじわと近づいてくる、意外と訓練されているのか、思っていたよりも隙が見当たらない。
「あの脳筋……」
毒吐きながらも、私も身構える。
おそらく、私が勝てる相手ではない。パワードスーツがあればともかく、本当に肉弾戦は人並みなのだ。女である私が、武器を持った男に勝てるほど、世の中甘くない。
スタンガンならあるが、何かの間違いで火薬に引火したら?
あらゆるリスクを考えるなら、私がこの場から逃げて助けを呼ぶのが一番だろう。
「だけど、それはすこぶるかっこ悪いわね」
思わず苦笑する。
仮にも、タカバは私を守ろうとしてくれているのだ。
ひとり背中を向けるなんて、あとでなに言われるかわかったもんじゃない。
――だったら、魔法で!
使い方は、昨晩ナナシから教わっている。
私が迫るナイフを首を逸らしてかわすと、偽物の金髪が大きく揺れた。即座にしゃがみ、脚を回して相手の足を払う。体勢を崩す直毛。
よし、この隙に魔法の一撃……とイメージしかけたときだった。
こいつも魔法を当てたら、タカバみたいに倒れるのかな。
パワードスーツも着てないただの人間が、はたして気絶だけで済むのか。
――私、人を殺すの?
その思考が、私の動きを止めた。
そのあいだに踏みとどまった直毛がナイフを振り下ろしてくる。
「黒髪っ!」
タカバの声が聴こえた。
こちらに駆け寄ろうとしているようだが、くせ毛に攻撃されてまた腕に傷を増やしている。
――あ、これダメだ……。
煌くナイフの切っ先に、私は反射的に目を閉じようとしていたらしい。
だけど次の瞬間、突如誰かに抱きしめられた。
あたたかい――そう認識した時には、直毛は蹴り飛ばされていて。
「女性をこんな危ない目に合わせるなんて……タカバは何をしているんだかね」
彼は苦笑してから、私の乱れた金髪を整えてくれていた。
「大丈夫ですか?」
ルキノが優しく微笑みながら心配してくる。
後光を背にした彼の本物の金髪が、まばゆいまでに輝いていて見えた。




