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5話 恋人たちの内緒の話

 ◆ ◆ ◆


 僕は、ユイのことが好きだ。


「ルキノくん、顔が気持ち悪いよ?」

「仮にも学園の王子様に向かってそんなこと言う?」


 だからメグに侮辱されながらも、僕はキーボードを叩く手を止めなかった。


 あれから、授業は自習になった。

 クラス委員として教室から離れられないものの、僕は報告書を作成しているフリをしてひたすら机に備え付けられたコンピューターで検索を続けている。


 無論、あのむかつく新任教師についてだ。

 

 あいつは何者だ?

 なぜ、ユイに固執している?


 だけど学園のデータベースに侵入しても、まともな情報しか出てこなかった。

 この学園のデータベースには、もちろん使用制限がかかっており、通常生徒がアクセスできないように管理されている。が、それはあくまで建前上。実力主義がモットーな学園内において、その行為を咎める者はいない。生徒に突破される程度の管理をしているほうが悪いのだ。もちろん、バレたときは相応の罰……反省文と減点が待っているけれど。


 僕もユイほどではないとはいえ、最低限のコンピューター技術は身に着けている。その調査の結果、前担任は急遽故郷の親の容体が悪化したとのことで、看護をするために長期休職を申請したことが判明した。


 そんなまさかのタイミングで現れたのが、あのナナシという男だ。


 彼はあの見た目ながら、登録年齢は三十八歳。医学免許、薬剤師免許、気象管理士、教師免許、各種運転免許等々、エクアでとれるありとあらゆる資格を所有し、特に薬学研究においては天才の名を欲しいがままにしていた男なのだという。


 しかし、おおよそ十年目に突如行方不明。

 その多大な才能を惜しまれたが、昨日いきなりエクラディア学園に入職したらしい。


 なんだ、この異次元の経歴は。


「くそ、頭が痛い……」

「眉間に力入れすぎなんだよぉ~。しわが取れなくなっちゃうぞ?」


 メグが横からぐりぐりと僕の眉間を指で押してくる。

 地味に痛いそれを外させると、メグは無言で自身のモバイルを滑らせてきた。

 モバイルとは、言わば小型携帯コンピューターの略称だ。

 そのメッセージボードにはこう書かれている。


【さっきまで、ルキノくんすっごくご機嫌でニヤニヤ気持ち悪かったのにね~】


 彼女の性格の悪さを知ったのは、つい昨日のこと。

 ユイからの告白を受ける前に彼女からの申し出を受けた途端、メグは本性を現した。


 彼女は僕の気持ちを知っている。

 そのうえで、僕に『取引』を持ち掛けてきたのだ。


 ニコニコと。まるで無害な少女の顔をして。


【すまないね、昨日ユイに告白されたのが嬉しすぎたんだよ】

【振ったくせに?】


 今も、その表情はまじめに自習しているフリ。

 しかも難問を立ち向かっているように「ムムム」と口を尖らせている巧妙さだ。

 まさに年下の女の子ががんばって勉強してます、と言わんばかりの愛らしさ。


 そんな腹黒に、僕だって嫌みのひとつ返したくなる。


【仕方ないだろ。直前にブライアン大財閥のご令嬢から就職のお誘いがあったんだから】


 そう――彼女の正体は、エクアきっての大財閥のご令嬢。

 入学してから噂にすらならなかった秘蔵のカードを、彼女はニコニコ切ってきたのだ。


 あたしのお願いを聞いてくれたら、ルキノ君の夢を叶えてあげるよ――と。

 まるで、奇跡を起こす魔法使いのように。


 そんなメグは今も感想文をキーボードに打ち込みながら、モバイルの操作もリアルタイムで卒なくこなしていた。僕もざっと自習内容に目を通したら、とある漫画の感想を書けというものだった。


 タイトルは『魔法少女サミィちゃん』。『力とお金だけが友達よ!』がキャッチフレーズの絵柄がやたらかわいい人気漫画である。マスコットキャラのリュリュちゃんが死んでしまう回は、たしか社会現象にまでなっていたはずだ。


 ……だけど、エリート学園の最高学年の課題になるような作品か?

 そもそも漫画だし。


 当然、こんな課題を出したのは、あのナナシという教師だ。


 ただでさえ頭が痛いのに、隣の彼女もまた自分に容赦がない。


【就職じゃないよ~? あたしの恋人役だよ~?】

【おおよそ一年間、きみの恋人を演じるだけで、本当にアドバン大財閥の官職を本当に約束してくれるんだな?】


 そう――この恋人関係は、ただの就職活動だ。

 エクアのトップに昇りつめるための、足掛かり。

 

【本当に官職に就けるかはルキノくん次第だけどね。でも各分野の重鎮たちとのコネクションは約束するよ】

【上等だ】


 僕の夢はもちろん、ユイと幸せになること。

 だけど、黒髪の彼女が生きるには険しすぎる世界だから。

 

 ――僕が世界を変えるしかない。


 その近道として、僕は大好きな女の子からの告白を『先送り』にし、彼女を幸せにするための基盤を整える道を選んだ。


 だから、今はお互い辛抱のときなんだ。

 この世の中に、漫画のような奇跡や魔法なんてないのだから。


【でも、本当によかったの? せっかくのユイからの告白を断るなんてさ】

【いざユイと結婚するとしても、僕が貧乏だったら話にならないだろ】


 それは、男としての見栄もある。

 卒業後、どこかでひっそり暮らすことが本当に彼女の幸せになるとは思わない。


 黒髪のユイが、どこでも堂々と歩けるような。

 そんな世界にするためには、僕が上り詰めるしかない。


 偉くなって、この国の根幹から変える。

 髪の色なんかで差別されない、そんな世の中を作る。


 そのとき、今度は僕のほうから求婚をするんだ。

 ユイには世界で一番しあわせな花嫁になってもらいたい。


「白いウエディングドレス……いや、いっそのこと黒いウエディングドレスも綺麗なんじゃないか?」

【ルキノくん、気が早いよ(笑)】


 差し出された書き込みを見て、目を見開く。

 僕の気が早い? なにが……。


 そのときようやく、僕は独り言をつぶやいていたことに気がつく。


「……あ」


 僕は慌てて言い訳を打ち込んだ。


【先を見据えた行動と言ってくれ】

【ふ~ん。足下の確認を怠って、転ばないといいね?】


 僕だって、バカじゃない。

 もしも足元の石に躓いて僕が転ぶなら、その石はこのメグだ。


 それでも、僕の夢のためには。

 僕が黒髪のユイでも幸せにいきていける世界を作るためには。


 こんな石でも利用しなくてはならないのだ。

 宝石にできるかどうかは、僕次第――


【ご忠告どーも】


 そのときだった。

 教室のひとりの大男が入ってくる。タカバだ。

 いつも以上の不機嫌面。


 僕は優等生として、まっさきに声をかける必要がある。


「タカバ、体調は?」

「なんか知らんがすこぶるいいぜ。むかつくほどな!」


 無駄に机を蹴飛ばされ、僕は苦笑する。

 本当に元気そうで何よりである。


 だけど、僕が気になるのはタカバのことより――

 と、いかに周囲から聞き耳立てられても自然に聞こえるように、ユイのことを聞こうとしたときだった。


「ユイは?」


 とても心配そうに、先にメグが疑問符を投げてくれる。


「……黒髪なら、隣のベッドでぐーすか寝てたぜ」

「そっか……そういえば、ルキノくん。明日の休みは暇?」


 メグからのいきなりの問いかけに、思わず「えっ?」と疑問符を返すと。

 メグは一切声を潜めず、ニコニコと告げてくる。


「デートしよ♡」


 彼女との取引で、僕は一番わからないこと。

 それが、メグの気持ちだ。

 

 どうして、僕を恋人役に選んだのだろう。

 大好きだった親友を、裏切ってまで――


 ◆ ◆ ◆


 目覚めると、隣のベッドで寝ていたはずのタカバの姿はなかった。

 代わりではないが、担任であるナナシが私のベッドで添い寝していた。

 まっすぐに、じーっと私を見つめたまま。


「あの……おはよう?」

「モバイルにメッセージが届いていたぞ。男爵イモからだ」

「誰よ……男爵イモって……」


 当たり前のように、ナナシが私のモバイルを私に渡してくる。

 夜はすっかり更けていて、私はかなりぐっすりと寝ていたことが窺える。


 そのあいだ、こいつはずっと私と添い寝していたの?

 てか、私のモバイル、中身見られたのでは?

 まあ、見られたところで連絡先はクラスメイト少数のものしかないし、検索履歴も最新科学技術うんぬんとか護身術うんぬんとか、大したものはないし。


 とりあえず、まだ寝起きで私も頭がぼんやりしている。

 促されるままに通知を開くと、そこにはタカバから【明日の休み、メグちゃんとルキノのデートの尾行に付き合え】というメッセージが入っていた。


 さすがに、目も覚めてくるというものだ。

 明日メグとルキノがデートをする。

 そりゃそうよね。休日明けには小テストがあったはずだけど、恋人同士の初めての休日。そりゃあ優等生のふたりであれど、一緒に過ごすことを優先したっておかしくない。


 だって、今年は最後の学生生活なのだ。

 楽しい思い出のひとつやふたつ、誰だって残したいと思うもの。


 目の奥からこみ上げてくるものをグッと堪えていると、ナナシが起き上がる。


「今日、魔法を使ってどうだった?」

「どうって……」

「なかなかスッキリしなかったか? これを使って、デートの邪魔ができたら面白そうだとは思わないか?」


 そう聞かれてしまえば、思い返してしまう。

 本当はガチの肉弾戦で、絶対に勝てないはずのタカバを倒したとき。

 びっくりした。いけないことをしてしまったと怖かった。

 だけど、心の奥に湧いたいけない快感があった自分からも、目を逸らせない。


 ――気持ちいい。


「もし体調に支障がないなら、これから魔法のコツを教えてやらんこともない」


 未だ寝転んだままの私を、ナナシが見下ろしてくる。

 無表情ではない、少しだけ悪戯に笑ったように口角をあげた表情に……私は、どんな顔を返していたのだろうか。


「先に、返信だけさせてちょうだい」


 私が打ち込むのは、一言だけ。


 今夜は空のスクリーン点検も終わったようで、いつも通り空には星がまたたいている。

 あの星を何個か消したところで、一体誰が気づくのだろうか。


【上等よ】


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