4話 イチャイチャだと?
「パワードスーツの改造はしていないんだね?」
「してないわ」
「わかった」
保健室までの道すがら、タカバは結局、ルキノが一人で担いでいた。
ルキノも身長は高いほうだが、それでもタカバの筋肉だるまに比べればだいぶ細い。どうもルキノは筋肉が付きづらい体質らしく、太れないことに苦言を呈していた時期もあったっけ。
十年も同じクラスにいれば、それなりに思い出も多い。
片思いしていたなら、なおさらだ。
そんな相手にやってもいない不正を疑われるのは、たとえ恋をしてなくても悲しいわけで……と落ち込みかけて、現実に気付く。
なんか、話が終わったぞ?
「……え、それだけ?」
「それだけって? あ、スーツの整備不備の報告書は僕が出しておくよ。クラス委員だからね」
「そうじゃなくて……私がウソを吐いているとは思わないの?」
足を止めた私に、ルキノはやれやれとばかりにため息を吐いた。
「そんな賢い女の子なら、そもそもタカバと殴り合いしようと思わないだろ」
「あんたほどじゃないにしろ、私も座学の成績はいいほうだと思うけど?」
「そういう『賢さ』の話じゃないってば……」
呆れながらも、苦笑する。
きれいなだけではない、その優しい顔が、私は大好きだった。
「そんな華奢なのに無理して……ユイに怪我がなくてよかったよ」
「なに、それ……」
だからこそ、絶望するのだ。
もう私の気持ちを知っているのに、どうして私に優しくできるのだろう。
フラれただけでなく、友達にとられた男に優しくされて、私が喜ぶと思うのか。
うつむいた私はぼそりとつぶやく。
「馬鹿にしないでよ……」
「ユイ?」
ルキノが私を心配して、顔をのぞき込もうとしてくる。
あまりに悔しくて、目から涙が零れそうになったときだった。
私たちの顔の間に、ぬすっと何かが入り込む。
「授業をサボってエクアージュとイチャイチャだと?」
それは無駄に整った無表情ヅラ。
気配も何もなかったけど!?
思わず飛び退くと、足が滑って転びそうになってしまう。
くそ、無駄に白くツヤツヤした床しやがって!
だけど、ナナシが無表情のまま私の腰を支えてきた。
「大丈夫か、エクアージュよ」
「そのエクアージュとは、ユイのことですか?」
私より先に、疑問を口にしたのはルキノのほうだった。
そんなルキノに、ナナシは嘲笑するように口角をあげる。
「当たり前だろう。こんな美しい名が似合う女性、ほかにおるまい?」
ま、「おるまい?」とか言われても、私は知らんこっちゃないけどね。
誰よ、エクアージュ。愛称でも本名より長くなるなんて意味ないじゃないか。
さらに、私がちゃんとした体勢に直っても、ナナシがなぜか私の腰を引き寄せてくる。それにルキノが訝しげに眉をしかめた。
「教師が生徒に手を出すなんて、問題あると思いますが?」
「ならば訴えてみるといい。俺は転びそうになった女生徒を助けただけだがな?」
言いながら、ナナシがあっさりとルキノからタカバを取り上げた。
片手で俵抱きである。
この男、見た目のわりに力あるんだな……。
「怪我人どもは俺が連れていく。おまえはクラスメイトに自習を言い渡しておけ」
「……ユイは怪我していないようですが?」
「俺に歯向かうというのか? 成績が惜しくないということだな?」
「くっ」
学生にとって、単位と成績がすべてだ。
しかも六年間学年トップと獲り続けているルキノにとって、こんなことで減点など取り返しのつかない汚点になるだろう。
将来なにを目指して、そんな優等生続けているのか知らないけど。
この学園の特徴のひとつとして、家名を明かさないというものがある。家柄や素性など抜きに、個人の素質と実力のみで判断するという教育方針だ。
とはいっても、しょせんは学生が集まる共同生活。数年も同じ場所で寝食を共にしていれば、徐々に出身地がどうこう、親の仕事がどうこう……などという話も広まるわけで。
それでも、私は十年間同じクラスのルキノの苗字も出身地も知らない。
しょせんは告白してもフラれるような間柄。その程度の付き合いだったということ。
そんなルキノは悔しそうな顔を隠さないまま「お願いします」と去っていく。
その背中を鼻で笑いながら、タカバを担いだナナシは保健室へ向かった。
「行くぞ、エクアージュよ」
「……えぇ」
保健室は無人だった。
入室管理のためのIDカードをナナシはちゃんと持っているようだ。学園の教師なのは間違えないんだね……。
ナナシは容赦なくタカバをベッドに放り投げた。
どすんとベッドが軋む音とともに、タカバが「ぐげっ」と呻く。それでも目覚める様子のない彼に、ナナシは戸棚から取り出した注射を容赦なく刺していた。
「ちょっと、あんた医師免許は――」
「医師免許も薬剤師免許も所有しているし、なんならこの薬液を開発したのも俺だ。火傷もないしビックリして気を失った程度の間抜け、栄養剤でも打っておけば十分だろ」
その超ハイスペック自慢に、私が呆れる暇もなかった。
ナナシはいきなり大きな拍手をしはじめたからだ。
「それより、さすがエクアージュだ! 昨日の今日で、二回も魔法を使いこなすとは!」
「魔法……?」
そういえば、私はこいつと魔法で世界を破滅させるんだっけ?
改めて振り返ると、なかなかバカな提案に乗ったものである。
そもそも『魔法』って。空想小説じゃあるまいし……てね。
だけど、今になっては思い当たる節がある。
「教室のやつも、さっきの訓練のやつも、魔法ってやつなの!?」
「無論だ。おまえの昂った感情が具現化したのだ! 制御はまだまだだが、これから鍛錬を積めば思うがままの事象を操れるぞ!」
「……たとえば?」
興味本位で尋ねると、ナナシが自慢げに応えた。
「天を司ることができる!」
「それはすごいわね……」
言い方が大仰だが、ようは天気を操作できるということだろうか。
だけどエクア全土の天気も当然機械で管理されているから、その管理システムに関与できるということか。それともシステム関係なく、私が水蒸気量などを広範囲で操作できるようになるのか。
どちらにしろ、本当ならとんでもない力ね……。
本当にそんなことができるようになるのかしら?
まじまじと自分の両手の平を眺めていると、私の身体が宙に浮いた。
「えっ!?」
なに、魔法……!?
と慌てるも、なんてことない。ナナシが私を横抱きに持ち上げただけ。
……て、なんでいきなり!?
しかも、タカバとは打って変わって、そっとベッドの上に下ろしてくる。
「休め」
さらに、なんで頭を優しく撫でてくるのだろう……。
私の髪は、忌み嫌われた黒髪なのに……。
「この髪が……気味悪くないの?」
「毛先までよく手入れが行き届いている。まさに絹の糸と称すにぴったりの美しさだ」
思わず、目の奥が熱くなってしまう。
だって、髪の手入れは何より気合を入れていたことだったから。
染料で染めることもできない。脱色することもできない。
そんな呪われた髪でも、私だって女の子だもの。
長く伸ばしたいと思って、何が悪い。
だから少しでも毛嫌いされないように。汚いモノだと思われないように。
毎日トリートメントを頑張っていたのだ。
それでも、誰かの前で泣くのなんて悔しいから。
代わりに、私はこの男のツラを睨んでみる。
この男、間近で見ると本当に整った顔をしている。
切れ長の金色の目なんて、本当にキラキラしてきれいだ。白髪だって、年寄りのそれとは異なり、しっかり艶がある。
「私も……あんたみたいな顔だったらな……」
「安心しろ。そっくりだと思うぞ」
「どこがよ」
黒と白、男と女、目の色だって、私は真っ黒で、こいつはキラキラ星みたい。
まるで正反対だ。
その現実を鼻で笑う飛ばすけど……あぁ、なんだか本当に眠たくなってきた。
だって、こいつの撫でてくる手が、とても心地よいから。
「初めて魔法を二度も使って疲れないはずがなかろう。しばらく休んでいるといい」
私はそっとまぶたを閉じる。
どんな夢を見たのか忘れたけれど、少しだけ楽しい夢だったと思う。
だけど、夜に保健室のベッドでひとり目覚めると。
モバイルに着ていたタカバからのメッセージに、そんな余韻などあっという間に吹き飛んだ。
【明日の休み、メグちゃんとルキノのデートの尾行に付き合え】