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3話 勝てない相手のはずなのに


 場所は変わって、学園内の室内訓練場。

 私たちはエクラディア学園でも軍事クラスに所属している。

 その名の通り、卒業後は国家機関の軍部に所属することを目指すものが多い――が、優秀な卒業生ほど大企業へ就職している。文武ともにこの厳しいカリキュラムを乗り越えてきた若者は企業としても喉から手が出る程ほしい人材。なので、初めから企業就職を目指して軍部クラスに入学、転入する者も多いのだ。


 私はこの黒髪だからね。

 国家機関内のほうが人権が保障されているかと、軍の科学班あたりを目指している。


 軍部といっても、裏方志望だ。

 もちろん最低限の護身術や各武器の基本操作を身につける必要があるが、戦闘なんて前線の脳筋にお任せ。私は実験室、戦場に出ても裏方として、武器の開発や整備にいそしむ毎日を過ごしたい考えている。


 ……ので、戦場の最前線でドンパチしたい男との訓練試合に本気を出す必要なんてないのである。ただ、ちょうど授業が実技訓練だったのと、決闘に勝ったほうに加点をくれるというのだから、やらない理由がない。


「棄権してもいいんだぜ? ただし『あたちがわるぅございました~。もうタカバくんには逆らいません~。お詫びとして今日のお昼にスペシャルDXカツバーガーご馳走します~』と泣いて頭を下げてもらうがな!」

「気持ち悪いモノマネしている暇があるなら、さっさと準備終わらせてもらえる?」


 さらに、こんなことを言われて敵前逃亡など言語道断。

 私はパワードスーツの最終チェックを終えてから、ヘッドギアを装着した。


 この白いパワードスーツは、今や軍人なら全員標準装備の強化服である。

 大規模戦闘なら、ロボットと称されるような全長数十メートルの機体と連携させることもあるが、学生に許可される白兵戦レベルなら、大きくても全長二メートル程度。


 筋力の強化や防御性能アップを目的とした硬質の鎧だ。そのままだと動力装置の重量で動作が遅くなるところを、脳波とリンクさせているヘッドギアを介した電気信号で、実際の肉体とほぼ変わりなく全身を動かすことに成功している軍事用装備である。


 ま、それでもやはり動きには癖があり、こうして学生のあいだに使いこなせるようになることが、卒業試験のひとつになっていたりするのだけど。


 私が訓練場の真ん中に移動すれば、審判のごとく中央に仁王立つ男が声を張り上げる。


「銃火器の使用は不可。勝利条件は相手に膝をつかせるか、スーツの損傷。ただしそれは表向きだ! 人間死ぬときはすぐ死ぬ! そのときは己の弱さを悔やんで死ね!」


 この偉そうな白髪白衣男は、やはり昨夜噴水のところで会った男である。

 

 ……なぜ、私にキスをしたの?


 そう問いただしたいものの、はっきりと口にできないのは乙女心というやつか。

 とりあえず、私は無難なことから聞いてみた。


「……で、あんたは一体なんなわけ?」

「俺はナナシだと先日貴様が決めたのだろうが。そして今日から貴様らの担任に就任した。よろしく頼むぞ、エクアージュよ」


 ほんとに名無しのナナシさんでいいんだ?

 ユイが呆れていると、割って入ってくるのがルキノである。


「担任の変更など、何も報告を受けていないのですが……」

「どうして小僧なんぞに報告せねばならん」


 ナナシは一蹴するが、ルキノは生徒会長ならびにクラス委員である。

 なにか連絡事項があれば、支給されているモバイルのネット上に配信されるか、クラスの代表であるルキノから伝達されることが常である。無論、事前にそんな配信などない。


 新担任に容赦なく無下にされているルキノに、クラスメイトは同情に満ちた視線や声かけをしている中、私はヘッドギアの奥でほくそ笑んでいた。いい気味ね。


「別に担任なんて誰でもいいじゃねーか。今は黒髪に謝罪させることが最優先だ」


 ともあれ、タカバも準備ができたようだ。

 ただでさえ私よりも大きな男がパワードスーツを身につけると、さらにデカい。


 それでも、私は躊躇うことなく鼻で笑ってやった。


「最終学年にもなって、スーツの準備に手間取る男が偉そうね」

「うるせー。女なら女らしく、俺にケンカなんか売んな!」


 ……はて、私がいつタカバにケンカを売ったんだ?

 そう言い返す前に、ナナシが手を振り上げる。


「それでは、試合開始!」


 先に動いたのがタカバのほうだった。

 

 スーツ越しの力強いこぶしの空気を切る音がする。

 だけど単調でまっすぐな攻撃を私は後方ステップで躱し、その勢いを使って回し蹴りを放った。


 ま、この程度の攻撃なら、タカバも片手で掴んでくるが。

 どうやらタカバには、悠長にお喋りする余裕もあるらしい。


「なんでメグちゃんとケンカなんかしてんだよ」

「あ? あんなことあって仲良くしているほうがおかしい――」


 私は「そういや」と昨日の教室を思い出す。

 よく思い出してみれば、こいつ、いなかったような……?


 もしもあの場にいたら、即刻私のことを指さしてゲラゲラと笑ってきそうだ。

 そうだ、こいつはそんなやつだ。

 それなのに、私はクスクス笑われるだけで、あっさり教室から逃げられた。


 つまり――と、その仮説を、本人に確認する。


「もしかしてあんた、昨日休んでた?」

「おう、風邪引いちまってな。知らねーってことは、おまえ授業サボってたんかよ!」


 ま、現にこうしてサボり魔だとゲラゲラ笑われてしまうんだけど。

 黙れ、という代わりに私は足をブーストし、その風圧でタカバからの拘束を解く。


 そして即座に体勢を整え、タカバの両肩を引き寄せながら膝を打った。


「ルキノとメグが付き合うことになったんだって」

「は?」


 私の膝蹴りが、タカバの腹部にきれいに決まった。


 いつもなら、この程度の攻撃でタカバは倒れない。それどころか、私の機体を抱き込んで後方回転しながら絞め技をしようとするはず。


 だけど、タカバは素直にふらふらと後方へとよろけていた。

 倒れはしないものの、両手もだらりと下がったまま。操縦を放棄しているらしい。


「メグちゃんと……ルキノの野郎が……付き合うだと……?」


 ハァハァとしたスピーカー越しの吐息とともに、漏れ聞こえる震えた声。

 ヘッドギアの目の周辺には強化ガラスがあるので、若干見えづらいけど……もしかしてタカバ、泣いてる……?


「おめえ、ちゃんとしやがれよおおおお!」


 だけど、それは一瞬だった。

 タカバは怒気のままにこぶしを掲げて突っ込んでくる。


 や、どうして私が怒られなきゃならないんだか!?


 しかし私は口を開く暇すらない。

 至極単調な攻撃だが、速度が目に追えないほど早かった。

 ただ私の目で見えたのは、こぶしまわりの装甲から弾けた火花。

 こいつ、リミッター上限以上の力をかけやがったな。

 

 ――あ、これは死ぬ。


 勘弁して欲しい。

 失恋した翌日に、クラスのガキ大将と喧嘩して死ぬとか。


 ――そんな情けない死にざまがあってたまるか!


 そう強く思った途端、私のてのひらが、燃えそうなほど熱くなる。

 とっさに手を突きだすと、掌底から炎の渦が飛び出した。


「なによ、これ!」


 私がとっさに声を荒げても、タカバは炎に焼かれていて。

 鈍いうめき声が生々しい。


 私が手を引っ込めると新しい炎は止まるけど、タカバに燃え移った炎はそのまま。


「ど、どうしよう……」


 おろおろする私をよそに、とっさに動いていたのは赤い小柄の少女だった。

 すぐさまに消火装置を取り出し、手早くタカバに放出する。


 白い煙に炎が見えなくなった頃、早急に駆け寄ったのがルキノだ。

 テキパキとスーツを脱がす手際は、さすが優等生。


「大丈夫だ! 目を回しているだけで、命に支障はない!」


 よかった……。

 ルキノの言葉に、ほっと胸をなで下ろす。


 だけど、すぐにそんな自分に舌打ちした。

 先に殺されそうになったの、私のほうじゃない。


 だから、これも不運な自業自得よ。


「タカバは僕が保健室に連れて行く。ユイも運ぶのを手伝ってくれ」

「なんで私が?」


 タカバを担ごうとしているルキノに声をかけられ、私はとっさに拒否をする。だけどルキノは私から目を背けることなく、私のそばでいつになく低い声で「ユイ」と私の名を呼んだ。


「この機に確認したいことがある。いいね?」


 ……今度はパワードスーツの改造でも疑われているのかしら。


 疑うなら、大勢の前で追求してくれればいいのに。

 無駄な優しさに、私は余計に惨めだった。


「わかった」

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