15話 かわいい手紙
目を開けると、見慣れた天井があった。
カーテンの隙間からは清々しい朝の光が差し込んでいる。
「私の……部屋?」
いつも整理整頓してある部屋が乱れている。昨日は朝早く出かけたものだから、片付ける時間がなかったのだ。その時と、部屋の様子に変わりはない。
私の記憶はあのレストランで途切れているが、時計を見ると、日付は翌日。ちょうど朝ごはんを食べに行く時間だ。
だけど、まるで食欲が沸かない。頭が重く、胸焼けがする。
「お酒なんて、飲んでないはずだけどね。そもそもまだ飲めないけど」
自分の恰好を確認すると、服装は白いタンクトップと、ミニスカートのままだった。全身煤だらけな上肌がベタついており、尋常ではない不快感。しかしどこにも怪我はなく、火傷の痕もなかった。特別、痛い箇所もない。
念の為に服を脱いでみると、へその上に小さな傷痕がある。だけど、それは今回のものではない。小さい頃に、銃で撃たれたときのものだった。
私は、その小さな傷をなぞる。
「乙女の柔肌に、これ以上傷を残すんじゃないわよ」
ルキノを庇った自分に文句を言いながら、サイドテーブルに置かれていたモバイルを手に取る。
調べるのは、昨日のニュース。
目的の記事は、すぐに検索できた。エクティアタワーの謎の延焼。タワー全体に炎が上がったとはいえ、空からの消炎剤により鎮火はあっという間だったらしい。被害者は素早い救援のおかげで五十人程度。エクバタ内の通信障害が数時間起こったようだが、企業区画で生きていたサブ通信塔のおかげで、現状その被害はほとんどないという。エクティアタワーの復興も今朝から急ピッチで始まっているとのこと。
さらに、各地の反政府組織による爆破事件も大した被害はなかったそうだ。反政府組織と名乗っていたとはいえ、その実行犯は下っ端や雇われたチンピラばかり。取り調べでもまともな供述は出てこなかったという。しいて上げるならば、まだ未発売の爆弾が使われていたとのこと。
トップの記事には、赤く燃え上がるタワーの写真も大きく載っていた。
「魔女がひとり現れたところで、そうそう簡単に世界も滅びないか」
私はベッドにモバイルを投げ捨てる。
どうやって部屋に戻って来たのか、記憶は定かではない。この記事だけでは、誰が被害に遭ったのかもわからない。
部屋の隅に置かれたカバンの中にはチンピラたちが使っていた不発弾が残っているはずだが、それを調べる気にもならなかった。とりあえず、シャワーを浴びたい。早く、色々なものを洗い流したかった。
浴室に向かおうとすると、コンコンとドアを叩く音に、私は顔をしかめる。
私がその場で大人しく無視をしていると、扉の下にスッと封筒が差し込まれた。
私は差し込んだ人物が確実に離れたと思えるほど時間をあけてから、封筒をとる。可愛らしいピンクの封筒には、丸文字で『ユイへ』と書かれていた。その字に、見覚えがある。
「そりゃそうよね」
手書きなどという文化が廃れているとはいえ、友達ならではのやり取りの中で、彼女の字は何回も見たことがあったのだから。
封筒を開ける。封筒には二枚の便せんが入っていた。
―――――――――
ユイへ
具合はいかがですか?
昨日はびっくりしました。
まさか、ユイとタカバ君が、あたしたちの後をつけているとは。
しかもサングラスに金髪……けど、ユイはスタイルいいから、何でも似合うよね。
タカバ君から聞きました。
ユイが、レストランで起きた爆発を知って、あたしたちを助けようと来てくれていたんだよね?
ありがとう。
でも、そのせいで火事に巻き込んでしまってごめんなさい。間一髪のところで、ナナシ先生が助けてくれたそうで、本当に安心しました。あたしとルキノ君も、ナナシ先生が助けてくれたんだよ。危険を省みず生徒を助け、またどんな無謀も可能にする先生は、一躍有名人です。ナナシ先生、おかしいところもあるけど、けっこう頼もしいよね。
ナナシ先生からユイの無事を聞いて、今、こうして手紙を書いています。
また、教室で会えることを、楽しみにしています。
メグより
―――――――――
「ナナシのやつ、なに余計なことしてくれてんのよ……」
そう毒づくも、今、私が生きているのも。
ルキノやメグたちが助かった理由も、すべて『完璧な先生』のおかげということになっているらしい。なんともありがたい話である。『先生』という身近な存在が、これから私の大きな隠れ蓑になってくれるのだから。
「復讐の、優秀な協力者なのかしら?」
苦笑しながら、私は二枚目の便箋に目を通した。
―――――――――
追伸
レストランに来る最中に、リュリュちゃんの着ぐるみを着た人に会いませんでしたか? 実はその人もあたしたちを助けようとしてくれたの。
その人にお礼を言いたいので、もしも、知っていることがあれば、教えてください。
―――――――――
「はっ、小賢しい!」
吐き捨てるように笑って、パチンと指を鳴らした。
一瞬で炎に包まれた手紙を床に放り投げると、黒く丸まった炭が音もなく地面に落ちる。あとで外に捨てておけば、掃除用の虫がきっと美味しく食してくれることだろう。
こんなもの、破る価値もない。
体よくまた私を利用し、私を始末しようとしている女なんかの手紙なんて……。
私はもう一度モバイルを開く。
画面に映る赤黒い巨塔が、青い空を突き破ろうとしている光景を見て――私は再び、嗤った。
やっぱり、こんな世界なんて滅んでしまえばいい。
改めて調べてみると、犯人の中にはエクラディア学園の退学者が二名いたらしく、一人はとある匿名希望の教師による正当防衛のため、殴打の重症。もうひとりはエクティアタワーで放火した際に逃げそびれ、全身火傷の重症で搬送されたという。
ルキノとメグという現エクラディア学園の生徒は、事件に巻き込まれた被害者でありつつも、犯人の逮捕に協力した学生として、ネットニュースに小さく顔が乗せられていた。その学生や一般市民を華麗に救出した匿名教師の尊顔のおまけのような扱いであったが。
どのサイトを見ても、リュリュちゃんのきぐるみを着た人物に関する記載はない。
しかし、とあるマイナーニュースサイトに、面白い供述が載っていた。
『拙者らはハメられただけでござる!』
『真の犯人は、黒猫が化けた魔女なのでござる!』
それは、生き残った元エクラディア学園生徒被告の狂言とされている。