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14話 魔女が鳴らした破滅の音

 ◆ ◆ ◆


 物力学的な原理の一つに、慣性の法則というものがある。

 一年生の頃に習った基本的な法則だったが、基本は絶対に侮ってはいけないということを、今しがた私は再認識していた。


 勢いのついたエアボードはどんどん空を突き進むものの、きぐるみが風圧に負け、まともに立っていられなかった。不格好を恥じてはいられない。落ちたら、普通に死にそうな高さで、エアボードにしがみつき、ぎりぎりレストランに到達する直前である。


 ルキノに、銃が向けられていた。

 驚いているルキノの顔を見て、背筋に悪寒が走る。


 ――ルキノが、撃たれる……?


「嫌っ!」


 そう思った瞬間、私はエアボードを強く蹴っていた。


 それは、無意識の魔法。弾丸のように飛び出した私の身体があっさり窓をブチ破る。キラキラとガラスが舞い散る中、私はルキノの前に身体を滑らせていた。


 パンッ。

 それは、とても軽い音だった。


 腹部に僅かな衝撃を受けて、私は首を下げようとする。


「み、見えない……」


 きぐるみの中から見える視界が狭い上に、首が全然下を向かずに自分の姿が確認することができない。それでも、銃に撃たれたような痛みは一切感じないから……多分、肉厚なお腹でおかげなのだろう。


 昔は、もっと痛かったしね……。


「あの……大丈夫ですか?」


 後ろからオズオズと訊かれて、私はえっちらと両足を動かし方向転換。首だけ動かそうとしても、動かないのだ。


 両手で頭を押さえながら真後ろを向くと、ルキノがポカンとしている。


「だいじょ……」


 思わず答えようとするも、すぐに口を閉じた。絶対に私だとバレたくない。こっぴどくフラれた相手を庇ったなんて、まだ未練があるみたいじゃないか……。


 なにしてんだろ、私。

 勢いで助けにきたとはいえ、こんな着ぐるみを着てまですること?

 自分で自分が嫌になる。


 深いため息を吐いていると、ルキノが慌てたように口を動かす。


「あ……リュリュちゃん? 大丈夫……ですか?」

「せ……拙者を蔑ろにするなでござるっ!」


 悲痛の叫びが、背後から聴こえた。

 おそらく、ケナンダという直毛の中二病の一人。だけど、視界の狭い私には何が起きたか、まるで見えない。

 

 代わりに見たものは、ルキノがいつになく不敵に笑った横顔だった。


「おかげで調子が出てきた」


 ルキノが私の手を引き後ろに下げる。

 次の瞬間、彼は床から蹴り上げたフォークを掴み、相手のナイフに噛ませていた。


「三流風情が……僕の邪魔をしようなんて、百年早いよ」


 ルキノが手首を返すと、ケナンダがナイフを落とす。絨毯の上に落ちるナイフに音はない。その隙にルキノが相手のみぞおちに蹴りを食らわせた。白目を向いてケナンダが膝から崩れる。


 さすが優等生。そう……優等生として見惚れていただけ……。

 そう自分に言い聞かせていたときだった。


「ねぇ、リュリュちゃん」


 ルキノは次のチンピラを相手を始める。

 対して、私が可愛らしい少女の声に再び方向転換すれば、目に飛び込んでくるのは黒い穴。


「正義のヒーローごっこなら何も見なかったことにして、早くいなくなってほしいなぁ」


 狭い視界を、銃口が支配する。その奥はとても暗く、とても黒い。


「もうすぐ政府警察(エクアポリス)が来る予定なの。その時に被害者や犯人がいるならともかく、協力者がいたら、ルキノ君が引き立たないでしょ? リュリュちゃんは被害者と犯人、どっちになりたい?」


 その声音は、楽しそうに弾んでいた。

 それが、余計に怖くて。恐しくて、悲しくて。


 着ぐるみを脱いでも同じことを言われてしまいそうで、私は思わず訊いてしまった。


「あなた……友達、いる?」

「……いないよ」


 なら、仕方ないか。


 仕方ない。彼女に銃を向けられても仕方ない。

 今の彼女からしてみれば、自分は着ぐるみを着た他人なのだから。

 ユイという同級生であったとしても、友達ですらない間柄なのだから。

 

 だから、躊躇いもなく銃口を向けられもするし、好きな相手を奪われたりする。


「もうトリガー引いてもいい?」


 ならば、仕方ないね。

 メグの可愛いおねだりに、私き着ぐるみの中で指を鳴らした。


「……自業自得よ」


 メグの足元で、銃砲を受けたような小さな爆撃が起こるが、彼女はとっさに飛び退く。


「どこから銃を――」


 私は着ぐるみの手を掲げる。

 指を鳴らして。鳴らして。鳴らして。

 同じような爆発がメグを襲うも、テーブルを蹴って、壁を蹴って、彼女は華麗に全部避けてしまう。


 彼女の赤い目に、小さな闘志が灯った次の瞬間、メグは一足跳びに距離を詰めてきた。気づけば腹部に強い衝撃が走り、私は吹き飛ばされるように転がるしかない。


「メグ! いい加減に――」


 ルキノの声が聴こえる。

 だけどすでにその時には、メグが私の上で馬乗りになっていた。


 手刀でも振り下ろされるのだろうか。着ぐるみの分厚い生地を突き抜けて、腹部に突き刺さるのかな。このままメグに殺されるのかな。


 ――ルキノ、助けて!

 ――実は、この着ぐるみは私なの!


 そう叫んだら、ルキノが助けてくれるかな?

 そんな淡い期待が、どうしても胸をよぎる。


 でも、ルキノはメグと付き合っているんだ。


 その事実に、私は嗤った。

 メグの向こうには、今にも落ちそうに揺れているシャンデリアが見えた。その隅に、私が仕掛けた小さな虫が偏光している。私は指を弾いてそれを起動させた。


 ひゅーどろどろどろ。

 突如流れたおどろおどろしい音に、メグの手がピクッと止まった。甲高い笛の音と太鼓の音は、私が特別に音源を仕入れたもの。大昔はお化け屋敷というアトラクションや怪談話を盛り上げるための音楽として使われていたらしい。


 それに驚いたメグが、とっさに飛びのく。

 メグがシャンデリアの真下に着地した瞬間を狙って、私はシャンデリアを落とした。ガラス片の舞う姿は、キラキラ輝き、この世界のようにまばゆく美しい。その下で、意識も虚ろな彼女が隠し持っていた拳銃を私に向けてこようとする。


 だから、仕方なく再び指を鳴らす。


 フロアの奥から破裂音が響くと同時に、メグは発砲することなく力尽きたらしい。キッチンを爆破したのだ。鼻腔を刺激するガス臭とともに、ジワジワと熱気が広がる。灰色の煙が広がり、赤い炎が、少しずつ朽ちかけのフロアに広がっていく。


「火事だああああああ」


 誰が叫んだのかわからない。

 一目散にチンピラたちが逃げ出そうとするが、あっというまに炎がまわっていて。タワー内に、警報が鳴り響く。遠くの方から、悲鳴も聴こえてきた。


 ふと、ルキノの苦悶を浮かべる顔が視界に入った。彼が炎を掻き分け、落ちたシャンデリアの下からメグを助けていた。倒れる彼女の呼吸を確認してから、ルキノは私にも手を差し出してくる。


「逃げましょう! 早く、こっちに!」


 どうやら、私が火事を起こした張本人だと気が付いていないらしい。

 そりゃそうか、誰も魔法なんて信じないもの。シャンデリアが落ちたのも不慮の事故。火事はチンピラたちの誰かの仕業……と考えるほうが自然よね。

 

 だから、彼は私の手を差し伸べる。

 当たり前の優しさが、今は何より私の胸を締め付けた。


「ばか……」


 このままでは、ルキノが燃える。

 それを想像した瞬間、私は思わず指を弾いていた。


「落ちて――死んじゃえ!」


 強烈な突風がルキノとメグを強制的に浮かび上がらせ、私の入ってきた窓から吹き飛ばされていく。イメージするのは空気の風船。その風船が彼らを守ったのか守らなかったのか……怖くて、私は最後まで見届けられなかった。


「あはは……はははははははは」


 代わりに、チンピラたちの阿鼻叫喚が響く中、私は高らかに嗤う。

 すでに煤けたレストランが、炎に包まれるのは早かった。この調子では、あっという間にタワー中が炎に包まれるだろう。


 きぐるみを着ていても、熱気を肌で感じる。

 現実とは思えないほどに、揺らぐ炎が赤々しい。


 放っておいたら、彼らはここで死んだはず。だけど、ここから落としたら、運がよければ助かるかもしれない。私は反射的に、後者を選んでいた。


 軋む音がして、足が凹む。


「助かるかな、あいつら」


 その呟きは、意ともせず口から零れていた。

 そして、自覚する。


「私も、メグを殺そうとしていたのにね……」


 目の前には、彼女と同じ色の炎が、ユラユラ揺らめく。

 誘われるように、ユイはレストランの奥へと足を踏み出そうとした時、


「貴様ぁ……貴様はいったい……」


 ちょうど運悪く目覚めてしまったのか。腰を抜かして後退さるチンピラ達の代表のケナンダが、恐怖の色を隠さずに私を見ていた。


 風に煽られ、ますます大きくなった炎の中で、私は着ぐるみの頭を外す。


 肌がチリチリする。

 目の奥がカラカラだ。

 喉の奥が焼けそうだ。


 浅い呼吸を繰り返しながら、今一度指を弾く。

 ファスナーが弾け飛んだ着ぐるみから腕を抜き、私は髪を掻き上げた。


「私は魔女のエクアージュ。これから、このくだらない世界を破滅させるの」


 赤い炎に包まれても、その黒髪は大きくたなびく。

 そして、私は破滅の音を鳴らした。


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