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13話 派手すぎるデートの演出

 僕の名前を叫ぶのは、路地裏でタカバたちと対峙していた二人のうちの一人、僕が殴った方だね。たしか昔、自分の成績とユイへの影響を危ぶんで、退学へと追い込んだことがあったっけ……。名前なんて、覚えちゃいないけど。


 その男は手榴弾らしきものを片手で弄んでいるが、そんなハッキリと名前を呼ばれて、白を切るわけにもいかない。僕はため息を吐いてから、立ち上がった。


「僕のことを覚えているなんて、ずいぶん暇な毎日を過ごしていたようだね」

 

 従業員が慌てることなく、客をこっそり裏口へ誘導している。それをこのチンピラたちは妨害する様子はない。本当に、僕だけが目的の暴挙のようだ。


 ……なぜ、このタイミングで?


 僕が振り返ると、メグがとても不安そうな顔を作っていた。


「ルキノ君……」

「これもメグが用意したサプライズかな?」


 違和感の正体を早めに問えば、諸悪の根源はあっさりと認める。


「ありゃりゃ。思いのほか早くバレましたな~」


 彼女は案の定、ニコニコと笑い始めた。


「お察しの通り、ルキノ君が今日ここに来るって情報流したの、あたしだよ。ケナンダさんも、うちの新製品の宣伝、ありがとうございます」

「新製品?」


 僕の疑問についても、彼女は懇切丁寧にご回答いただけるらしい。


「このたび我がブライアン社は、新しい事業に手を出すことになりまして。このプロジェクトは、素人でも簡単に扱える武器の宣伝と、暴徒から愛娘を守ってくれるヒーローをパパに売り込むための宣伝……二つを兼ねています」


 頭が痛くなるとは、まさにこのこと。

 しょせん偽装の恋人関係であるメグから、純粋なデートを希望されるとは思っていなかったとはいえ……ドッキリはせいぜい両親との鉢合わせ程度にしておいてもらいたかった。


「本当は、路地裏でも手榴弾が爆発する予定だったんだけど……不発は残念だったなぁ。秘密にしておいてもらえる? 発売前に不良品の噂なんて、笑えないからね」

「……笑えないのは、こっちの方なんだけど」


 たとえ僕が睨んでも、メグは臆することなく両手を顔の前で合わせるだけ。


「あたしの命運がかかっているんだよ~! これも取り引きの一環だよ、ルキノ君」


 だけどこんな無駄話の間に、従業員らの避難も終わったらしい。その代わり、外では本来時刻を知らせるための鳥たちが、緊急警報を鳴らしていた。


 不自然な煙が三本立ち上がっている。企業区画や離れの住宅街でここからは離れているものの、煙の太さからして、ここより被害は大きそうだ。


「……あれも、メグの仕業かい?」

「んー、あれは別事業さんのお仕事。わかりやすく言えば、そのお仕事に乗じて、あたしがこっちを仕組んだってのが正しいかなぁ。ま、細かいことは気にしないでさ!」


 メグは軽快な足取りで、フロアの真ん中へと進む。豪華なシャンデリアの下で、少女は場違いな笑顔で両腕を広げた。


「ここでカッコよく、あたしを守ってくださいな!」

「もしも、僕がやられたら?」

「次の計画を考えるだけだよ」


 彼女の目配せを合図に、暴徒たちが一斉に襲いかかってきた。


 やれ、冗談じゃない。


 ケナンダという直毛の男と他のチンピラ、あわせて五人。

 手榴弾や銃やナイフを持ち合わせた彼ら全員を、僕一人で相手にしろというのだ。

 授業で、通常ひとりが白兵戦で相手できるのは三人までと習ったじゃないか。

 しかも相手は銃火器持ち。僕はなし。分が悪いにも程がある。


 とりあえず、僕も手汗を掻きながらも食事用のナイフを手にとる。ないよりマシだろう。


 チンピラの一人が振り下ろしてきたナイフを腕ごと払って、そのまま蹴り飛ばす。後ろで構えていた奴にぶつければ、巻き込まれそうになったメグが軽いステップで避けていた。


 ひとりだけ楽しそうな彼女に、文句を言おうとしたときだ。


「ルキノおおおお!」


 銃を構えたケナンダがトリガーを引く。

 放たれた銃弾を顔を逸らしてかわすと、その先の窓ガラスにピシッとヒビが入った。


 自分の頬を拭うと手には血が付く。


「まったく……君もこんな僕なんかを何年も恨んでないで、前向きに新しい人生を検討したらどうだい?」

「人生狂わされたのに、今更年数なんか関係ないでござるよ!」


 無駄な熱意は結構だが……あいにく、僕は今も彼らを退学したことに後悔はなかった。今、さらに過去の自分の判断を褒めたいくらいだ。


 僕は舌打ちを隠さない。


「その喋り方、ほんと耳障りだな……あの時、君たちのことを排除したのは正しかったね。こんな鬱陶しいやつらと四六時中いたら、イラつくのは僕だけじゃないだろう。ただでさえ彼女に不利な試験だったのに、それでフォローできないほどの失敗されたらたまったもんじゃない」


 こんな時でも思い出すのは、自分よりも何倍も短気な彼女のこと。


 彼女がこの場所にいたら、このタワーごと爆発させてしまうのではないかと考えて、思わず苦笑する。たとえ理屈でそんなことが出来ないのだとしても、ブチ切れた彼女ならそれに近いことをやってのけてしまいそうだから。


 そんな彼女を諌めて、宥めて。

 そんな自分を想像して、ぼそっとつぶやく。


「早くユイに会いたいな」


 僕らにしてやられて、高らかに歌っていたユイたちは見ものだった。

 変装したつもりだったのだろう。まるで似合っていない金髪で、声を張り上げて。一周回ってカッコよく見えてしまうのが、彼女の不思議なところだ。


 最終的に、彼女たちは大喝采を浴びていた。

 子どもも大人も、振り切った彼女に笑いながら拍手を送っていたのだ。


 ただ、髪の色を変えただけで。

 彼女の自身の歌声も、度胸も、何も変わらないのに。


 だから、少しでも早く、黒髪の彼女が受け入れられるような世界を作らなくてはならない。


 命の恩人(・・・・)でもある、愛しい彼女への恩返し。


 だけど、僕はまだ学生。

 見た目だけで『王子様』なんてしていても、僕は何も持たない存在だ。

 メグのような財力も地位も、なんにもない。

 僕こそ、本当の石ころのような存在だ。


 そんな僕が彼女を幸せにするために――今は、目の前のことだけに集中する。


「やるか」


 遠距離武器を持つ相手と素手で戦う時は、いかに素早く距離を詰めるかが肝心だ。

 メグの要望は、とりあえず後回し。

 今を生きて切り抜けなければ、二度とユイに会えなくなってしまう。それじゃあ『今』は、意味がない。


 なので基本に忠実に、僕はケナンダと距離を詰めようとする。


「かかったでござるな」


 すると、ケナンダのやけに赤い唇が開いた。口の中で光るのは、小さなスイッチ。

 安そうなジャケットを広げると、その内側には多くの爆弾が付いていた。


「自爆!?」


 僕が手を伸ばすよりも、歯を噛みしめる方が早いのは明確だった。


 爆発の衝撃を、覚悟した時だ。

 ニヤリと口角を上げたケナンダは銃を再び構えて、その引き金を引く。


 視界の中心に、銃弾が迫ってくるのがゆっくり見えたような気がした――が、その集中はすぐに逸れることになる。


「きゃあああああああああああ!」


 側面の全面ガラスが、甲高い音を立てて派手に割れた。


 飛び入ってくるのは、きぐるみだった。自習で無理矢理読まされた『魔法少女サミィちゃん』に登場する猫のマスコットキャラクター『リュリュちゃん』である。


 ガラス片がキラキラと舞い、光が乱反射する中。

 僕の目の前に飛び出たリュリュちゃんに、その銃弾が直撃した。



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