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11話 剥がれた絆創膏

 周囲に悲鳴が湧き上がる中、私は無意識にルキノの名を叫ぶ。

 そして、レストランへ駆けだそうとした――が、タカバに肩を引き留められる。


「何すんの――」


 同時、パンッと弾けような発砲音。足元に黒い銃痕が残っていた。


「行かせるわけないでござるよ。貴様らはここで、足止めさせてもらうでござる」


 くせ毛のパブロが、銃口を向けてくる。

 白光する拳銃からの硝煙の香りに、私は舌打ちした。


「実弾なんて、そんな物騒なものどこで仕入れたのよ?」

「秘密でござるよ」


 その間に、四方をチンピラに囲まれて。

 絶体絶命な私の隣で、タカバがニヤリと笑っていた。


「あの変な喋り方の奴だけ、オメーがどーにかしろ。あとはオレがやる」

「そんな怪我で、どうするつもり?」


 そして、タカバが怪我した腕を高々掲げる。


「大丈夫! メグちゃんからもらったお守りがあるからな!」


 どこまでも手が届かない青空を背に、ピンクの絆創膏の中に住む動物が可愛く微笑んでいる。


「これがある限り、オレは負けない! オメーに何かあったら、メグちゃん悲しむだろうからな。ついでに守ってやらァ!」

「……悲しまないわよ、あの子は」


 だって、メグは私を裏切ったのだから。

 友達とも思っていなかったのだから。

 

 それなのに、なぜタカバはこんなにも自信満々で言えるのだろう。


「泣くさ、ぜってェー。男の勘だァ!」


 威勢よく叫んで、タカバが手近なチンピラ一人に挑んでいった。たとえナイフに肌が裂けても、タカバは気にせず腕を振る。鈍い音と共に一人が倒れた。が、後ろからタカバが羽交い締めにされ、別のチンピラが彼を殴る。


「なに無茶を――」


 さすがの私もタカバを助けようと足を動かすが、再びパンッと足元に銃弾が弾ける。


「黒髪の女……覚えているでござるよ……貴様もルキノと同じ班だったはずなのに、どうして貴様はルキノに排除されなかったでござるか!?」


 パブロが噛み締めている唇から、血がジワリと滲んでいる。


「よっぱどあんたの成績が悪かったんじゃない?」

「悪女でござる……黒髪の呪いでござる……黒があの悪魔を呼び起こしたでござる!」

「そんな八つ当たり、知らないわよ!」


 そうは怒鳴り返しても、今もタカバは次々とナイフで斬られていた。浅く、浅く。死なないように、いたぶるように。あちこちから滲む血が痛々しい。


 ハラリと落ちたピンクの絆創膏が、ヨレヨレになって地面に落ちる。


「あーもう、めんどくさいっ!」


 私はベンチに立てかけられていたタカバのエアボードを手に取り、地面に投げ落とす。


「ねぇ、タカバ! 私、あんたのことなんかだいっきらい!」

「オレもオメーのことなんか……」


 掠れた彼の声を背中で聞いて、私は髪を掻き上げた。


「でも、あんたがいない学園生活も想像がつかないのよね」

「ハッ……同感!」


 エアボードとは、その上方中心にあるスイッチを踏むと、板と地面の僅かな隙間だけ重力から解放されるという代物である。地面と反発する特別な磁力を発して、浮かせる仕組みなのだ。そこに、地面を蹴るなどして力を与えれば、慣性の法則に従って早く進むことが出来るのである。


 人間の蹴る力など、たかが知れている。

 だけど、浮いた状態で大きな力を与えてやれば……?


「いつでも、新しい実験をするときはワクワクするわ」


 私はスイッチを踏み、地面を大きく蹴り飛ばした。

 そしてエンジンをふかすイメージをこめて、指を鳴らす。


 そういえば、さっきルキノも指を鳴らしてたっけ。

 自分たちをはめてくれた彼がしていた仕草だ。ムカつく彼が、楽しそうにリズムに合わせて指を鳴らしていた。少しでも歌いやすいようにという配慮もあったのかもしれない。


 それは、せめてもの優しさか。それとも、からかっただけなのか。

 どちらにしても、私はキザみたいに指を鳴らす。

 その動作が思いのほかシックリくることに、苦笑するしかなかった。


「まるで呪いね」


 パチンッ――と、板の下で起こった小さな爆発の慣性に従い、私を乗せたエアボードは勢いよく飛び出した。まっすぐ銃を構えるパブロの顔面に突撃する。何かがぐしゃりと曲がった感触が足に伝わる。


「あべしっ!」


 奇妙なうめき声をあげ、鼻血を噴き出したパブロが倒れた。

 着地して拾うのは、もちろんこいつの落とした拳銃だ。


「やっぱり同じメーカーね」


 太陽が沈むようなマークは、さきほど拾った爆弾と同じもの。やはりどこかで見覚えがあるものの、それを思い出す暇はない。


 すぐさま方向転換して、エアボードのスイッチを再び踏み、指を鳴らす。すると今度はタカバを殴っていたチンピラの背中に衝突した途端、ふにゃりと地面に崩れた。ぶつかったときのミシッとした音は聞かない。


 その隙に、タカバも後頭部を背後のチンピラの頭にぶつけて拘束が外していた。


「オメー、そんな芸当いつの間に覚えたんだよ!」


 なぜ、そんなにキラキラした目をしているの?

 だって、タカバの身体の怪我や痣は一段と増えていて。

 私は直視できずに視線を逸らせば……見つけてしまった。


 噴水の低い塀には、メグの絆創膏に描かれていた白猫のキャラクターの着ぐるみが、不自然に脱いだ状態で置いてあった。遠くの草むらに隠れている男が、恨めしそうにこちらを見ているので、きっとこの着ぐるみの持ち主なのだろう。


 そして、そのすぐそばの噴水の中から、ジッとこちらを見つめている金の相貌。

 彼は私と目が合うや否や、ぴちゃぴちゃと便所サンダルを鳴らして近づいてくる。


「エクアージュよっ!」

「ナナシ!?」


 相変わらずよくわからない名前で呼ばれるも、ナナシは今日もご機嫌らしい。


「貴様らも濡れているとは、お揃いだな!」

「……で、何しにきたわけ?」


 突如現れた不審者に、チンピラたちも唖然とナナシを見ているだけ。しかし、当の本人はそんなことを意ともせず、きぐるみの頭部を持ち上げる。


「さぁ、俺を褒めるいい! 新しい頭を用意してやったぞ!」

「だから?」


 私の疑問符に、ナナシがきょとんと目を丸くした。


「小僧たちに姿がバレると、恥ずかしいだろう?」

「なっ……」


 狼狽える私を、ナナシは真顔で問い詰める。


「せっかく今日一日変装していたのだ。最後まで赤の他人を突き通さんのか?」

「そもそも、なんで私がルキノたちを助けに行かなきゃ……」

「ポリスの出動も遅れるようだぞ。同じような爆発事件が、エクバタ市内で三ヶ所同時に起こっている。そちらの方では、大きな犯罪組織が声明をあげているようだからな。ただのチンピラの事件は必然的に後回しだ」


 呆れる暇もなく告げられたナナシからの情報に、私は顔をしかめるしかなかった。鳥が放つ警報は今もうるさい。なら、襲撃を受けているルキノたちは……?


 私の不安が顔に出たのか、ナナシがにやりと口角をあげる。


「他のやつらに、あいつらをとられてもいいのか?」


 その言葉に、ハッとする。

 ルキノとメグでも危機という状態が本当ならば、自分が行ったところで何ができるのか定かではない。政府警察(エクアポリス)の手が回ってないとはいえ、被害の場所が場所なのだから、そう到着にも時間はかからないだろうし、より一層、ちょっと特殊な方法によるイタズラが得意なだけの学生には何ができるのいうのか。


 そうだとしても――ルキノとメグが、自分以外の人の手で傷つけられるのが、癪だと思った。自分がどうにかする前に、誰かの手で、始末されてしまったら、とても『ざまあみろ』とは思えない。


 まだ、自分は何の仕返しも出来ていないのだ。

 だから、勝手にどこかで死なれたら困るだけ。


「まだチンピラが残っているけど……タカバを任せて大丈夫なのでしょうね?」

「無論だ。俺がしっかりと面倒をみよう。貴様を庇い自ら濡れに行く根性、なかなか見どころがある!」

「いつから見てたのよ……」


 私はナナシから、その頭部を受け取る。

 肩の凝りそうな重さであるが、贅沢は言っていられない。


「エクアージュ! 今から貴様はリュリュちゃんだ!」

「それ、これの名前?」


 そして、私はその白いきぐるみを被る。下も手早く足を入れると、ナナシがザッとファスナーを上げてくれた。お腹がでっぷりと膨れており、手足が短くなったような感覚を抱くほど重い。それに、拭いたとはいえ濡れている服の上に被ると、異様に蒸れて気持ちが悪い。着心地最悪である。


「とてもよく似合うぞ!」

「まったく嬉しくないわ」


 自分の声がきぐるみの中にこもる。私は嘆息して、顔に張り付く黒髪を掻き上げようとした――が、出来なくて、もう一度ため息を吐くしか出来なかった。


「ななな……貴様、馬鹿でござるか?」

「うるさい!」


 倒れるパブロに指を差しながらそう言われ、私は指を弾いた。すると、パブロの額に、噴水から一直線に水滴が飛ぶ。その衝撃に、パブロが大きく仰け反って気絶した。厚手の布に覆われていても、魔法の使用には支障がないらしい。


 これで、準備は完了。あとは、行くだけ。

 私が覚悟を決めていると、タカバのうるさい声が聞こえる。


「メグちゃんのこと頼んだぞ!」

「ねぇ……あんた、メグのことが好きだったんでしょ? なんで尾行しようと思ったの?」


 それは、ずっと疑問だった。

 どうしてタカバが二人のデートを尾行しようとしたのか。


 タカバがメグのことを好いていたのは、見ていればわかった。それでも――いや、だからこそ他の男に取られた彼女が楽しそうにデートしている姿は、むしろ見たくないのではないか。失恋したとはいえ、私ほどに屈辱を受けたわけでもないのだから。


 ギリギリ首を回してきぐるみの中から見たタカバの顔は、寂しそうに笑っていた。


「なんでオレがオメーに言わなきゃなんないんだよ!」

「それもそうね」


 だって、私たちは友達なんかじゃないもの。

 ただの同級生。ただの腐れ縁。お互いの失恋なんて知ったこっちゃない。


 だから、私は地面を蹴った。爆発を願い、指を鳴らして加速を促す。

 目の前には下りの階段。だけど、私は空にも届きそうなほど高いタワーを見据えたまま――今一度、強く指を弾いた。


 そこに届くことだけを信じた猫っぽいきぐるみが、空を飛ぶ。

 今日も嫌味なまでに青い空が、リュリュちゃんの背中を押していた。


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